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三章 東の城 

10 アーダルベルト様が東の城に

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 手紙を送ってからもすぐに返事は来なくて、ロベールは日に日に弱って行った。そんなのは耐えろってことなのか音沙汰はない。そんなある日の昼の休憩時間。

「少し休もう?」
「いや、今新規開拓の場所の案件が山積みでな。休みが惜しいくらいなんだ」
「でも」
「俺は強いよ。平気だ」

 僕は目の下真っ黒で無理に笑うロベールに堪えきれず、涙が溢れた。もうこんな姿は見たくない。自分たちで決めることが出来ないんだ。それがこんなに苦しまななくてはならないなんて、どうすればいいかも浮かばない。僕の悲しみにトリムも共感してしまい、盛大に泣き出した。

「ロベール休め!リシャールが可哀想だよ!」
「うん。分かってるが、でもなトリム」

 うわーんと激しく泣く。僕もつられてボロボロと涙が止まらない。ミュイもふるふると震えて、なんにも出来ないの?と、うわーんと泣き出した。もうカオス。部屋には泣き声のみ。

「失礼します。王が、アーダルベルト様がいらっしゃいました」
「え?」

 みんな扉を見つめ固まった。泣いてるのも止まるくらいの突然の訪問。手紙の返事の代わりに王なのか?いやいや……

「ロベールいいか?」

 案内の文官の後ろからアーダルベルト様が一歩前へ出た。本当にいた。

「へ?ああ、どうぞ」

 ロベールも変な声出して返事した。僕らは漠然としながらも、外にいますと全員出た。こういった時は僕らはいない方がいい。王の引き締まった顔を見ればいてはならぬとわかる。
 全員で外に出ると、なら湿っぽい空気をどうにかしましょうとミレーユの提案で、お庭に出てお茶会だあ!料理長にお菓子にお茶に、ちょっとお酒なんか用意してもらって楽しく……は無理だったけど待った。とても長く感じる時間を過ごし、太陽の色に赤みが掛かる頃、ロベールの文官が呼びに来た。すでに三時間は過ぎていた。

 僕らは部屋に恐る恐る入ると、王の膝でロベールは寝ていた。アーダルベルト様は口に指を当てシーって。寝室の扉を開けろとアーダルベルト様はクオールに言って、王はロベールを抱き上げてベッドに寝かせた。シーって言いながら外に出て、部屋を変えようと客間に移動した。

「済まないリシャール。ロベールを追い詰めすぎた」

 彼の静かな声に、ロベールが考えたくなくて必死に仕事をしていた姿が思い出された。

「はい……寝るのを忘れて働いて、僕を視線から外さないようにしていました」
「ああ。私はロベールを甘く考えていた。私のようには諦めない奴なんだな」

 まあ結果だけ言うと、リシャールに子を産んでくれってのはなくなった。たまたまロベールとの間に産まれたら、調べるくらいにしたんだそう。

「アルフレッドもアルフォンスもモーリッツに食って掛かってな。なんであのふたりばかり!俺が側室持ってこれだけやってるのは、ロベールは心の本当の奥底に弱い部分がある!分かれ!って叫んだんだ」
「あはは……兄様たちったら」

 ロベールは私に近く、私より弱いところがある。だから東の王もルーカス様の方がいいかと考えたこともあるそうだ。能力ではなく性格でなあって。

「あれは視野が狭いんだ。王族だから一見広いようで、でも宝箱にリシャールと子どもたちを入れて終わり。それしか見ない。見えなくなるんだ。自分のものを大切にするあまり、周りが見えなくなる。守りたい気持ちばかりになる」
「ああ、なんか分かります」

 ロベールは民にも認められ始め、東の地は叔父上の頃と同等の落ち着いた状況を維持している。不正が多かった旧ヘルナーの地は、領主とロベールが頑張って正常化に向かっている。他の治安が悪化してた領地にテコ入れしたり、自分がやれると思うことは、どんどん手を入れて成功させている。僕はそれを見てるだけでなにも役に立たないどころか、問題ばかり起こした。ごめんなさいとアーダルベルト様に頭を下げた。

「リシャール。今までのは問題ではない。我らが問題を見ぬふりしていたのが表面化しただけ。お前が問題起こしたのは、結婚式だけだ」
「はい……」

 国の安定、現在を維持するなら僕に側室を充てがうのが正解。これは誰が見てもそう。だけど私も妻以外側室は持ちたくなかった。そこはロベールと同じ。妻しか見えなくなるんだ。私も王としては問題がある部類だよと。

「でも私は幸せだ。前の妻も今の妻も本当に愛してるんだ。それ以外にいらない。子もな」
「はい」

 魔力の強化と言う意味では、もう貴族に子を下賜する必要などない。だが、領地運営とは上手く行く年ばかりではない。領主が保険を掛けたい気持ちは分かるんだ。税の免除申請は恥だとみんな思っている。重税にしてかき集める領主すらいるらしい。農民は特に負担が大きく飢えるならばと他国の安定した地に逃げる。抑えることなど無理。翌年以降に落ち着いても、民はすでにいないなんてことが起きる。共和国内なら移住し易いのをみな知ってて、国民としての登録もいらないから逃げ足は早いんだよと、アーダルベルト様は笑った。

「裕福な我が国特有なんだがな。民の割り切りは早い。民が領主を敬愛しているなんて言える地は少なく、国内ならどこでもいい、王都なら働き口にも困らないってね」
「そうですね。武器商人国家のくせに、それ以上の物流がありますから、職を選ばなければですね」

 西は特にそのケが強い。南なんか嵐で作物がとれなくなったら、他国にでも気にせず行ってしまう。そして二度と戻ってこない。民の移動を防ぐのが側室や愛人制度なんだ。その支度金はちょうど一年分、足りない分くらいになる。領主一族が一年慎ましく食べれる分だ。

「分かっているんだが、私はこの制度を辞めたい。低金利で貸付けにしたいんだ」
「なぜですか?」
「うん?子を産むためだけとか、種付けだけとか愛のない若い時の数年は取り返せない。ある意味身を売った数年の代償は、年を取ると余計感じるものなのだ」

 王によると、側室になった人が家に戻っても居場所はなく、また自力で相手を見つけることが難しい。待っててくれる相手がいるなら別だが、王族をみなが好きなはずはない。王族との繋がりはよくも悪くも作用するから、お手付きを嫌う家があるのも事実でお金だけが目当ての家もある。

「側室は王族の妻もどきで身分も高く、側室に選ばれる自分は特別と考える。変なプライドが姫らにあってなあ」
「はあ」

 家に帰っても贅沢は忘れられず、年と共に性格が悪くなっていく。最終的にはお金を積んで身内の身分の下の者に嫁がせるが、不満の中年老いて死んでいく。それを知ってるから、側室は生涯家には帰らない人が多いんだよって。

「そんな不幸な人を作りたくなかった。決意した時は若かったんだが、今でも嫌だよ。知ってるか?私には未だ側室の釣書が来るんだ」
「ほえ……死ぬまで来るって嘘じゃないんですね」
「ああ」

 それだけ領地持ちの家は危機管理したいのさって。それが領主の民への責任で、民を飢えさせてはならないって真面目な領主ほど強く考える。性格がいいかと聞かれれば否な人物は多いが、民には責任感はあるんだ。それが私の自慢の貴族たちなんだと、幸せそうに笑う。

「今はみんなに内緒で貸し付けてるけどな」
「お聞きしてます」

 新たな領主にもこれから必要で、土地なし貴族が今アピール合戦だ。そして育ったら側室の子をくれってな。あなたの役に立ちますから、ぜひと売り込んでくるらしい。

「ロベールはそれを見てるんだ。今の生活に辛く苦しくなって、城に殴り込んできた姫を何人も見ている」
「ああ、それで……」

 そして、その王族の妻たちの心の葛藤や、側室の姫の心の痛みを思うと苦しかった。もう反射的に嫌なんだろうって。

「リシャールは、ロベールがどうぞと言ったら受けたのか?」
「へ?……えーっと、ロベールがしろって言うならしましたね。僕はロベールのために生きたいので。それくらいしか役に立てないのです」
「そうか。ロベールはよい嫁をもらったな」

 だが、モーリッツは諦めてはいない。リシャールお前は私の身内、モーリッツの管理ではない。それは私が決める権限がある。こんなことぐらいしかしてやれぬが許せと。とんでもないと苦笑いした。

「王は国の運営、政治が一番なんだ。子の気持ちなど後回しにする。それがどうにも受け付けないが、これくらいならな」
「はい。ありがとうございます」

 王もたくさん悩んで悩んで今がある。あのヘルナーの戦もとても嫌だったそうだ。どんな悪党でも、殺すのはなしでと王子を行かせたけど、戦況が不味いと駆けつけて殲滅。ものすごく嫌で後で悶々と悩んだそうだ。

「人の命は儚く短い。人族は他の種族に比べ短命なんだよ。だから、やりたくないこと見たくないことはやりたくない」
「そうですね」

 リザードンとか爬虫類系の獣人は長生きだしなあ。毛皮組は人と同じだけど、魔族もエルフ、ドワーフは五百年くらいが寿命だ。精霊なんか死がないし。魔獣はわからん。弱い人族が幸せに生きるにはどうしたらいいのだろう。

「難しいんだ」
「短い生を精一杯楽しむしかない」
「ああ、だからお前はなにも心配しなくていい」
「はい」

 私はこちらに一泊して帰る。また夕食でなと立ち上がった。クオールがお部屋はこちらですと案内する。ミレーユは王子がかわいくてここまで来るなんて、今期の王様はお優しいと言う。

「これは、我が国が経済的にも治安的にも落ち着いている証拠ですね」
「うん。家族のことに心を砕ける王がいるってだけで凄いよ」

 なんか疲れたな。ちょっと横になるかと窓際のとソファに移動して寝転んだ。

「ロベールが起きるか、夕食になったら起こして」
「はい。二時間もありませんけど、お部屋……は不味いか」

 ならブランケット持ってきますねってミレーユは外に行った。僕はクッションを枕に目を閉じた。もう僕はロベールにあげたんだ。彼の意志に従うよ。なんかそれで幸せなんだ。側室持てって言うなら持つ……よ……うん……


「リシャール様お時間です」
「あ、うん」

 寝た気がしねえ。顔の前にはミュイを枕にトリムも寝ている。ふふっかわいいな。ふたりは寝てる?と聞けば、あ?俺も飯食べると。俺も飯食ってくるとミュイはミレーユが開けた窓からトコトコと出て行き、トリムは僕と一緒に食堂へ。

「ロベール起きたの?」
「ええ、もう食堂にいますよ」
「そう。置いて行かれたか」

 食堂に入るとアーダルベルト様とロベールが席についていた。

「ごめんなリシャール。ちょっと話したいことがあって置いて出てしまった」
「いいえ。少しは気が晴れましたか?」
「ああ」

 後で話があると言われ、まずは食事と三人でいただく。料理長は頑張ったのか、牛魔獣の肉がある!おととい出てたのに。んふふっ美味しい。三人で他愛もない日常の話をしてサロンに移動した。こんなにゆっくり話すことはないんだからってね。

「リシャールは無理してないか?こいつこんなだから」
「いいえ。仕事もせず遊ばせてもらってますから」

 ふーんとアーダルベルト様。報告ではしてるように聞いてるが?と不思議そうだ。

「僕は街や森に遊びに行って、途中の農夫の皆さんと話したり、街でみんなと遊んてるんです。それだけ」
「ほほう。それは視察とは違うのか?」
「違います。ただみんなとお話したり、買い物してるだけですよ」

 ロベールはそれがとても役に立つ。こちらの依頼をよく聞いてくれるんだと言う。

「細かな変更とかは最初ごねてたんたが、リシャールが街に遊びに行くようになると、リシャール様よくしてくれるからと二つ返事に変わったんだ。意味があるんだよ」
「ほほう。ならば視察だな。ウィリアムの伴侶もそうしていたらしいからなあ」

 民との距離を近くするのに苦心していた。見た目がこちらの好みの美人に合致した姫だったから、それはもうモテた。よく花束とか物とかもらってたよって。……僕は、なんもいただいておりませんが?代金のおまけすらありません。

「ああ、リシャールはそのな。こちらの美人ではないかなあ?あはは」
「たまにジュースとかいただくくらいか」

ロベールは、俺がかわいいと思ってるからそれでいいのと微笑む。親の前でもう!疲れてるから酔ってるな?

「ロベールは私に似ててなあ。あんまり似て欲しくないところはよく似るもんだ」
「父上、俺は自分が好きですよ。弱っちいのは自覚してますが、それも悪くない」
「苦労するだろ?こんなふうに割り切れなくて」

 まあと微笑む。愛する妻ひとり守れなくて、民など守れませんよと、半分入ったグラスを飲み切る。

「俺はまず身近な人が幸せであって欲しい。その範囲を大きくして民もですよ。こんな手の届く人を幸せに出来ず、誰を幸せにするんですか」
「ふふっ甘いな。その甘さは心を痛めつけるぞ」
「知ってます」

 今は黙らせたがモーリッツは諦めない。お前以外の子種の子を欲しがっている。王族以外なら誰でもいい、子をひとりくれってな。王太子ではないお前は絶好だと考えていると。父上はもう!

「俺の子では火竜になるか」
「ああ、生き物として精霊は魔獣には勝てないんだ。今のお前の子で分かるだろ。魔獣は負の生き物。聖獣などと崇めても、あれは魔の者たちだからな」
「ええ」

 僕らのふたりの子どもたちは、火竜の反応がとても強く、僕の精霊の反応はあるかないかってところだってアンリ様。例え強くしたところで精霊は負けるよって。僕もハイネに聞いたんだ。そしたら無理かなあって。どんなに力が強かろうと、魔獣の魔の強さはまた違う。あの火竜は神獣になった魔物。人の言葉で言えばね。だから無理って。みんなには言ってないけど、緑の竜になれる子は、王族の血の混ざりが少ない人の方が生まれやすいそうだ。民が一番かなって。

「どうしてもって言うなら、俺の私財で捜索隊を出しますよ。リシャールは誰にも触れさせない。結婚前とは違うのですよ」
「あはは。そうだな」

 アーダルベルト様は、果物を口に入れ飲み込むとため息。それが出来る私財があっても許されないだろうなって。顎のヒゲをしごいた。

「お前かアルフレッドが行かねばならぬ。それか、ウィリアムの子か」
「はい……」

 俺なら行けませんか?とかロベールは言ってるけど、ダメだとアーダルベルト様。俺の子は隠し子もいないからお前ら三人だけ。一人でも欠けると困るんだ。ウィリアムの子を担ぎ出すのか?それも今さら?嫌がるだろ。一代公爵になりお前をゆったり手伝う様になってるんだ。今さら言われてもと反発必至だよと。

「まあ、俺の考えにあいつらは賛同しないかも」
「だろ?私たち王族は言いたくないが、心が弱い。妻を、家族を愛しすぎるんだ。その決断が出来ない頑固さはあるけどな」
「はい。いつかと考えたことはあったのですが、もう全身が拒絶でどうにもなりません」

 俺間違うと子種の側室を殺しそうなんですよ。それ犯罪だし、ここにいられなくなる。リシャールにもつらい思いをさせてしまうからと、声が小さくなる。ロベール……

「うんうん。悪い考えだが、先のことは先の者が考えればよろしい。そんなふうに私も思う時がある。我らもそうやって現状を変えてきたんだから」
「そうですね。アルフォンスの子どもに続く子に、竜になれる子が生まれるかもしれませんし」
「ああ」

 それもハイネに聞いた。確率論だが生まれるでしょうって。でもね、いて欲しい時に生まれるかは不明。今回は随分と間が開いたけど、それもたまたま。実は生まれる時は続けてなんてのもある。人の不思議だねって。

「精霊王を味方につけるのもありかな。王がバックにいる国って脅威にはなるよ」
「ああ、そうだね」

 だからハイネにはリシャールが王の説得を頑張れって言われた。でも、実は言いにくいんだけど僕らは愛し合っていた。兄弟の愛ではなく、愛しい番として。だから、あちらがハイネを見つけた今、なにを考えているかは不明。強硬な手段に出ないとは限らない。トリムたちでは勝ち目はないから、常に誰かと一緒にいるようにと念を押された。

 だから食われるかもってのは置いといて、その部分を話したら、ふたりとも文献にきちんと残しておけばいい。そうすれば未来の困難の一つは減らせるだろうって。そしたらリシャールはそのまんま俺の妻だけでいい。モーリッツに手紙書いておけって。うん、もう書いて送ってるよ。恐ろしく喜んでたけどね。

「運が良ければだが、アルフォンスの子にいるやも知れぬ」
「ええ。成人するのが楽しみです」

 占いのような感じだけど、まあいつかは生まれるからね。そんなこんなで翌日、アーダルベルト様は西に帰って行った。






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