捨てる神あれば拾う神あり こんな僕でいいってどこ見て言ってんの?

琴音

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三章 どこになにが潜んでるかは分からない

5.追い詰められて

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 広翔は遅い出勤のようでまだ寝てたけど、僕は音を立てないようにして出かけた。

「あれ?斎藤さん聞いてる?」
「へ?ああごめんなさい、もう一度お願いします」
「うん、寝てないの?」
「いえ……ちょっと寝付きが悪かっただけです」
「そう、でねこれが……」

 やべぇ、気を張ってないと睡魔が襲う。全く寝た気がしなくて、目がシバシバする。音立てないようにしたから、コーヒーも持ってきてないし、画面見てると睡魔に飲まれてクラッてしてくる。
 仕方ない、ブレイクにコーヒー買いに行こう。金子さんの話が終わり、僕は立ち上がった。もうムリ。

 ガコンッ 

 自販機からブラックの缶コーヒーを取り出して、その場で全部飲んだ。

「うー……ゲフッ」
「千広さんどうしたの?なんかあったの?」
「いえ……」

 寝不足とは違う感じがしたから付いてきたって、坂井さん。彼とも仲良くなって、名前で呼ぶくらいにはなっていた。
 僕はブレイクの椅子に座って、こめかみ揉んだりしてはっきり答えなかった。その様子に、

「言いたくなければいいけど、どんなに好きでも、言わなくちゃ分からないことってあると思うよ」
「ありがとう、本当にそうだよね」

 なんで恋愛の問題と思うんだよ。まあ、僕の場合それしかないけど。

「千広さん真面目だし器用に見えるけど、ただ我慢してるだけでしょ?」
「そう見える?」
「うん」

 ……仲良くなると僕の弱さが見えるのかな。あはは、揉めるのが嫌だって気持ちは常にある。仕事は特にだけど、出来ないのも分かってる。広翔とは我慢はさほどしていない、言われたことを信じていて、でも今回は……

「ふふっ怖くて聞くどころか、寝た振りしてしまって……ダメだね」
「ああ、それで悶々としたと」
「うん」

 千広さんらしいねって。仕事では辛そうだけど出来るんだから、寝れないくらい悩むなら聞いたほうがいいんじゃないの?って。

「俺もそんなことがなかったと言えば嘘になるけど、奥さんになんで?って聞いたよ。ケンカにもなったりもする。でもね……話さないと理解も出来ないんだよ」
「うん」
「落ち着いたらでいいから話し合いだね」
「はあ……うん」

 僕はもう一本コーヒーを買って、坂井さんと部屋に戻った。その日は目を血走らせたみたいに最後はなって、部長すら大丈夫?って。それでも仕事をこなして帰宅。もうムリ!ソファに横になったら、秒で寝落ち。

「ちー……ちー?」
「あ?……ひろちゃん」
「こんなとこで寝てたら風引くよ。それもスーツのまんま」
「ああ、うん」

 くわーって背伸びして着替えに部屋に向かった。今何時?部屋の時計に目をやると十一時を指していた。ゲッ四時間は寝てたか。部屋を出ると、広翔は自分でお湯沸かして、非常用のティーバッグでお茶を作ろうとしていた。

「ごめん」
「いいよ。どうしたの?ご飯は食べたの?」
「あ、うん……」

 食欲なんかなくて、昼もコンビニで買ったパン齧ったくらい。広翔は僕の分も淹れてくれてどうぞって。ふたりでダイニングの椅子に座った。……お酒の甘い香りがする。

「今日も?」
「うん……上手く話が出来なくてね」
「そう……」

 昨日の光景が頭に浮かんだ。あんなに情熱的に迫られてたら、いつかは……いやいや、そんな恐ろしいこと考えるなよ僕。

「ちー?」
「あ、うん……」

 それしか頭に浮かばなくて、言葉が出ない。悪いイメージが頭をめぐり、手が冷たくなっていく。

「なにか言いたいの?」
「は?いや……別に」
「なんでなんにも言わないの?俺なんかした?」

 した……でも、つけてたとは言えず。言葉を発したら取り返しが付かないかもしれないし、いらねって言葉を広翔の口から出て来たらと思うと、血の気が引く。

「ねえちー?」
「……なんでもないよ」
「なら、普通にしてよ」
「普通にしてるよ?」

 ふうと鼻から息を吐いて腕組みした。

「言いたいことは言えよ。言わなきゃ分からない」
「な、なにもないよ」
「ならなんでご飯も食べずに寝てたの?昨日ちゃんと寝たの?寝た振りでもしてたの?」

 ご飯食べてないのは、キッチンに行けば一目瞭然だよね。カップ麺すら作った気配すらなければね。

「……寝てたよ。なんか眠かっただけ」
「ふーん。ちーは嘘が下手だね」
「嘘なんか!」

 目が泳ぐのを見られたくなくて、下を向いてカップを両手で握っていた。

「そう?」
「そうだよ」

 明日も仕事だから、僕お風呂入ってくるって立ち上がると、なら俺も一緒に入るって。

「い、いいよ」
「別にエッチなことなんかしないよ。お風呂溜めてくる」

 そう言うと広翔はバスルームに行った。はああ……心臓が持たん!なんて聞いたらいいんだよ。昨日の暗がりでキスしてたよね?って聞くのかよ!出来ねぇ……怖い~!

「すぐいっぱいになるよ」
「うん、ありがとう」

 それっきり僕も広翔も黙った。広翔は僕が諦めて喋るのを待ってるんだろう。昨日のも偶然見かけただけだからね。あの駅は普段僕は使わないから、あのへんで飲食することもない。
 あの日、昔担当だったところからの呼び出しで、長谷川さんと行ったんだ。彼の上司が休みで、対応出来る人がチームにいなかったから。自分の仕事を終わらせてから行ったから遅くなったんだ。

 ピロロン ピロロン

 お湯の溜まった音が給湯からした。

「ちー入ろ?」
「うん」

 脱衣所で脱いで浴槽に浸かった。僕の後ろに俺も入るって広翔も。

「あー気持ちいいね」
「うん」

 男二人は狭くてみちみち。僕は広翔の胸にべったりくっつくようになるから、体育座りで頑張った。

「なんで離れるんだよ」
「狭いかなって」
「いつもそんなこと言わないだろ?」
「そっかな」

 ちーってグイッと肩を引かれて胸に倒れ込んで、見上げるとイライラ顔の広翔。

「言え」
「なにを?」
「ここに溜めてるものだよ」

 胸をパンと叩かれた。

「なんもないよ」
「いい加減嘘付くのやめろ」

 だって、怖いんだもん。こうしてくれるのももしかしたら元彼のように、突然言うつもりだからかも知れないし。

「俺が毎晩遅いのを気にしてるのか?」
「………」
「そうか」

 無言で分かっちゃうのか!僕は隠しごと得意ではないけど、はあぁ……

「前に言ったろ?困ったスタッフがいるって。そいつをなんとかしたくて、毎晩仕事の後に話合いをしてるんだよ」
「………うそ」
「嘘じゃない」

 この期に及んでそれを押し通すのか!いや、僕が見たことは知らないか。

「僕見たもん。キスしてるの」
「え?」
「昨日◯駅の近くで若い子と……」
「あ……そうか。誰か走り去ったなとは思ったけど、お前か」
「うん」

 そっかと言うと僕の肩に頭を乗せて耳にチュッって。

「心配させたくなくて言わなかった」
「……」
「ホントだよ?ちー大好きだからね」

 広翔の体の力が抜けたのは感じたけど、僕の不安はなくならない。

「キス見てたのか。俺からしたんじゃないのは分かってる?」
「うん」

 あの子は最近……まあある程度は経ってるけど、一番新しい子で、別のチームから来たんだ。こちらのチームで産休で抜けた人がいて、今人足りないと回らなくて、臨時でこのプロジェクトの期間だけ借りてたんだそう。

「そしたらさ。なんか変に俺にまとわりつく子で、おかしいと思ってたんだ。他に分からないこと聞く人がいても、俺に聞いて来る、ご飯も一緒に行こうとか」
「ふーん」

 俺は会社でゲイとは思われたことは一度もない。それほど気をつけてたんだ。でもね、相手がゲイだとバレるようでねって。

「ある日告白された。でも適当にイヤだって言ってたんだけど、通らなくてね、必死に売り込んできてさ」
「うん」

 不味くなって元のチームに返そうとしたんだけど、説明できなくて。俺も負担だし向こうのチームのリーダーにもや~んと説明して返そうとしたんだけど、もや~んが過ぎて伝わらなくて「上手く使え、足りないんだろ?」って。

「そこのチームは少しだけ他より暇で、一人ならいなくても回るからどうぞって」
「うん」

 そしたらそのことがバレてさ。なんでだあ!って。もうさ、人目なんかどうでもいいって感じになって来て、セクハラ状態。腕を絡めてきたり、抱きついたり、周りが諌めても、

「武田さんは嫌がってません!ねえ?」

 とか言っちゃってねって。おお……強い。

「ダメだのぼせる、出てから話すわ」
「うん」

 体洗って外に出て、アイスティを作ってソファに座る。広翔はさっきの続きを話してくれた。




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