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四章 領主として俺

1.俺とセリオ

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 あの日。
 ロドリグ様にキスされたあの日の夜。
 俺はセリオと番になってから初めて使わなかったんだ。
 
 間違ってうなじを噛んでも大丈夫なように塗っていた、避妊の媚薬を使わずセリオを抱いた。噛んで俺のだと感じたくて。

 あの快楽は非常に強い。

 愛情と欲が身体を支配し、強く噛むと口に広がる血の味すら甘く、更に興奮し、ノルンの本能全開でセリオへの欲が溢れた……

「あれはハマる人がいてもおかしくはないなあ……」
「はい?なに?」
「いや……」

 独り言だフィト。気にするなと睨んだ。彼はムッとして、

「独り言は頭の中で。話しかけられたかと思ったでしょ」
「すまん」

 俺は歓楽街、性的なサービスをする店とかが苦手。幼い頃の思い出を差っ引いても、番を持っても。

 王族、貴族は子孫繁栄も仕事。

 子を作り、国を継続させなければならない使命がある。それは、このあたりの地域を考えれば当然だ。滅びた国は王侯貴族たちの死滅も原因だからだ。

 王が死に、残った者を支える貴族も王子も少ないどころか、いなくなった国もあった。
 民は今生きるのに必死で、国の維持に気持ちは向かない。
 そうなれば土地を去る者も出てくる。そんな環境が、我が王国も昔は頻繁にあったと記録にはある、
 だが、うちは王子の年齢や、支える臣下が奇跡的に生き残り今に繋がる。
 そう、先人たちの努力で俺はここにいる。

「それなのに俺ときたら好き嫌いで……」
「独り言は静かに」
「へい」

 フィト冷たい。

 僕も子供欲しいのにエリオス様相談もなくってちょっと俺にだけ怒ってるらしい。
 セリオは今お腹ポンポン。執務はほとんどしてなくて、私室にいる。

 ふう。思いの外つわりの症状が重かったんだ。俺との魔力差が強く出てさ。
 俺はそんなに差はないかと思ってたんだが、改めて測ったらセリオ七万強しかなかった。俺は二十五万と少し。
 人族はもっと差がないとつわりとか出ないらしいんだが、俺たち獣人は新規参入魔法使いだから、デメリットが強く出るんだと医者は言ってたな。

 あ~あ。

 うなじを噛むと欲が強く出るのは、今は増えろと本能が言ってるのかもしれないなあ。
 世界中土地は余っているというか、未開の地は多い。もっと人が増えても食べていけるんだろう。そう考えると動物の本能怖い。

 そして歓楽街はそれを助長しているのかも。いや……好きなヤツの下半身の楽しみか。
 番を持たず楽しむヤツとか、いても父上のように本能薄めのヤツとか。

 どうも俺とは相容れない文化だ。
 
 どの国にもあるし、仕方なく俺の領地にも出店を認めた。だがなあ。店のまわりはガラの悪い者が集まり、夜の治安はすこぶる悪くなったんだよ。あれが特に嫌い。

 なんて考えても無駄な、取りとめのない事をグルグルと考えた。手元は書類にサインしながら。

「ねぇエリオス様。セリオ様が落ち着いたら僕も子供欲しいんだけど」
「おう。申し訳ないが一緒はやめて。順番でお願いします」
「うん」

 フィトは隣のディエゴにあのさあって。

「ディエゴ、次僕でいい?」

 はあ?とフィトと睨んだ。

「なんでお前なんだよ。俺だろ。爵位で考えればな。俺伯爵家の三男だぞ」
「ああ?ここで家柄出すのか!なら身分の低い方に譲れ!」
「やだ!こんな時にしか家柄を主張出来ないから!」
「なんだと!上のもんは下に優しくしろ!」
「逆だ!上を敬え!」

 などと揉めだした。

 俺はどちらでもいい。実は騎士たちには既に子供は生まれているんだ。彼らは本能強めで我慢は無理だったようた。

 でもね。本当に赤ちゃんかわいいんだ。番のいる騎士は草原の貴族町に屋敷を構えた。騎士寮で夫婦は流石にまずい。

 それを可能にした優秀な魔法使いがうちにはいる。材料さえ集めれば屋敷を安くかわいく建てられるんだ。幸いにも未開の地が残る郊外の領地。材料には困らない。買わずにやればタダだ!

「ねえエリオス様。僕貴族町に屋敷が欲しい。小さくていいんだ」
「ロドリグ様に言え」

 ん~ならさと。

「少し……時々半日休み下さい」
「いいよ」
「おっしゃあ!二人で材料集めだ。や、し、きぃうっふ~」

 考えなしにいいと言ったが、セリオが復帰したらなと念を押した。

「それはもちろん」
「なら俺も!」
「はいはい、ディエゴもどうぞ」

 二人は嬉しそうだ。
 彼らも番が大好きで、本当は媚薬なんか使いたくはないはずなんだ。この地が落ち着くまでと、番になってからも我慢してくれていたんだ。ありがたくて涙出る。

 ガチャリと扉が開いた。

「エリオス」
「あ、セリオ。どうしたんだ」
「うん。少し体調いいから手伝おうかと思って」
「しなくていい。部屋でゆっくりしてろ」

 フィトが席から立ち上がり駆け寄った。
 ここは大丈夫。セリオ様ご飯食べてる?お部屋に帰ろうとフィトは連れ出そうとした。だがセリオは仕事をしたそうだ。

「でも……」
「いいから帰ろ?」
「エリオス……」

 俺はまだ仕事が残っていてフィトに頼んだ。

「フィト悪い。部屋に連れて行ってくれ」
「うん。行こう」

 申し訳無さそうにセリオはこちらを見るが、俺はムリして欲しくない。

「お前の今の仕事は、元気な赤ちゃん産むことだ。それ以外はない」

 申し訳無さそうに、

「うん……ごめん」

 フィトがほらって部屋を出て行った。扉が閉まると低い声がした。

「エリオス」
「なんだ」
「言い方が冷たい。セリオが可哀想だろ」
「そうか?」
 
 そんなつもりはないんだ。ただ動いて欲しくないんだよ。ご飯も少ししか食べられないし、時々不安定で泣いてるし。怖いんだ。

「そうかもだけど」
「はあ、そう聞こえたなら改善する」
「うん。もっと寄り添ってやれよ。不安なのは可哀想だ」
「ああ」

 俺は怖いんだ。

 セリオいなくなるような気がしてな。あんなにかわいかったのに頬がコケてきて髪の毛も被毛もパサパサで……見てると涙がマジで出るし、苦しんで不安定になってるのが本当に……グッ

 俺は拳を硬く握り下を向いた。

「すまない。言い過ぎた」
「いいんだ。俺が悪いんだ……怖くて堪らない。魔力差がこんなに出るとは思わなかったんだ」

 俺の知識不足だ。対策もない。魔力差による激しいつわりは身分も関係なく等しく来る。
 医療は何も受け付けないんだ。弱い薬湯でごまかすしかない。

「もう少しだろ」
「うん」
「俺とフィトで働くから行ってやれよ」

 俺は顔を上げてディエゴを見た。

「いいのか」
「いいさ。もうそんなに忙しい訳じゃないしな。補佐官も増やしたしさ」
「ありがとう」

 そんな話をしているとフィトが戻った。

「エリオス様。セリオ様かなり参ってるよ。少し一緒にいてあげたら?僕頑張るからさ」
「ああ、今ディエゴにも言われたよ。すまない、頼む」
「うん」

 俺は執務室を急いで出て自室に戻った。

「セリオ」
「あ……エリオス。ごめんね余計だったよね」
「いいや、気持ちは嬉しかったよ」
「あ……グスッ本当?」
「本当だ」

 ソファに力なく座るセリオを、そっと俺は胸に抱き寄せた。

「ごめん。言葉がきつかったな」
「ううん。僕が余計なことしたから」

 そんなことないよと、頬を撫でて目尻にキスした。

「エリオス、もう少しこうしてて」
「気が済むまで抱いてる」
「うん」

 妊娠は怖い。

 普通は魔力差があるような結婚は避けるんだ。身分で大体の差はわかるから、その中から選ぶのが普通。だけどセリオは身分が高い割に少なかったんだ。
 庶民は元々大した差もないからフリーダムだが、王族や貴族は発生率が高い。
 国が違っていても、種族が違っていてもだ。

「エリオス」
「なに?」
「キスして?」
「ふふっうん」

 チュッて唇に触れたら嬉しそう。

「赤ちゃん。エリオスに似てたらいいなあ」
「そう?」
「うん。真っ白なかわいい赤ちゃんが欲しい」
「そっか。でも俺は銀色の子もかわいいと思うよ」
「そう?」
「うん」

 あと少しだから頑張ろうと、セリオの頬を撫でていた。俺の大切なセリオ。こんなになるならもう子供は要らない。グッと腕に力が入った。

「エリオス」
「なんだ」
「僕ね、こんなに辛いけど子供はたくさん欲しい。きっと楽しいと思うんだ」

 領地も落ち着いて、お金の心配をそれほどしなくても良くなった。うちはみんな若いから、お友達もたくさんできるよ。ねえ?って。

「そうだな。フィトやディエゴの子供たちとも遊べるな。だが……俺はもう……ごめん。怖い」
「え?何が怖いの?」

 うん?とセリオを見つめ、

「こんなに弱るお前を見たくない。産む時こんなに弱ってて持つのかな?って不安でさ」

 な~んだ。そんな事かって。いやそうでしょうよ。

「アン属性の者はこれは織り込みずみだよ。きちんと勉強もしているんだ。特に貴族はね」
「そうなの?」
「うん」

 僕らは上級貴族だから、魔力が足りなくても王族に嫁いだり、貰ったりが多いからね。

「そうなんだ」
「そうなんだよ。だから大丈夫」
「ホントに?」
「うん。僕は今二十五だ。全然若い。初産にはちょっと遅いけど」

 確かに高齢では問題が起こることがあるのは聞いた事がある。だけど若いと聞かないよって……そうなんかな。
 俺はそういった話を聞かないようにしてたフシがある。性の先のことだから。それに俺ノルンだし……産めないし。

「大丈夫だから」

 この笑顔を見れなくなるのはイヤだ。

「セリオ。俺を置いて行かないで……」
「どこへも行かない。僕はずっとエリオスの隣にいるって決めてるの」

 俺の頬を撫で、僕はいるよって。ここ触るのは僕だけだと俺の耳をなでなで。

「うん……」
「僕は大丈夫。大丈夫だ」

 セリオを強く抱きしめた。俺は慰めに来たのに俺が慰められた。
 愛してるよセリオと、俺はずっといい続けた。言わないと不安で堪らなかった。
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