神様と猫と俺

琴音

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5 神様と話して決断

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 とーちゃん、今日は魚取れた?
「ああ、たくさん取れたぞ。お前のために鶏を増やさないと困るからな」
 ありがとうとーちゃん!
「だが、お前は漁師の子だ。少しは魚が食べられるようにならないとな」
 えー……生臭いんだよ。焼いても煮てもさ。あっエビとかイカは食べてるよ!
「食べたうちに入らないだろ。少しずつでも食べて慣れろ」
 はい……とーちゃん。んふふっとーちゃん大好き早く帰ろう?
「おう!」

 いい笑顔で答えてくれる俺のとーちゃん。抱きつくとあれ?とーちゃん甘いいい匂いする。どこか行ってたの?俺はとーちゃんを見上げた。とーちゃんは困った顔でうーんと唸る。ならかーちゃんには内緒にするね。女の人いっぱいの飲み屋でしょう?かーちゃん怒るからね。んふふっ……ん?

 目を開けると微笑む神様が見えた。

「あの……すみません」
「いや。構わん」

 ベッドの縁に腰掛けてた神様に俺は抱きついていた。慌てても変だからゆっくりと腕を下げて、なに食わぬ顔で体を起こした。

「お昼ですか?すみません」
「うん。気持ちよさそうだったからそのままにしててな。これから夕食だ」
「ゲッ……それは申し訳ないことを。アランにも迷惑を掛けました」
「それはいい。アランも分かっているさ」

 さて、飯の前に少し話そうとソファに座れと言われた。何を……

「少しはいい顔になったな」
「ありがとうございます。アランと話してなんとなく落ち着きました」
「そうか」

 昨日は親父と船から落ちる夢を何度も繰り返して冷や汗で目が覚めてたのに、今はまだ母さんが生きてた頃の、忘れてた幸せな頃の記憶。学校に行く前の……幸せだった頃の夢。

「懐かしい夢を見ていました。両親がまだ生きていた頃の……忘れていた記憶でした」
「そうか。ここにいるとそういった忘れていた記憶が蘇る」

 ここの時は緩やかだ。狭間の世界は冥界とも現世とも違う。ここの物を食べて語らう内に、長い時と共に俺たちと同じようになると笑った。え?

「冥界では行いが悪いと死ぬと聞きました。ここでも……」
「ここはないな。あちらに行けばあちらの時の流れに乗るが、ここは別なんだ」

 冥界は現世と時が同じだが、ここはずいぶんと遅い。体感では同じだが、一日は一日ではない。昨日聞いたような。

「どうする?冥界か現世に行くか?俺は無理強いはしたくないが、お前には俺と共にいて欲しい。行くところがないって気持ちではなく、ここにいたいと思って欲しい」

 その言葉を噛み締めた。俺はどうしたい?現世には当然帰っても意味はない。誰もおらずひとり。縁もなく……もう街に働きに出るしかない。出来るかな俺に……

「現世に帰れますか?」
「ああ、死んではいないからな」

 俺たちが出会ったあの場所になら俺の力で時を変えずに返してやることは出来るが、死ぬかもな。そのままの時で帰れば安全なところに戻せるが、数ヶ月失踪していたことになる、言い訳を考えろと。
 うーん、禁忌の島に近づく奴ななんかいねえだろうし、失踪は頭の悪い俺には言い訳出来ない。ここにいたと話して頭おかしいと、よくて村八分。
 
 なら親父たちのところ……に確実に行ける保証はない。俺の業がどこまでか、両親も弟もな。神様の嫁……彼はいい人だとは思うよ。女性ならイチコロだろう。だが悲しいことに俺はお、と、こ。そのケはない。
 
 考え込む俺を見つめ、優しげに微笑む神様。側にいるだけならいいかもとは思う。俺はひとりっ子のような感じで育ったし、神様は少し年上の兄のような年齢に見える人だ。どうせ行くところはないし、神様の弟ポジションに収まるかな。生まれ変わった気分で楽しむのもいいかもね。それと嘘はダメだ。正直に今の気持ちを伝えないと。俺は彼の目をしっかり見た。

「神様。俺はあなたを人としては好ましい方と感じます。お側にいるのはいいなあって。でも……嫁は……俺男でそのケもなくて……女性が好きだったから」

 ああそうだろう。急がないよって。

「いきなり愛してくれなど言わない。俺と暮らして好きになってくれればいい」
「それでいいの?」
「ああ。時は無限に近いくらいある。いきなり抱いても構わんが、お前は嫌だろう?」
「はい!」

 俺が元気よく返事すると神様はピクッとして、はあとため息。そこは嘘でも控えめに返事をだなあと笑った。まあいい、シャツを脱げ、日焼けが痛いだろう?昨日は足しか診ていなかったなって。

「いえ大丈夫です。日焼けは慣れてますから。これでも漁師でしたので」
「そうか?風呂に入れなかったのではないか?」
「あはは……少しすれば落ち着きますから」

 まあいいが皮が剥けたりするだろう?お前元は肌が白いんじゃないのか?浅黒くなっているがと言われた。まあそうだけど気にもならないけど。

「お前の本来の姿が見たい」
「ああはい。望まれるのなら脱ぎます」

 下着だけになれと言われてパンツ一枚でソファの前に立つと、神様が片手を俺に向けた。

「すぐ終わる」
「はい」

 ボワ~っと光が俺を包んだ。日焼けの跡も以前の怪我のアザ、嵐の時に出来たであろう打撲痕とか全部消えていった。すごーい。

「ほら終わったぞ。確認してみろ」
「はい」

 俺はあちこち体を見た。幼い頃の真っ白な、船に乗る前の俺の体だった。まあ、育っているけどね。それにしても、毎日漁に出てたのに対した筋肉ははついてないなあ。もう少し付いてもパチは当たらんだろとか思った。

「ありがとうございます」
「うん。なら服を着てアランの食事を食べよう」

 二階からキッチンに降りると、ダイニングテーブルには鳥の香草焼きや、俺の知らない料理が並んでいた。うん、ただ俺の知識が足りなくて料理の名前が分からんだけ。

「リオネル様、少しは……おおっお体がきれいに」
「ああ。俺がリオネルの本来の姿が見たくてな」
「へえ。主様……んふっではいただきましょうか」

 変な笑いを混ぜながらアランも席について、みんなでいただいた。ここではアランはメイドのようなことをしてくれるが、それ以外は神様と友のような関係だそう。

「この黄昏の世界は俺とアランしかいないからな」
「え?」

 ああ、リオネル様外出ませんでしたもんね。明日でかけましょう。畑に山に湖。自然には事欠きませんよニャハハと笑う。

「アランが来てからだな。町はないが村みたいになってるんだ」
「へえ……アランいつからここにいるの?」
「いつでしょうか。たぶん現世ではローマ帝国建国の頃かなあ」
「そんな昔からか。神様は?」

 人がいない頃、星の誕生から俺はここにいる。たったひとりでな。そのうち神が増えていったんだよと、ワインを傾けながら神様は笑った。

「寂しくはなかったのですか?」
「寂しいもなにも、そんな感情すら知らなくてただこの星を見ていた」

 この人……俺には理解してあげることは出来ないだろうけど、ひとりが当たり前なんだ。アランも気まぐれで連れてきたのかもね。ペット感覚かもなあ。俺ならおかしくなりそうだ。

「でも、生き物が増え始めた頃からは楽しかったよ」
「そうですか」

 永劫に感じる時の中で生きる神様たち。どこから来たのか本人たちにも分からないんだろうけど、それにしても人ではないと実感する。見ている世界が違うんだ。

「どうした?手が止まってるぞ」
「ああすみません」

 目の前にいる神様と使徒の猫。どれほどの時を神様は過ごしていたのだろう。二千年近くふたりだけで……家族もなくただふたりなんて。

「リオネル様どうなされた?」

 悠久の時に思いを馳せてしまって、ぼんやりした。

「ごめんなさい……俺には計り知れませんが寂しいのではと勝手に思ってしまって……」

 俺は知らないうちに泣いてて、焦って指で拭った。俺は自分の不幸だけを見ていたんだな。そりゃあ天涯孤独になれば辛いし寂しい。神様に助けてもらわなきゃ、今頃ヤシの木の下で死んでたはずだし。

「人の分際で失礼しました」

 神様とアランは見合ってふふっと微笑んだ。なに?

「主様の目にはいつも感服いたしますね」
「ありがとう」

 何の話?お前は分からなくていい。食べなさいと言われて口に鶏肉を……うまっなんだこれ。

「アラン美味しい。鶏肉ってこんなに美味しかったっけ?」
「でしょう。私の腕がいいからです」

 香草の香りも鳥の旨味も……脂が甘いんだ。鳥独特の臭みも少なく旨味が強い。

「ここの鶏は私が飼育してます。美味しいでしょう」
「うん。アランすごい。俺料理苦手で親父に任せてたんだ」

 主様、褒めていただきました。私はとても嬉しい。久しぶりの褒め言葉に胸に来るものがありますと、アランは幸せそうにふかふかの手で胸を抱いた。

「よかったな」
「はい」

 アランは鶏の種類や育て方を話してくれて、和やかに夕食が進んでいったんだ。





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