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一章 森の中の国

8 結婚式はバトル?

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 おはようございますと、側仕えのふたりの声。寝室の扉が開いていることを不審に思ったのか、走り込んで来た。

「どうされましたか!」
「あー……話し合いに決着が付かず今になった」

 王子の疲れ切った言葉にふたりは絶句。リシャール様頑固すぎと、クオール。

「分かりましたが、これから式がございます。一度休戦といたしましてお支度を」
「ああ」

 僕たちは湯浴みに向かった。当然別々で支度して、寝不足のまま式に臨んだ。

 僕は相変わらずの緊張感で眠けも吹っ飛んでいたけど、ロベール様は肘掛けに腕を付いて、会場を見ているような雰囲気を醸し出し、寝ている時間もあった。さすが王子、こんな中でも緊張しないんだな。そして舞踏会の時間。ふたりで中央で格闘のように踊り席に着いた。
 当然といえば当然だけど、昨日も出席した貴族はザワザワ。昨日の幸せそうな雰囲気は消えているような?どうしたんだろ?と。そして最後のロベール様のあいさつ。

「みなありがとう。俺は妻を手に入れたはずだった。しかし、妻は言うことを聞いてはくれない」
「なっ!」

 隣に立つ父上にシーって言われて黙った。僕は笑顔はすでに作れない。

「俺は妻の心を絶対に手に入れるつもりだ。俺は絶対に諦めない!」

 おおぅ……と、なんと答えて言いかわからないような、おかしな声が会場に。ロベール様は妻をとても愛している。拒否されても愛していると熱弁し、僕らは下がった。のに、父上と王もついて来た。

「ロベール、あのあいさつはなんだ?」
「ああ、リシャールが俺の妻は無理と言った。どうしてもと言うなら愛人か側室にしてくれって」

 はあ?とふたりは変な声を出し、父上は怒りがこみ上げたのか顔が赤くなった。

「なんだそれは!お前はこの結婚を納得したんじゃないのか!」
「しましたよ!ですがこの半年頑張ったけど、妃殿下に仕上がりませんでした!僕では力不足なんですよ!無理なんです!」

 僕の怒鳴り声に父上はビクッとして引いた。

「えっと、そんなことはないだろう?ちゃんとしてただろ?」

 王も不足を感じなかったがと顎ヒゲを擦る。

「昨日式の後お風呂で、メイドさんや側仕えの方たちに指摘されました。何ヶ月も訓練したのに臣下に敬語を使うとはなにごとだ。恥ずかしくて体も自分で洗ってしまい、叱られました」
「あ、ああ……そう……」

 僕は思ったことをぶちまけた。ロベール様は愛してると言ってくれるが、それに見合うものを僕は持っていない。努力しても手に入れられないんですと。表面的に整えても他人が怖い気持ちはなくならない。僕は花嫁衣装の白の上着を脱いだ。
 シャツはビッチョビチョで背中に張り付き、ズボンまで汗で濡れているのを振り返って見せた。それほどの緊張感で臨んでいたと話した。慣れたとしても対して変わらない未来しか思い浮かばず、ロベール様が愛した僕はもういないんです!と、ヤケクソのように叫んだ。

「お前、もっと早く言えよ……」

 父上はなんでと弱々しい声で僕を哀れだと見つめた。

「父上。ロベール様とはそんな気持ちにならなかったから、お傍にいられるはずと思い式には出ました。しかし、部屋に下がってから気が付いたんです。四六時中他人のいる環境で心も体も休まらず、今は一睡もしてないのに気は立っている。こんなんじゃ王子の隣にいる資格は僕にはない!」

 あららと王は一言。まあいい、全員座れと言われて各々座った。当然僕は父上の隣。王子はキッと僕を睨み、こっちに来いと。

「いいえ」
「なんだと!」

 ロベールちょっと黙れと王が静止し、なんでそんなに卑屈に考えるんだ?今出来なくともいずれ出来る。王太子妃も、第三王子の妻も初めは似たり寄ったりだった。ちゃんと出来るようになるさと笑った。

「お二人は元がいいのです。僕とは違います」
「そんなことはない。美しさで言えば其方が一番美しかろう?」
「見た目ではありません。中身が残念なんですよ」

 父上は僕の様子に不審げ。他人に向かって、これだけきちんと話している姿は見たことないと眉間に深いシワ。

「父上。こんな時におどおどしてどうするんですか。僕の人生が掛かっているのです。それにロベール様の未来の評判にも関わる。クズな嫁を貰ったもんだと世間に笑われて、家名も王家にも傷が付きますからね!」

 お前どうしたの?なんか悪いもんでも食ったかと問われたが、何も食ってねえよ。食う時間なんざなかったよ!眠いし腹減ってるし、体は冷や汗で冷たくて気持ち悪い。結婚式なのに幸せな気分もないんだ。辛いばっかだよと父上を睨んだ。

「なんにもないんです!僕は大人になり切れてなかったんです!」

 叫ぶように言い切った。ハァハァ……もうどうとでもなれ。

「ふむ、言い分は分かった。ロベール、お前はこれを聞いてどうするんだ?」
「振り向かせます。どんなことをしても俺を愛してもらいます」

 ほほう。この頑固者がお前に振り向いてくれるのか?お前のことを見ずに自分ばかりを責めて、世間体しか見ておらぬぞって。

「それは俺の愛の伝え方が悪いからです。俺の母のことで助けてくれたのは、俺にとってとても大きな出来事でした。小さな体で年上の俺を守ろうとした。俺を悲しませないように、泣きながら笑える強さと優しさを持ち合わせている。それがこのように表れているだけと、俺は知ってます」
「ふーん」

 王はだそうだモーリッツ。このまま嫁にくれぬか?と父上に笑いかけた。あの頃のままじゃないか、ロベールをきっと好きなんだな、だから大切にしたくてこのようにごねているんだ。かわいいじゃないかと。

「申し訳ございません。このようなリシャールの姿は私も見たことがなくて。でもそう言われればあの頃のままですな。あはは」
「父上!どこを見て言ってるのですか!」

 まあいい、式はこれで終わりで明日からひと月休みだ。ふたりは新婚旅行に行くはずだったが、どうするんだ?と。

「俺は行きたい」
「結構です。私は城でじっとしてて、新しいお嫁様が来るのを待ちます。目障りなら病気で療養しに実家に帰ったとでも言って下さい」

 ふたりはあははと笑う。なにがおかしいんだよ。王様、あなたの王子がクズの嫁を手にしたんですよ!笑ってる場合じゃない!

「リシャール少し落ち着け。なら聞くが、なぜそんなにロベールを気遣う?」

 え?気遣うとは……はい?

「それは僕が王族の皆様を敬愛しているからです。王様も王子様たちも幸せに笑っててくれたらいいなって、いつも思ってます」
「ああ、ありがとう」

 僕は続けた。我が一族はこの地の民族とは違う。同じ肌の白さはあるけど別なんだ。それにうちには王族の血は一滴たりとも入っていない。この国の建国から、一度も王族から姫も王子も下賜がないし、王族に嫁いだ者もいない。僕は異例過ぎるんだ。

「お前そんなこと気にしてたのか」
「父上、気にするでしょう?」

 多民族の血を嫌うんだと僕は理解していた。そりゃそうだよね。竜の力が弱まっても困るし。

「モーリッツ、お前話してないのか」
「はあ……話した気がしてましたが、アルフォンスにしか話してなかったのかも……」
「そうか」

 なら私が話そうと、王が話を始めた。

「リシャール、建国以来其方の家に下賜も、嫁も婿も取らなかったのは理由がある」
「はあ、他民族だからでしょう?」
「違う」

 はあ、なにが違うの。ねえ父上?と聞けば、黙って王様の話を聞けと言われた。

「其方の血筋は確かに我らとは違う民族だ。同じような地域に住んではいたがな」
「はい」

 西の大国リーリュシュ出身の王族と民。あの国が急激に大きくなり過ぎて、千年前に管理しきれなくなったのが原因で、戦が起きて結果、この国は生まれた。
 魔法もまだ荒削りの時代で、民の気性も荒かったらしい。それで王族があちこちに小国を作り、民の移住を促したがうまく行かず、結果内乱状態に発展。
 それを好機と他国が侵略して来て、グタグタの大戦に突入した。この国の始祖はエルフの国と交戦した。
 初めは普通に戦っていたがそこはエルフ。精霊の力をバンバン使って攻めてくる。仕方なく、王族は火竜に姿を変えて応戦、そしてこの地を獲得したんだ。その時に一緒に戦っていたのが、我が先祖。

「其方たちは小さな小国の貴族だった。その国の公爵で王族の一員でな」
「へえ……初めて知りました」

 僕はあんまり自分ちの歴史に興味はなかった。他民族ってだけで用は足りると考えていたから。

「その小国は竜の民だった」
「へ?」

 その頃にはほとんど力は失われていたようだが、自然を操る竜でとても珍しい種類。今はもういない竜の血を引いている。

「父上なにそれ?」
「お前はなんにも調べなかったんだな」
「うん、興味がなくて。小さい国の貴族なんて、ただの民とか、村長みたいなもんと思ってたし」
「お前……はあ」

 父上は呆れてしまったが、我が家はたまにその竜の血が現れることがある。この千年で数人生まれてて、この国の森の管理をしていたそうだ。へえ……すげえ。

「そういった血筋だから嫁に出さず、下賜も受けてなかったんだ」
「ふーん。なら僕は余計まずいでしょ」

 だが、もういいかなと王と相談したそうだ。我が伯爵家はこの国と混じり合い、ここ五百年そんな者は生まれてはいない。もうほとんど力はなくなったと考えるのが妥当で、王族の竜の血に干渉しないんじゃないかとなったそう。

「我らの竜は温厚で自然を愛する竜。戦いには向かない。吐く炎は森を育て、砂漠を森にする、それこそエルフが使役する精霊のような竜だった。たぶん竜型の精霊なんだろう。そう伝わっているんだ」

 王族と交わると攻撃力の高い竜の力が弱まると考えて、伯爵家なのに王族との婚姻がなかったそうだ。

「もう時効だろうと、私はロベールとの結婚を認めたんだ」
「へえ……」

 その優しさや他人を思いやる心は、その竜の影響かも知れない。自分より他人をと考えるのが其方らの一族だと王は笑った。

「そうなんですね」
「ああ、お前はその影響が多少強い。だから人との争うのを嫌ったんだろうな。緑の竜は心優しく、人と暮らしていたそうだから」

 父上は、あの事件から殻に籠るようになったのもそのせいだろうって。大好きな王族だから守りたかった。でも出来なかったことが深く自分を傷付けたんだ。それに僕は幼い頃ロベール様が好きだと、嬉しそうに話していたのを、父上は思い出したそう。ゔっ……

「お兄様だけど優しくしてくれる。遊ぶのがとても楽しいって」
「お、覚えておりません」

 向かいに座るロベール様は幸せそうに微笑んだ。あれほど怒りを前面に打ち出していたのに、うっすら微笑んでいた。……なんか恥ずかしい。

「頭を切り替えろ。他人の幸せにばかりを気にするのではなく、自分のことも幸せにしてやれ」
「ですが、僕の能力不足は変わりません」

 そんなものロベールにフォローさせればいい。数年もあれば慣れるはずだ。王太子の奥様はそのくらい掛かっていたそうで、なにかの催しの後は泣いていたらしい。次の王妃になるのにこんなで申し訳ないと泣いていた。他国との交流は特に緊張したらしく、話しが頭に入らなかったり聞き取れなかったり。その度に泣いていたそうだ。

「だが今や、あれはそんなことはなかったように立派に仕事をしている。お茶会の主催も難なくやっている。問題ないさ」

 次期王妃のラウリル様は優雅で美しいんだ。お子様もかわいらしくてね。そっか……僕らには精霊の血が流れてるのか。そうだぞって父上。

「ロベール、妻のために動けるな?」
「はい父上。俺はリシャールがいればそれでいいのです。俺の隣にいてくれればなんでもします」
「なあリシャール。ロベールに人生を託してみてはどうかな。我らも力になろう」

 なんか王と父上の話には納得する部分もあった。人に流されるのは揉め事が嫌いだから。付き合ってと言われれば流れで承諾し、相手のために尽くすのは当然と考え、別れたいと言われればあんまり食い下がりもしなかった。よくよく考えれば美人だからいいかと、内面は放置してたんだ。
 ステフィンだけは本当に好きだったけど、好き過ぎて反論どころか好かれようと動くばかりで……そりゃあつまらんよね。

「ロベール」
「はい父上」
「部屋に戻って、ふたりでよく話し合え」
「はい」

 僕たちは促されて自室に下がった。部屋に戻るとさすがに疲れてて、着替えてソファに座ると動く気力はなくなっていた。

「話は明日にしようよリシャール」
「はい。ではお休みなさいませ」

 僕は立ち上がり自室に向かった。もう眠くてフラフラする。風呂も明日でいい。

「なあ、リシャール。俺と寝よう?」
「はあ……」

 僕は振り返ってロベール様を見つめた。捨てられた子犬みたいな顔するのはずるい。

「ロベール様、僕はあなたがたぶん好きです。子供の頃の気持ちは忘れてますが、これだけ自分が出せる相手はあなたが初めてです」
「なら」

 ふうと僕は息を吐いて、改めてロベール様を見つめた。

「王様や父上の話は納得出来るような気もしました。自分の出自も知れましたし。ですが、僕は話し合いが決着するまでひとりで寝たいのです。数日自分の気持ちを整理してしてから、そう考えます」

数日ってと呆れたような声を出したが、今日はこれだけ眠いんだからいいだろって。そうだけど、彼に抱かれてると、まあいいかとなる自分が嫌なんだ。ゆっくりでいいなら頑張れると思うし、相手ばかりではなく、自分も一緒に幸せになると心を切り替えたい。能力不足はいかんともしがたいが、時をくれるというなら頑張ろうとも思う。

「そうですね。あなたに抱かれて眠るのはきっと幸せでしょう。でもね……ねむっ」

 死ぬほど眠くて頭が回らん。もう上手く言葉が出て来ない。なに言うんだっけ?

「ごめんなさい。上手く言葉が……また明日話しましょう」
「待って!」

 ロベール様が立ち上がって僕を抱き締めた。

「お願い一緒に寝よ?もう初夜をする体力もないから、本当に寝るだけだから」
「うん。でも……」

 うー……足に力入いんない。眠くて立ってるのも面倒臭い。

「もう立ってるのも辛いんだろ?」
「うん……」

 なら俺と寝ようよと抱っこされて、ベッドに寝かされた。

「明日話そうぜ」
「うん……」

 優しく抱かれると、彼の体温が心地よくてドンと扉が落ちるように意識がなくなった。







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