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二章 緑の精霊竜として

1 ヘルナー子爵の反乱

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 リシャール、ロベールの結婚式の決まった頃。

 王とその側近、リシャールの父など主要な大臣が会議室に集まっていた。重苦しい空気に包まれ、宰相のカルロ・タールベルクが口を開き、事の経緯を王に説明した。

「以前から報告しておりますが、ヘルナー子爵をもう放置することは出来ないと、我ら大臣の総意です。王」
「ああ」

 ヘルナー子爵は武器、武具の一大産地の領主。近衛騎士から私兵団の武具などを収めている、フェルグナー領の主。鉄や銅など鉱物資源の多い山沿いにあり、冒険者も多数集う。

「ヘルナーは西のリーリュシュにある分家と手を組み、内乱を計画しているという、諜報部からの報告が上がりました。現在の………」

 宰相は現在のヘルナーの準備状況の説明を始めた。我が王族の、西の共和国連合での発言力は新しい国のため下になるが、大国と変わらない収入を誇る。そのため、我が国を軽んじる国はいない。そして、本国リーリュシュも数々の連合国での立ち位置、信用度も高く、今回の報告に、他人事ではないとみな手を貸してくれている。

 なにより問題なのは、この反乱の大元の考えが、王族の火竜としての能力の衰退。王や王子ははともかく、傍流の血脈はもう人と変わらないくらいまで小さい人や、すでに変身出来ない者もちらほら。魔力量も他の貴族と大差なくなったものまで。

「かろうじて、我が国の王族は全盛期の七割の体を維持しております。魔素の多さが血の薄さを補っていたのでしょう」
「だろうな」

 王は力なく答えた。火竜の力の衰えは王族自身が一番感じていたからだ。現在王族の直系は多くはいない。三人の王子と王、東の弟殿下と王子二人のみ。王子の子どもはまだ小さく、変身は出来ないため、確認不可。

「ヘルナー子爵の血を絶やすのは今なら簡単です。歯向かって来ようが戦士も多く在籍し、先頭に立つ王族も若く強い者たちがいる」

 大臣たちはこくりと頷く。いつでも潰せると放置した王家の責任ですよと、誰かが発言した。

「それは……初代が許したのだ。あの家も改心し今まで尽くしてくれたのは事実だ」

 失笑があちこちから漏れた。王は甘いなと。あの家は税を誤魔化し私服を肥やしている。他国に財を隠し、この機を狙っていた。それも何代も前からで今の話じゃない。それにあの家は東の青竜を味方に付けたとの噂もある。それをアーダルベルトは、放置したと責める声。

「我らは王を敬愛しておりますから、これまで王に意見などしなかった。しかし、あのような者をこれからも放置するとなれば、我らも考えねばなりませぬ。我が身はかわいいですからな」

 王は穏健政策の限界かと、一言。

 この森はエルフの頃からの秘境の森。この地にエルフが居を構えたのは魔石の鉱山があったからなのだ。同じく長命なドワーフとともにこの地を太古の昔から守っていた。
 しかし、あの昔の大戦少し前からこの地に人が入り始め、エルフたちを無視し魔石の乱獲が起こった。争いを避けたかったエルフとドワーフは、多少の石は持っていけばいいと静観。しかし人の欲は際限がない。
 それに美しいエルフはそれ自体が売り物と考えられ、捕らえられ貴族や豪商に奴隷として売られた。当然エルフ王がそれを許すはずもなく、大戦に乗じたのだ。

「我らの先祖は戦うつもりでここに来たのではない。話し合いをと……だが、結果は追い出しただけになった」
「それは……」

 敗戦が色濃くなった頃、エルフは不思議な力を使い、王も民も忽然と消えたのだ。当然ドワーフも。そしてこの跡地にこの国を作った。魔石の鉱山は残っていたから。その時緑の竜がおり、森を農地や街に変えていったのだった。

「我ら一族は後悔しているんだ。共に生きる道もあったのではないかと。今やエルフもドワーフも見かけることはない。人に近づいてもくれなくなった」

 大臣たちは種族が違うということは、わかり合えないもの。あれらは我らの五倍以上の長命種。短命な我らとは考え方も違う。病にも怪我にも強く死ににくい。反対に我らは簡単に死ぬ。その違いは大きのですと。

「そんな遠い過去を悔いても今さら仕方ありません。その歴代の王の寛容さが、ヘルナー子爵家を付け上がらせたのです!」
「そうだな……」

 近衛騎士団長ナタナエル・ヒンデンブルクは強い口調で王を否定した。彼は特に王族に近い家柄で、王の側近中の側近。それがこの口調ではと、他の大臣たちも決断をと迫る。
 ザワザワとした会議室に、ロベール様とリシャール様のこともあるだろって声が上がった。

 あの二人は幼い頃からガンブケらに虐められていた。王子の優しさだろうが、臣下に虐められるなどどうかと思う。やり返す気概が足りぬと。リシャール様はまあ、今となっては分からぬでもないが、ロベール様は強く才能もあるのに優しく争いを嫌う。遊び倒して能力はないふりをしているが、それも仮初めと臣下は知っている。王太子とは全く違い、火竜の能力、武力は高い。しかし、それが心の弱さから来てるとなると、王子としていかがなものかと大臣たち。

「王子としての能力はともかく、性格はぱっとしないな」
「まあなあ、だがこの平時ではあの優しさと人懐っこさは民の心の安寧にはなる。だからこそあの子爵家はだめなのだ。東の統治になる頃には、ロベール様の足枷になる」
「そうだ。やはりあの家は今のうちに」

 大臣たちは、決してロベールの性格を否定したい訳ではなかった。敬愛している王族を、自分たちの国の穏やかさを守りたいだけ。長い時を掛けて人族でも住みやすい環境を整え、辺境にも関わらず、ワイバーン空輸の発達で交易も順調。魔石や核の売上はこの国の国庫を潤していた。穏やかに笑って暮らせる今を我らは維持したい。この平和を、穏やかさを継続させるには、あの者たちはいらないと、あちこちから聞こえる。

「王、我らはこの平和しか知りません。戦などしたことはないのです。武器を売ろうと、自らが戦に行きたい訳ではない」
「それは……我ら王族もだ」

 森には精霊も多く、目に余るような魔獣も瘴気溜まりも出来にくい。これだけの魔素があるにも関わらずだ。魔素のせいで人の変質も起こらない、特別な地。

「王、ご決断を。私も大臣たちに賛成です」
「そうか、お前もか」

 王太子のアルフレッドも大臣たちに賛同した。王は、そうかと目を閉じた。

「ええ。国外の者は致し方ないですが、首謀者を打ち取れば統制が取れず、簡単には攻めることは容易ではありません。国内の残党は騎士総出で見つけ出し始末します。他国も手を貸すと」

 王の隣で黙っていたアルフレッド。ロベールは我が国で一番力を持った火竜ですが、あれに人は殺せないし、戦闘に加わった後病むやもしれない。新婚旅行の不在時にしてしまうのがいいと進言した。あの二人は優し過ぎてこの討伐戦には向かないと、強く進言。

「ロベールは……我ら兄弟の中で一番優しく人を思いやる。罪人にも言い訳はあるのではと、心を痛めるのです。東の王になるための障害を、取り除いてやりたいのが私の気持ちです」
「ああ、承知している」

 今も港で民と交流し楽しんていると報告が上がっている。王子の中で民に一番人気があるのもロベールだ。

「父上、私は兄として二人の心を守りたい。こんなことしかしてやれませんが、東の城に行っても穏やかに暮らせる地を提供したい。ウィリアム様のように非情には、あいつはなれません」

 深いため息と共に王は項垂れた。王とロベールは性格が似ていて、歴代の王も火竜を内に秘めているとは思えない、温厚な人柄の者が即位することが多かった。揉め事のない時代ならはそれでいい。だが……

「ヘルナー子爵の企みに間違いはないのだろうな?」

 王は改めて宰相に問う。カルロは頷き、間違いないと、断言した。

「武器庫に使っている国内外の屋敷や倉庫、資金の調達、そのための流れや、協力する問屋やヘルナーの商会も調べはついています。内乱の準備は確実です」
「分かった。では、準備を始めてくれ。ロベールたちが帰る前に決着させる」
「はっ!」

 会議が終わり、王が決断してくれてよかったと、賑やかに会議室を出ていく大臣たちに、王は辛そうな目を送っていた。本当にこれでよかったのかと、話し合いは出来なかったのだろかと、ぽつり。アルフレッドは、

「父上、歴代の王もこのように心変わりした貴族を粛清したからこそ、今があるのです。民を思う気持ちがおありなら、この選択は間違っておりません」
「ああ、そうだな。国を戦火に焼くつもりはない」

 どの王も貴族の取り潰しには抗うのだ。自分を一時期でも支えてくれた臣下なのだからと、割り切れないからだ。だが、大ごとにならず千年続く王国を守るには、悪い芽は早めに摘まねばならない。当然リーリュシュも同じようにやって来て、今の筆頭国としての地位がある。仕方のないことなのだなと王は立ち上がり、少し休むと秘書官と下がった。

「アルフレッド様、この粛清が終わっても王の憂いは簡単にはなくなりません。どうか支えて上げて下さいませ」
「分かっているカルロ。それとロベールたちには知らせるな。時が来ればバレるから」
「はっ」

 アルフレッドもこうするのが正しいと思ってはいるが、やはり彼も王の子で迷いもあった。話し合いでやり過ごせないかと模索するために、調査を綿密に行ったのだ。だが、内乱の兆候が集まるばかりで、ヘルナーの裏切りしか見つからない。

「仕方ないんだ……そう、仕方ないんだ」

 独り言のように呟き、彼は最後に会議室を出て行った。

 ふたりが出立した十日後、戦士を引き連れ皇太子アルフレッドと第三王子ルーカスはヘルナー子爵の討伐にフェルグナーの地に向かった。お触れの成果か領地には民はほとんど見当たらず、戦闘の障害にはならなさそうと安堵した。その代わり敵の私兵が多くいた。どこから集めたのか術師も目立つ。

「ヘルナー子爵。私がなぜここにいるか分かっているな?」
「ああ、ボンクラ王子がこの戦力に勝てるとでも?数ではないのだよ。背後の青竜は見えるか?これは人が変身しているのではない。獣魔術師が使役している純粋な竜だ。それがどういうことか理解してるか?」
「してるさ」

 王子たちはワイバーンから降りて変身した。後ろに控えていた王族も変身。六匹の火竜が出現した。だが、やはり純粋な竜よりも幾分小型だ。

「アハハハッなんだその小さいのは!本当に王族は弱ってたんだな!アハハハッ」
「小さくても出来ることはあるさ」

 短い間しかなかったが戦闘の訓練はした。小さい分小回りも利くはずだと王族の若者は訓練に費やしてきたんだ。

「行くぞ!」
「「オーーッ」」

 そのアルフレッドの声に戦闘が始まった。騎士や術師は地上、空中どちらとも計画通りに向かって行く。

「ルーカス、いつでも行けるようにしておけ」
「はい。兄上」

 初めから叩き潰すつもりで来ていた。相手は二千、こちらは一万の兵。騎士も術師も城きっての精鋭を連れて来ている。負けるはずはなかったのだが、多少手こずった。あちらの術師が思ったより強かったのだ。

「仕方ないな。屋敷の左は俺たちが、右はヨハン様たちにお願いしたい」
「ああ、任せておけ」

 アルフレッドたちは左の術師に向かい炎を吐く。防壁に阻まれながらも吐き続け、防壁を破った。後ろに控えていた戦士が退路を防ぐと屋敷に火の弓を放つ。左の術が破れたからか右も破れ、守りの防壁ははなくなった。

「今だ!」

 初めしか顔を出さなかったヘルナー子爵とガンブケを探しに屋敷になだれ込んだがもぬけの殻。逃げたんだ。探せ!と戦士が叫ぶ。
 術師が索敵魔法を使うと裏山の方、魔石の山の中腹にいるのが分かった。

「アルフレッド様、裏山に二体確認!」
「そうか」

 追うぞとルーカスと共に裏山に到着すると、誰だ?という姿の魔族が二人いた。

「お前、ヘルナー子爵か?」
「アハハハッ変身出来るのが自分たちだけど思うな!」

 赤黒い肌、角と長い爪、いつもの倍になった体……なにをした?

「ああ、これだ」

 変な色の、黒っぽい黒曜石が禍々しい感じだ。あれは魔石か?ヘルナー子爵は額を指さしている。その魔石は魔族の体を戦闘用に強化する物だと言う。

「これはこの鉱山の鉱脈から見つけた。魔族に取っては貴重な物だ。対策を取らずに魔族以外が触ると合わなくて死ぬんだ。アハハハッ」
「ここには魔族もいたのか」

 アハハハとガンブケは高笑いした。お前ら馬鹿だなあ。俺たちは元々の魔族だよと。

「アルフレッド兄様、魔族は西の果てに大きな国がありますが、人族や獣人とも揉めず上手くやっているはずです」
「ああ、それは知っているが……」

 俺たちは本物のヘルナー子爵とあの大戦の頃入れ替わっている。ヘルナー一族は穏やかで温厚で馬鹿だったよと。俺たちに簡単に騙されて死んだと、邪悪な笑いを浮かべた。

「どういうことだ!」
「あん?俺たちはあの頃からそのまま生きているんだ。父上も俺もな」
「え?」

 擬態など簡単だよ。だが、この魔石が見つかる三代前までは魔素だけで生きていた。死なぬだけで力が弱く王家に従うだけだったそう。話しているうちに青竜が術師と飛んで来て降り立った。

「ヘルナー子爵、大丈夫ですか!」
「やめろ。ヴァルナール・ホルグと呼べ」
「失礼しました。ヴァルナール様」

 この術師も魔族で、この竜は魔族の地から連れて来たんだと笑う。額を見ろよと指を差す先に確かに黒い魔石。

「簡単にはやられはせぬ」
「なぜこんなことを」
「ああ?つまんねえからだ。魔族の王も日和って多民族と仲良くしよう、これからの時代この大陸間で揉めるのは辞めようと言い出した」

 当然反発は大きく国を捨てた魔族も多いがみな弱く、外に出た者は死に絶えた。だが我らは違う。魔族の王の身内だからなと。この国に潜伏してたのも見つからないようにだ。帰っても楽しくないんだと言う。

「東の戦あれな。俺たちだ」
「う、うそだろ……」
「話は終わりだ。ここでこいつらを討ち取れば後は王とロベールだけだ。緑の竜などなんの意味はない」

 不敵にニヤッとすると向かって来た。彼らはさすが魔族、強化されると我らと力の差があまりない。火も避けるし、当たっても大したダメージにならない。逆に竜でいることの方が動きにくいと感じるほど。だが、人に戻ればすぐにやられるのだけは確実で、どうにもならず消耗戦になっていた。

「結構やるな」
「ああ、伊達に王族じゃないもんでな」
「ふーん」

 拳に魔力を込め殴りかかってくるのをモロに受けてアルフレッドは吹っ飛んで山に激突。

「兄様!」
「ゲボッいいから攻撃を止めるな!」

 よそ見なんかしてる暇はねえだろとガンブケも襲ってくる。当然青竜も青い炎を吐き邪魔をして来る。こちらは上手く動けず体力の消耗も激しい。

「兄様不味いです。魔力の限界が近くてそろそろ変身が持ちません」
「ああ。この強さじゃ騎士たちをこちらに呼んでも意味はないかもな」

 他の王族は我らより弱い。変身も長くは出来ない。クソッアルフレッドはふたりを睨んだ。

「睨んだところで変わらぬぞ?お前ら本当に弱いな。千年前とは比べ物にならん」
「クッ……」

 そんなのは百も承知でここにいる。どうするかと睨みつけていると、背後からすざまじい炎がふたりを包み、跡形もなく消失した。

「ヴァルナール様が……なにが起きた?」

 青竜の背の術者が狼狽えた。目の前でふたりが燃え尽きたからだ。アルフレッドたちもなにが起きたか分からず、辺りを見回した。すると、後ろに大きな火竜が一匹……あれは王だ。

「間に合ったな」
「父上!」
「そこをどけ」

 アルフレッドたちが青竜の前から避けると、白く光るように見える炎を吐いた。術者は防壁を張ったが意味はなく、竜の魔石が砕けるともろとも焼き尽くして灰だけに。
 ふたりは王の竜の姿は見たことはあったが、この炎の色は見たことがなかった。訓練でもこんな色の炎を吐いているのは見たことないと、呆然と王を見つめた。

「とりあえず話は後だ。ヘルナーの屋敷に行くぞ」
「はい!」

 三匹は山の麓の屋敷に向かった。






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