捨てる神あれば拾う神あり こんな僕でいいってどこ見て言ってんの?

琴音

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一章 神様はいじわるだけど

8.なにも出来なくなっていた

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 ふむ。ひとりの週末。広翔は海外で当分帰って来ない。

「なにするかなあ」

 声に出して見たけどな~んも思いつかない。仕方ない、テレビをつけよう。

「面白くない……」

 朝の色んなお店の紹介をしている番組だ。
 広翔と観れば「これよくない?」とか「美味しそうだね、食べに行きたいね」とか、なんでも思いつくのに、ひとりだと何ひとつ心に響かない。
 帰って来たら提案すればいいじゃないと普通は思うでしょ?でも隣に広翔がいないとそんな気分にもならないんだ。彼がいるから考えるんだ。

「ひろちゃん……寂しい。ぼく寂しいよ」

 声を出しても返って来ない返事。ちょっと前までこんなことなかったのに。僕どうしちゃったんだろう。
 別れてからはひとりが当たり前で、本を買いに行ったり、天気がよければ目的地をちょっと遠いカフェにして散歩したり。ひとりで楽しむことが出来たのに。なんで……

「飯食って寝る!」

 二度寝することにした。そして夕方。

「さらに寂しいじゃん……」

 窓から見える遠くの夕焼けが眩しくて辛い。何もしなくて一日終わった。こんなのは違う。僕らしくない、僕じゃないだろ。

「ひろちゃん……」

 枕元に置いておいた携帯が振動した気がして掴んだ。あ!

「ちーちゃんおはよう。俺はこれから仕事だよ。休みだったんだけど予定変更でね。後二週間したら帰るから。寂しいけど待っててね」

 ひろちゃん……画面にぽとんと涙が落ちた。なんでこんなに寂しいの……恋愛でこんなことになったことないのに。くうぅ……
 週末はこんなカンジで過ごし、仕事は……

「斎藤さん、最近目が死んでるね」
「そう?」
「うん。陰気臭い斎藤さんはどこかに行ったようなハツラツ具合が、元戻ったどころかさらに陰気臭い」
「うるさいよ」

 ねぇねぇ、俺話し聞くよ?新しい彼女となんかあったんでしょ?話せよって。

「なんかあったわけじゃない。出張でいないだけ」
「ふーん。でも彼女いなくてそんなになったことないよね?」
「うっ」

 聞くんかい!僕もなんでこんななのか解んないんだよ!聞くな!言えなくてムスッと黙った。

「あーらら貝になっちゃった。そんなに好きなの?その彼女」
「え?」

 ああ、そうか。好きなんだよ。ひろちゃん大好きなんだ。優しくて、いつも僕を優先してくれて、ちょっと意地悪してくる……

「うん……大好きなんだ。だから寂しい」
「うっ……ごめん」

 もう彼なしではムリになってるんだ。僕の陰気臭さマックスに柳瀬は引いていた。

「でもさ。そんなに斎藤さんに好かれてる彼女は幸せだね」
「そうかな?」
「そうだよ。ちょっと離れただけでこんななってさ。うちの彼女なんてたまにはどっか行けって言うもん。俺べったりだから」
「ふふっそれは照れ隠しでしょ?」
「ええ?本気で言ってそうだけど」

 そこから柳瀬の彼女自慢を聞いていた。かなりしっかり自分を持っているようで、ベタベタはメリハリを!と叱られるそうだ。

「俺大好きなのにさあ」
「いい彼女じゃない。柳瀬だらしないからね」
「え~そうかな?」
「そうでしょ。仲良くなると待ち合わせとか遅刻するし、時間が来てもまだ飲むぅとかメリハリないよ」

 そっか。なら仕方ない我慢してもらおう。俺は変われないからね!うははと笑った。

「そんなこと言ってると振られるよ」
「そんな子じゃない」
「わかんないよ?」

 僕はジロって隣の席の柳瀬を疑いの目で睨んだ。

「そ、そこ以外は俺は大切にしてるから!」
「ほんとかよ。どもってるよ?」
「ほんとだって!」

 そんな馬鹿話をしてくれる柳瀬は会社の癒やしだった。仕事もそんなに慌てるような物もなく順調。寂しさを紛らわせてくれた。

 そんなこんなで二週間が過ぎ、広翔が帰って来る。飛行機だから何時になるか分からなくて、僕は自分の部屋で待っていたんだ。

 ピンポ~ン

 はっ!ひろちゃん!僕は走って玄関に向かってドアを開けた。

「こんばんは。私こういう者でぇお話を……」

 首から掛けていたIDをこちらに向ける。

「あ?間に合ってます。帰れ!」
「え?あの!お話を!」

 僕はドアを閉めた。IDには配管清掃のメンテナンスの会社っぽい名前があったけど、どうでもいい!こんな日に来るな!ものすごい脱力感と怒りが。
 プンスカソファに戻り、コーヒーをごくごく。ぷはあ、ムカつく!期待しちゃったでしょうよ!僕は待ち遠しくてイライラ、ドキドキとマグカップを握っていた。まだかなあ……
 そこからあんまり時間が経たないうちに、ピンポ~ン 

 今度こそ!ひろちゃんだよね!ドアノブを掴もうとした所でハッと止まり、ドアスコープを覗いた。ん~?疲れてる感じのひろちゃんだ!僕は急いで開けた。

「ただいまちーちゃん」
「おかえり!ひろちゃん!」

 疲れた顔でにっこり微笑む広翔。僕は嬉しくて飛びついた。あ~広翔の匂いだあ……嬉しい。

「ちーちゃん中入れてよ」
「うん」

 彼をソファに座らせてキッチンに向かって、

「なんか飲む?」
「う~ん、ほうじ茶か紅茶がいいな」
「分かった」

 僕はウキウキとお茶の支度をして、どうぞってマグカップを差し出す。

「ありがとう。はあ美味い」
「疲れてるね」
「うん、帰ってすぐ来たから」

 いつも帰ってきた時はこんな感じで疲れているんだ。国は違うわホテルとか社宅暮らしになるから大変なんだろうと思う。

「来てくれてありがとう」
「うん。眠いけどちーちゃんの顔見たかったんだ。もう少し忙しくて会えないけど、ごめんね」
「いいよ。お休みまで待つから」

 僕は広翔にふんわり抱きついていた。あ~文章や画面じゃない広翔だあ。んふふっ

「ちーちゃん、なんて幸せそうに笑うんだよ」
「だーって嬉しいんだもん。ひろちゃん帰ってきたんだもん」

 そんなに寂しかったの?僕は大丈夫とか言ってたくせにって。

「うん。こんなに寂しいって思ったの初めてでさ」
「ふーん。ふふっ」

 ん?含みのある「ふふっ」が聞こえた。目を開けて見上げると悪い顔してる。

「なに?」
「ちーちゃん寂しかったんだね」
「うん……それが?」

 なんか企んでるような目になっていく。どうしたの?

「俺なしだと辛い?」
「う、うん」
「そう。一年付き合ってこんなになってるの初めて見たけど?」
「だって……」

 目の下のクマのせいか迫力ある顔に……なに?

「俺はね、すっごく寂しかったんだ。なのにいつも淡々としてたちーちゃんが哀しかった。普通におかえりって言うだけでさ」
「そ、そうだっけ?」
「うん。そうだよ」

 そ、そうかな~?いつも帰ってきた時はうれしかったけどな~?と見上げた。

「ちーちゃんの心に俺は入れたのかな?深くにさ」
「うん…そうだね?だからこんなに嬉しいんだよ?」

 なんか怖い。そっかと言うと目からぽろって。

「ひろちゃん!どうしたの!」
「ごめ…ん。俺ばっか好きで、ちーちゃん俺のことあんまり好きじゃないかもって…ずっと思ってたから」
「そんなことない!大好きだよ!今までも好きだったよ!」
「うん……」

 あんまりにもかわいいひろちゃん。僕は強く抱きついた。僕が不安に思ってたのと同じように、広翔も不安に思ってたんだ。知らなかった、いつも自信満々な感じでいたから。

「俺強引に迫ったから……ちーちゃんがまだ元彼を引きずってるの知ってたのに……だから俺を見て欲しくて、もっと俺を好きになって欲しくて」
「うん」

 広翔がこんなふうに胸の内を話すってことは、それだけ僕が無意識に不安にさせる行動をしていたってことだ。ごめんね。

「ちーちゃん」
「うん?」
「俺のこと好き?」
「好きだよ」
「愛してる?」
「うん、愛してる」

 かわいい~広翔かわいい~かっこいい広翔ももちろん好きだけど、こんな広翔は愛しくなる。弱ってるのがいいとかじゃないよ?でもさ。

「ひろちゃんキスして」
「うん」

 久しぶりのキス。ひろちゃんの食べるような強く求めるようなこのキスは好き。しばらく抱き合ってお互いを確認するように。

「ハァハァ……もう遅いからひろちゃん帰って寝てね」
「ヤダ。ちーちゃんも来て。もしくはここで寝たい」
「え?明日仕事でしょ?」
「明日は半日だから昼には帰ってくるよ」

 今日は金曜日で僕は明日休みだけど、そんな疲れた顔してるなら、ひとりで寝たほうが疲れは取れるんじゃないかな。そう思ってると広翔の顔が険しくなった。

「ちーちゃん。俺が不安になるのはそんなところだよ。僕が隣にいるよって、なぜ言ってくれないの?」
「あ……ごめん」

 僕はひとりのほうが邪魔にならないかと思ってしまった。彼がどう思うかの視点がないんだと言われて気が付いた。

「ひろちゃんごめん。よかれと思ったんだけど」
「うん、それは分かってる。でも離れててやっと帰ってきたのに帰れって。ちーちゃん寂しくないの?」
「寂しいけど、ひろちゃんの体調のほうが……」

 それはありがとう、でもねって。

「エッチなことしなくても俺の側にいて欲しいって気持ちは届いてる?」

 届いてなかった。自分がどうしたいか、自分ならどうするだろうかしか。僕は何も言えなかった。

「ちーちゃん」
「はい」
「今回の不在で、俺を本当に好きなんだって自覚してくれたんだよね」
「うん」
「ならいいや。もっと伝わるように俺はがんばる。だから今日は来て」
「はい。支度するね」

 支度と言っても下着とか用意するだけなんだけどね。トートバッグに詰め込んで部屋を出て、広翔の部屋に。すると部屋の真ん中にでっかいスーツケースが鎮座していた。

「ひろちゃん荷物そのまんまじゃん!」
「うー面倒臭くてさ。それよりちーちゃんでしょ」
「ありがと!ひろちゃんお風呂入っててよ。その間に僕やるから」
「いいよ。明日帰ったらやるから」
「よくない!早く入って来て!」
「は~い」

 広翔がバスルームに行ったの見送って、スーツケースを開けた。上には書類とモバイルパット……はテーブルによけてと。スーツとかは物置部屋に掛けに行った。まあクリーニングに出すだろうけどとりあえず。
 これだけ広い部屋なのにふたつは物置と洗濯物干すところなんだよね。すごい使い方してるよ。靴も玄関にペイッ

「後は……この袋は洗濯かな?クンクン、くさっ!えーっとこっちはクンクン。これは大丈夫だけど……シャツはよけて他全部洗濯しよ」

 衣服を全部持って洗濯かごに入れた。

「うーん。僕のやり方で洗濯してもいいのかな?」

 かごの周り、洗濯機の中には洗濯ネット不在か。棚は……ないと。洗面台の下?カパッと開けると未使用の洗濯ネット。ホコリ被ってる。
 仕方ないなあとバスルームのドアを開けた。

「ひろちゃん、洗濯ネットは?」
「使ってないよ?」

 シャンプーでワシャワシャ髪の毛洗いながら不思議そう。マジか!

「なんで……どうやって洗濯してんのよ」
「全部ぶっこみ。色物は分けるくらいだよ」
「うそ……痛むでしょ!」
「そう?」

 でもニ~三枚洗面台の下にあったね。

「シャツはクリーニング?」
「うん」
「分かった」

 パタンと閉めて、バリバリと洗濯ネットの外袋を破り、パンツとかねじ込む。袋のサイズはまあいいね。Tシャツも二枚くらいは入るか。他は仕方ねえな。洗剤入れてフタをしめた。

「よし、後は小物をしまうだけ。ワックスとシェーバーと……」

 ケア用品を片付けて、スーツケースを物置にしまい完了。よし!

「あ、全部終わったんだね」
「うん。さっき洗濯したからまだ掛からるかな」
「ありがとう」
「いいえ」

 腰にタオル巻いただけで冷蔵庫に行き、ペットの水を飲みながらソファに座る。

「あーさっぱりした」
「落ち着いた?」
「うん」

 服は?手には持ってないぞ。

「パジャマ持ってくるね。下着も」
「いらない。ちーちゃんも入って来て」
「え?風引くよ?」
「なら早く入って来て。そんで俺をあっためて」
「うっはい」

 ソファの側に置いてあった、下着とTシャツのお泊りセットを持ってバスルームへ。洗濯は僕が出る頃かな。
 服を脱ぎ体を洗う。久しぶりの広翔のお風呂場だ。まあ、僕んちとここは変わらない。同じシャンプーとかがないだけだ。服着て洗濯物干してから、

「ひろちゃんおまたせ」

 あれ、返事がない。寝たか?と近づくとクーッと寝息を立てていた。ほら見ろ、こんなに疲れてるじゃないか。

「ひろちゃん、ベッドに行こうよ」

 ソファで横になる広翔の肩を掴んで、ゆさゆさ揺すった。

「ゔっ…おれ寝てた?」
「寝てたよ」

 無理やり目を開けて、ふあって背伸びしながらあくび。

「寝るよ」
「うん」

 こんなに疲れてるのに僕が寂しがったのと、自分が寂しくて無理してくれる。彼の手を握り寝室のドアを開けた。

「ほらひろちゃん」
「うん」

 手を離しゴソゴソと布団に入って……待て。

「ひろちゃん出て」
「ええ?」
「シーツ変えるの忘れてた。椅子に座ってて」

 僕は物置に急いで行って布団カバーとシーツを掴み、ついでにTシャツとパンツも用意。部屋に戻ってバサバサと取り替えた。枕はバスタオルでいいかとクルッと巻いて。急いだから疲れたあ。

「ハァハァどうぞ!」
「あはは、ありがとう。俺出張の後変えたことなかったよ」
「え?埃っぽくなってない?」
「うーん……疲れてて分かんなかった」

 広翔はちゃんとしてると思ってたけど、結構ズボラなところあったんだね。布団に入っておいでって。

「うん」

 シーツから新しく下ろした柔軟剤の香りがする。

「ちーちゃんもっとこっちに」
「うん」

 僕を抱き寄せてふふっと微笑んでいたかと思うとスーッて寝息に変わった。僕は目の下のクマを指で撫でた。
 いいところに勤めるのは大変だね。給料が多いということはこういうことなんだ。お疲れ様ってチュッとして僕も目を閉じた。











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