緑の竜と赤い竜 〜僕が動くと問題ばっかり なんでだよ!〜

琴音

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四章 どうしてこなるんだ

9 毛皮の販路と新しい魔石

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 春が来た。

 高い山の上しか雪は見当たらず、平地は草木に新芽が芽吹き命の輝きが増す。空気も暖かく、畑は農夫の方が野良仕事に精を出す。町外れに多い鍛冶屋の小気味いい槌の音も軽やかに聞こえ、天空のピーヒョロロとトンビの声すら爽やか。土の香りもいいね。

「リシャール」
「なんですか」
「麦わらばかりは飽きたんだよ。さつまいもよこせ」
「種イモが余ったらね」
「ならキャベツとかにんじんとか」
「あげてるでしょ」
「足りない」

 僕の唯一のお仕事、ヌーマリムの管理。

「あったかくなったら緑の豆だろ。豆くれ」
「まだ早いんだよ」
「エエッ俺たち毛が抜けて夏毛になるんだよ。食べないとなの!」
「知ってるけど、ないものはない」

 僕の前にはたくさんのヌーマリム。口を開けば文句しか出ない。

「春になったら作物が出来てるはずないでしょ。そんなのお前らが一番知ってるでしょう」
「人が家に隠してるのも知ってる」
「隠してんじゃないの。あれは僕らの食べ物だよ。僕らも食べないと死ぬの」
「けち」
「どこで覚えたその言葉!」
「そこらの精霊」

 ノルンの成獣は冬の発情期が終わり、我に返ったらお腹空くらしく食べ物の話しかしない。アンの子たちは甲斐甲斐しく子どもを育てている。

「リシャール様、なに言ってますか?」
「新鮮なエサをよこせ。豆をよこせ、備蓄のイモを出せと……ムカつく!」
「アハハッ相変わらずですね」

 毛皮は思いのほか需要があったこの冬。でも初期投資の回収には、何年もかかる見込みなんだ。こいつら見た目より食う!本当によく食べるんだ。丸くてふかふかで……これの維持は、相当食べてるからなのだと分かった。時々土を掘ってミミズとか虫も食べるから、お肉も食べると分かった。だから廃棄のお肉や骨も持ち込んでる。

「今年から売り物にならない野菜や果物もこちらが買い取る計画になってますから、昨年よりいい思いがこいつらも出来ますよ」
「うん。だから待てと言ったんだけどさあ。聞きやしねえ」

 牧場の柵越しにヌーマリムと話すんだ。この柵大事。ないと彼らは僕によじ登って訴えてくるから、泥だらけになるんだ。

「リシャール見て」

 一匹のヌーマリムが、赤ちゃんを口にくわえて見せに来た。

「うん?ああ、かわいいね」
「でしょ?リンゴくれ。甘いのが欲しい」
「ぐふぅ……もうすぐいちごの季節だから……」
「そう?待ってるから」
「うん……」

 隣の人に話したらアハハッと笑う。リシャール様そんなの聞いてたらキリがありません。こちらでお茶をと事務所に戻った。

「こちらが先月の収支です。今月からは間引きの野菜などが増えますから、餌代は冬手前まではこの半分になる予定です」
「うん。ならなんとか数年で収支は増に出来そうだね」
「ええ。雑食ですからね」

 初期投資と管理の人たちのお給金もあるから、そう簡単にはプラスにはならない。でもね、彼らは本来簡単に捕まらないんだ、ヌーマリムはね。たくさんの群れで生活してる訳じゃなく、春と秋に繁殖のために一時的に群れる。その時を狙わないとなんだ。でも春は毛皮は必要ない。秋は獣ばかりか人も付け狙うのを知ってるから警戒心も強く、畑でしか捕まらない。

「なんと言っても畑のヌーマリムは毛並みが悪い」
「うん。力の弱い個体とは思わなかった」

 森できちんと繁殖しているヌーマリムは強いんだ。他を蹴散らし餌場確保。そして自分の群れ以外は攻撃して排除する弱肉強食だ。弱い個体は森をさまよう。どんぐりや美味しい木の実、野生の果物の場所はぽつんとあってそれを探して食べる。とても手間がかかるそうだ。そのうち仕方なくなんでも食べて生き延びる。当然痩せて毛もバサバサ。

「わかる気はしますよ。俺がもしヌーマリムなら、畑襲いますもん」
「うん、僕もね」

 彼らは食べ物と繁殖しか考えてない。この冬話しててそれしか分からなかったんだ。この牧場の責任者ユリアスは、動物とはそういうものでしょう?と。

「人がおかしいと思ってますよ。私はね」
「そう?」
「ええ。でも致し方ない進化とも考えてます」

 人に近い者も含め、木の葉で栄養も取れず身を守る爪もない。魔族ですら木の皮を食べて生きることは不可能。動物としては弱いんですよって。家もなく裸で放り出されたら、毛皮のない我らはあっという間に凍死するし、暖かい所は猛獣が多くかなり厳しい。食べられる獲物でしかなくなる。だからこのように進化した。

「学校で習ったね」
「ええ。なんだかんだないものを用意して強さを手に入れた。彼らは初めから生きる手段を持ってて、これだけ人に捕まってもたくさん増える。そういうことですよ」
「うん」

 でも、あなたのおかげで新たな産業がこの地に作られました。きっと毛皮の産地となって領地が潤うでしょうって。なったらいいなあ。

「そのための規制を今作ってますからね。他国や他領が真似する頃には、我が領地は有名になってるはずですから」
「うん」

 お茶を飲みながらこれからのことを詰める。やることはたくさんで販路も開拓中。品質のよい毛皮はきっと売れるはず。庶民に毛皮を売りつけるのさ。うはは。

「毛皮は暖かいですが庶民には高嶺の花。色んな色にも染められますからきっと売れます」
「うん。僕がんばる」

 こんな感じで仕事が忙しくなり、僕は森に遊びには行けなくなってて、トリムやミュイには適当に遊んでとお願いしている。ロベールは鉱山の開拓を公爵のふたりとせっせとしてるし、東は今とても忙しいんだ。ふたりでゆっくり話すのは寝る前くらい。

「鉱山はなんとか村は出来て掘削も始まった。だが、領地にはまだほど遠い」
「そう。人が来ない?」
「うん。給金はいいが危険も多い。簡単には集まらんなあ」
「そっか」
「長い目で見てだな。リーンハルトが公爵になる頃完成すればいいくらいだ」
「そうだね」

 街だけ作るとか農地を作るだけならすぐ出来る。でもそこに住む人は簡単にはね。人がいない街なんて意味はないんだ。

「お前はどうなんだ?ヌーマリム」
「ゔっ美味いエサくれ……は置いといて。毛皮の販路だね。春の子供たちもアンに二~三匹くらいずつ生まれてて、ノルンたちは一年後には売れる。今季で二年目のアンも毛皮になる予定で総数は変わらんか微増。冬前の毛皮を見本に今から服飾関係に売り込まないとかな」
「なんとかなるのか?」
「服飾ギルドにお願いしてるけど、僕やあなた、公爵二人に夏でも身につけてもらって、家臣にどうですかあ~って売り込む予定」

 夏に毛皮?と嫌そうなお顔。まあ、分かる。

「防寒着にいいよってね。それとね、なんか毛長のもいるんだよ。あれは他のキツネとかと張り合えるはず。別にして繁殖をお願いしてる」
「ふーん。年いってる毛皮は庶民に、高級そうなのは貴族にか」
「うん」

 始めたばかりだから売り込んでも騎士にとなるかもだが、野生の物との差別化が重要だ。高いだけの理由もだが、こういったことは他が真似るのも早い。全て先手をとロベール。

「うん。この東の地が本家で最高品質を保てると売り込むんだ。なんたってヌーマリムとお話できるのは我らだけ。これは強みよ」
「おう。頼むな」

 まあ、珍しい精霊使いを雇われたらこの差はなくなる。先手必勝だ。

「リシャール」
「はい?」
「これどうぞ」
「なに?」

 小さな箱をもらった。なんだろうと開けると……不思議な色だなあ。魔石の紫より赤みが強くて、とても美しい。

「これ魔石?」
「うん。調べたらピジョンブラッドと魔石の中間くらいらしい。鉱山で出た」
「うそっすごい。純粋に宝石でもいいくらい透明度も高くて……うわあ」

 僕は天井の明かりにかざした。原石だからカットが悪いけど、それでもキラキラと美しい。気泡もほとんどないしクラックも少ない。なんて品質のいい。魔石に使うのがもったいないくらいだ。

「宝石より付与を強く多く出来る魔石として、貴金属扱いで一部の高品質は売ろうかなって」
「それがいい。これは普通の魔石と同等はないな」

 ちなみにヌーマリムに似た魔獣、チークスという生き物がいる。あれの魔石は薄い紫というか優しいすみれ色で、魔石ではなく宝石として流通してる。魔石としてはクズすぎてね。あの色の宝石もなくはないけど、原石は高い。だからチークスの石は庶民に大人気。でも、庶民が自分で討伐に行くのはお勧めしない。
 牙は長く爪は鋭くそして獰猛。群れは恐怖でしかない。むかし術士の頃、大群にパニックになった騎士が驚いて、チークスに火を付けたおバカさんがいた。想像を絶する山火事になったんだ。あいつら逃げるからね。見た目は怖いけど、ネズミみたいな動きをする魔獣でねえ。消しても消しても森に火の手が上がる。なんか思い出した。

「これどうするの?」
「魔石にも宝石にもおすすめと……名前はないから付けて売り込む」
「センスよさそうな……アンリ様?」
「うん。考えてる」

 かなりありそうなんだけどまだ未知数。色も安定してなくて、これは一番キレイなところだそうだ。

「今魔法省と協議中なんだ。でもそれはお前に」
「え?くれるの?」
「うん。俺の愛の証に。ピジョンブラッドは王族でも高いからな」
「ありがとう。嬉しい」

 まずお前が貴金属に加工して、夜会などに出て宣伝してくれ。貴族に売りつけると。

「付与もお前なら好きに出来るだろ?」
「商売ですか……喜んで損した」
「そんなこと言うなよ。愛してるから最初にあげたのにぃ」
「うん」

 ちなみに公爵たちも持って帰ってて、奥方に付けさせるそうです。ほら見ろ!商売だろ!

「お前もだろ?毛皮を夏に着せようと企んでるんだから」
「まあ」

 我が国はこうして大きくなったんだ。王族から商売人なんだよーんと開き直った。その通りなんだけれども。

「今流行りの魔族デザインの剣でも甲冑、貴金属にも映えそうだろ?」
「うん」

 紅色っていうのかな。とても綺麗なのは本当なんだ。美しい紫がかった赤。まあ、ロベールの役に立つからいいか。

「ありがとう」
「うん」

 そして、毛皮とこの魔石を携え、今度の西の夜会にレッツゴー。


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