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人魚。
しおりを挟むーー急ぎナマエをヨんだ……。
まもなく冬至の頃と言うのに蒼褪めた寝汗で顔を覆う様子を三晩も眺めたのだから興味を唆ったのだろう……僕は雪乃さんに伺われるがまま、まるで少女よう事の末を打ち明けた。
「先週仕事で福井に行ったんだっけ? ……その時水月が見知らぬ人に分けてもらった椿餅ってさ、葉の下に薄皮がなかった? それね、私にと買って来てくれた土産とは違う “ マガイモノ ” じゃないかな。
まったく……小浜の “ 椿 ” はダメなんだよ、碧薄いモノが覆っていたのなら尚更さ……水月はいったい何に魅入られてしまったのだろうね」
ーー出張で訪れた福井県の小浜市。日本海を臨む眺望もさておきだけれど、生きたダイオウイカが打ち上げられたり人魚の言い伝えがあったりとオカルト好きには何かと興味をソソる港町だ。
業務をこなす隙間、車での移動もあって昼食がてらの寄り道、手土産話にもなろうかと神社に脚を運んだ。梺でエンジンを切り、鬱蒼と茂る土階段の坂を登ってひとつ目の鳥居を潜った先で二十歳前後であろう娘に声をかけられた。
「遠くから捗りますね、貴方にヒクイ憑くモノ、“ ニ ” には厄ですゆえ椿で編んだオハギですが、どうぞお召し上がりください」
きっと常駐の巫女さんなのだろう、象牙色に霞む古した着物は折り目をすっかり忘れているのだから昨日今日のアルバイトだとは思い難い。
だけれど今だ昼食にあり付けていない僕は有り難いと預かり小腹を満たした。
ーーやがて卒も無く仕事をこなして戻ったコタツの微睡み。しかしその晩からそれは始まった。
餓鬼の夢だ、うら若い女性が三体はあろうかとういうバラバラになった幼な子の四節、頭部を啜り喰らっている。
漠然とする僕の背よりもう一人の女性が蛇のようように絡み、“ ヒクイヒクイ ” と何度と繰り返し眼を覗き込んだ。
悪夢どころじゃない、夢の中での僕はもはや狂乱寸前だ。藻掻き辛うじて振り払った蛇女はびちゃりと音を立て屍喰らうモノの前に落ちる……離れ見たそのモノ達はまるで人成らざるモノ。いや、夢なのだからと言う事ではなく腰から下、千切られたように下半身が無かったのだ。
根を付けた僕の脚に夢から覚めるのを留めるよう這い寄って来る蛇女は、またも “ ヒクイヒクイ ” と繰り返しながら僕の脚首に獣のような爪をガリガリとかき続ける。
ーーそんな悪夢を三晩と続けたのだ。くすむ寝起きの顔色は雪乃さんに不審を過らせたのだろう。
「今夜もソレが現れたのなら夢の中で私の名前を呼んでくれたらいいよ。……私も多分に気に食わないんだよね、分際で騙るようなヤツはさ」
ーー雪乃さんから聞いた話だ。
小浜には人魚伝説になった八百比丘尼って女性の逸話があってね。彼女は人魚の肉を喰らった事で不老不死を得たと言うんだ。
だけれどそれはまぁ外国で言う所のドラキュラ伝説とまるで同義なのだけれどね。
表と裏、陰陽。有史以来不老不死の対価はね、生きとし人間を喰らう必要があると言う考えなんだよ。
そんなニワカな言い伝えにあてられて餓鬼に墜ちたヤツらがさ、さも己が偉人や伝説であるかのように死んでも尚謳っているのだから、滑稽よりも憐れってモノだよ。
捉え方がね、違うやもしれないけれどさ、ヒクイは “ 霊 ” “ 潜 ” “ 命 ” って事だと思う。……だけれどね人魚伝説となる逸話が生まれたのが武烈天皇の頃だから西暦500年前後なのだけれど、“ ヒクイ ” の語源が “ ホツマツタヱ ” だとするならね、それは中国から漢字が伝わる以前の言葉だから武烈天皇の時代よりも千年近く昔の話なんだよ。
まったくいい加減すぎる程ツジツマが合わないんだ。……まぁ生きとしモノでなくてもインチキ霊能者みたいなヤツが居るって事さ。
だものね、私が水月の “ 夢 ” とやらに入ってあげるのさ。
ーー……四っめの晩、急ぎ僕はナマエをヨんだ。
夢の中に雪乃さんの声が響くと二人の蛇女の影はノイズのように歪み始めた。
まるで電源を切ったブラウン管の様、それが消えるまでの最中に放った雪乃さんの言葉は呪文やお経のようなモノでは無く、たったの一言だけだった。
『如何としてくれる? 私はね、“ ホンモノ ” だよ』と。
ーー「屍になっても不老不死に取り憑かれているなんてね、ややこしいざまだよ。水月を喰らって餓鬼界にって魂胆だったのだろうけれどね、そうはさせないよ。先に見つけたのは私なのだからさ」
ーーそれは『魚を食べて頭が良くなるならさ、漁師は皆博学なはずじゃないのさっ』と曰う姿からはまるで浮かばない様だ。
出張の土産とした魚の日干しに、食べるのが面倒くさいだとか山育ちなのだから当然だとかツムジを曲げているのだから。
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