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一章 森の中の国

2 連れ込まれた

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 城の大門が見えて来たのに王子は降りもせずにそのまま通り過ぎる。

「あの、どこに向かってるんですか?」
「ああ、俺の部屋」
「はい?」

 いくらボンクラな僕でもそれが不味いことは分かる。王族の私棟は防壁も張ってあるから僕は入れないもん。僕は握った手を引いて彼を止めた。

「なに?」
「僕はここで帰ります。送りましたし失礼します」
「何言ってんの?」

 何言ってんのじゃない。この国は結婚相手を自分で見つけるとはいえ王族は別。押し売りのような人の中から選ぶのが当たり前なんだ。それに彼ら王族は特殊な一族。人間の身で竜を倒す力など普通の人ではあり得ず、彼らは半分竜なんだ。古の……どのくらい昔かは定かではないけど、力の強い火竜の血が混ざっている。

 まだ人族も獣人、魔族やエルフなど、人の姿をした者が少ない時代。竜が人に化けて結ばれたと記録されていて、彼らはその末裔なんだ。だから竜に対抗出来る力がある。そのため彼らのお相手は、魔力も才能も飛び抜けた人物から選ばれる。まあ、側室や愛妾なんかはまたアレだけどさ。

 側室との子は貴族に下賜されることが多い。強い魔力を持つその子は、王族の身分で嫁いだり婿に出たり。だからこの国の貴族は近隣……と言っても物理的に遠いけど、人族最強の一族と敬われているんだ。

「あのですね。僕は恋人になるとは言いましたが、あくまでその先があったとしても側室のつもりでした。それに我が伯爵家には王族の血はありませんし」
「だからなに?俺は側室のつもりなどないけど?」

 ため息しか出ない。それがまかり通っていたら今頃王族は弱々になってるだろ。王は化け物かってくらい強いんだよ。いくら第二王子といえど、そんな勝手は許されない。

「我が一族は外から来た者です。人族ではありますが庶民を含め、こちらの民族ではない。言わなくても分かるでしょう」
「うん。だからそれがなに?」

 楽しそうに笑うだけかよ!先のない恋人は辛いんだよ。二十三にもなって相手がいない僕には後がない。側室にもなれないのならば、この付き合い自体無意味。

「ロベール様、現実的に物をお考え下さい。僕はあなたの正妻にはなれませんし、行き遅れもいいところなのですよ。遊んでる暇はない!」

 さっき振られたしね!貴族のアンがこの年まで独り身&恋人がいないなど、恥以外の言葉はないんだよ。愛人をするには身分が高くて父上に殺される。例え王族の愛人でもね。だからせめて子が産める、側室の身分でなければならない。

「愛人に子を産む權利はありません。僕はそんなのには耐えられない」

 ふむ……と、ロベール様は返事をすると、ガクンッて肩が抜けるかと思うほどのスビードを出した。振り回されたまま城の角を曲がると、私棟との境で「フォン」となにか音したけど!これは不味い!そして私棟の一つの窓が開いていて、手招きする人物発見。

「お早く!」
「ああ今行く!」

 僕を掴んだまま部屋の中に飛び込んだ。するとお帰りなさいませと、さも当然そうに側仕えと思われる方がお辞儀した。

「見てくれ!やっと捕まえたんだ!」
「ようございました。白い鹿ではございませんが、長年の夢が叶いましたね」
「ああ!」

 長年の夢?何の話だと呆然と立ち尽くしていると、まあお掛け下さいませと、側仕えの方にソファに案内された。

「僕ここにいていいのですか?」
「構いません。リシャール様は奥様になるんですから」
「何言ってるのですか?なれる理由がありません」

 家柄的には問題ないし、あなたが魔力多いでしょう?フェニックスも召喚出来る。なんの問題が?と問われたけど……

「僕はここの民族ではありません。そのせいで家には王族から下賜された身内はいないのですし」

 我が一族は北から来たんだ。北限の国が寒さで住めなくなって、千年くらい前にみんな散り散りに逃げたらしい。たどり着いた国で功績を上げて貴族になっていたけど、その国の王族が悪辣あくらつで、国はいつの間にか荒れていた。

 そんな時あのリーリュシュ王国の大戦勃発。その国はやり方がまあ酷く、先祖はどうにもやる気になれなくてそこそこで動いていた。そんな時にこの国と対戦し、強い力と戦時中とは思えぬ人道的な戦い方に感銘を受けて、先祖は寝返ったんだ。自分の領地の民を思ってね。それを王に気に入られて、こちらの貴族になったと聞いている。ちなみにその悪辣な王国は当然なくなり、復活もしていない。その時の王族は……まあ一族全部処刑と聞いている。

「僕はこの国の人と肌の色も違いますから」
「それがなにか?今では北の方も民にも多いし、目立ちもしませんよ」
「それは……民ならばいいですが、王族にはですね」

 うるさいお前はと、王子が隣に座り抱き寄せてくる。

「明日すぐにモーリッツに嫁にくれと申し入れる。なんの問題もないよ」
「僕の気持ちは置いてきぼりですか」

 え……まさか俺のこと嫌いだった?どうしようクオール!俺ずっと好きだったのにと、悲壮な声を出した。

「そうではありません。眼中になかったと申しますか、なんというか……」
「ロベール様……リシャール様にアピールが足りなかったようですね」

 いやなあって彼は頭を掻いた。リシャールはいつも恋人といてさ、ひとりで舞踏会にいることの方が少なくて、近づけなかったからと言われた。

「ふーん」
「クオール、お前酷いな」

 いえ。手の早いあなたなのにと、ちょっと思っただけですよと言うと、お前も飲めと僕にお酒を注いでくれた。その時怒鳴り声とゴンゴンとノックとは思えない、激しく扉鳴らされた。

「ロベール様はお帰りか!」
「あーあ、また護衛を巻いたのですね」
「うん」

 ため息を漏らしながらクオール様がドアに向かった。ドアを開けると兄上がいた。

「ロベール様、お帰りならいいのですが、毎回我らを巻くのだけはおやめ下さいませ。なんのための護衛か分からなくなります」

 そんな言葉が聞こえていたら、あ?と声がした。

「リシャール?お前なんでここにいる!」

 あはは……バレたか。見えないように頭下げてたんだけどね。仕方なく僕が立ち上がろうとすると、王子がいいからと肩を押さえる。

「俺が話すからじっとしてな」
「はい……」

 ロベール様が扉に向かい兄上に説明している。するとえ?ああ?とか驚いている声。なんでリシャールなのとか、どこで接触がありました?とか、兄上は声が裏返っている。

「ずっとお嫁にしたかったんだ」
「そう……ですか。一応思い出しましたが、このようにさらってくるような真似はいかがかと思いますよ。リシャール、今日は俺と帰ろう」

 ああやっぱそうだよね。来るにしても、明日堂々と来た方がいいもの。お仕事もあるし。

「兄上、僕帰ります」
「ああ」

 僕が立ち上がりドアに向かうと、ガシッと首に腕を回し抱かれた。

「なんで連れ帰るんだ。リシャールと寝られるかと楽しみにしてたのに」
「ええ?ロベール様、手順は踏みましょうよ」
「お前エッチな方を考えたな?その寝るじゃない。同じベッドで睡眠だ」

 嘘臭えと兄上は呆れたようにやれやれって。するとロベール様は兄上を睨んだ。

「リシャールはモテるんだよ。目を離したら王族の俺なんか面倒臭えって逃げられる。お前責任取ってくれるのか!」
「えーっと……俺は責任取りません」

 と、食ってかかるけど、兄上はまあなあって顔をして頭を掻いた。いやいや……さすがの僕も、求婚されてる時に誰かとお付き合いなどしませんよ。

「リシャールはステフィンに振られたんだ。なら次に狙ってる奴が声掛けてくる!」
「「はあ……」」

 僕と兄上の声が重なった。兄上はリシャールは見た目だけだからなあとポツリ。中身は文官寄りで、他人とはハキハキと話もせず、振られてばかり。お前ステフィンにフラられたのかと、盛大にがっかりされた。

「今度こそ嫁に行くかと思ったんだがな」
「……ごめんなさい。そのつもりでしたが、その」
「まあそれはいい。帰ろう」
「はい」

 はいじゃねえ!お前だけ帰れとロベール様は叫んだ。おいおい……ならはっきり言いますよと兄上。

「夜の散歩だと勝手に窓から抜け出し、我らの見張りを巻き姿をくらませた」
「あー……白い鹿の話を聞いて見たくなったんだ」

 フンと兄上は鼻を鳴らし、冷たい目をした。ご自分の立場をお考え下さい。いくら強くても不意打ちのなどもあるから、我ら護衛なのです。あなたのためなら多少の融通は効かせているのだから、巻くのはやめろと。

「それに、現王の子種は王太子とあなただけ。末の王子は再婚した王妃の子どもです。貴族連中はお二人しか後継ぎとは認めていないのですから、身の安全を優先してもらわないと」
「それは分かってるよ」

 後妻の王妃は、遠い南の大国から貰ったんだ。肌の色が濃い国の人。とても美しくて優雅で申し分ない方なんだけど……第三王子も多少こちらの人より肌の色が濃くなったんだよね。この国の純粋な国民は肌が白い。僕の家系が更に白いだけでね。
 王妃は魔力も剣術も長けているのにも関わらず、仕草が本当に優雅でアンの目標と言っていいくらい。前の王妃に引けを取らないんだ。だけど古い家柄の貴族ほど反発は大きく、口さがない者はいくらでもいる。
 
 我らは西の大国リーリュシュの共和国の一つで、小さくともリーリュシュに引けを取らない軍事力、経済力を持つ国なんだというプライドは、民も貴族も強く持っている。
 それに末の王子の能力にはなんの問題もなく、ただ肌の色に難癖をつける貴族は多いんだ。民族主義が強い者が多く、王家は争いを嫌い、この部分は勝手に言わせてる。

「母上は素晴らしいし、ルーカスもいい子だよ」
「そんなのは承知しております。我が伯爵家は王族に忠誠を誓っております。今の王妃も好きですよ」

 何の話だ、話しがそれた。帰るぞリシャールと兄上に手を引かれると、グイッと戻された。腕抜けるだろ。

「ロベール様」
「嫌だよ。手続きの間にリシャールがお嫁に行っちゃう」
「行くわけないでしょ」
「数日で恋人出来るかもでしょ!」
「出来ません」

 嘘つけえ!と怒鳴り、お前だけ帰れと兄様を押し出してドアを閉めようとする。

「あのねロベール様、僕帰ります。こんなのはよくないですよ」
「リシャールぅ……俺の所に帰って来る?」
「はい。あなたの気持ちが変わらないのであれば」

 それの心配はないぞと笑う。

「帰るならキスだけさせて。俺を感じて」
「ゔっ……兄上いますからあの…ね?」

 キッとロベール様が兄上を睨むと深いため息。

「アルフォンス後ろ向け」
「……はい」

 ふふっと微笑みながら王子は僕の頬を撫でる。愛しいと頬を染めてくれる。

「王族の力で奪うことも出来たけど、リシャールの幸せを壊すことはしたくなかった。もう俺もこんな年だから諦めてたんだけど」
「はい……」

 幸せそうに微笑んだ。俺も後はなく、神は俺に微笑んでくれたんだ。嬉しいよって。

「今ならお前の幸せを壊すことはないから」

 黙っていると、俺のキスに応えてと唇が触れた。口を開けてよと言われて少し開けると……舌が…ンッ……待って?マジ待って。

「ロベッ……んっ…んふぅ……」

 やバッ腰が抜けそうな気持ちよさ。なにこれ……うっ……ンっ頬をしっかり挟まれてて動け……んんっ

「あ…ロベール様やめて……あ…フッ……」
「気持ちいい?」
「うん……」

 足に力はいんないと震えていると、帰るぞリシャールと、スッと膝の裏に手が入り兄上に抱かれた。

「正式に話を通すまでリシャールを抱いてはなりません。体で弟を手に入れようなど」
「ふふっそんなつもりはないさ。彼が俺に反応しただけだよ」
「さようで」

 では、正式に王から申し込みをして下さいませ。我が伯爵家は拒否は致しませんと兄上。冷たい目がふと緩んで、見上げる僕に視線を下げた。

「兄上?」
「お前がよければだかな」

 では失礼と王子の私室を後にして、僕は兄上に抱かれて、城の大扉の前まで送ってもらった。

「お前ね。ステフィンは本当にどうしたんだ」
「振られた。つまんないからって」
「そうか。いつだ?」
「さっき」
「さっき?」

 もう歩けるだろと降ろされ、お前はもう逃げられない。俺はなぜ王子がお前に執着するか思い出したが、どこで会ったんだと聞かれ、先程の貯水池での話をした。

「白い鹿の代わりにお前を手に入れたのか」
「結果的にそうなりました」

 はあ……と頭を掻いた。そして僕を見下ろし、ふわっといつもの優しい兄上の顔になった。

「お前に王族は辛いかなって思わないでもない。我が伯爵家からも、王族の下賜も今までなかったから、分からない部分も多いからな」
「うん……僕こんなだからやれるか分かんない」

 そうだなあと頭を撫でてくれる。幼子にするように優しい大きな手で撫でてくれる。

「お前は能力も魔力も申し分ないが、我が一族はゲルマリ族でソレー族ではない。貴族の反発もあるやもしれぬ。今の王妃のようにな」
「うん……」

 そうだ、まず聞かなくてはならないことがあったなあと兄上は笑う。

「お前王子好きになれそう?」
「あー……この国で王族嫌いな人は少ないでしょう?」
「そうじゃなくて、彼自身を好きになれそうかと聞いている。今までみたいに好かれたからでは済まされない覚悟が必要になる。そして、王族には離縁はない」

 そうね……死なない限り離れることはないんだ。だから王族との結婚を嫌がる人もいる。仲が悪くなっても死ぬまで一緒。人前では仲良く楽しそうにしなくちゃならないからね。それが仕事だけどどうにも辛くて、実際直轄地の別荘に引きこもる奥様も昔からいる。

「まあ今すぐ決めなくてもいい。どうせ婚約成立までひと月は掛るからしっかり考えろ」
「はい」

 まあ、明日以降家族でしっかり話し合おうとなった。兄上はもう少ししたら帰るとエントランスで別れ、僕は外に出て空に駆け上がったんだ。











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