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三章 課題と改善

11.限界だな

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「忙しい……」

 俺の口からはそれしか出ねえ。もう、訳わからん忙しさだ!

「エリオスやめてよ。仕方無いでしょ?魚市場ものすごい人出なんだから」
「分かっている……んだ。はあ」

 セリオに諌められた。でもさ、本当に忙しいんだよ。商業ギルド長ダリオは仕事は早くてな。

 金ねえんだろ?なら初めはこんなくらいで、儲けたらこんな感じと、何枚も提案書を用意してプレゼンをしてくれた。

「一番作れる可能性のあるものをこじんまりのはずだったがなぁ」
「う~ん……ロドリグ様の魔法使いがドナシアンふうに外観を作ったからねぇ」

 フィトは懐かしい景色だよって。

「あの市場の感じは、ドナシアン全体の感じに似ているんだ。観光客が喜びそうな華やかな広場に、フェンリルの銅像の口からの噴水。屋台に大道芸……本当に懐かしい景色」
「まあな」

 確かに城下町の建物に似ている作りだ。

「金かけてない割によく出来てると思うよ。異国の風に~って感じで。あそこだけドナシアンみたいでさ」

 ロドリグ様がやるならきちんとやった方がいい。初めに客に認識させて観光施設のひとつとするのがいいぞってさ。

「うん……飲食店、宿屋、少しのいかがわしいお店……花屋やペット魔獣店は大繁盛だな」
「何か問題あります?」

 フィトは不思議そうに俺を見る。

「何もない。まだ流れが固定しないから大変なだけだ。くま族の王様も売上が尋常でなくてびっくりしてた」
「そうでしょうとも。ドナシアンの商魂は凄いんですよ!」

 半年で国家予算一年分を超えたそうだ。漁師も増やして、頑張って漁をしてここに送ってくれている。
 ただなあ。農業の方が手薄になってしまってどうしようって。

「あ~それねえ」
「"漁師になる"と他国から出稼ぎに来る者はいるからな。それはまあいい。それだと漁に振り切るから、田んぼとか家畜とか畑とかがな。お金が出せない分野でさ」
「ああ……」

 病自体は落ち着いてるから、子供はたくさん産まれたが、まだ赤ちゃん。働き手ではない。少なくとも後十年くらいは働き手は増えないからな。

「他国に募集……は、してるか」
「してる。漁師との給金の差で中々な」

 かなり無理して税を抑えてどうにかやってるって。それでも魚の売上が上がってるから、後数年頑張ればと嬉しそうでもあったけど。

「ロドリグ様が援助をと申し出たらしいが、要らない、頑張れると拒否だそうだ」

 フィトはなんで?って驚いた。

「農民の入植にお金回せばいいのに。一時的にでもさ」
「嫌なんだって。返さなくていいって言われたけど、施しに感じてしまったんだそうだ」
「ええ?エリオス様は王様に貰い放題だったけど?」
「グッ言うな」

 見た目かわいいくまさんだけど、王としてのプライドは持ちたいってさ。

 ロドリグ様は魚の販路を見つけて、峠道の整備やら、港の整備なんかもタダでしてくれたから、これ以上は胸が痛くて嫌なんだ。
 この間ご機嫌伺いと大使館作るのに来てて言っていた。

「言ってましたね。今まで民を飢えさせず頑張って来たのに病で傾いた。フェンリルを狙わなければ来なかった幸運だけど、自分の失策からだから余計に頑張りたいってな」

 ディエゴはエゼキエーレの王は、素直で頑張りやさんですよね。あんな方が王をやれている国はある意味すごいって、嫌味でなくそう思うと感心している。

「裏表のない、王族らしからぬやり方。それに付いて行く民。極小国だから出来てるんですかね」
「だろうな。入江の国だから、これ以上は広げれば飛び地になるし、大きくするつもりはなくて、くま族単一でいたいって気持ちを強く感じるんだ。あの王からはな」
「……優しさの塊みたいでも王は務まるんですね」
「うん」

 俺の所の魚が評判で、現地はどうなんだと、観光客もちらほら来るそうだ。
 以前は仕事で来る者、海を渡る冒険者や旅人、行商人くらいだったのに観光客!と宿屋は驚いた。
 ならば少しでもこの国を楽しんで帰って欲しくて、王になんとかならんか!と駆け込んでも来ていてもいてなあ。

「うちと同じで目が回るってさ」
「でしょうね。うちも今暇なしですもん」
「うん……俺領主ってもっと暇だと思ってた時期もあったよ。こんなにやる事あるとはね」
「何にもない所からだから仕方ないけどね」
「ああ」

 書類にサインしていればいいかと。城ではそうだったからな。

「城は執務の人数も組織もきちんとしてますからねぇ。今僕らは全部兼任であっちこっちでさ」
「エリオス様。人増やして欲しい」
「ディエゴ、予算は?」

 フグッと変な声。

「あはは……屋敷にはお金回せませんね」
「だろう?設備投資をまず回収だよ。でもな、ダリオが新しい案をここに……」

 ピラって紙をディエゴに渡した。

「おおぅ……反対側も?」
「そう。今は門の右側の空き地に作ったろ。左はまだ空き地がある。魚の種類で大通りの左右に分けてはどうだとさ」

 ディエゴの紙を握る手が震えている。

「あのさ。俺たちの暇はいつ来るの?」
「あ~来ないんじゃないの?草原も畑や畜産でいっぱい。宿場町はお金の少ない観光客で賑わい大きくなり始めている。近隣の国からは農家になるって転属願いが臨時の戸籍課に押し寄せてるしな」
「へえそう。うわあああ!」

 プルプルと大きく震えて、紙を投げ飛ばし叫んだ。

「叫ぶな!俺が叫びたい!」
「ディエゴ叫ぶな!僕が叫びたいんだ!うわああ!」
「お前ら黙れ!!」
「みんなうるさい!」

 隣の扉がガャチャリと開いて、

「うるせえ!ディエゴ!フィト!」
「「だってぇ!」」

 二人の番がクレーム。

「二人ともごめんね。僕が静かにさせるから」
「いえ。こちらこそ余裕がなくてつい……」

 セリオが諌めると、そっと二人は扉を閉めた。

「お前らは上官なんだから大人しくしろ!」

 俺が声をかけると、ああ?っとキレ気味に食いついて来た。

「エリオスが忙しいって呟くからだ!」
「……悪かった」
「嘆いても仕事は減りません。気をつけて下さいませ!」
「わかったよ!」

 ものすごく空気が悪くなりながらも、俺たちは黙々と仕事をこなして行った。隣のセリオが、

「エリオス」
「うん。ごめんね」
「僕の耳触る?」
「うん」

 ふさふさもふもふ……あ~気持ちいい。セリオいい匂いだ。抱きしめるとあったかい……

「何してんだてめぇはよ!」
「癒やしだ!」
「ぶさけんな!俺たちだって!」

 二人はガタンと勢いよく立ち上がり、

「モイセスぅ!僕も耳もしっぽも触るぅ~」
「イサーク!俺も耳ぃ~」

 ディエゴとフィトは隣に消えた。

「困った二人だね」
「うん。ちゅーして」
「だ~め」
「ちゅっ」
「もう!」

 いなくなったのをいいことに俺はセリオを撫で回した。もう疲れたよ。これくらいならいいだろ。



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