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二章 緑の精霊竜として
15 更にやっちまった
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静かな部屋で口を開くのが怖いと、お茶のカップを見つめていた。僕の説得を聞いてくれるかどうかも分からない。でも僕の話は「あなたは一生妻を持つな」と言うのも同然で……人に愛されたいと強く思うユアン様には酷な話しだ。どう切り出そうか思案してると。
「私にここにいて欲しいと願いに来ましたか?」
ビクッとした。察しがよくて震える。はあと息を吐いて彼を見つめた。
「その通りです。僕の軽率な言葉を真に受けたのでしょう?あなたの努力を無視した提案でした。謝ります。申し訳ございませんでした」
すると、一拍置いてあははっと声を上げて笑った。その姿に面食らってぽかんとしてしまった。
「違いますよ。神殿の中の不正をどうにも出来ない自分に嫌気がさしただけです。力のある立場になってまでこれかと、情けなくなったのです」
「でも……」
あなたに断られたのはきっかけでしかない。自分の力のなさに嘆いているところにあなたは現れた。あまりのかわいさに夢中になり、側室にしてくれと言ったが、無理なのは承知していたそう。あなたがロベール様をとても愛しているのはここまで届いてましたからねと微笑む。
「ならなぜ側室になんて」
「うーん、ここから逃げたかったのでしょうか。努力の結果が付いてこないのはここでは当然なのですが、それに飽きたというか、なんというか」
実家に逃げ帰るのはなんとなく違う気がしてたから、王族の側室ならばと。あなたなら申し分ないから。私の子を産んで欲しかった。これはウソではない本心。
「あなたを好きな気持ちは本心ですよ。私が触れた時、違うと感じたのでしょう?」
「え?」
「あなたの顔色を見れば分かりますよ。でも押してみたんです」
バレてたのか、なんて方なのたろう。ぽかんと見つめてしまった。
「あなたは裏表がなさ過ぎるから分かりやすいんです。ああ、私はないんだなって感覚で分かりました」
「すみません。あなたを好ましくは思いますが、なにか違うんです」
「ええ。言わなくても分かりますよ、その感覚は」
私は成人後ここに来たと言いましたが、私こう見えて魔力が多いんです。家族にも神殿は魔力少なめの者が行くところ、考え直せと言われましたが強行した。騎士や文官の未来が見えなかったから。その学園時代には恋人もいました。でもね、あなたのいう感覚が合わず結果は別れた。
「私はアイドルなどと持て囃されてますが、素は地味です。人前に出るのは好きではないですし、戦うのもね。ここは地味な私には合っていたんですよ」
「そんなふうには見えませんけど」
そうかもね。いつも外の顔を作ってましたから。でもだからここに逃げ込んだのです。ここに来れば城の催しにも出席せずともいいし、結婚とうるさく言われない。規律を守り民の安寧を祈ればいい。結婚式などの祝い事を祈り、葬式の手配をする。決まりきったことをやれば事足りる。孤児院の子どもたちを成人させ世に出すこと。本来の職務はこんなもの。神殿の中の規律に目が行き過ぎて参ってたんですよって、憂いた目をする。
「ごめんなさい……残れなんて言えないですね」
「いいえ。あなたの立場ならそう言いに来るのは当然ですよ」
そう言い切るとカップを手に取りお茶を飲んだ。ふうってため息をついて、私は自分の人生の道を見失いました。なにをしたいのか分からなくなってますって。
「もう三十も手前なのになに言ってるんだかですが、分からないんです」
どこからかこの話は漏れて、兄が帰って来いと手紙が来ました。手広くやり過ぎて困ってるからって。でもそれもなんか違うと感じます。やれば楽しいのでしょうが、なにか違う。なら、旅に出るとか、他国に行って環境を変えるのもありかと考えましたが、消極的な私には向かない。
結婚ねえって改めて考えたけど、どっちでもいいかなと考えついた。なんにもない空っぽなんで妻になる人に申し訳ないと、苦笑い。
「あなたは素敵です。今は迷ってるだけですよ。僕なんか結婚が目的地になり迷いました。その先をなにも考えてなかったのです。それでここに来るようになったのですが、あなたに迷惑を掛けました」
「そんなことはないですよ。子どもたちも神官も毎月楽しみにしてましたから」
神獣と呼ばれるフェニックスを見ることなど死ぬまでない生き物を、目の前で見られて触れるなんて夢のようですから。落ちた羽は暖炉や竃に入れれば火を起こさなくても薪が燃える。魔力の乏しい者にはありがたいものですから、気にするなって。
「ここにいる神官は、人生に迷ったりいらない子と家で蔑まれた貴族の子です。私が異例なんですよ」
魔力が極端に少なく、士官も領地の仕事さえ民より劣ると言われた者たち。この国にもいるのですよ、そんな者たちがと哀しそうに笑う。この魔力大国の我が国では、「役立たず」と言われる者が。その者たちを助けたいと私も初めは思ってました。ですが、彼らは頭も残念でどうにもねって。捨てられたって気持ちが先行して、先を考えることを放棄したんです。だから情欲や飽食に傾きやすいのです。寂しさを埋めるために。
僕は聞いてて辛くなった。僕に魔力がなかったらここに来てたかも知れない。この性格じゃここでも上手くやれてたかどうかだな。両親や兄上に冷たい目で見られて「役立たず」なんて面と向かって言われたら?耐えられるの?
「それを耐えてここにいる。死ぬことも出来ずにただ生きているだけ、そう考えてしまう。でもここはみんなそんなですから傷を舐め合ったり、欲に溺れたり。一刻でも愛を感じたくなります」
「そう……ですか」
まあ、孤児から神官になる者もいますから全員ではありませんが、半分はそんなです。それをなんとかしようなんて自分の傲慢さですよと、ユアン様は辛そうに笑う。愛されて育った私の空虚感とは違うものですから、なんとか出来るなどと思う方がどうかしている。そう思ったら……ふうと天を仰ぎ手で目を覆った。
「神殿は辛い場所です。神官も孤児と同じ。火竜の優しさに縋ってるんです」
「はい……」
幸せに生きている者には理解出来ない世界。お金がたくさんあれば解決する問題じゃないんだ。彼は絶望したんだ。これだけ改革しても彼らの心は救えない。なら、僕はみんなになにが出来る?なにをして上げればいい?ユアン様に東に行ってもらうなんてことばかりじゃない。神殿に関わるみんなに、王族としてなにが出来るの?どうしたらいいのかな。
「リシャール!」
兄上が駆け込んで来て正気になると、竜になっていた。そしてほわほわと何かが体から溢れれて……?
「そのまま本殿に来い!」
「え?はい?」
この客間の隣に本殿の内扉があって、祭壇の前に行けと言われた。今日は僕が来るから本殿は民には解放してなくて誰もいない。高い天井だなあとか思ってると。
「お前なに考えてた?それは癒しの光だ。竜の民を思う心がその光になる」
へえ、これがそえなのか。ほほう。
「ユアン様にここの内情を聞いててツラくなって、なにか出来ないかと考えてました」
「そうか……手を組め。そして、みなに安寧をと解放しろ」
「え?」
「いいからやれ!もう戻せないんだよ。そこまでになると早く!」
兄上が真剣だから言われた通りに手を握り、民に安寧をと叫んだ。目が眩むほどの金色の光が本殿に溢れ、眩しくてなにも見えなくなった。その光は建物をすり抜けドフンっと音を立てて広かったようだ。ゆっくりと光が衰え静寂が戻った。
「リシャール元に戻れ」
「はい」
ユアン様は後から来たのか呆然と僕を見つめていたけど、兄上の横をすり抜けスッポンポンの僕に抱きついた。え?
「リシャール様。心の澱が軽くなった気がします。お願いがあります。神官に結婚する許可を下さいませ。愛に飢えた神官にも人の愛を下さいませ」
「はい?」
兄上も呆然と僕ら見つめていたけど、ハッとして僕らの元に来た。ユアン様離れてと引き剥がし、今の話はどういうことだと聞く。
「ここの風紀の乱れの根本原因は愛情の不足です。人は誰しも愛されたいし、愛したい。ですがここの者は生涯人の愛を受けることはない。火竜の愛は個人の愛ではなく、即物的な神官には届きません」
「はあ?」
まあ、客間に戻って私の話を聞けと僕らの手を引き、部屋に戻るとユアン様はまくし立てた。その前に服くれ。ああ、ごめんなさい神殿の神官服で我慢をと、用意してくれた。そしてユアン様は続けた。
「ですから!きちんと火竜を祀るためにも結婚をさせて下さい!」
兄上はまあなあって。でもなあ……と。
「これは一度議会に掛けねば無理ですね」
「なら掛けてもぎ取って下さい!」
彼はなぜ結婚出来ない規則が出来たのか、先程の光のお陰で思い出したそうだ。魔力の乏しい者の血など残しても無駄ってのが、神殿がこのような状態になった頃決まった。それまでは神官にも妻も夫もいたそうなんだ。ある意味家の恥の子を捨てる、貴族の子捨て場になったあたりで変更されたらしい。なら元に戻せって。彼らは確かに魔力は少ないが、魔力の少ない国など他にもあるし、立派な国ばかりだ。問題ない!って。
「ほほう。俺も初耳だ。いつから?」
「建国百年頃からです。神官のなり手が少ない時期でしたから、家でいらない子を集めて神官にしてたようです」
「ふーん。こりゃあ王族も忘れてるかもな。よし、俺が父上に掛け合って見ます。ですがユアン様期待しないで下さいよ。捨てるところがない!なーんて騒ぐ貴族も出ますからね」
「そんなのは想定済みです。いいじゃないですか。神官同士で結婚しても。ね?」
まあなあって。伴侶と仲良く火竜と孤児を見守るか。それもありだなと兄上。だが、
「それだと魔力が必要ない仕事に就きたくなって、いずれ神官がいなくならないか?子どものために稼ぎたいとか」
「はい!ですのでリシャール様に畑の提供も願いたいです!野菜や家畜を育て賃金を得て、個人のにするのです」
「え?それは……違うのでは?」
まあそのへんは後で考えましょうよ!捨てられる貴族の子は定期的に来ますし、下働きの民もそう。魔力の乏しい人は一定数いますから、結婚後はまたでね!と力強く訴える。
「リシャールの側室の話は?」
「私はやる気になりました!側室にはなりませんからお気になさらず。ここで結婚出来る制度をお願いします!」
「「はあ」」
まあそれならと城に戻ると、父上のフリした鬼がおった……王族用の出入りの大扉の前に仁王立ち。
「リシャール!!」
「ひぁい!」
馬車から降りると腕を掴まれてズンズンと歩く。
「父上痛い!」
「うるさい!」
そのまま王の執務室に連れ込まれソファにぶん投げられた。ひどい。
「連れてまいりました。アーダルベルト様」
「乱暴だなあ、モーリッツ」
姿勢を正して座り直して王の方を向いた。
「リシャールなにしたの?」
「あー……癒やしの力を解放したようです……ね」
「ふーん。なんで?」
神殿のことを話すと、ああ、それでかと。あそこは可哀想な子弟がいるからなあ、共感したのか。うんうん、王族らしくていいぞって笑う。
「止めて下さいませアーダルベルト様。つけあがります!」
「父上つけあがるとはひどい!」
黙ってろモーリッツと王が父上を静止して、
「リシャール。この力は人を活性化させるんだ。不安や辛さも癒やすが、魔力も底上げする。たぶん神殿にいた彼らは下位の貴族、男爵か騎士身分くらいには上がってるはずだ」
「ウソッ」
この光を浴びた者は軒並み上がってるはずで、明日には大騒ぎになる。
「そんな……ごめんなさい。いえ申し訳ございません」
兄上も来て説明してくれた。もう力を止めることが出来る感じではなくて、開放させたと。
「まあいいんだが、その恩恵に与れなかった者たちが騒ぐ。不公平だとな」
「はい」
冒険者は今ある魔力を幼い頃から努力で上げて行く。民も手に職を持ち、ちまちま増やして行くのが普通。それでも十八あたりが頭打ちで、スキルを磨いて不足分を補う。それは知ってます。
「それがたまたま神殿にいたとか、近くにいたから魔力が上がった。なら、もらえなかった者はどう感じるかな?」
「不満に思います」
「だろ?だからその力は禁忌なんだ」
またやっちゃった。ちゃんと勉強したのになあ。
「精霊の力だから分からないことも多い。でも、今回の力は解明されている力だ。使っちゃダメなのは分かるよね?」
「申し訳ありませんでした」
こんな自分の感情も制御出来ない子に発現するとは、神も意地悪だと父上。ひどい!
「父上、それはあんまりです。リシャールは神殿の神官を憐れんだだけです。たぶん自分だったらと考えたのでしょう」
「それでもだ!見ても使ってもいなくて分からなくても、術の発動は止めるもんだ!」
「ごめんなさい。兄様庇ってくれてありがとう」
人前では兄上と言いなさいと肩をポン。そうだ、気をつけてたんだけどな。兄様って呼ぶ方が楽なんだ。大人だからダメ!って父上が言うから頑張っていたんだ。まあ、子どもじゃないから、どの人も兄様とは人前では言わないけどさ。
「アルフォンスはリシャールに甘い!だからこんななんだ!」
「そんなことはありませんよ。リシャールなりに頑張ってますよ」
フンと鼻を鳴らした。父上ひどい。
「まあまあ。神殿には口止めしたし、結婚?それを議会にかけろと言ってたが?」
ああ、それは私が説明をと兄上が言うと、リシャールはもういい。反省しろって追い出された。ひどい!扉がピシャッと閉まるとリシャール様、おかえりってミレーユが。うわーん!ミレーユみんな意地悪なのぉ!
「はいはい。お部屋で聞きますよ」
「うん聞いてぇ」
ミレーユに連れられて部屋に向かった。不可抗力なのに、こんなに叱らなくてもいいじゃないか!と泣いたり怒ったりして、ミレーユがまあまあと慰めてくれた。クソーッわざとじゃないんだよ!
「私にここにいて欲しいと願いに来ましたか?」
ビクッとした。察しがよくて震える。はあと息を吐いて彼を見つめた。
「その通りです。僕の軽率な言葉を真に受けたのでしょう?あなたの努力を無視した提案でした。謝ります。申し訳ございませんでした」
すると、一拍置いてあははっと声を上げて笑った。その姿に面食らってぽかんとしてしまった。
「違いますよ。神殿の中の不正をどうにも出来ない自分に嫌気がさしただけです。力のある立場になってまでこれかと、情けなくなったのです」
「でも……」
あなたに断られたのはきっかけでしかない。自分の力のなさに嘆いているところにあなたは現れた。あまりのかわいさに夢中になり、側室にしてくれと言ったが、無理なのは承知していたそう。あなたがロベール様をとても愛しているのはここまで届いてましたからねと微笑む。
「ならなぜ側室になんて」
「うーん、ここから逃げたかったのでしょうか。努力の結果が付いてこないのはここでは当然なのですが、それに飽きたというか、なんというか」
実家に逃げ帰るのはなんとなく違う気がしてたから、王族の側室ならばと。あなたなら申し分ないから。私の子を産んで欲しかった。これはウソではない本心。
「あなたを好きな気持ちは本心ですよ。私が触れた時、違うと感じたのでしょう?」
「え?」
「あなたの顔色を見れば分かりますよ。でも押してみたんです」
バレてたのか、なんて方なのたろう。ぽかんと見つめてしまった。
「あなたは裏表がなさ過ぎるから分かりやすいんです。ああ、私はないんだなって感覚で分かりました」
「すみません。あなたを好ましくは思いますが、なにか違うんです」
「ええ。言わなくても分かりますよ、その感覚は」
私は成人後ここに来たと言いましたが、私こう見えて魔力が多いんです。家族にも神殿は魔力少なめの者が行くところ、考え直せと言われましたが強行した。騎士や文官の未来が見えなかったから。その学園時代には恋人もいました。でもね、あなたのいう感覚が合わず結果は別れた。
「私はアイドルなどと持て囃されてますが、素は地味です。人前に出るのは好きではないですし、戦うのもね。ここは地味な私には合っていたんですよ」
「そんなふうには見えませんけど」
そうかもね。いつも外の顔を作ってましたから。でもだからここに逃げ込んだのです。ここに来れば城の催しにも出席せずともいいし、結婚とうるさく言われない。規律を守り民の安寧を祈ればいい。結婚式などの祝い事を祈り、葬式の手配をする。決まりきったことをやれば事足りる。孤児院の子どもたちを成人させ世に出すこと。本来の職務はこんなもの。神殿の中の規律に目が行き過ぎて参ってたんですよって、憂いた目をする。
「ごめんなさい……残れなんて言えないですね」
「いいえ。あなたの立場ならそう言いに来るのは当然ですよ」
そう言い切るとカップを手に取りお茶を飲んだ。ふうってため息をついて、私は自分の人生の道を見失いました。なにをしたいのか分からなくなってますって。
「もう三十も手前なのになに言ってるんだかですが、分からないんです」
どこからかこの話は漏れて、兄が帰って来いと手紙が来ました。手広くやり過ぎて困ってるからって。でもそれもなんか違うと感じます。やれば楽しいのでしょうが、なにか違う。なら、旅に出るとか、他国に行って環境を変えるのもありかと考えましたが、消極的な私には向かない。
結婚ねえって改めて考えたけど、どっちでもいいかなと考えついた。なんにもない空っぽなんで妻になる人に申し訳ないと、苦笑い。
「あなたは素敵です。今は迷ってるだけですよ。僕なんか結婚が目的地になり迷いました。その先をなにも考えてなかったのです。それでここに来るようになったのですが、あなたに迷惑を掛けました」
「そんなことはないですよ。子どもたちも神官も毎月楽しみにしてましたから」
神獣と呼ばれるフェニックスを見ることなど死ぬまでない生き物を、目の前で見られて触れるなんて夢のようですから。落ちた羽は暖炉や竃に入れれば火を起こさなくても薪が燃える。魔力の乏しい者にはありがたいものですから、気にするなって。
「ここにいる神官は、人生に迷ったりいらない子と家で蔑まれた貴族の子です。私が異例なんですよ」
魔力が極端に少なく、士官も領地の仕事さえ民より劣ると言われた者たち。この国にもいるのですよ、そんな者たちがと哀しそうに笑う。この魔力大国の我が国では、「役立たず」と言われる者が。その者たちを助けたいと私も初めは思ってました。ですが、彼らは頭も残念でどうにもねって。捨てられたって気持ちが先行して、先を考えることを放棄したんです。だから情欲や飽食に傾きやすいのです。寂しさを埋めるために。
僕は聞いてて辛くなった。僕に魔力がなかったらここに来てたかも知れない。この性格じゃここでも上手くやれてたかどうかだな。両親や兄上に冷たい目で見られて「役立たず」なんて面と向かって言われたら?耐えられるの?
「それを耐えてここにいる。死ぬことも出来ずにただ生きているだけ、そう考えてしまう。でもここはみんなそんなですから傷を舐め合ったり、欲に溺れたり。一刻でも愛を感じたくなります」
「そう……ですか」
まあ、孤児から神官になる者もいますから全員ではありませんが、半分はそんなです。それをなんとかしようなんて自分の傲慢さですよと、ユアン様は辛そうに笑う。愛されて育った私の空虚感とは違うものですから、なんとか出来るなどと思う方がどうかしている。そう思ったら……ふうと天を仰ぎ手で目を覆った。
「神殿は辛い場所です。神官も孤児と同じ。火竜の優しさに縋ってるんです」
「はい……」
幸せに生きている者には理解出来ない世界。お金がたくさんあれば解決する問題じゃないんだ。彼は絶望したんだ。これだけ改革しても彼らの心は救えない。なら、僕はみんなになにが出来る?なにをして上げればいい?ユアン様に東に行ってもらうなんてことばかりじゃない。神殿に関わるみんなに、王族としてなにが出来るの?どうしたらいいのかな。
「リシャール!」
兄上が駆け込んで来て正気になると、竜になっていた。そしてほわほわと何かが体から溢れれて……?
「そのまま本殿に来い!」
「え?はい?」
この客間の隣に本殿の内扉があって、祭壇の前に行けと言われた。今日は僕が来るから本殿は民には解放してなくて誰もいない。高い天井だなあとか思ってると。
「お前なに考えてた?それは癒しの光だ。竜の民を思う心がその光になる」
へえ、これがそえなのか。ほほう。
「ユアン様にここの内情を聞いててツラくなって、なにか出来ないかと考えてました」
「そうか……手を組め。そして、みなに安寧をと解放しろ」
「え?」
「いいからやれ!もう戻せないんだよ。そこまでになると早く!」
兄上が真剣だから言われた通りに手を握り、民に安寧をと叫んだ。目が眩むほどの金色の光が本殿に溢れ、眩しくてなにも見えなくなった。その光は建物をすり抜けドフンっと音を立てて広かったようだ。ゆっくりと光が衰え静寂が戻った。
「リシャール元に戻れ」
「はい」
ユアン様は後から来たのか呆然と僕を見つめていたけど、兄上の横をすり抜けスッポンポンの僕に抱きついた。え?
「リシャール様。心の澱が軽くなった気がします。お願いがあります。神官に結婚する許可を下さいませ。愛に飢えた神官にも人の愛を下さいませ」
「はい?」
兄上も呆然と僕ら見つめていたけど、ハッとして僕らの元に来た。ユアン様離れてと引き剥がし、今の話はどういうことだと聞く。
「ここの風紀の乱れの根本原因は愛情の不足です。人は誰しも愛されたいし、愛したい。ですがここの者は生涯人の愛を受けることはない。火竜の愛は個人の愛ではなく、即物的な神官には届きません」
「はあ?」
まあ、客間に戻って私の話を聞けと僕らの手を引き、部屋に戻るとユアン様はまくし立てた。その前に服くれ。ああ、ごめんなさい神殿の神官服で我慢をと、用意してくれた。そしてユアン様は続けた。
「ですから!きちんと火竜を祀るためにも結婚をさせて下さい!」
兄上はまあなあって。でもなあ……と。
「これは一度議会に掛けねば無理ですね」
「なら掛けてもぎ取って下さい!」
彼はなぜ結婚出来ない規則が出来たのか、先程の光のお陰で思い出したそうだ。魔力の乏しい者の血など残しても無駄ってのが、神殿がこのような状態になった頃決まった。それまでは神官にも妻も夫もいたそうなんだ。ある意味家の恥の子を捨てる、貴族の子捨て場になったあたりで変更されたらしい。なら元に戻せって。彼らは確かに魔力は少ないが、魔力の少ない国など他にもあるし、立派な国ばかりだ。問題ない!って。
「ほほう。俺も初耳だ。いつから?」
「建国百年頃からです。神官のなり手が少ない時期でしたから、家でいらない子を集めて神官にしてたようです」
「ふーん。こりゃあ王族も忘れてるかもな。よし、俺が父上に掛け合って見ます。ですがユアン様期待しないで下さいよ。捨てるところがない!なーんて騒ぐ貴族も出ますからね」
「そんなのは想定済みです。いいじゃないですか。神官同士で結婚しても。ね?」
まあなあって。伴侶と仲良く火竜と孤児を見守るか。それもありだなと兄上。だが、
「それだと魔力が必要ない仕事に就きたくなって、いずれ神官がいなくならないか?子どものために稼ぎたいとか」
「はい!ですのでリシャール様に畑の提供も願いたいです!野菜や家畜を育て賃金を得て、個人のにするのです」
「え?それは……違うのでは?」
まあそのへんは後で考えましょうよ!捨てられる貴族の子は定期的に来ますし、下働きの民もそう。魔力の乏しい人は一定数いますから、結婚後はまたでね!と力強く訴える。
「リシャールの側室の話は?」
「私はやる気になりました!側室にはなりませんからお気になさらず。ここで結婚出来る制度をお願いします!」
「「はあ」」
まあそれならと城に戻ると、父上のフリした鬼がおった……王族用の出入りの大扉の前に仁王立ち。
「リシャール!!」
「ひぁい!」
馬車から降りると腕を掴まれてズンズンと歩く。
「父上痛い!」
「うるさい!」
そのまま王の執務室に連れ込まれソファにぶん投げられた。ひどい。
「連れてまいりました。アーダルベルト様」
「乱暴だなあ、モーリッツ」
姿勢を正して座り直して王の方を向いた。
「リシャールなにしたの?」
「あー……癒やしの力を解放したようです……ね」
「ふーん。なんで?」
神殿のことを話すと、ああ、それでかと。あそこは可哀想な子弟がいるからなあ、共感したのか。うんうん、王族らしくていいぞって笑う。
「止めて下さいませアーダルベルト様。つけあがります!」
「父上つけあがるとはひどい!」
黙ってろモーリッツと王が父上を静止して、
「リシャール。この力は人を活性化させるんだ。不安や辛さも癒やすが、魔力も底上げする。たぶん神殿にいた彼らは下位の貴族、男爵か騎士身分くらいには上がってるはずだ」
「ウソッ」
この光を浴びた者は軒並み上がってるはずで、明日には大騒ぎになる。
「そんな……ごめんなさい。いえ申し訳ございません」
兄上も来て説明してくれた。もう力を止めることが出来る感じではなくて、開放させたと。
「まあいいんだが、その恩恵に与れなかった者たちが騒ぐ。不公平だとな」
「はい」
冒険者は今ある魔力を幼い頃から努力で上げて行く。民も手に職を持ち、ちまちま増やして行くのが普通。それでも十八あたりが頭打ちで、スキルを磨いて不足分を補う。それは知ってます。
「それがたまたま神殿にいたとか、近くにいたから魔力が上がった。なら、もらえなかった者はどう感じるかな?」
「不満に思います」
「だろ?だからその力は禁忌なんだ」
またやっちゃった。ちゃんと勉強したのになあ。
「精霊の力だから分からないことも多い。でも、今回の力は解明されている力だ。使っちゃダメなのは分かるよね?」
「申し訳ありませんでした」
こんな自分の感情も制御出来ない子に発現するとは、神も意地悪だと父上。ひどい!
「父上、それはあんまりです。リシャールは神殿の神官を憐れんだだけです。たぶん自分だったらと考えたのでしょう」
「それでもだ!見ても使ってもいなくて分からなくても、術の発動は止めるもんだ!」
「ごめんなさい。兄様庇ってくれてありがとう」
人前では兄上と言いなさいと肩をポン。そうだ、気をつけてたんだけどな。兄様って呼ぶ方が楽なんだ。大人だからダメ!って父上が言うから頑張っていたんだ。まあ、子どもじゃないから、どの人も兄様とは人前では言わないけどさ。
「アルフォンスはリシャールに甘い!だからこんななんだ!」
「そんなことはありませんよ。リシャールなりに頑張ってますよ」
フンと鼻を鳴らした。父上ひどい。
「まあまあ。神殿には口止めしたし、結婚?それを議会にかけろと言ってたが?」
ああ、それは私が説明をと兄上が言うと、リシャールはもういい。反省しろって追い出された。ひどい!扉がピシャッと閉まるとリシャール様、おかえりってミレーユが。うわーん!ミレーユみんな意地悪なのぉ!
「はいはい。お部屋で聞きますよ」
「うん聞いてぇ」
ミレーユに連れられて部屋に向かった。不可抗力なのに、こんなに叱らなくてもいいじゃないか!と泣いたり怒ったりして、ミレーユがまあまあと慰めてくれた。クソーッわざとじゃないんだよ!
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