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六章 遅いけど新婚旅行

5.近くから散策

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 イアサントには長く滞在するつもりで、宿屋はお安めの所を選んだ。
 それにラインハルトは少し嫌な顔をした。

「ならば大使館に途中で変更されれば、お金を節約出来て楽しめるんじゃないですか?」

 そうね。そうだと思うよ。でもね。

「ラインハルト、俺はもう王子ではないんだよ。公爵なんだ。仕事でもないのに使えないよ」
「ですが……」

 ラインハルトたちは、この宿屋は城門に近い場所で、大店の者が使うような中くらいの宿です。貴族はもっと奥の宿を使うからと渋い顔をした。防犯的にもともう少しって。だがな。

「小国の貴族は同じような立ち位置だよ。気にするな」
「ですが……なら私の屋敷に来ませんか?」
「行きません。ありがとな」

 ため息をついて諦めてくれた。悪いな。
 長く滞在するつもりで来たから妥当だよ。城下町の塀の中なのは同じだしね。
 
 翌日から散策をして街を見たり、買い物したり。ドナシアンとはやはり違った。

「人族多いね」
「ああ。なんだろうなあ、自国大好きが伝わるようだ」
「うん。筆頭国の矜持を強く感じるんだよねぇ」

 店の店主たちは貴族の対応にも慣れているようだった。俺たちの服装でどこの貴族か判断して接客していた。猫族の国もランベールもそんな感じはなかったのに。

「私どもは、最大限イアサント王国を楽しんで頂きたいと考えております。貿易国ならではと申しましょうか。特産品は特にありませんし、貿易による何でも手に入れられて、何でも食べられるのが売りです。ですから他国の王族貴族は常にいらしております。こちらもご贔屓にしてもらうためにも手は抜きません」
「ほほう」

 俺たちはセリオの髪飾りを選びに宝石店に入った。そこで待っている間に店主は俺の世間話に付き合ってくれた。

「きれいな街だよな。古さを感じさせない街並みでさ」
「ええ。城の魔法使いが定期的に外壁や屋根を修理、清掃してくれています。街道の修繕はその都度ですよ。古めの場所は時々新しく建て直します」
「え?そんな頻度なの?」
「はい。冬は雨も降りますし、街道は交通量も多く馬車で傷みますから」
「へえ……」

 楽しそうに髪留めを店員と選んでいるセリオを眺めながら、他国の金持ち国は違うなあと。ロドリグ様が言っていた庶民の細かい嘆願の一部を聞いた気がした。
 するとセリオは決めたのか振り返った。

「ねえ似合う?」
「うん。かわいいよ」
「ならこれ下さい」

 店員が丁寧に髪から外して、

「はい。ではこちらをお包みいたします。あちら、旦那様の隣でお待ちくださいませ」
「んふふっはい」

 俺の座るソファの隣にぽすんっと座って嬉しそうだ。

「ふふっエリオスを旦那様って誰かに言われると、僕は奥さんなんだって実感して……んふふっ嬉しく感じるんだ」
「そうだな。セリオは俺の大切な奥さんだ」
「うん」

 うるうるした目で俺を見上げるセリオがかわいくて。俺も旦那様って言われると、領主ではなく、夫であることを強く意識できて幸せ。

「新しい髪留めつけて明日も色んなところに行ってみような」
「うん」

 さすが大店の宝石店。気分良く買い物をさせてくれる。こんな些細な気遣いが違うんだろう。

「お待たせいたしました。こちらがお品になります。旦那様の目の色の深い青の石がはめ込まれています。銀髪とよく馴染みますよ」
「はい。エリオスありがとう」
「いいや」

 店員からリボンの掛けてある箱を受け取ると、嬉しそうに笑った。

「悪いな。中々プレゼントとか買いに行けなかったから。もっと高いものでもよかったのに本当にそれだけでいいのか?」

 うふふっと笑い首を横に振った。

「うん。高い物は普段使えなくて、舞踏会とか晩餐会とか。城の催しでしか使わないでしょう。普段身につける物が欲しかったの」
「そうか。ならその時のものはまた探そう」
「うん」

 その時はドナシアンにも支店がございますのでご贔屓にと、すかさず店の名前と住所の書いてあるカードをくれた。

「あちらにもあるのか」
「ええ。共和国内にはひとつは支店を持っております。いつかあなたの地にもぜひ。エリオス公爵」

 え?俺名乗ってないよ?
 店主は、こんな事すら推察できなければ大店などやれはしませんと、胸を張る。

「猫族の白い被毛の王族と言えばアルムニア王国です。そして公爵になったのは第二王子。そして新婚旅行と来ればエリオス公爵以外いませんので。んふふっ」
「よく新婚旅行と分かったな」

 当たり前だと言わんばかり。

「それはもう。あなた様の領地は目まぐるしく発展なさった。ですので暇がなかったと推察しました。他のご兄弟は既にこちらにも来ておりましたからね」
「そう。兄様たちもこちらに来てたんだ」
「ええ。私どもの店にも皇太子ご夫婦はいらしてくださり、腕輪や耳飾りなどお買い求め下さりましたよ」
「そうか。ではまた必要な時はドナシアンに行かせてもらうよ。本店のここは遠いから」
「ええ。ぜひ」

 店主に案内されて店の外に出た。

「私どもの店の品物は、品質、デザイン共にどの店にも負けないつもりでおります。不具合などもすぐに対応いたしますので、これからもよろしくお願いいたします」
「ああ。いつかこの店に合うような土地になったら来てくれ」
「はい。きっとすぐでしょう。楽しみにしております」
「ああ」

 深々と頭を下げる店主に見送られて店を後にした。

「エリオスお茶したい。甘いもの食べたい」
「おう。カフェを探すか。ラインハルトいい店知らない?」
「ではわたくしおすすめの店を。こちらです」

 その間もたくさんの行き交う人、街の様子を眺めた。忙しく動き回る商人たちと観光客。その割に、なんとなくゆったりしたような、優雅な雰囲気を感じる空気感がある。

「いい国だな」
「はい。私は誇りに思っています」

 ラインハルトたちはうちの領地にいるけど、国籍は変えてはいない。変えたのはロドリグ様夫婦だけ。しがらみを切りたかったようだが、簡単に切れないのも貴族。ロドリグ様夫婦はドナシアンにもイアサントにも、年に数度来ているんだそう。

「我らはこの国を愛しておりますからね。ロドリグ様は奔放な方で、自分の欲望に忠実です。国は好きなんでしょうが、欲には勝てないらしいです」
「あはは。そんな感じだな。それがあの人の魅力だろう」
「行動力と高い知性。性格の難を全てカバーしてしまう、分かんない魅力に溢れた方ですね」

 近くにいる者すら「分かんない魅力」と言わしめるロドリグ様。さすがとしか言えない。

「あの人は存在がねえ。オリヴィエ様もだけど。イアサント王国の王族貴族は変な魅力に溢れた方が多そうだな」
「ええ。そうですね。上級貴族の方たちはどこか……そう。不思議な魅力がある方が多い気はします」

 カフェに向かう道すがらどんな感じの方がいるのとセリオは聞いていた。
 ラインハルトたちは、よく分かんないけど好きになる感じと。文官などは自分の上司に強く信頼を寄せているそう。

「王様は?」
「あはは。あの方は極みです。有無を言わさぬ雰囲気がありますね。ドナシアンの王も同じ。ふわふわした感じがありますが、不思議な魅力で国民に慕われてますよ」
「ふーん。父上とは大違いだな」
「今はいい王様だよ」

 セリオは王様かわいくなったし、ファウル様にも優しくなったし。なんか分からんけど、研究のパトロンになったり色々してるよって。

「それな。国民は王が変わったのを知らないからな。美しい王様としか今でも認識してないよ」
「ファウル様が王になれば伝わるよ。きっとね。すごく慕っていたもん」

 俺はそう願うよと笑っていたら、かわいいカフェに到着。みんなでお茶をした。コーヒーが美味しくケーキも。チョコーレートとオレンジのお酒の香りのする物でさ。生クリーム?とか言う牛のミルクものが絶品。
 
 うちの国でも出せないかなあと、ぼんやり思った。俺はおしゃべりしながら食べていたが。あ、ロドリグ様の屋敷の料理長に聞けばいいのか。うんうん。

 美味しいねとかわいらしいセリオを見ているだけで、胸が温かくなる気がした。







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