つぼみほころぶ頃に

女装きつね

文字の大きさ
上 下
4 / 9

小さな兆し

しおりを挟む

 佳奈子が吐息の矛先を離れ住む父にまかした翌日、週明けた月曜日の朝。職員室のソファーで膝を高く揃えた雪乃はしかりと伝えとおり佳奈子を待っていた。

 ほのか薄水うすみず色のセーターに茅色かやいろのハーフパンツ。ブレザーではと先週佳奈子がぱらぱらとめくった学友となる装い写真に寄せ合わせたようだ。いやみ気ではないのだが、足りなすぎる不調さを不自然気味に思わせるのは洋装の質なのか、雪乃ゆえの事なのだろうかと教室へと向かう枕木色の廊下を案内付き添う佳奈子はややあぐねている。


――さりとてこの物語であおぎ称えなければならない隠れた花形はイデオロギーだろう。

 『無知は罪、知は空虚、英知持つもの英雄なり』は有名な哲学者ソクラテスの言葉だが、果たしてどうなのだろうか、人をあやめ殺せると知らなければ殺人はない。盗めると知らなければ誰も行わないだろうし、嘘という概念がないのならとも考えられる。

 そう、この学校……いや集落には “ イジめ ” という概念がない。知らないのだ。それゆえ佳奈子の案じはまるで取り越し苦労なのだが、さりとてさのよう俗世間はなれた集落のよがりは、うらはらに雪乃の置かれていた環境など誰一人そらごととしてすらえがけなかったのもまた事実だ。


――腰肉をほどよくつけた二人の男性教員が朝つゆ残る中に倉庫から運んだ大きさ二番目の机と椅子。それでもへたれていなく傷の少ないのをいくらかは吟味したようだ。

 三年生の教室、窓際の三番目。意外とだが、小柄だと黒板が見えやすい位置らしい。年度が変われば進級で教室の移動になるが、よほどでなければ卒業まで同じ位置席というのがここの風習だ。

 雪乃はそれでもたった一度しかそれに習う事ができなかったのだが。

 雪乃が座る前の席には親方とアダ名づけられている浅野隆男あさのたかお。もれなく大柄で正義感の強い昔ながらの “ ガキ大将 ” というやつだ。横の席は姉御肌の高田美奈たかだみな。アネゴと呼ばれている運動上手な女の子。絵の好きな男の子が後ろの席に座る長谷川健也はせがわけんや、アダ名は博士。質の悪い画用紙を水彩でヨレヨレにしながらも宇宙を走る列車の美女を書くもようはなかなかの絶品だ。

 流行りなのかという感じだが、アダ名づけが多いのは小さい集落だと同性は幾多、名まで同じも珍しくないからなのだろう。

 そんな中 “ 雪乃 ” という名前は当時ではいっそう珍しく、名づけの必要はなかったようだ。

 しかし子どもならではのレパートリーの少なさは仕方ない。親方はどうやら校内に十人程いるようで、飛び交う会話だけだとなにやら工務店であるかのような呼び合いになっている。

 やにわ迎える準備の整うなか、佳奈子が三年生の教室の引き戸に手を据えるのを合図にアネゴが起立と号令をかける。続く挨拶に埋もれながら佳奈子の二歩後ろを雪乃が続いた。

 さて、ここよりはよくある転校生のご紹介というくだりだ。黒板に名前を書いたのち、ではと自己紹介をうながした佳奈子はそれになにやら肩をすぼめた。

 名前は女の子のようだが、自分は男。運動は不得意なので大目にとなど、びー玉の目をした三日月笑顔の少年は自虐遊ばせる大人顔負けの言葉振りで、かくもさらさらと見入る眼差しをくつろがせた。

 いや、これでは佳奈子の新任式のほうがよほど無様だっただろう。

 「雪乃くん可愛いーっ」とアネゴがぴょんと跳ねる。うとましくとらわれるどころか、どうやら三日月の笑顔は抵抗無くかたわらをだしたようで、ガヤガヤと渦中に身どもを晒すも、ひとつ手前ひけらかさず話を引き出す聞き方一途な雪乃の手合は上々じょうじょう頃よさをかもしていた。

 ブレザーを着なしていた様子とまるで別人ごとく、するり雪乃はたやすく溶け込んだのだ。

 しかしその小なれは肩をすぼめる佳奈子に尚のことぬたり異色をますます曇らせた。  “ 八歳の子が行うことでない ” と。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

処理中です...