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一章 森の中の国

17 穏やかな時間

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 お茶屋さんに近づくとすごくいい香りがした。なんだろう、何かに熱を加えてるような香りがする。ここですよと店を見ると、問屋のような店構えで、店先で茶葉のようなものを鉄の筒に入れて、火にかけてハンドルを回している。なにしてるのかな。

「おっロベール様だ。本当に来てたんですね」
「ああ。新婚旅行だ」
「そりゃあおめでとうございます。俺先日帰って来て聞いたんですよ。長旅でしたのでね」

 手を止めずロベールと楽しそうに話す店主。

「あの、いきなりですが、俺の子は上手くやってますでしょうか?」
「ああ、頑張ってると聞いている」
「そうかよかった。連絡も来ませんし、休みでも帰ってこないもんでね」

 このお店のお子さんは、魔力が多く騎士に士官したそうだ。そして城の衛兵として頑張っているそう。マーロウ・ブラウンと言って、一時期王族の部屋の入口に立哨してたらしく、ロベールは知っているそうだ。

「今はワイバーン部隊に行きたくて訓練を受けているはずだ。衛兵の休みに乗らせてもらってるようでな。暇がないんだろう」
「はあ、あの子が空挺部隊に?……出来るのかな」

 動物苦手とか言ってたのになあって。やる気ならいいけど、俺は無理そうと思うなあと笑った。

「分からんだろ?空挺は近衛の次に人気の花形部署だ。憧れるのも無理はないさ」
「あはは。確かに」

 本日は何用で?と、筒の中から茶葉?をザルに上げる。妻が紅茶が欲しいと言うから来たんだと、ロベールは店主に話した。

「そりゃあ失礼しました。お客様での来訪でしたか。ではご案内します」

 今そちらの別荘に卸しているのはこれとこれ。茶葉本来の味が楽しめる物です。後は柑橘の香りを付けたものや、他のフルーツ各種、ミルクなどに合う渋みのあるものなどが種類としてはある。後は産地や農場によってバランスが違って、まあ俗に言うブランドになってます。あちらの缶が全部そうですよって。やば……棚に半端ない数がある。赤や黒、緑に黄色。缶の色は農園のブランドの色。

「どれを選べば……」
「温かくして飲むか、冷たくして飲むかでも変わりますよ」
「うっ……」

 ずらりと並ぶ缶に圧倒されて言葉を失った。そうそうこの国では人気はないですが、コーヒーもあります。ほら嗅いで見てと小さな缶を開けてくれた。

「うわあ。いい香り」
「でしょう?試飲してみて下さい」

 おーいと中に声を掛け、コーヒーをお出ししてくれと頼んだ。すぐ来ますからねって。その間に選んで下さいませと。缶は開けて構いませんからと、ほらほらと店の中に通された。

「先ほど炒っていたのは島国のお茶です。こうすると香りが香ばしくなるんですよ」

 これもいかが?と勧められた。夜寝る前でも睡眠の邪魔をしない、良いお茶ですよって。ほほう。冷やしても温かくても美味しいですと、店の保存庫からポットを出してカップに注ぐ。

「どうぞ」
「ありがとう」

 飲んでみると優しいのに香ばしい香りのするお茶だった。飲みやすくて美味しい。

「ならこれと……うーん。ねえ店主さん。別荘のブランドで冷たくても美味しいのはどれ?」
「それならこれですね」

 ひとつの黄色の缶を出して開けてくれた。うわあ……なんていい香りなんだ。

「これはオレンジとしては食べられない種類から摘出したオイルを含ませています。アールグレイと呼ばれていて、大昔、グレイ男爵考案と言われています。向かいの国の男爵ですね」

 大農園を持っていて、あの国を紅茶の一大産地にした男爵だそう。今は伯爵様になっていて、この新しい味の功績で出世した。今も多くの農夫を抱え、高原で茶葉を作っているそうだ。あの国の税収の安定を作った偉大な伯爵家で、あの国、スリラングル王国は香辛料とお茶が主な産業だそう。まあ、海もあるから他もですがねって。

「ならこれとそのお茶と試しに買ってみます。よければ城に送ってもらうことは?」
「はい。出来ますが、王都へのワイバーン便は週一の往復ですので、早めの注文をお願いします」
「わかりました」

 店主は缶の大きさはどれ?と聞かれて、三種類出してくれて、真ん中くらいがいいかと、それに詰めてもらった。足りなければ缶を持ってきてくれれば量り売りしますよって。

「ありがとう」

 淹れ方の説明書も付けますから、美味しく飲めます。はい、コーヒーと奥様だろうか、全員分用意してくれた。初めての方はミルク入れた方がいいと、砂糖とミルクが入っているそうだ。僕らは受け取り飲んだ。

「苦いけど美味しい」
「そうだな。たまに飲む分にはいいかもな」
「そう?僕これ好きだ」

 後ろの騎士も側仕えズも苦くてどうもねえって、たまにならと難色を示した。ええ?美味しいのに。

「そうなんですよ。好む方が少なくてねえ。私は美味しいと思うのですがね」
「ええ。とても美味しいです」

 店主はさすがリシャール様。味の違いがおわかりになると、嬉しそうに手を揉んだ。

「それに眠いときに飲むと目がシャッキリします。飲みすぎるとちょっと胃が痛くなりますけどね。あはは」

 これも欲しいと見上げると、お前が飲むならどうぞとロベール。ならこれとこれとと必要なものを包んでくれた。これも淹れ方の紙を付けるから安心ですよって。僕らは買うだけ買って別荘に戻って、クオールたちが紅茶を淹れてくれた。

「美味しい……香りがいいね」
「本当にいい香りです」

 お茶はどれも美味しいと評判はよかったが、コーヒーは香りは好きだけど、味はねえと誰も飲まない。いいもーん、僕だけ飲むから。

「お前は変わったもんが好きなんだな」
「そう?こんなに美味しいのに」

 ギオーク様も以前は用意してたのですが、東のウィリアム様くらいで誰も飲まなくて、置くのをやめましたと言う。

「ウィリアム様もここが遠くて、最近はほとんどお越しになりません」
「仕方ないなかな。サヴァリーゼ城からはワイバーン使ってもなあ。そんなに休暇は取れないのだろう」
「ええ。何日も掛かりますし、年に一度来られればいい方ですよ」

 ここは王都の近くの王族の方はよく来られてますが、東側の王族や公爵は来ませんねって。
 公爵と言っても城の代替わりで出た、先代の王の御兄弟たちなんだ。その時代によってはたくさんのご兄弟がいて、ノルンが多い時もあるからね。第三王子のルーカス様は、アルフレッド様のお子様が王位に付いたら、城の敷地から出ることになり、直轄地のどこかに屋敷を構える。
 僕らはサヴァリーゼに行くから、早々に出るだろうけどね。だから直轄地にはまだ先代の公爵家は何軒かある。そのお子様たちはこの国の外の荒れ地を自分で開拓するか、土地なし公爵として城に勤務することになる。現在の公爵家当主は宮中に役職付きでいらっしゃることが多い。

「公爵が土地を広げれば、また管理の城が必要になるんだが、誰もやらないよな」
「ええ。そこまで外に出た王族は頑張らないですよね」

 森を切り開き街を作り産業を興す。まずは畑を作り食べ物を確保。その間に土地の気候を把握し、名産品になりそうなものを探し出して大量生産。それを売る販路を作り、いずれ鍛冶職人や付与技師を呼び込みとか、土地の売りになる産業を探し出して軌道に乗せる……何年掛かるの?

「大変だけどやった人もいるんだ。この奥の公爵ニールセン様だ」
「いたんだ……すごい」

 三代前の王の弟で、自分が外に出るのは分かっていた方で末の第五王子だった。この年は王子が多く、名ばかりの公爵になるのはつまらんと腹を括り、若いうちからコツコツと作り上げた。今や小さいながらも、馬具やワイバーンの装具を作成する地になっているそう。そんな歴史があったのかあの領地。

「今はジョージ様が頑張っているな。宮中の政務には全く関わらず、領地運営だけかな」
「ほほう」

 万が一僕らがそうなったら?……出来る気がしねえ。お金があれば出ることじゃないもん。半端ないやる気が必要だもんね。

「まあ、俺たちは外に出ることになろうとも、そうはならない。ルーカスは宰相になるから逆でも同じだ」
「そうですね」

 僕はなにも知らず教育は表面だけで、こんな深い部分までは知らなかった。王族も大変なんだな。

「当たり前だ。この安定した情勢で戦で武勲を上げるルートなどない。特別不穏な国も共和国内には存在していないし、近隣ともいい関係だ。まあ、お家騒動くらいはあるけど、他国を巻き込むようなものじゃない」

 ギオークも、西は大国ですがそのあたりの法はよく作られており揉めないですし、それに倣っている我ら共和国も同じ。東の一部が暴れてますが、ここまではワイバーンですら半年かかる。それに間には砂漠があり、水が完全にない乾燥地帯。
 魔法は乾燥地帯ではほとんど出せないんですよって。この湿気を感じるでしょう?これが魔法に反応して、水魔法が発動する。魔石を持ち込んでもそう大量の水は運べず、空間魔法ですら制限はある。それに空間魔法の術者はどの国にも多くなく、珍しい。

「あちらの者は来ません。だからこの国は安定しているのです」
「ええ。先祖に感謝ですね」

 その通り。民も貴族も大変苦労した。その結果を我らは享受しておりますねって。

「今東に行くには一年近く掛けて船旅です。あちこちに寄りながら運行し、旅人や商人を運んでいます。陸路はその今は危険ですから」

 そうか、船か。でも自分が王様で領地を奪いに行くのにここまでは予算的に来ないな。無駄だもの、なら近場を攻めるよ。

「それと、このあたりは魔素以外に珍しいものはないですし、他にも魔素の多い地方はあるんです。襲う意味がありませんね。あはは」
「まあな。もし来るとしたらエルフだろうな」

 でも来ますかね?千年放置で戻る気はないでしょうってみんな。新緑の樹に執着しなくとも、あのサイズは探せばどこかの森にあるはずだしなあって。俺遠くの森であのサイズを見たことあるとロベールは言う。

「野営訓練で見たことあるんだ。精霊たちが住処にしててな。エルフは来ないのかって聞いたら、見かけないよって」

 精霊たちによれば、エルフは獣人の国の先、砂漠の先の大きな森に今は住んでいる。人も獣人も住んだことがない、まっさらな森。彼らはそこを住処にして、静かに暮らしてると話したそうだ。

「へえ、なんでわかるのかな」
「感じるんだってさ。あちらに住んでる精霊とは心が繋がってて、どこにいても話が出来るそうだ」
「精霊は不思議な生き物だね」
「ああ、寿命もあってないような物らしいしな」

 ロベールは、彼らが死ぬ時、それは病か森が衰退した時で、森と一蓮托生すると王が決めれば、彼らは森とともに消滅する。それに人は我らを使役しないから好きだよって。捕まえたりもしないし、友だちとして手伝ってと言ってくれる。それに森の手入れまでしてくれるから、快適だそうだ。

「よく話せる精霊に会えたね」
「たまたまだよ。俺がひとりでうろついていたからかもな」

 僕が話しかけてもキャハハと笑って、バイバイって手を振って、いなくなることばっかりだったのに。

「それは若い精霊ですね。ある程度長生きなものは会話が出来ますよ」

 ギオークも時々話したりしてるそう。まあ、この年までにそう多くはありません。彼らは見た目で年など分からないからだそうだ。たまーに明らかに上位の精霊は話すけど、人族の方が怖くて話しかけないそうだ。そっか、いつか話せる精霊にあってみたいなあ。

「お前だろ?ハーフだけど」
「あ?」
「そうですね。人に化けれるなんて上位の精霊のはずですよ」
「みんななに言ってるの?自分以外だよ。自分見ても楽しくないもん」

 あははと確かになあって。
 
 こんな徒然の目的のない話は楽しい。思いついたことをダラダラと話す時間は穏やかで、かけがえのない時間。こんな時をひと月過ごして、みんなと仲良くなってから城に帰るんだと思うと、より楽しかった。






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