捨てる神あれば拾う神あり こんな僕でいいってどこ見て言ってんの?

琴音

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二章 お互い足りない

9.目の前に?

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「うるせえ。何叫んでるんだよ千広」
「はあ?」

 呆然……なんで広翔?えっと帰るとか聞いてないけど?ええ?

「それ朝飯?俺も食う」
「へ?あ、ああ用意するね」

 よくわかんないけど、立ち上がってキッチンで鮭を焼いて、味噌汁温めて……ええ?
 なんか手が震えるしギクシャク……ど、どうしよ。頭の整理なんかまだ出来てはいない。別れるとかじゃなくて、僕のスタンスの問題だ。心の置きどころってのかな、それも定まってないのに、広翔?

「はい。自分だけのことしか考えてないメニューだけど……」
「いいよ」

 なんでもないフリしてテーブルに並べると、広翔は手を合わせていただきますと食べ始めた。

「あー美味い、日本食はいいね。千広のご飯も久しぶり、お前の味付け俺好き」
「あ、ありがとう」

 僕も席についてもぐもぐ。砂噛んでるよう、さっきまで美味しかったのに。心臓バクバクは止まらないし、平然と食べてる広翔に目が点だし。

「あ、あの緊急で帰国する仕事があったの?」
「違う。お前に会いたくて帰ってきた」
「はあ?なにそれ」
「千広電話出ないから」
「そ、そんなことで?」

 もぐもぐと噛んでたのを水で流し込んでぷはあ。グラスを置くと睨んできた。

「そんなことじゃない、俺には大切なことだ」
「ええ?」
「なんで電話出ないんだよ」
「その……」

 言葉は出なかった。なにを話しても言い訳だし、帰って来るくらい怒ってるんでしょ?なら何言っても意味はない。頭の整理は出来てないのは事実だし。嫌いになったから出てけかな。もうひと月以上無視してたし。

「仕事は大丈夫なの?」
「ああ、夏休みの先もらいみたいなもんだ」
「そう……」

 誤魔化せる会話終了……

「別れたいのか」
「違う!それだけは違う!」
「ならなんだ」

 出てけは違った。でもこのピリピリの空気がいたたまれない。呼吸するのまで意識してしまう。耳からはドクンドクンと心臓の音が大きく聞こえて、余計緊張する。

「言えないのか」
「違うんだ……」
「なにが違うんだ」

 はあと息が、緊張感に耐えられなくて。僕は下を向いてたけど顔を上げた。

「まだ頭の整理出来てなくて、その、電話に出ませんでした。なにも言葉が思いつかなくて」
「ふーん」

 残りの味噌汁を飲んでごちそうさまって手を合わせ、キッチンに食器を下げて戻った。

「あのね……」

 僕は結論は出てないけど、今の気持ちまでを話した。あなたの隣にいる資格がない気がするって。三十すぎてこの体たらく、この先は迷惑になるかもしれない。
 広翔はおじいちゃんになるまでなんか考えてないでしょ?なら、きちんと考えなきゃって思ったこと。中年になった頃いらないとか言われて、新たな恋人を探すとか僕にはキツいからって。
 広翔は黙って僕の話を聞いていた。表情もなく、僕を見てるだけ。

「ふられる前提?」
「だって……こんなの迷惑しかないじゃん」

 ふんと鼻を鳴らし腕組みして、更に強い眼差しで僕を睨む。

「千広、俺を舐め過ぎだ」
「は?」
「舐め過ぎって言った」
「はあ」

 広翔を舐めてる?そんなことは一度だってない。僕より優秀で、この部屋だってひとりの収入で賄えるくらいで、舐めるなんて大それたこと思ったこともない。

「俺は千広と生涯共にするつもりで、一緒に住もうと言ったんだ。ふたりの収入ならもっと贅沢できるけど、千広の分は貯めておいてって言ってただろ?」
「うん」
「俺も普段は無駄な金は使わない。だからお土産とか、ほとんど買ってこないだろ?」
「うん」

 広翔の話は先を見据えてお金貯めて、僕を完全に手に入れること。子供が出来るわけでもなくふたりだけの生活だ。お金はいずれ老人ホームにふたりで入る金も必要だから、貯めてたんだそうだ。

「俺は千広を生涯の伴侶と思ってた」
「あ……ああ」

 俺はこんな仕事だから、日本にいても時間が不規則で、一緒に過ごす時間も少ない。休みだって忙しい時は無理で平日代休になるんだ。だから誰かにかっさわれる危険性も高い。日々かわいくなる千広は怖くて堪らなかったんだって。

「ねえ、なんでそんなに僕に執着するの?もう執着でしょう。広翔ならいくらでも見つかると思うけど?」

 はあって気の抜けた返事。

「好きに理由なんかないよ。執着でも溺愛でもなんでもいい、俺は千広が好きなの。ずっと隣で笑ってて欲しいの」

 僕も好きだよ。なんにも出来ないことが後ろめたい……負担じゃないのかって。

「負担に思ってたらとっくに別れてる」
「そうだけど」

 俺、千広のコーヒーが飲みたいって言い出した。ああ、なんのお構いもしませんで……
 僕はコーヒーメーカーに豆入れて水と牛乳をセット、プシューって蒸気を掛ける音だけが響く部屋。どうしていいか戸惑いながら二人分作ってマグカップをどうぞって。

「ありがとう」

 黙って飲んでいる。僕も一口飲んだ。

「千広は何がしたいの?」
「何がってことではないんだ。僕は一人前に……そう、気持ちがなることはないんじゃないかなって。広翔を支えるだけの心が出来ないんじゃないかって思ったんだ」

 なんでなのかもう自分でも分かんないだけど、いつもどこか寂しいんだろうと思う。足元がふわふわしてるって言うのかな。どっしりとしたものが、地盤がないんだ。
 外から見ればちゃんと会社に勤めてて、役職もある。仕事も評価してもらい、自分のお金で生活も出来ている。

「でも、中身がからっぽな気がするんだ。いつも心の真ん中に穴があるってのかな。そこに愛してくれる人を入れて、埋め合わせて一人前のフリをしてるんだ」

 これは死ぬまで変わらない気がする。家族との縁も、僕がゲイだと分かると疎遠になった。祖父母はそれでもかわいがってくれたけど、高校の頃には両親どちらのもいなくなった。親は理解しようとはしてくれるけど、田舎もあってよくわかんないと放置。もうずいぶん帰ってない。

「これはゲイだからとか関係ない僕の性格だね。ノンケだったとしても彼女に依存してたと思う」

 つらつらと思いつくことを話した。

「ねえ、千広と俺の違いってなに?」
「え?」
「言ってみてよ」

 違いなんて山ほどでしょうよ!能力の違いが会社の違いだし、広翔は友だちも多い。学歴だって僕のほうが悪い。田舎育ちで……後なんだ。見た目も違うし……スマートな立ち居振る舞いも出来はしない。自分に自信がないから卑屈だし。

「俺が言ってるのはそう言うことじゃない。千広の俺への思いと、俺の千広への思いの違いだよ」
「あ、ああ」

 広翔は強いよね、僕とは違ってさ。自分の力で世界を飛び回ることが出来る。その強さのまま、僕を愛してくれてる気がする。僕は広翔が好き。きちんと話した日に体を許したのも、きっと惹かれるものがあったからだ。
 イケメンだからとか、広翔のステイタスで好きにはなってない。なんとなく好きになれそうって、彼の笑顔が好きって思ったんだ。

「恋愛の最初ってそんなだよね」
「うん」
「で、違いは?」
「うーん。強さ?」

 ふふっと不敵に笑った。バカだろ?って顔だ。

「ねえ、千広は俺が千広と変わらないかもって思わなかったの?」
「え?」
「俺の胸にも大きな穴があって、千広で埋めてるって」
「は?あはは。あり得ないでしょ?」
「なんで?俺は弱さも見せてたよ」
「あ、うん……」

 一年くらい付き合った頃かな。海外から帰って来て疲れ果ててる中、寂しいって泣いてた。僕がナンパされそうになった時も怒って……

「思い出してる?結構俺はやらかしてるよ」
「うん……」

 言われればって程度でしょ。僕に比べればほとんどないようなもんだよ。黙っていると広翔が、

「元の性格でやることが違うだけだ。千広はふられると泣いて暮らした、俺はやりまくっただけの違いだよ。寂しくて悲しかったのは同じ」
「うん」
「俺はそれと負けず嫌いでね。仕事とかはそれで乗り切ってる。恋愛ではうまく行かないけど、そんなもんだって諦めてるのは一緒」

 そっか。自分を癒やすやり方が違うのか……ぼんやりそんなことを思ったけど、性格の違い……だけかあ?今ひとつ納得はいかないなあ。

 うーん。



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