月の破片を受け取って 〜夢の続きはあなたと共に〜

琴音

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三章 愛される存在に

3 アンジェの弱音

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 赤ちゃんは「リーンハルト」とアンジェに名付けられてすくすく育った。あんまりにも妊娠期間が短かったから、早くでっかくなるかと思ったけど、それは前の世界と同じペースで育って行くようです。なんだそれ。

「ならクルト様の世界は妊娠期間は何ヶ月ですか?」
「十ヶ月と十日と言われてるけど、もう少し短いかも」
「え……お腹大きいまま十ヶ月とか……なんの拷問?育つのはそれで同じ……そちらのアンは辛そうですね」

 あはは……だよね。魔力が関係してるのか、動物的に違うのか。まあ、女性がいなくて繁殖してるくらいから、見た目が似ているだけで「同じ人間」の種類じゃないんだろうな。
 大体アンに月のモノはないからね。噛むことによって排卵するくさいんだ。猫かよ……もしかしたら猫の進化の人間かもと疑う。しっぽはないけどさ。

「あの……そんなだから、あなたの世界は医術が発達したんじゃないのですか?」
「かもね。こちらはケガで死ぬ人が多すぎなんだろうね」
「ええ。戦がなくとも魔物が出るし、街道もクルト様に聞くほどこちらは整ってないようですし」

 確かにね。あの討伐の帰りにゆっくり景色を眺めながら帰ったんだけど、石畳なのは街中だけで、街道は馬車の付けた跡だけの、大昔の道のまんま。崖は切り出しただけ。補強もされてなくて長雨とかで地滑りは多発してて、巡回して見つけ次第魔法で復元。いやいや……復元じゃなくて崩れないようにしなくちゃ。

「はあ……直せばよくないですか?」
「崩れないほうがいいでしょ。手間も巡回も減るし」
「そっか」

 魔法の弊害だな。見つければ直せばいいって短絡的に考えて、長期的な戦略がない。そりゃあ発展なんざしねぇ。弱いところだけが進んでそれ以外は放置か……こんなところは口出したくなるな。

「クルト来ないのか?」
「あ、ごめん話し込んでて。今行く」

 ティモと話してたら遅くなっちゃった。

「また明日ねティモ」
「はい。おやすみなさいませ」

 リーンハルトはもう三ヶ月は過ぎてて、乳母に夜はお任せにしている。おっぱいもしおしおとしおれるように出なくなった。断乳とかなくて、勝手にこちらが断乳。
 子どもが好きで昔子育て雑誌とか買ってて読んでいたのに、全く違っててなんの役にも立たず。やはり生き物として違うんだな。

「飲むか?」
「うん」

 シードルをローベルトが用意してくれていて、アンジェとゆっくり飲んだ。授乳中は飲めなかったからね。

「あー……美味しい」
「ふふっ」
「なに?」

 一緒に眠れるようになって嬉しいだけだって、僕の肩に腕を回す。

「僕も嬉しいよ。リーンハルトはかわいいけどね」
「俺もだ。子は愛しいがな」

 お前とは違うんだよって僕の頬にチュッとする。

「アンジェ大好き」
「俺も」

 世界が安定して来たから、二人目はいつにする?とか聞いてみた。

「そうだな。お前は若いし、うちは経済的にはいくらでもだが……三人もいればいいし、二年後くらいかな」
「なんで?」

 ふふっとアンジェは微笑んで、

「子どもが増えると、お前を独り占め出来なくなるだろ?」

 そう言って僕を覗き込む。ふえ……顔が真っ赤になるのを感じていると、鼻からつつーっとなにか垂れた。手で拭うと赤い。

「このイケメンが!サラッとそういう事言うんじゃありません!鼻血出ただろ!」

 ローベルト拭くものちょうだいと鼻を抑えて頼んだ。はいってタオルを渡されて鼻を抑えながらアンジェをキッと睨む。

「そんなに喜んでもらえるとは……ちょっと驚いた。いつも冗談で言ってるかと……」

 本当だったんだなあっと驚いているような、喜んでいるような。

「前に言ったでしょ!アンジェの見た目は僕の好みのど真ん中!優しく微笑む顔は殺されるって!ワザとしてるでしょ!」
「うん」

 うんだと?

「アンジェ……僕をいじめるの好き?」
「うん。クルトが頬を染めて、俺が好きで堪らないって顔するの好きなんだ」
「なにそれ」

 愛は与えるばかりじゃなくて、貰いたくもなるだろ?って。そうだけどさ。

「クルトは言葉責め有効だし」
「……そうね」

 ごめんってヒールで治してくれた。

「はあ……アンジェ。僕はアンジェ大好きなの。薄く微笑むの好きなの。だから……」

 僕は彼の胸にぽふって抱きついた。大好き過ぎて別に抱かれなくてもいいんだ。側でこうしていられるだけで幸せなんだ。

「うん。意地悪してごめん。でも俺は嘘は言ってない」
「うん」

 毎日こんな。夜のこの寝る前の時間は大切で、愛を伝え合うんだ。アンジェはよくしゃべるようにもなったしね。

「あーそれはベルントのせいだな。一言話すと十言葉が帰って来てそのうち……その…言葉が減ったんだ。大好きだったけど、そのな、押しが強くてな」
「僕にはそんなじゃなかったけど、みんなそう言うね」

 元気な頃はホントにうるさく、ベッドでも激しく……俺には遠慮がなかった。愛されてたんだろうけどねと、アンジェは遠い目になる。

「あのさ、あんまりにも僕と違わない?」
「ああ。だからクルトに惹かれたのかもな」
「僕も……ベッドではその……あの…やん!」

 そんなことないさ。俺に酔ってねだるお前は淫らで俺を煽る。あいつは……勝手に楽しむって言うのかな。ふたりで楽しむって感覚は薄かったかもねと。アンジェは大きく息をついた。

「なんかさ。俺はあいつのどこが好きだったんだろうと、クルトと結婚してからよく思うんだ。俺はいろんなところで萎縮したり……世間には謝ってばかり。番前から尊敬してたいし、かわいい外見で、幼い頃からいつも一緒にいたし……えっと……」

 アンジェ混乱しだしたな。ベルント様は、自分を好きにさせてくれるアンジェを愛していた。のびのびと自分らしくいても、愛してくれるアンジェを愛していたんだと思う。

「うん……あれは俺を愛してはいたと思うよ。俺もな。だけど……職人としてのあいつが好きなだけで、他の相性はあんまりだったかなって」
「そうなの?」
「ああ……そんな気がしている」

 俺の言葉で鼻血出すとかもないしと、僕を見てチュッと唇に触れる。

「それは……僕がアンジェ大好きだから。外見はもちろんだけど、僕を優先してくれるのも嬉しいし。それとアンジェは頑張り屋さんで愚痴もほとんど聞かなくて、忙しいのに疲れたとも言わない。とても尊敬してる」

 僕の言葉に本当に、心から嬉しいって顔をした。蕩けるような幸せそうな笑顔だ。

「ふふっありがとう」
「こちらこそ。んふっ」

 そうだな。人の好みは変わるのかもしれないと思う。番の絆の負の部分で目が曇り、お互い分からなくなってたのだろうって。

「あれもハーデス様のところで、なんか間違ったかも思ってるかもな」
「そんなことあるの?」

 チュッとキスしてくれて、ふふっとアンジェは微笑む。

「この強い絆の負の部分なんだ。絆が強すぎて周りが見えなくなる。おかしいとどこか思っても、なにがおかしいか気が付けないんだよ」
「へえ……」

 番解消はない訳じゃない。好みがずれて行き、妥協点も変わる。違和感の正体に気が付いた時には、相当ずれてるんだよってアンジェ。

「ベルントが元気で今も夫婦なら……今頃はダメだったかもな」
「そっか…番は絶対ではないんだね」

 だから貴族のノルンは愛人を持ったり、隠れて番変更なんか起こる。離婚は家同士の絡みもあるから、簡単に出来ない時もあるそうだ。番を変える時は、ふたりが完全に終わった時なんだな。

「アンもそんな状態で解消されても、心残りもなにもないそうなんだよ。俺の知り合いにいてな」
「ふーん」

 そっか。滅多にいないけど番選びの失敗はあるのか。たぶんこちらでは親の薦めや家同士の絡みもあるから「臭く」なければってまあって人もいるんだろう。でもアンジェとベルント様は仲良くてなのにね。

「俺がそういった意味で弱かったんだろう。ベルントを心から愛している「つもり」なだけだったのかもと、たまに振り返って考えるんだ」
「そんなことは……」

 確かにアンジェは家に安らぎを求めるし、甘えられるのを好む。子どももとても愛してくれて、ノルンにしては、こまめに子ども部屋に通うとみんな言う。ベルント様が自分を持ち過ぎた自立した人で、我がぶつかったのかも。
 アンジェは責任感が強く、ひとりでこの公爵家を維持して来た優秀な方だ。跡を継いだのも、ベルント様と結婚後すぐの若い頃だったらしいし。クヌート様や身内が助けたにしろ凄いもの。僕にはムリだね。考え込んでいたアンジェは思いついたように、

「ああ、そうか。ベルントは俺を尊敬も労りの言葉もくれなかったんだ。いつも自分の方が凄いって……だからズレていったのかも」

 神の加護もあり、職人としてトップクラスの冒険者や他国の貴族の顧客は多かった。俺は世界を相手に名を馳せているのは凄いだろうと。国のことしかしてない俺をどう思っていたのだろう。もしかしたら……クソッとアンジェは呟いた。

「アンジェ……」
「ごめん……俺はあいつを愛してたんだ……だけど……」
「うん……あなたはお互いの心の交流を大切にしたかった。一方的な尊敬だけでなくてね」
「ああ……」

 幸せを感じるたびにベルントを思い出すんだ。クルトが俺を大切に気遣ってくれると、余計あの時はと思い出して辛くなるそうで。こんな関係をあいつと持ちたかったと夢を見る。もうやり直すことなど出来ないのになと、ハハッと笑う。病に倒れてもあれはほとんど変わらず、死ぬ寸前まで変わらず強いベルントのまま。

「もう休もう?」
「いや、吐き出させてくれ。明日からは言わないから」
「うん」

 アンジェかなり溜め込んでたんだね。後悔なのか、自分がどこかで間違っていたのかと不安にもなって。

「アンジェ。僕は番のシステムを本当の意味で理解してないかも知れない。でもね、人は変わると思うんだ」

 彼は幼い頃から見て来た優秀な職人。あなたは優秀な魔法使いで、いつしか俺が俺がとお互い自分を主張するだけになったんじゃないの?番の絆がそれを誤魔化して、気が付きにくかったんじゃないのかな?と僕は話した。

「僕のいた世界は番はなくて愛し合ってても夫婦は別れてたけど、初めからあれ?って夫婦と、途中からあれ?ってなる夫婦もいる。この世界でも実はもっと多いんじゃないのかな。アンジェだけではないはずだよ」
「そうかもな……」

 下を向いて顔を上げないアンジェの体に腕を回して、

「あなたは見た目よりかわいくて優しくて……ステキな人だ。僕は初夜の日にあなたに嫌われたと思った瞬間があってね、その時なぜか残念だと思ったんだ。あなたをよく知らなかったのにね」
「え?」

 僕の言葉に顔を上げた。

「なんでそう思ったか分かるか?」
「分かんない。でも離れるのが寂しくも感じてね。この屋敷のご飯じゃないよ?それもちらっと……思ったけど」

 やけ食いみたいにしてたのを覚えてるかと僕は問う。

「いちご咥えてたときか?」
「うん。あなたが微笑んで美味いかって。嫌われてないの?って嬉しかった。初夜は怖かったけど、嫌われてないことに安堵もしたんだ」
「そう……」

 そこからアンジェは長い間黙った。なにか頭で整理してるんだろう。僕は彼の左手を右手で握りながら本を読んだり、ローベルトとおしゃべりして、シードルもゴクゴクと飲んでいた。

「俺にはそんな感情はなかった…かな」
「うん?」
「ベルントにはそんな感情は持ってなかった。だけどお前にはあったんだ。どうしてもお前を娶りたくて金も力も行使した……そうだ。それほどに惹かれたんだ。初夜では中身は違う「レン」に入れ替わったのに気がついても、余計好きになって……」

 初めから間違ってたんだ。俺もあいつも……切磋琢磨するライバルの関係や友情を、愛情と思ったのかもと独り言のように呟く。

「それこそ本能が惹かれ合ったとの違いだな。俺の笑顔で鼻血出す妻はお前だけだ」
「それは……否定しないけど」

 少し不貞腐れてブスッとアンジェを見つめた。

「ふふっ褒めてるんだ。俺を認めて、俺自身を見てくれてるからだろ?」

 嬉しいのか哀しいのかが混ざったような表情をしていた。

「うん。アンジェは凄いっていつも思ってる。特に僕が凄いと思ってるのはね。間違いを悪かったと認められること。これだけの地位の人は、妻や目下には過ちを認めないし、謝れないものなんだよ」
「そうだな。そんな人は多いかもな」

 ありがとうと僕を抱く。お前を妻に迎えたことは、俺にはかけがいのない宝物だと頭を撫でる。

「アンジェ、また鼻血出る」
「出せばいい。俺がヒールかけるから」
「もう!」

 ありがとう、なんかこのところのモヤモヤが晴れた気がする。俺は自分が思うより弱いとも感じたそうだ。

「人はね。全部強い人なんていないんだよ。僕は全部弱々だけど、火竜には立ち向かえて、死者のために寿命を差し出せる強さもある。そんなものだよ」
「ああそうだな。クルトは賢く美しく、俺の自慢の妻だ」
「ありがと」

 落ち着いたアンジェと寝るかと寝室に移動してベッドに横になる。夫婦は時に弱音を吐くのも大切だよね。お互いを番の本能に任せず、思いやるのは大切だ。僕はこの世界でなくした恋人、父母と兄を手に入れた。元々一人っ子だったから兄様は本当に嬉しかったんだ。

 アンジェのもきっと時間が心を癒やすから、辛いときは僕が話を聞くからね。愛しい旦那様のグチくらいいつでもね。

「ああ。最近はクルトとの年の差を感じなくなってきたな」
「あはは。元々三つしか違わないんだよ」
「そうか。それでかな」
「そうかもね」

 愛される心地よさに俺は溺れておかしくなってるが許せと。気になんかしないよ。それ以上に僕は愛されてるから。

「アンジェ」
「クルト」

 もう言葉はいらないと抱き合って眠った。なんて心地のいい関係だろう。強い信頼も番のシステムには生まれるのかもと思った、アンジェは信頼に足る人だと心から思えたんだ。





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