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くしびとえにし
しおりを挟む――令和四年四月――
芽生えた新緑に香りを落とす。街路樹にひとつ紛れた夢見草は天久探偵事務所と書かれた看板を十八年の間眺めていた。
足元でカラカラと響く鈴音はあの朱い場所のように繋ぐ縁を招き続けたようだ。
テーブル席を背にカウンターが十席程並ぶ。定まらないメニューはカフェBARとでも言えばいいのだろう。
春休みに当たる新年度、ある程度の賑わいを見せていた店内は至極自然に知る顔だけが覗いていた。暮れ始めた日差しはやはり雰囲気が変わる合図なのだろうか。
「お父様、アベンジャーズって何ですか?」
「ぶっ」
「亀山さんは沙也加ちゃんに何と言っているんだ俺のこと」
「小さい水着の話でもしてあげようか亀山ぁ?」
「ちょっ、伊丹さっ」
「え、水着って何の話ですの主様?」
あれから十七年の時間を暮らした。伊丹さんはアルコールが入っていなければ相変わらずに頼れる。亀山夫妻は高校二年生になる沙也加ちゃんの前でも夫婦漫才のようなむつまじさのままだ。
まるで何もなかったかのような穏やかな日常。だけど空白の椅子はその存在感を現実と夢物語の境界のように鎮座していた。
『思念体のままだと時間切れがあるんだよ』
紫煙をゆらしていた彼女の言葉を今だ受け入れたくない自分がいる。けれど父も姿を消した身体は徐々にだが年齢を重ねるようになってきた。夢物語……この普通と現実に描き消すしかないのだろうか。
――リ……リリリンッ
いつもより幾分柔らく、ふわりと奏でた鈴の音。隙間から傾きかけた日射しに名残る夢見草が舞い込むと、殊更大きな影から突如飛び出したように二人の女の子が駆け出た。
羽織る制服は沙也加ちゃんと同じだ、きっとお友達なのだろう。だけど何か光の塊が飛び込んできたようにさえ見えていた。
「平田さん、お久しぶりです」
「こ、子連れとはこれまた」
「いや、俺に安部さん程の命中率はねーよっ」
「こほんっ、ひ、平田様少し謹んでいただけますかっ」
頬を赤らめるあたりは幾つになってもピコさんだ。和むような雰囲気を察知したのだろう、二人は物怖じなくカウンターの椅子を引く。
「桔梗のばーさんからの託けでな、この二人がこっちの高校に入るんだとよ、天久っお前が面倒見ろとのことだ」
「美ヶ原高の制服という事はお二人は私の後輩さんになるのですね」
「妹の千里です」
「姉の百合香だ、優おばさんひとつよろしくなっ」
ああ……嫌になる程間違いないと固まる姿を見た皆も何か笑いを堪えているように見える。
「まぁあの二人が大人しくしている訳はないですもの、いたしかたないのではありませんか天久さん」
「……胸の大きさは逆なのな」
「っ、主様っ」
「あ……と、私看板出しわすれてたからちょと」
背中に何かからかうような暖かさを感じながら扉を押し春の夕空を仰いだ。そよいだ風が朱い車の埃をさらったらしく、濡れた睫毛にそれは随分な煌めきを始めていた。
『ったく、全くもってどいつもこいつも本当に捻れてやがる』
とでも彼女はきっと言うのだろう、紫煙を揺るがせながら。
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初心者なので拙い部分もあるかと思いますが、ぜひコメントやTwitterでも感想やアドバイスを頂けたら幸いです🙇♂️
よろしくお願いします❗️
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壮大なストーリー展開に最後は度肝を抜かれます。神秘的な登場人物の登場には一喜一憂させられ神話的要素やホラー要素もあり気付かないうちに物語にどんどん引き込まれていきました。
感想ありがとうございます。
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僅かながらの上達具合、これからも応援よろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。
本格的というか不思議な気持ちにさせる作品でした。物語の中で色々なステージが繰り広げられるので飽きずにすらすら読めました。亀山のキャラクターが一番が気に入りました。面白かったです!
閲覧、感想本当にありがとうございます。
亀山さんは私も好きなキャラクターでした。
少し主役を喰っていないか?と書いている最中に考えましたけど、気に入っていただけたのは嬉しい限りです♥
朱の緊縛の登場人物で○○列車殺人事件とか執筆してみたいと思っています。
素敵な感想をありがとうございました
(●´ω`●)
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素敵な感想本当にありがとうございました
(〃ω〃)