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雨。
しおりを挟むこの人は赤いモノが好きだ。トマティーナにでも行ってきたらいいと言った僕に何やら不満そうな風合いで「緑がまざっているじゃないのさ、アレは」とパックの豆乳を吸い上げている。いや、そこは嘘でも笑顔だと思いますよ雪乃さん。
湿度で華奢な身体に張り付いているシャツを凝視しないよう、僕は助手席からの窓を眺めて舌打ちをごまかした。『ソレ豆乳ばっかり飲んでいるからじゃないですか? ブラジャーくらい付けるべきでしょ、まったくもぉ』 男性らしからぬ胸の隆起は、きっと無類な大豆好きのせいなのだろうけれど、毎度やり場に困るというものだ。
ご自慢の赤い車の調子が悪いからと呼び出された午後、夏には珍しくその日は朝からバケツのような雨で、雪乃さんの車に乗り合わせた時には湿気を帯びた衣服や身体が随分とカビ臭かった。よりによって故障したのがエアコンだと言うのだからたまったモンじゃない。
「これ車屋まで走れますか? ガラスむちゃくちゃ真っ白ですよ」
付き合わせたからと、ほんのすぐに2人分のコーヒーを買って運転席に戻った雪乃さんは「うーん、そうだねぇ白いねこりゃあ」と自動販売機の前で出るはずのない答えにワイパーの音だけを動かしている。
「窓を開けれるくらいになるまで雨鑑賞でもしよう」
『ってさらりと言いましたけれど、そんなヘンテコな言葉ないですから。今テキトーに作ったでしょアナタ』 だけれど僕はしかたがないとタバコに火をつけて雨鑑賞とやらに浸ってみることにした。
昼過ぎとは思えない辺りの暗さに、狭い車中へと響く雨音。タバコの煙と缶コーヒー、雪乃さんの胸元に張り付くシャツ……。 まぁ悪くはないかとシートを少し倒した時、真っ赤な傘がひとつ、僕の視界を横切った。
「あぁ……そっか、長く私と一緒にいるせいだろうね。でもあれは私にもわからない」
ロングコートに真っ赤な傘を差すひとりの女性。それから1メートルほどの距離をおいて幼稚園児くらいの子供が傘を持たずに女性の後ろを追っている。
2人はうつむいたように顔を伏せたまま距離を変える事無く、ただ “ そのまま ” 歩き続けていた。
「悲しいね、どちらか片方だけでも、両方だったとしてもさ……。私なんかには差し伸べるモノが見あたらないよ」
2人とも死者という答えが1番マシなのかもしれないね。と言った雪乃さんは今だ消えぬ湿度にサラサラと横顔を隠しながらインジェクションを廻した。
ーー……あぁそうか、雨はやんだのだろう。いつの間にか赤い傘が見えなくなっていた。
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