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五章 平穏から一転
8 突然の……
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アンジェに愛され、たまにエルムントに𠮟られて、不安などないって感じで初夏。セミが鳴き出す頃、暗黒の森の近くの領地に敵が攻めて来た。なんの前触れもなく、巡回の騎士にも気が付かれずに。
「バルシュミーデ側の領地だ。ここを見ろ」
「はい」
僕は襲撃と共に城に呼ばれたんだけど、室内に入ると雰囲気がおかしい。いつもの戦術本部の雰囲気じゃない緊張感があった。
「なんの前触れもなかったんだ。ヘルテル、バルシュミーデがどうなのかも分からん」
「なにも?」
「ああ、城の騎士は戦地に向かった。だが、他国からはなにも連絡がない。今使者を出しているがな」
ハルトムート様の話によると、前回の反省からかかなりの数だそうだ。魔術士も多く、冒険者っぽい身なりも多いそう。
「騙して参戦させているのでしょうか?」
「分からん。金も食料もあるとは思えないんだ。森に討伐に行って稼ぐって言っても、国としての稼ぎにはならないし、バルナバスにも聞きに行ったが知らぬ存ぜぬだ」
どうやって多くの戦士を集めたのか。当然隣国は手を貸すわけもなく……本当に貸さないのか?
「連絡がないのは……」
僕が不安で発した言葉に、ハルトムート様は言葉を被せる。
「いや、疑いたくはない。あの二国は白の賢者がいるが、本分的にあの国を助けるとは思えない。利があるとは思えん」
「そうですね」
確かにそうなんだ。白の賢者は自国を愛する者ばかりだから、連れて行かれても動かないはず。でも国に利があれば……かな。ハンネス様もそれはないだろうと言い残し、戦地に行っているそうだ。細かい説明を聞いていると、目の端にん?ユリアン様が目に入った。なんでここにいる?
「ユリアン様なぜここに?」
「うん。今回指揮官は外れたんだ。僕魔法も武術も強くないから」
「今までは……?」
ユリアン様でも対策が取れる道が見えたから行っていたが、今回は対策が取れるほどの情報がない。始祖直系の一人として参加は無理だそうだ。
いやいや、アンジェもだよ。この差は……黒の賢者だからか、ユリアン様より身分が下だからか。なんて考えていると、ハルトムート様はその会話には乗らず、
「詳細が分からず行かせるのは忍びないが、明朝の出立を頼む。それまでに少しくらい分かるやもしれぬ。悪いな」
「いえ」
ヘルテルやバルシュミーデからの援軍はなく、借りている隊のみでは人数が少ない。それにヘルテルの彼らは戦闘向きの航空部隊じゃなく、王様の移動用に借りている班だそう。当然戦闘能力は大したことなくて頼れない。だから僕らは自力で戦地に向かえってさ。そう馬でね。僕はあんまり馬は得意ではないけれど、そんなこと言ってる場合でもない。
これだと前回の戦術は使えないし、どうするかな。上空から攻撃出来る前提の攻撃だから、これは困ったな。
アンジェは戦地の様子を見てみないと判断は出来ないし、それからでも遅くはないだろうって。
「少しでも寝なさい。分からないことだらけなんだから、体力くらいな」
「はい」
広間の隅に、普段ないカウチが置いてあったので、そこで寝なさいって。アンジェが僕に眠りの魔法をかけてくれると、スーッとまぶたが閉じて夢の中へ。そして明け方アンジェに起こされた。
「おはようクルト。あんまりいい報告は出来ないが、隣国は手を貸してはいなかった。暫定王の国からかとも思ってたが、そこからの人員は少なかった」
「じゃあどうやって戦士を?」
アンジェは僕を見つめて、目に力が入るのが見えた。そして嫌なことを話すぞって。
「ここから西の小国を彼らは襲っていたらしい。そこの民を奴隷戦士として連れて来てたんだ」
「……ッ!」
なにそれ……それは敵じゃないでしょ。そうだなって……苦々しく歯ぎしりをして、アンジェは続けた。
「うちと似たような、戦とは縁遠い小国ばかりを襲い、真っ先に王と白の賢者の首をはねた。指示をする上官がいなくなり、右往左往してる民と騎士を捕縛。生きていたければ戦地に行けと……」
「うそ……」
それなら……僕が考えているような攻撃は出来ない。彼らは罪のない人たちで、生きるために無理やりここに来た人じゃないか!そんな……
「それを狙ったんだろう。白の賢者の心を逆手に取ったんだ」
「なんて卑怯な……クソッ」
どうしよう……そんな戦士を殺したくはない。でも、ためらえば彼らも自分たちのために戦ってるから、我が国の人たちが殺られる。クソッあちらの王が突然心臓発作で死なねえかな。つか、乗り込んでそいつだけ殺したい。うーっそんな事考える僕がイヤ。なんであの王は正攻法で国を作らねえんだよ!なんで!
「あちらから見れば、武力がないに等しい弱小国の我らの話など、聞く意味もないと考えてるさ」
「そうだけど……奴隷の戦士なんて……」
考えろ、僕。父様が読めと言った賢者の本の内容を思い出せ。なにかなかったか……討伐でもなんでもいい。敵を全滅させずに解決する方法を……なにか。
創世の頃は……能力全開で薙ぎ払え!で国から追い返した。魔獣の暴動では黒と共に薙ぎ払え!だったし。神に頼るのは簡単だけど、この人同士の争いは助けてはくれそうもない。ならこんな時、過去の白の賢者はどうしたんだろう。思い出せ!創世からの白の賢者の記録を。僕は本を一ページずつ捲るように思い出していた。
病で国の民がほとんど死亡を命がけで復活、自分死亡。アレス神に助けを求め、味方が分からなくなり無差別攻撃の末、仲間に刺殺され……癒やしの力で一時的に敵を冷静にさせる物はあるけど、それは相手の動きを瞬間的に止めるだけ。それじゃ解決にはならない。焦ってるせいか役に立たないものしか浮かばない。僕は顔を上げた。
「アンジェの家にはなにかないのかな?」
なんだ?と不思議そうにはしたけど、答えてくれた。
「うちは殲滅が得意だ。術で戦意をなくすものなどない。圧倒的な攻撃力の末、戦意喪失だな」
「そっか……」
誰も殺したくないし殺されたくもない。こうしている間もどちらも死んでるかもしれない。嫌だ。うちと似た感じでほわほわ生きている人たちに剣を持たせ、慣れない攻撃魔法を使わせてるんだ。どうしたら……グルグルと考えても思い出せないし、焦りと不安で胃はキュウっとするし。
……クルト悩んでいますね……
「え?」
……あなたはこの先勇者と呼ばれても耐えられますか?……
「は?」
……私の術はアレスの力を無効にし、そしてシュタルクの土地の加護も、暫定王の加護も解除することが出来ます。加護のない時の能力になり、強制的に冷静にさせることも出来ます……
「マジか!そんなチートが!」
……ええ。あの国は落ち着くでしょう。ですがあなたは勇者や聖人など呼ばれるようになる。それでも私の力を欲しますか?……
「アンジェ。アルテミス様がチートのような術を貸してくれるって。でもチート過ぎて僕はきっと変な呼ばれ方するようになる」
「変な?勇者とかか?」
「うん……」
隣に座り僕の肩を抱いて「いいんじゃないの?」と優しい微笑みで僕を覗き込む。
「でもお前はどうしたい?」
「人を殺したくない。今回の敵は敵じゃないんだもん」
僕の肩をポンポンと叩く。お前が英雄や勇者と呼ばれても、俺の愛は変わらない。お前の能力でこの国を救うんだろ?ためらう必要などないよって。
「でも……僕は異世界人でこの世界の人間じゃない。その僕がその称号をもらうのは違う気がするんだ。アンジェが出来ないのかな?」
……今の黒の賢者では、私の力は受け取れないでしょう。アンゼルムはそれを望んでもいない……
「なら望めば!」
……出来るなら、私はあなたに声は掛けていませんよ。おほほほ……
正論だな。僕ではなくアンジェに天啓が聞こえたはずだ。
「アンジェ。僕は世間がどう言おうがあなたの妻で、なにも変わらない。この先も僕を愛してくれますか?」
「もちろん」
アンジェは僕の大好きな笑顔で答えてくれた。アンジェは僕を信頼してくれている。身近で僕を見てて、能力で僕を愛してる訳じゃないんだ。この彼の笑顔は、僕個人を愛してくれてる笑顔。ならば、
「ありがとう」
僕は決心し、カウチから降りた。そして指を組み、床に跪いてアルテミス様に請う。
「アルテミス神に願い奉る。民を守り、アレス神の加護の無効化のお力を、この地の正常化の力を賜りたく、願い奉る!!」
部屋の隅で祈っていたが、様子がおかしいと見に来たユリアン様が、ヒッと息を飲んだ声がした。
……クルト。私はこうなることを望んではいませんでした。あなたの国ならば、賢者は生きていれば役に立てると考えたのです。それにこの世界の神である我らは、人の世の未来は数年先くらいしか見えない。世界全体で見ると不確定要素があり過ぎて、人ひとりの人生とは違い見通せない。ごめんなさいね……
「いいえ。ここに来てからとても幸せに生きてきました。感謝しております」
言い訳だけどとアルテミス様は、個人の人生の流れは世情に多少左右されるけど、全体の流れにそれほど変化はなく、自分で選んだ人生を全う出来るよう変化に神が手を貸せる。たけど、この大陸、惑星全体の動物、人の歴史の流れは大きく、多少の加護ではその流れは変えられない。それは生き物の生態系にも関わることだから、それに手を加えるのは神の仕事ではない。神は……生き物を見守るのが仕事なのだと言う。
だろうね。人に手を貸すのだって、自分たちの思った方向ではない時に少しなんだろう。神の思惑などちっぽけな人間には分からない。それを開示してくれる神などいないのも分かっている。前の世界は神は遠く、天啓などなかった。今のこの世界が神に近すぎるんだよ。つか、神様っていたんだねってのが、僕の本当の気持ちだし。
……では受け取りなさい……
神の声と共にブワッとなにかが体に降りてきたような気がした。力がみなぎるとは違う感覚で、体がポカポカするような感じというか。後は頑張りなさいと神様の声はなくなって、僕は床から目を上げると……ユリアン様が怯えた目で僕を見ていた。
「クルト……君光ってる……アンジェの魔力の膜で光ってるのとは違う、金色に。なにそれ?」
「おお…ホントだ」
僕は手のひらを見つめ、全身をキョロキョロと見渡した。部屋の隅のせいで明かりが弱く、かなり光って見えるね。なんだろ、オーラの絵とかあるじゃない。そんな感じ。
「なにしたの?誰のなんの力を借りたの?」
部屋の隅で光ってる僕にみんな声をなくしていた。たくさんの人がいるのに、広い晩餐会のホールはシーンとして、みんな言葉が出ないようだ。
「ク、クルト?」
「はい、ハルトムート様」
「お前……なにしたんだ?」
僕は立ち上がり、もう決断したんだからと力強く歩き、中央の地図の前に向かう。僕が歩くと騎士も文官も怯えて後ずさる。まるでモーゼの海を割るように人が引いて行くんだ。さすがにちょっと不安になったけど、自分の選択は間違っていない。殺さなくていい人を守るんだからね。自国民も奴隷戦士も守るんだから、多少のことはいいんだよ。些細な反応など気にしちゃダメなんだよと、自分に言い聞かせた。でも、心は緊張して不安もあった。
「説明しろ。クルト」
「はい」
アルテミス様の天啓を、ハルトムート様に説明した。周りの騎士も文官たちも固唾をのんで見守り、なにも言葉を発しない。
「分かった。聞いていたな、ラムジー」
「ハッ!」
ラムジー?僕がバッと振り返ると、いつもの五人は片膝付いて頭を下げていた。ラムジーが頭を上げて、お久しぶりでございますと、引き締まった顔を僕に向けた。
「クルト様。我らを足として存分にお使い下さいませ。その光は、我らには神の御前にいるような畏怖の念を感じさせます。きっと素晴らしいお力を賜ったのでしょう」
「はい?」
ラムジーなに言ってんの?と僕は小首を傾げた。嫌だなぁラムジーと僕は笑って、視線をラムジーから外すと、みんな僕に頭を下げていた。なんで?頭を上げているのは身内のみ。
「この光、消せないのかな?」
「無理だろ。術を使えば力がなくなり消えるさ。力の色だろうからな」
「そっか」
アンジェはいつも通りに話してくれる。ふむ、こんな状況だといつも通りの身内はありがたいね。
「でもさ。ラムジーたちも普通にしてよ。これからの戦闘がやりにくいもの」
え?とみんなは顔を上げたけど、恐怖で引きつってる。ああアルテミス様の言ったことはこういうことなんだね。この力は大きすぎて、みんなを怖がらせてるんだなって実感した。術を使ったら見たことない術で、怖いものだったらどうしよ。化け物扱いになったら?と、違う恐怖が胸に沸き起こる。
だからアルテミス様は僕に、勇者の称号に耐えられるのかと聞いたんだ。勇者はある意味超人で人を超えた化け物だ、それは否定できない。うーん、たった今からかあ……あはは。ここにいるみんなを遠くに感じて、くそぅ…涙出そう。僕は不安そうにしてたのが顔にでていたのか、後ろから力強く決意の籠もった声がした。
「クルト。きっとお前はこの戦の後、周りから色々言われるだろう。だが私はお前を守る、なにも憂いはいらないんだ。さあ、行ってくれ」
「はい!」
ハルトムート様の言葉に勇気をもらい、宰相様たちの笑顔に、はいと僕は頷いた。僕らはハルトムート様に一礼して、エントランス側の扉に駆け出した。そして東の空に登り始めた朝日を背に、西のバルシュミーデ手前の領地に向けて、ラムジーたちと騎獣で空へ駆け上がった。
でも飛行中、揺れでグラついて僕がラムジーに触れると「あうっ」とか「ヒッ」とか、変な声出してるのが、とても気になる。そして、いつもなら優しく片手でお腹辺りを支えてくれるのに、それもない。んふぅ……寂しい。
「バルシュミーデ側の領地だ。ここを見ろ」
「はい」
僕は襲撃と共に城に呼ばれたんだけど、室内に入ると雰囲気がおかしい。いつもの戦術本部の雰囲気じゃない緊張感があった。
「なんの前触れもなかったんだ。ヘルテル、バルシュミーデがどうなのかも分からん」
「なにも?」
「ああ、城の騎士は戦地に向かった。だが、他国からはなにも連絡がない。今使者を出しているがな」
ハルトムート様の話によると、前回の反省からかかなりの数だそうだ。魔術士も多く、冒険者っぽい身なりも多いそう。
「騙して参戦させているのでしょうか?」
「分からん。金も食料もあるとは思えないんだ。森に討伐に行って稼ぐって言っても、国としての稼ぎにはならないし、バルナバスにも聞きに行ったが知らぬ存ぜぬだ」
どうやって多くの戦士を集めたのか。当然隣国は手を貸すわけもなく……本当に貸さないのか?
「連絡がないのは……」
僕が不安で発した言葉に、ハルトムート様は言葉を被せる。
「いや、疑いたくはない。あの二国は白の賢者がいるが、本分的にあの国を助けるとは思えない。利があるとは思えん」
「そうですね」
確かにそうなんだ。白の賢者は自国を愛する者ばかりだから、連れて行かれても動かないはず。でも国に利があれば……かな。ハンネス様もそれはないだろうと言い残し、戦地に行っているそうだ。細かい説明を聞いていると、目の端にん?ユリアン様が目に入った。なんでここにいる?
「ユリアン様なぜここに?」
「うん。今回指揮官は外れたんだ。僕魔法も武術も強くないから」
「今までは……?」
ユリアン様でも対策が取れる道が見えたから行っていたが、今回は対策が取れるほどの情報がない。始祖直系の一人として参加は無理だそうだ。
いやいや、アンジェもだよ。この差は……黒の賢者だからか、ユリアン様より身分が下だからか。なんて考えていると、ハルトムート様はその会話には乗らず、
「詳細が分からず行かせるのは忍びないが、明朝の出立を頼む。それまでに少しくらい分かるやもしれぬ。悪いな」
「いえ」
ヘルテルやバルシュミーデからの援軍はなく、借りている隊のみでは人数が少ない。それにヘルテルの彼らは戦闘向きの航空部隊じゃなく、王様の移動用に借りている班だそう。当然戦闘能力は大したことなくて頼れない。だから僕らは自力で戦地に向かえってさ。そう馬でね。僕はあんまり馬は得意ではないけれど、そんなこと言ってる場合でもない。
これだと前回の戦術は使えないし、どうするかな。上空から攻撃出来る前提の攻撃だから、これは困ったな。
アンジェは戦地の様子を見てみないと判断は出来ないし、それからでも遅くはないだろうって。
「少しでも寝なさい。分からないことだらけなんだから、体力くらいな」
「はい」
広間の隅に、普段ないカウチが置いてあったので、そこで寝なさいって。アンジェが僕に眠りの魔法をかけてくれると、スーッとまぶたが閉じて夢の中へ。そして明け方アンジェに起こされた。
「おはようクルト。あんまりいい報告は出来ないが、隣国は手を貸してはいなかった。暫定王の国からかとも思ってたが、そこからの人員は少なかった」
「じゃあどうやって戦士を?」
アンジェは僕を見つめて、目に力が入るのが見えた。そして嫌なことを話すぞって。
「ここから西の小国を彼らは襲っていたらしい。そこの民を奴隷戦士として連れて来てたんだ」
「……ッ!」
なにそれ……それは敵じゃないでしょ。そうだなって……苦々しく歯ぎしりをして、アンジェは続けた。
「うちと似たような、戦とは縁遠い小国ばかりを襲い、真っ先に王と白の賢者の首をはねた。指示をする上官がいなくなり、右往左往してる民と騎士を捕縛。生きていたければ戦地に行けと……」
「うそ……」
それなら……僕が考えているような攻撃は出来ない。彼らは罪のない人たちで、生きるために無理やりここに来た人じゃないか!そんな……
「それを狙ったんだろう。白の賢者の心を逆手に取ったんだ」
「なんて卑怯な……クソッ」
どうしよう……そんな戦士を殺したくはない。でも、ためらえば彼らも自分たちのために戦ってるから、我が国の人たちが殺られる。クソッあちらの王が突然心臓発作で死なねえかな。つか、乗り込んでそいつだけ殺したい。うーっそんな事考える僕がイヤ。なんであの王は正攻法で国を作らねえんだよ!なんで!
「あちらから見れば、武力がないに等しい弱小国の我らの話など、聞く意味もないと考えてるさ」
「そうだけど……奴隷の戦士なんて……」
考えろ、僕。父様が読めと言った賢者の本の内容を思い出せ。なにかなかったか……討伐でもなんでもいい。敵を全滅させずに解決する方法を……なにか。
創世の頃は……能力全開で薙ぎ払え!で国から追い返した。魔獣の暴動では黒と共に薙ぎ払え!だったし。神に頼るのは簡単だけど、この人同士の争いは助けてはくれそうもない。ならこんな時、過去の白の賢者はどうしたんだろう。思い出せ!創世からの白の賢者の記録を。僕は本を一ページずつ捲るように思い出していた。
病で国の民がほとんど死亡を命がけで復活、自分死亡。アレス神に助けを求め、味方が分からなくなり無差別攻撃の末、仲間に刺殺され……癒やしの力で一時的に敵を冷静にさせる物はあるけど、それは相手の動きを瞬間的に止めるだけ。それじゃ解決にはならない。焦ってるせいか役に立たないものしか浮かばない。僕は顔を上げた。
「アンジェの家にはなにかないのかな?」
なんだ?と不思議そうにはしたけど、答えてくれた。
「うちは殲滅が得意だ。術で戦意をなくすものなどない。圧倒的な攻撃力の末、戦意喪失だな」
「そっか……」
誰も殺したくないし殺されたくもない。こうしている間もどちらも死んでるかもしれない。嫌だ。うちと似た感じでほわほわ生きている人たちに剣を持たせ、慣れない攻撃魔法を使わせてるんだ。どうしたら……グルグルと考えても思い出せないし、焦りと不安で胃はキュウっとするし。
……クルト悩んでいますね……
「え?」
……あなたはこの先勇者と呼ばれても耐えられますか?……
「は?」
……私の術はアレスの力を無効にし、そしてシュタルクの土地の加護も、暫定王の加護も解除することが出来ます。加護のない時の能力になり、強制的に冷静にさせることも出来ます……
「マジか!そんなチートが!」
……ええ。あの国は落ち着くでしょう。ですがあなたは勇者や聖人など呼ばれるようになる。それでも私の力を欲しますか?……
「アンジェ。アルテミス様がチートのような術を貸してくれるって。でもチート過ぎて僕はきっと変な呼ばれ方するようになる」
「変な?勇者とかか?」
「うん……」
隣に座り僕の肩を抱いて「いいんじゃないの?」と優しい微笑みで僕を覗き込む。
「でもお前はどうしたい?」
「人を殺したくない。今回の敵は敵じゃないんだもん」
僕の肩をポンポンと叩く。お前が英雄や勇者と呼ばれても、俺の愛は変わらない。お前の能力でこの国を救うんだろ?ためらう必要などないよって。
「でも……僕は異世界人でこの世界の人間じゃない。その僕がその称号をもらうのは違う気がするんだ。アンジェが出来ないのかな?」
……今の黒の賢者では、私の力は受け取れないでしょう。アンゼルムはそれを望んでもいない……
「なら望めば!」
……出来るなら、私はあなたに声は掛けていませんよ。おほほほ……
正論だな。僕ではなくアンジェに天啓が聞こえたはずだ。
「アンジェ。僕は世間がどう言おうがあなたの妻で、なにも変わらない。この先も僕を愛してくれますか?」
「もちろん」
アンジェは僕の大好きな笑顔で答えてくれた。アンジェは僕を信頼してくれている。身近で僕を見てて、能力で僕を愛してる訳じゃないんだ。この彼の笑顔は、僕個人を愛してくれてる笑顔。ならば、
「ありがとう」
僕は決心し、カウチから降りた。そして指を組み、床に跪いてアルテミス様に請う。
「アルテミス神に願い奉る。民を守り、アレス神の加護の無効化のお力を、この地の正常化の力を賜りたく、願い奉る!!」
部屋の隅で祈っていたが、様子がおかしいと見に来たユリアン様が、ヒッと息を飲んだ声がした。
……クルト。私はこうなることを望んではいませんでした。あなたの国ならば、賢者は生きていれば役に立てると考えたのです。それにこの世界の神である我らは、人の世の未来は数年先くらいしか見えない。世界全体で見ると不確定要素があり過ぎて、人ひとりの人生とは違い見通せない。ごめんなさいね……
「いいえ。ここに来てからとても幸せに生きてきました。感謝しております」
言い訳だけどとアルテミス様は、個人の人生の流れは世情に多少左右されるけど、全体の流れにそれほど変化はなく、自分で選んだ人生を全う出来るよう変化に神が手を貸せる。たけど、この大陸、惑星全体の動物、人の歴史の流れは大きく、多少の加護ではその流れは変えられない。それは生き物の生態系にも関わることだから、それに手を加えるのは神の仕事ではない。神は……生き物を見守るのが仕事なのだと言う。
だろうね。人に手を貸すのだって、自分たちの思った方向ではない時に少しなんだろう。神の思惑などちっぽけな人間には分からない。それを開示してくれる神などいないのも分かっている。前の世界は神は遠く、天啓などなかった。今のこの世界が神に近すぎるんだよ。つか、神様っていたんだねってのが、僕の本当の気持ちだし。
……では受け取りなさい……
神の声と共にブワッとなにかが体に降りてきたような気がした。力がみなぎるとは違う感覚で、体がポカポカするような感じというか。後は頑張りなさいと神様の声はなくなって、僕は床から目を上げると……ユリアン様が怯えた目で僕を見ていた。
「クルト……君光ってる……アンジェの魔力の膜で光ってるのとは違う、金色に。なにそれ?」
「おお…ホントだ」
僕は手のひらを見つめ、全身をキョロキョロと見渡した。部屋の隅のせいで明かりが弱く、かなり光って見えるね。なんだろ、オーラの絵とかあるじゃない。そんな感じ。
「なにしたの?誰のなんの力を借りたの?」
部屋の隅で光ってる僕にみんな声をなくしていた。たくさんの人がいるのに、広い晩餐会のホールはシーンとして、みんな言葉が出ないようだ。
「ク、クルト?」
「はい、ハルトムート様」
「お前……なにしたんだ?」
僕は立ち上がり、もう決断したんだからと力強く歩き、中央の地図の前に向かう。僕が歩くと騎士も文官も怯えて後ずさる。まるでモーゼの海を割るように人が引いて行くんだ。さすがにちょっと不安になったけど、自分の選択は間違っていない。殺さなくていい人を守るんだからね。自国民も奴隷戦士も守るんだから、多少のことはいいんだよ。些細な反応など気にしちゃダメなんだよと、自分に言い聞かせた。でも、心は緊張して不安もあった。
「説明しろ。クルト」
「はい」
アルテミス様の天啓を、ハルトムート様に説明した。周りの騎士も文官たちも固唾をのんで見守り、なにも言葉を発しない。
「分かった。聞いていたな、ラムジー」
「ハッ!」
ラムジー?僕がバッと振り返ると、いつもの五人は片膝付いて頭を下げていた。ラムジーが頭を上げて、お久しぶりでございますと、引き締まった顔を僕に向けた。
「クルト様。我らを足として存分にお使い下さいませ。その光は、我らには神の御前にいるような畏怖の念を感じさせます。きっと素晴らしいお力を賜ったのでしょう」
「はい?」
ラムジーなに言ってんの?と僕は小首を傾げた。嫌だなぁラムジーと僕は笑って、視線をラムジーから外すと、みんな僕に頭を下げていた。なんで?頭を上げているのは身内のみ。
「この光、消せないのかな?」
「無理だろ。術を使えば力がなくなり消えるさ。力の色だろうからな」
「そっか」
アンジェはいつも通りに話してくれる。ふむ、こんな状況だといつも通りの身内はありがたいね。
「でもさ。ラムジーたちも普通にしてよ。これからの戦闘がやりにくいもの」
え?とみんなは顔を上げたけど、恐怖で引きつってる。ああアルテミス様の言ったことはこういうことなんだね。この力は大きすぎて、みんなを怖がらせてるんだなって実感した。術を使ったら見たことない術で、怖いものだったらどうしよ。化け物扱いになったら?と、違う恐怖が胸に沸き起こる。
だからアルテミス様は僕に、勇者の称号に耐えられるのかと聞いたんだ。勇者はある意味超人で人を超えた化け物だ、それは否定できない。うーん、たった今からかあ……あはは。ここにいるみんなを遠くに感じて、くそぅ…涙出そう。僕は不安そうにしてたのが顔にでていたのか、後ろから力強く決意の籠もった声がした。
「クルト。きっとお前はこの戦の後、周りから色々言われるだろう。だが私はお前を守る、なにも憂いはいらないんだ。さあ、行ってくれ」
「はい!」
ハルトムート様の言葉に勇気をもらい、宰相様たちの笑顔に、はいと僕は頷いた。僕らはハルトムート様に一礼して、エントランス側の扉に駆け出した。そして東の空に登り始めた朝日を背に、西のバルシュミーデ手前の領地に向けて、ラムジーたちと騎獣で空へ駆け上がった。
でも飛行中、揺れでグラついて僕がラムジーに触れると「あうっ」とか「ヒッ」とか、変な声出してるのが、とても気になる。そして、いつもなら優しく片手でお腹辺りを支えてくれるのに、それもない。んふぅ……寂しい。
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自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
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執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
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他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
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エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
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閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
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2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
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