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看板
しおりを挟む「うーん、もう少し右上かな、あと五センチ位」
「んっと、これでどうですかぁ」
「うん、オッケーですっ。ありがとうございましたぁ……あっ、おかえりぃ奴代ぉ」
冬の柔らかい陽射しの中。ビルの前の歩道で、工事の指示をしている鏡子の視界に、帰宅する奴代が見えた。すっかり髪にも艶が出て、今時の二十代の女の子と何ら違わない姿だ。
「終わった。ただいま」
「お疲れ様。あ、もう終わるからさ。先に上がって休んでいて」
「わかった」
鏡子に背中を向け階段を上っていく奴代。再会してから約半年、不器用ながらも随分と話すようになった奴代の背中に鏡子はクスリと微笑む。
「よし、看板も付いた。これで自分を忘れようにも忘れられないぞアイツも」
――一週間前――
「このまま私も、ここに住むっ」
「え、本当ですかぁ、」
天久は嬉しそうに手を合わせ、鏡子に駆け寄る。その姿、いや仕草はどう見ても女性のそれだ。
「都会だから仕事にも困らないだろうしな、明後日に宮崎から荷物が届く予定になっている」
「お願いしている書類も、明日には揃うらしいです。本当、鏡子さんが一緒に住んでくれたら心強いです。私」
「あ、勿論奴代も一緒な。あいつには私の助手をやってもらうさ。まぁ助手にしては頼りがいがありすぎるヤツだけどなっ」
――平成十六年一月――
「もうっ、今日も冷えるなぁ。風邪ひいちまう。奴代も飲むだろ、ホットコーヒー」
沸いたお湯をカップに注ぐと、珈琲の香りが部屋に漂う。
「どれ、見せてみろ」
鏡子の言葉で奴代が照れくさそうに上着を脱ぐと、そこには失ったままだった右腕が形を見せた。
「ほぉおっ、すごっ、さすがだな。あの人は夏稀の義足も作ったから、心配はしてなかったけど想像以上だ」
「慣れたらもっと自由に動くらしい……」
夏稀の義足も作った竜さんは世界でも指折りの技師だ。奴代の右腕はまるで違和感無く、その存在を誇っている。それは鏡子の喜色ぶりが何よりも証明しているようだ。
「眼はさすがに義眼か。でも見た目わっかんねーな。ただく……安西センセもさすがだぁ」
「あ、ありがとう」
奴代が照れくさそうに俯く。だがその言葉に鏡子は奴代以上に頬を朱らめている。照れておどける鏡子に少し微笑みを浮かべながら奴代は珈琲を口にした。
「バカ言ってんじゃねーよ、奴代には助手としてバリバリ働いてもらわなきゃなんだしなっ」
「ただいまぁ」
「おぉ、お疲れえぇ。どうだった、忙しかったかぁ」
「いえいえ、だったら朝帰りですよ」
天久のお店の営業時間は、客が居れば早朝の五時までだ。平日のせいか今夜は早目の帰宅だ。
「それより鏡子さん、あの看板」
「ん、センス抜群だろ?」
「いやいやいや、昭和フレーバーですってっ」
天久の言葉を無視するかのように、鏡子はテーブルに書類を広げ、手招きをする。
「あぁ、そういえばさぁ優ぅ。建物だ事業届けだのの書類書くのに必要だからコレに判子たのむわ」
「はい? っえぇ、ってこれぇ」
茶色の薄い書類。鏡子が天久の前に差し出したのは、婚姻届だった。
「何か問題あるか? 身体の事実的関係もあるし、書類的にはお前は男なんだしさ」
「って……婚姻届ってぇぇ」
「っかたねーだろっ、都合がいいんだよ、いろいろと。あっ……で、奴代は私らの養女なっ」
「ま、まぁいいですけどぉ。ウェディングドレスは? 鏡子さんより私の方が……かなって思っ、」
「っな、なんだとぉお前ぇえっ、ちょっとばかり胸がデカいからってぇこのくっそオカマぁっ、奴代っパパを凍らせてしまえぇっ」
「いやいやっ奴代ちゃん、そこでマジな顔しないでっ、わっかりましたよぉウェディングドレスは譲りますってぇぇえ~っ、きゃああぁぁ」
「ぷっ、アハハハハッ」
「く、クスッ……」
奴代をかわし階段をかけ降りた天久は、付いたばかりの看板を歩道から見上げると、クスリと微笑み呟いた。
“ 天久探偵事務所 ”
「たくもうっ……昭和すぎるだろっ」
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