雪と月

女装きつね

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ツゲ櫛。

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 雪乃さんはそぐわずと綺麗な髪をしていた。

 冬だというのに先ほど消化した大量のそうめんはコタツの足元で眠気を誘ったらしく、何やら僕の髪は凄まじい事になっているようだ。

 梳くモノはないかとキョロキョロと伺った先に半月の形をした櫛が目についた。京の舞妓さんあたりが使っていそうなヤツだ。安物ではないであろう様相に無断で使うのもひけた僕は、伸ばした手で寝入る雪乃さんの肩を揺らした。

「……んん、櫛ぃ? あぁ……使っていいけれど椿の油が染みているから梳く回数はね、気をつけてね」

 少し奇妙に思った、雪乃さんは確かに昨今でいえばジェンダーってヤツなのだろうけれど、何というか無理やり感というかわざとらしさが無い人だ。女性のようだと言うよりは、まるで性差、色気を知らない子供のように思わせる。だもので、このような “ ザ・女性 ” の様な持ち物を見かける事がなかったんだ。

「昔同棲していた人に添えたんだよ。いや突っ返された訳ではなくてね……置き忘れたようなんだ。知ってる? ツゲ櫛ってね、お別れする時、想いが消えた時に添えた相手に返すんだよ、言葉の変わりに」

 頭部を殴られたようだった……それは目の前で首を吊られたような程。まるで雪乃さんが女性と同棲していた過去なんてのは、想像の範疇をはるか越えていた。

「……何だよ、そのアホな顔っ。まぁ同棲といっても彼女が眼を閉じている間だけだったのだけれどね、それでも私はきっと幸せだったんだよ」

『私ね、子供の時……約二年の間、口をきけなかったんだ』

 ストーブに置かれたヤカンの湯気を唇に潤わせるよう、雪乃さんが話してくれた。それが遠回りの告白だったと感じるには、僕は随分と後の事になったのだけれど。

 " 心因性失声性 ” だった雪乃さんを献身、施したのが当時の恩師、ツゲ櫛の女性だったらしい。

 経済力を得た雪乃さんが方某の末に再会を果たしたすぐ、不幸にも降り積もった雪で暴走した車に跳ねられ重症、いわゆる植物人間になってしまった。その後、彼女の命が果てるまでの二ヶ月の間、雪乃さんは彼女の “ 生霊 ” と共に暮らしたのだと言う。

「今は君が居てくれているけれどさ、私にもね “ 依り代 ” はきっと必要なんだよ」

ーー “ 蜉蝣のように遠い存在 ” ……ずっと憑きモノのよう抱いていた愁いがフワリと落ちた僕はツゲ櫛を梳いだ雪乃さんの髪に頬と雫を沈めた。
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