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一章 事の起こり

12 王との面会(前編)

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 僕がこの屋敷の環境にもなれた頃、城に参内した。王様と王妃、真ん中の兄上様に会うためにね。

「吐き気がしてきた」

 認めてくれていると分かっていても緊張する。

「キャル。父様も母様も前よりは年取ったけどあんまり変わんないよ?ちぃ兄様は更に変わんない」

 あうぅ……庶民生活長くて、こういった事から離れすぎてて、嫌だって気持ちが勝る。いい人たちなんだろうけど、楽しみな気持ちは日に日に減って胃が痛くなって。

「キャルはぼくの旦那様だって堂々としていればいいよ」
「う、うん」

 城まで馬車だとすぐそこだから、緊張している間に到着。はや!あん?

「ここ正面じゃないね」
「うん。ここは王族専用の、私的に来た時の入口だよ」
「ふーん」
「これはキャルや僕らをを守るためでもある。廊下も王族以外は通らないから安全だし」
「そっか。ありがとう」
「んふっ当たり前だよ」

 御者が扉を開けてくれると、おお!変わってないんだね。筆頭執事ライアン!少しお年を召したかな。

「いらっしゃいませ。カミーユ様、キャル様」
「うん。父様たちは来てる?」
「はい。既にこちらに来ております」
「そう。よかった」

 カミーユと話し終わるとライアンは、僕の方を向いた。

「お懐かしいですな。お元気になられたんですね。ようございました」
「あ…はい。ありがとう存じます」

 クスクスと口元に握り拳を当てて笑う。

「キャル様はもう王族ですよ。お披露目が済んでないだけですから。私どもに敬語はおやめくださいませ」
「ですが、やはりみなに周知した後の方がいいのではないでしょうか」

 やだなあキャルと、カミーユ。

「そんな危険なことはしないよ。ぼくらの結婚式が終わったら、簡単に誰が夫になったと会議で言うくらいだ。キャルをみんなに見せたりしないよ」
「はあ?それではあなたの立場が……」

 立ち話もなんですから、中へとライアンは急かした。彼が扉を閉めると見たことのない廊下。幅も狭くて、と言っても城の廊下が幅広なだけだけど。

「この先の王族の私棟の手前にお茶室があるからね」

 歩く速度が少し落ち、困ったようなカミーユ。

「それと、この間兄様が言っていた通りでね。ぼくら一代公爵にはみんななんの興味もないの。生きている事、それが仕事。子供も生まれて欲しくないのが今の大臣たちだよ」
「酷い、なんでそんな。いや、ごめん」
「うん」

 はしたないけどカミーユの手を握った。この王族の立場の弱さの中、更に弱い兄様とカミーユ。どれほど悔しい思いをしていたのだろう。

「カミーユ。僕はあなたをとても愛している。これからもずっと愛し続ける。約束する」
「キャル……」

 つなぐ手に力が篭もった。カミーユもギュッと握り返してくれる。僕はここで怖気付いている暇はない。前を睨みつけるように歩いた。
 
 僕は覚悟してる気になってただけなんだ。他人事と、どこか思っていた部分があったんだろう。この手を離したくはない。信頼を失いたくない。

「ごめんね。僕が兄たちに殴られていた時、あなたも心を殴られていたんだね。辛かったね」

 はっと息を飲んだカミーユの手は少し震えだした。

「キャル……僕ね。あなたを心のささえに…がん…ばってきたの。自分の力は弱くて……でも……」

 涙をこらえ、絞り出すような声。僕はすまないと一言。

「僕は甘さを捨てる。あなたを守りたいんだ。笑っていて欲しいんだ」
「うん」

 お茶会の部屋の扉の前に着いた。

「こちらへどうぞ」
「うん」

 ライアンはゆっくりと開いてくれた。そこは表の城の装飾と変わらない家具やカーテン。コンソールには庭のバラが活けてあり、甘い香りを部屋に漂わせている。

「少しお待ちくださいませ」
「うん」

 静かな空間。開いた窓からチチチッと鳥の声と、時々入ってくる風。レースのカーテンがふわりと揺れる。
 給仕のカートからコポコポとメイドがお湯を注くと、ふわりと良い紅茶の香りが流れた。

「ねえ。そんなに構えなくてもいいよ。少し肩の力抜いて」

 僕の手を取り両手でそっと包んでくれる。

「カミーユ。僕は変わりたいと本気で思ったんだ。あなたの支えになれる夫でいたいって」
「ありがと」

 彼の手をギュッと握った。

「王が見えました」

 メイドが小さな声で耳打ちしてくれた。すぐに僕らは立ち上がり、扉をの方を向いてお待ちした。ガチャリと開くと、普段の執務服の王と王妃。

「待たせたなカミーユ」
「いいえ。父上、母上。ご機嫌麗しゅう」
「ああ。………キャル?本当にキャルか?」

 王は僕を見ると驚いていた。僕は王から目をそらさず、

「お久しぶりでございます。キャルでございます。子供の頃にお会いしたのが最後でございますから、姿は多少変わりました」

 僕はにっこりと微笑んだ。貴族の優しい笑みになるように。

「もうそんなになるか。なんとまあ立派な青年になったものだ」

 まあ座れと促されて、王が着席した所で僕らも座った。メイドは王たちにお茶を淹れると壁に下がった。

「サウンドウォール」
「え?」

 つい声が出た。王は遮音防壁を僕らの周りに張り、メイドたちには聞こえないようにした。

「すまぬな。四人だけで話したかったのだ」
「いえ、構いません」

 何を聞かれても正直に話そう。僕にはもう退路はない。国の秘密も聞いてしまったからね。お兄様はそのために話しに来たのは分かる。カミーユの願いを確実なものにしたかったんだろう。

「美しい男になったな。キャル」
「ありがとう存じます」

 膝に手を付いて頭を下げた。

「カミーユ。お前の熱意がここにいるキャルなのだな。半年も追いかけてどうなるかと思っていたが、よかったな」
「はい父上。キャルは私をとても大切にしてくれます。私の大切な夫なのです。どうか今後もよろしくお願いいたします」
「ああ。カミーユを頼むな」
「はい。私の全てをかけたく存じます」

 お二人は愛しそうにカミーユを見ていた。そう、これが親の顔だよ。もう僕には永遠に向けられることのないと思っていた笑顔だ。

「キャル」
「はい」

 王はスッと真顔になり、膝に腕を付いて前のめりになった。

「私もお前を調べさせて貰った。報告書と相違はなかったが、お前はあれを読んでいるのか」
「はい。相違はございません」

 なんとと一言漏れるように言うとうなだれた。私に力があれば、キャルを含めこんな思いをする子息は出なかったはずなのに。すまぬなと。

「他にも似たような方が?」
「ああ。派手なのがお前の家なだけで、他もそのような子息がたくさんだ。他国に売られた者すらいる」
「うっ」

 何と言うことだ。そんな事になっているなんて。そうか……店に僕を遠目に見ていた子がいた。もしかしたら向こうは知っていて、僕に気が付かれたくなかったのかも。

「この間、セフィリノに聞いたのだろう」
「サラッとですが、お聞きいたしました」

 ならばよい。全ての領地ではないがと、王は前置きをした。

「妾の子、外での不義の子など、奴隷として売りさばく流れも出来てしまっているんだよ」
「うそっ」

 マヌール川に虐待の末捨てられて、下流の海近くに流れ着いてとかもある。全身に虐待の跡があり、目を覆いたくなる姿になってと、王は声を震わせた。

 マヌール川。この国の中央に流れる大河だ。氾濫なども起こさない、川幅の広い大きな川。漁師が川魚、小エビなどを小舟で捕る穏やかな……そこにか。観光のボート乗り場とかもあるのに。

「特にここ数年、そんな貴族が増えたと報告が上がる。この状況だから、国内には奴隷商が増えたんだ。私は奴隷など、そんな商いなど認めた覚えはないのに!!」

 王は奥歯を噛み締め、ギリギリと音がするほどだった。

「クオール……」
「クソッ……すまない。マリウス」

 王妃は、悔しそうにしている王の様子に、泣きそうな顔をしながら、うなだれる背中を擦った。

「ごめんなさい。私たちに力がなくて……」
「いえ。その一端を担っているのも我が父でしょう。こちらこそ申し訳ございません」

 僕は、はらわたが煮えくり返る思いがした。どこの国も多少の不正はある。不幸なお家もあるのは分かる。だが、その不幸は作られた、そう、他家に嵌められた家もあるはずなんだ。
 
 身請けされていったカミュたちは、よくわからないうちに家がなくなったと言っていた。カミュの親は清廉潔白な、それこそ穏やかな農村の領主で不正とは縁遠かった。父は城の文官で、会計にも何かの決定にも関わっていなかったと言っていた。そんな話を思い出して少し話た。

「ああ。モーガンの息子、カミュはお前の所にいたのか」
「ええ。僕らの何に非があったのか、未だにわからないと。彼は他国の貴族に身請けされました」

 ふふっそうか。どんな形でも幸せになって欲しいものだと、力の抜けた声で。

「あの家は完全に嵌められたんだ。お前のところではない伯爵家の不興を買ったんだ。真面目な男でな。身分は関係ないと上の者に不正を正せと注意したんだ。それを憎まれてな」
「ああ……カミュはとても可愛らしい子でした。それこそ教会の女性のような子で愛らしい」

 そうだろう。モーガンもそんな感じだった。我らの味方でな。どうしているのかと哀しそうに……

 王の嘆きと後悔が続いた。






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