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時空を超える。
しおりを挟む災害があった。たまたま近くに居た事もあって、なにやら雪乃さんは気持ちが高ぶったようだ。だけれど、それはやっぱりボランティアなんて上等なモノではないようで、『容赦なくアウトプットできるってモンだ』と肩をぐるぐる慣らしている。
華奢で腕力に関しては、とんと “ か弱き女子 ” なのだけれど、何と言うか雪乃さんの身体は鞭のような靭やかさを持ち合わせていて、それは『野生の猿と柿の奪い合いをしたんだよ、ヤツらなかなか手強いったら』なんてヨタ話をにわか信じてしまいたくなる程だ。
「だってね、略奪や暴行、レイプや窃盗犯とかさ、そんなのを見つけ次第コテンパンにしていいのだよ、レオニダス君」
僕を乗せ県外まで車を走らせた雪乃さんは、どういったツテからなのか米粉やパン、粉ミルクにオムツだなんやらを調達すると、自衛隊が周れていない所、限界集落に物資を運ぶと言い出した。なんだかんだで “ イイ人 ” なのでは? と過ぎった想いは、向かう高速道路で呆れた僕に缶ビールのタブを開けさせた。
『ではワトソン君、ひとつ解決いたしますか』と缶底を弾き合わせてから約一週間続いたソレは、1万の走行距離をゆうに越えるものだった。
災害時にそんなに走行してガソリン難民にならなかったのは、雪乃さんとナニヤラな関係だった県警のエラい人から特殊緊急車両の認定をもらったからだ。
まぁ、ボランティア名目なのだから罪の意識は不要だとは思うけれど、全面通行止めの高速道路を瓦礫を避けながら走るなんてね、ステアリングを握りながら缶ビールを飲み干す雪乃さんの表情は不謹慎極まりないワイルドスピードだ。
そんなとある日、その日の雪乃さんはノンストップでステアリングを握ってから既に7時間を越えていて、瓦礫をかわす神経はとっくに限界を越えていたはずだった。
ハンドルを変わろうにもクラッチから何から雪乃さん仕様になっているそれは毅然と他者を拒むのだから仕方がない。とは言え救援を届ける次の目的地まではまだ1時間はかかる……正直いつバーストしてもおかしくはかなったんだ。
被害が一層激しい街並み、津波に破壊された家屋やさまざまなモノが道路であっただろう場所を塞いでいる。だけれどそこを抜けなくては集落への手段は他にないんだと、雪乃さんはまるで格闘ゲームでもしているかのよう激しくシフトやペダルを操作していた。不思議とこのような時は " 他愛もない会話 ” というのが有効なもので雪乃さんをリラックス、そして意識を途切れさせまいと続けていた僕の冗舌……いや、二人の会話、空気が突然ピタリと止まったんだ。
……それはきっと亡くなった方々であろう声と姿が身体中を散弾銃のように大量に突き抜けて行ったと感じた次の瞬間、ボロボロな姿の彼ら、それこそ二、三十人くらいは居ようかとの姿が車を包みこむように取り囲んだ……その時確かに聞こえたんだ。
『ありがとう、私達が守ってあげるから道を急ぎなさいっ』
後に聞いた話だと、この時ステアリングがフワリと軽くなったらしい。雪乃さんはそこからしばらくの記憶が曖昧で『一体どうやって瓦礫の山を避けきって辿り着けたのだろう』と頬を掻く……ただ、あれはまぼろしや幻想じゃなかったのだと思う。かような運転技術があったとしても “ 不可能 ” なのだから、あの惨状、状況をバーストひとつせずに走り抜けるのは。
無事孤立していた集落に物資を運び終えて、また次の場所へ行こうと車に戻りかけた時。名前だけでも教えて欲しいと、ありがちな感謝をいただけた。そんなお約束の台詞を実際に聞く事があるんだなと、助手席のドアを閉めかけた時、
「私達ですか? 赤染と寂蓮です」
ーー……長時間の運転を紛らわすためとは言っても随分とお飲みになりましたね? 雪乃さん。
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