つぼみほころぶ頃に

女装きつね

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スワンレーク

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 人は運命を避けようとしてとった道でしばしば運命にであう――フォンテーヌ――


 意識不明の重体と報道されたのちの生存者はおよそ一割程度だという、ほぼ見込めないという事だ。

 柏森進は音楽室に足繋あししげる雪乃にぞんざいを舐め、うら若い仕様人を雇っていたが、集落のお偉方としていささか粗相そそうが過ぎたのだろう、まるで応報おうほうくだるさま初秋しょしゅうの夜ふけにその邸宅は火柱をあげた。

 いかにしたのか不可解だが、二階寝室に寝そべっていた雪乃は頬に煤滲すすしみらすもいっさいの手傷なく庭先で燃えさかる火柱を前に一人毅然と正対をかまえていた。

 それはまるで篝火見あげる教徒のようなまなざしで。

 地域随一の邸宅の全焼、有力者の逝去は間もなく集落を駆けめぐり、それは言わずもがな佳奈子の胸元に激しくうちつけた。

 すぐさま教え子なのだからと、ひとつ周囲の叱責しっせき、まして佳奈子になんの躊躇なく、しばしの間二人は共に寝食を重ねていたのだが、事態は市内の報道ざたまでの事。間もなくして雪乃は都市部の施設へと移されていった。

 佳奈子はじくじる想いでほうぼうを翻弄駆ほんろうかけあがいたが、引き金が大きな事件ゆえ、資産も足りぬ若き独身女性に養子縁組みなどは到底とどかぬ話であった。

 まるで雪乃の声がもどるのを待っていたかのよう、運命とやらは約一年半の二重奏にそこで幕を下ろさせた。

 のち佳奈子に届いた風のたよりでは、ひとつきの間もなく雪乃に養子縁談が決まったらしい。それはよろこばしい事であるはずなのだが、佳奈子はまるで胸がつぶされたように三日月をいつまでも抱きしめていた。


――平成六年十二月――

 紫煙のように吐息が揺らぐ暮れもおしせまった頃、京都市内のカフェテリアでついなる空の椅子に想いを託すよう佳奈子はカップに吐息をさましていた。

 待ち人……それはあれより行方さまざまだった雪乃だ。

 七年後に柏第一小学校が廃校になったのち、佳奈子は市内の小学校に赴任したもののわずかで退職し、現在は父の同僚として大学で神経心理学の研究にいそしんでいる。思いのほか生真面目だったようで、どうやら三十九歳の今でも生娘きむすめのままのようだ。

 いや、あの音楽室での記憶が彼女を研究に没頭させたのだろう……まるでそれは贖罪しょくざいのように。

 しかし教員というのはその職種上足跡をたどりやすいらしく、パソコンも一般的に普及していない時代にたどり着いた雪乃が佳奈子の勤務先に便りを送ったのだ。

 思春期の文通のよう心まちを数回やり取りしたのち、いよいよこの夜となった。

 “ 教え子と恩師 ” まるで言い聞かせるよう二杯目の紅茶をオーダーする佳奈子に、ダージリンとは異なる遠く煮詰めた蜜のような香りが舞った。

「佳奈子先生っ」

「あっ……雪」

 想いにふうけていた佳奈子を突如ほわんと照らした三日月は、まるで全部の感情を吹き出させるような衝動をもよおした佳奈子の言葉をつまらせたようだ。いや、やむなしなのだろう。薄茶のコートを折った肘にゆらし現れた三日月は、栗毛色の髪の毛をミルクティーのように長く変え、うっすらとまぶたに桜色をちらしニコリと佳奈子の前に表れたのだから。

 華奢なままの白い首筋と揮発した椿色の唇はなおさら当時の面影にあでつやをかもし、弓ように張る腰はまるで柳のようだ。

「仕事帰りでね、パンツスーツのままだけど……ごめんなさい、待たせちゃいました?」

「う……ううん、い、今きたばかりだから私も」

 安い恋愛映画でもなかなかお目にかかれないよう、佳奈子の言葉を待たずおかわりの紅茶が届くと三日月の人差し指がくるくると悪戯に遊び向けられた。

 まったく、これでは本当にどうしようもない三流映画だ。

 しかし二人は一斉に灯ったロウソクのよう時間をつなげ動かし始めた。

「クスクス、女になりたいわけじゃないけど、なんか自然なの、こんなかんじが。多分ずーっとあの頃のまんまなんだ私。徒然草を読めた時の……ね、佳奈子センセ」

 二重奏にメトロノームが刻むよう流れ始めた拍子をあわせる二人。親方とアネゴが結婚したとか、宮司は雪乃がえがいているより随分シワがあったとか。しかし雪乃はどうやら最初の音楽室の事は随分とおぼろげらしい。

 子供とキスしてしかも欲情したなどと覚えていられても困ると佳奈子は微笑みに撫で下ろしたようだが、何度も一緒にお風呂に入ったのだから結婚してくれるよねと言った雪乃に、慌て三杯目の紅茶をまかした様はどちらが恩師なのかというざまだった。

「宮司さんには本当に感謝しているんだ。私を鍛え上げてくれたし、逃げ道もたくさん教えてくれた……でもね」

 佳奈子だけが無償の贈り物をくれたと大粒の涙を紅茶に落とす雪乃の姿は、栗毛色の髪をした淡い少年のままの姿で佳奈子にうつっていた。


――優しい目をした三日月はひらひらと佳奈子の手をとり幕開けを誘う。連れ出た帰り道、二重奏はまたかなでを始めたようだ。それはまるで白鳥の湖のように。



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感想 6

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みんなの感想(6件)

ガンプ
2023.12.19 ガンプ

雪乃さんの幼少期に想いを馳せ佳奈子先生との再会時の心情や振る舞いを思うと温かい気持ちの涙が溢れてきました。
妖艶さや可愛らしさ…官能的だけど純粋な立ち姿が目に浮かびこの上ない恍惚感に浸れました。

女装きつね
2023.12.20 女装きつね

閲覧いただきありがとうございます。これを書き終わった後、単純なストーリーを装飾する難しさを痛感いたしました。博士や親方の魅力を引き出しきれなかったのは、すっかり私の力量不足でして……

次作次作へと精進いたしますのでこれからもよろしくお願いします。

感想、本当にありがとうございました。

解除
びーだま
2022.10.02 びーだま

妖艶さを持つ雪乃さんの心理描写が天才的だと思います。

一切語ることのない心の情景を
周りから攻めて描き切った感じ。

昨日から場所を変えて2回ほど
読ませていただきましたが、

甘美でもあり、辛くもあり。
未来の明るい光も見えます。


特に、
雪乃さんの健全な心の成長と、
それを阻んでいた淫靡な成長、
すべて取り込んだ姿。

平成六年の再会。

このときの表情を心の吐露なく
描き切っているところが、
天才的と思った次第です。

深さと凄みを味わった感覚を
きちんと表現するって難しいですが
思ったことを知ってる単語を駆使して
書かせていただきました。

事象すべてを昇華させて生きる雪乃さん。
美しい仕上がりであることは
間違いないです。

滅多に読むことない小説系ですが、
右に左にと感情を揺さぶられました。

良き出会いに感謝いたします。




女装きつね
2022.10.03 女装きつね

びーだま様。

こちらにまで本当にありがとうございます。

三人称、天の視点は不得意だったのですが、仮想のテーラーをイメージすると書けるようになりました。

ちなみに “ 雪と月 ” は大人になった雪乃のストーリーです。

ネタバレですが、フィクションとして雪乃が佳奈子を思う余りに剥製として死体を愛でていた……なんてラストにしようかと思っています。

あちらでは本当にいつもありがとうございます。これからもゆるゆるよろしくお願いいたします。

解除
雅満月 朱黄瑠(やみつき すぎる)

ミステリーというより官能要素の見せ方が上手いです。
最初は低学年の小学生がそんな事する⁉って驚きました。
しかし、令和という今の時代だからこそ色んな事を考えさせられる作品です。
世の中が多彩な事に寛容になって容認される異質も増えて来てはいるものの異質なものを受け入れられないという文化はまだ根強く残っていると思うし、犯罪など受け入れてはいけない異質も存在すると思う。
その線引は難しく問題の渦中にいる人物や向き合う人々が各々の葛藤や苦悩の末に導き出した決断に自分の価値観のみでどこまで踏み入って良いのかと考えさせられました。
読みごたえある作品を作って下さりありがとうございます、これからも応援してますので頑張って下さい。


女装きつね
2021.03.06 女装きつね

閲覧いただいてありがとうございます。ジャンル分けは悩みどころでした。『なんてことはない些細な誰かの実話を文面に起こしてみた』正直そんな作品なので、様々な捉え方で読んでいただけたらと思っていました。少しの官能要素と恋愛要素まで感じ取っていただけて、すごく嬉しい感想です。

素敵な感想を本当にありがとうございました
(〃∇〃)

解除

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