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廻る縁
しおりを挟む――平成十七年四月――
街路樹が僅かに息吹きを始めた頃。天久探偵事務所と看板を掲げたビルの一階にある飲食店。
その扉からカラカラと鈴音が響いた。ランチカフェのこの店舗は暮れ始めた日差しを合図にするようにBARへと雰囲気を変える。鈴の音はその頃合いに訪れ始める来客者だ。
照明を落とし雰囲気を変える店内。二階に続く店内のプライベート階段から一人の女性が降りて来ると、おもむろに細い指をテーブルになぞった。それを合図のように、それまでカウンターの中に入っていた店員がエプロンを外し来客用の椅子に座る。その様に笑顔を向けながらカウンターの中で細い指先を使い珈琲をドリップする彼女。それと向かい合う席に座る店員は、先程までの疲労なのか右肩を擦りながら差し出される珈琲を待っていた。
「はいお待たせ、奴代ちゃん」
色彩の乗った指先で珈琲をカウンターに差し出すと奴代はそれをゆっくりと含み、少しの吐息を投げる。突然何かを思い出したかのように色彩を乗せる彼女に向けて肩を乗り出し笑顔を向けた。
「パパっ、そういえばそろそろじゃないのかなピコさんっ」
まだ暮れ始めたばかりで音量の控えめな店内に奴代の明るい声が響いたのをきっかけに先程からカウンターに座っていた二人が声を投げた。それはあの朱い照明の下で随分と聞き慣れた声色だ。
「ぱ、パパって……奴代ちゃんっ、や、やめ……ゴッホゴッホッ」
自分の煙草の煙にむせたのだろう。スーツ姿の男性が苦しそうに顔を手で覆い肩を揺らすと、男性から二つ席を空けて座っていた女性が頬杖をテーブルに落とし紫煙をもたげて連鎖するように肩を揺らし始めた。
「わ、笑っちゃ駄目だよ、伊丹さ……ぷっ……くっくく」
「も、もうっ、何笑っているんですかぁ、鏡子さんだって “ 鏡子ママ ” のクセにぃ」
カウンターに立つ彼女は頬を膨らませ朱く染める。照れる彼女の様子にカウンターでグラスを傾けていた二人は我慢の限界のように笑い声を上げた。
「私はいいんだよっ、優ぅの見た目でパパってのがどーにもなぁ。ぷっ……ねぇ伊丹さん」
あの雑居ビルの朱い扉は街路樹の葉が全て落ちきった頃、その鍵を下ろした。今は看板もないこの店舗で変わらぬままの顔ぶれがグラスを傾けている。
和やかな時間が過ぎる中、奴代が言い出したピコの出産が間近だという言葉に、皆が一層暖かさを会話にはずませている。それは全ての出来事が夢と疑う程普通のありふれた光景だ。この暖かいありふれた時間が続く事を天久はこの時何一つ疑っていなかっただろう。自分が輪廻の中核であるなど予期出来るはずもない。今日までの全ては “ 縁 ” に導かれたほんの一部の出来事だった。
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