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第一章
第二話
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ガヤガヤと騒々しさすら感じる往来の中、適当に食えるものを売ってる店にへと入る。
まだ青い果実を手に取り小銭を置いてさっさと出る。
まずは1口。
うむ、食える。
少々酸味が強いが、これくらいなら上等なもんで、むしろ美味いとすら感じられる。
これからもこの美味い果実を頑張って作って欲しいもんだと"ドブネズミ"を自称する女は思う。
果肉がそがれ、残った芯すらボリボリと噛み砕きべろりと唇と指を舐め満足気に息を吐く。
しばらく歩いたところで、聞こえる音や声が変わってくる。
砂利を踏む軽い弟から、カチャカチャチャリチャリと金属音が鳴り、荒々しい声が耳に着く。
だからと言って治安が特別悪いわけでも、スラムや、ゴロツキたちがたむろする路地裏などでなく、冒険者を生業とするものが多く出入りをする区画にへと変わったという話である。
では何故そんな所に足を運ぶのかといえば、この"ドブネズミ"もその冒険者の一員だからである。
「あい、お邪魔させていただきやすぜェ」
建付けの悪いスイングドアを押し開けて中に入ればムワッとくるようなきつい酒精の香りと、表よりも激しい荒い声。ガハハと高らかに笑う声はまだ上品なもんで、ゲェゲェと吐瀉物ぶちまける様な汚らしい声まで様々だ。
ここは所謂冒険者ギルドと言うやつで、ここで様々な仕事を受け、それをこなし報酬を得るための窓口であり、こうして荒くれ者である冒険者を受け入れる宿屋酒場も兼ねている。
「相も変わらず騒がしいねェ。足元の下水の方がまだ上品だってもんだぜィ」
そう嘯くものの、なんだかんだとこの騒々しさを嫌いになれず、ぼんやりと眺めながら依頼の張り出された板の前へと足を向ける。
ちなみに今の時刻は昼過ぎてそこそこな時分で、まだ日も高いのだが、そんなことはお構い無しに酔っ払い共が飲めや歌えやと騒いでいる。
「ああ、嬢ちゃん、安いやつで結構だ、酒となんかツマミを頼むよ、こいつァ駄賃だ、取っといておくれよ」
「あ、ヴェルンダさん、わかりました、いつものですね」
「いつものって訳でもねぇんだがね?ま、その辺適当に頼むよ」
慣れた口調でウェイトレスに注文を取りつけ小銭を握らせてやり、改めて依頼を眺めていく。
どうも蛮族共がちょっかいをかけているのか、下級蛮族や獣の駆除依頼が目に付く。一匹で銅貨一枚程度の獲物が、どういう訳か二枚も貰える仕事である。ちょっとした小遣い稼ぎには都合がいいかもしれない。
もちろん、小物の他にもやれ草が欲しいやれ石が欲しいとよくもまあ無くならないなと思うほど、板にはびっしりと依頼書が貼られている。
隣を見れば、同じように仕事を探す厳しい男が受付の女を捕まえて依頼内容を読み上げさせており、じっくりと受ける仕事を吟味している。
さて、どうしたものか。
わざわざ持ってきてくれた酒と少し上等な干し肉を手に考える。
雑魚狩りで小遣い稼ぎもいい、草むしりで少しくらいギルドの覚えを良くするのもいいだろう。石を掘れば、今持ってるナイフをもうちょっと上等なものにできるかもしれない。
ちびりちびりと干し肉を食みながら酒をやり、気づけば手の内の肉が、粗末な器の酒がなくなるほどに考えても仕事は決まらなかった。
「こりゃ今日も決めきれなかったね。ま、焦るこたァないさね。ドブネズミは大人しく下水に戻るとしやしょうか」
器をカウンターに置き、失礼しましたとゆったり酒場を後にしようとしたところ、ふいに肩を叩かれ、声をかけられた。
「おい、ドブネズミ。お前さんに仕事だぜ」
「あん?おィらにかい?珍しいこともあるもんだねェ。っとと、悪いね声をかけてもらって、ありがとよ。ま、なんだ、こいつで一杯引っ掛けなぁ」
「お、悪ぃな、有難く頂いとくぜ。カウンターに行きゃジャード嬢ちゃんが待ってるからすぐわかるぜ」
「わかったよ」
気の利く同業者に気を良くしつつ、何事かねと思考を巡らす。もっともカウンターまでは20歩もかからない距離である。考えなどまとまるはずもなく目的の受付嬢を見つけそこへ向かう。
見れば、しっかりと装備を整えた同業者と思しき三人の男女が話をしている。断りを入れつつ、受付嬢に挨拶を交わし、三人にも会釈をしておく。
「お呼び立てして申し訳ありません、ヴェルンダさん」
「なぁに、構わないって。おィらも興が乗らずに仕事を受けずに帰っちまうところでしたからね。それで、こちらの御三方が、おィらを呼ぶ理由で?」
「はい、本日声をおかけ致しましたのは、こちらのパーティ、【魔銀の刃】から、ヌアの森の案内をつけて欲しいとの事でして」
「あァ、あそこかい。ありゃ確かに、案内が必要だねェ」
そう言って森のことを考える。森なんて可愛らしい呼び方だが、あそこはれっきとした魔境である。規模は大きな森程度だが、実際はダンジョンやらと同じで見た目以上に広く深い。『魔銀級の魔境』としては例外的に、一般人でも浅いところなら潜れるし、そもそも制限も設けられてはいないが、深いところはそれなり以上に危険である。
「しかしまた、この時期にヌアの森に行きたいって言うのはどういう訳か、聞かせてもらえやすかねェ?」
「もちろんだ、ここからは俺達が話そう。ああ、先程簡単に紹介されたが、『魔銀級』パーティ【魔銀の刃】だ。俺はリーダーのダルシオ、こっちの魔法使いがエリア、弓使いがアシュリーだ」
「エリアです、よろしくね」
「……よろしく」
ダルシオと名乗る少々厳つい顔のこの男は剣士のようで、がっしりとした体に所々鉄で補強された革鎧を着込み、オーソドックスな長剣を持っている。まあ目立った特徴はないが、経験者特有の凄みは感じるので、実力は有るのだろう。
魔術師然とした装いのエリアはそのまま魔術師で、短い杖を持ちつつ、腰に分厚い本もくくっており、複数の魔術を操るのだろうと見て取れる。愛嬌のある顔でニコニコとこっちを見てくるのは少々面映ゆい。
最後に軽装のアシュリー。弓使いとの事で、長弓を背負っている。愛想が良くないのか、はたまたドブネズミの装いが気に食わないのか、終始睨んでおり、どうもやりにくさを覚えてしまう。もっとも、見てくれが良いせいか、不躾な視線も飛んでおり、不愉快そうな雰囲気がありありと見て取れる。
「おっと、こりゃァ丁寧にどうも。おィらのこたァドブネズミとでも呼んで貰えりゃァ結構ですぜ」
「ヴェルンダさん、名前くらい面倒がらずに名乗ってください。それから階級や職業についても」
「その辺は済ましてくれてるだろうに……。へいへ、ではでは……おィらはヴェロニカ・ダーリ。苗字持ちだが勝手に付けた名ですから深い意味もお偉方ってわけでもございやせん。ジャード嬢ちゃんのいうヴェルンダとも、ヴェロニカともお好きに呼んでくださいまし。くらいは銀級で、斥候や盗人と呼ばれる職をしておりやすが、前で得物を振るうことも出来やす」
「では、ヴェルンダと呼ばせてくれ。斥候職はうちのパーティには居ないから助かる。さて、早速だが、案内の理由は、まあ俺達がまだこの辺に来て日が浅いからって言うのと、あの森で採れるっていう弓の材料に適した木材が欲しいからだ」
「ああ、ガジグの木。なるほどそいつァ案内が必要だ」
ガジグという木は、軽く、それでいて良くしなり、粘りも強く、狩人達が1人前になったならこの木で弓を作るとまで言われるほどポピュラーな素材である。もちろん、多少値が張るが。ヌアの森でも少し奥まったところに群生しており、闇雲に進むだけではたどり着くのは難しい位置にある。
「今年は木材を仕入れる所が別の木材に目をつけてしまったせいで入荷がなくてな。せっかくなら依頼をこなしつつ素材も集められないかと思ってな」
「そういやァ西で高値で売れる木材が取れると騒いでやしたねェ。そいつァ時期の悪いこって。ま、話はわかりやしたぜ」
受けてもいいだろう。多少報酬が安かろうが、あの森はドブネズミにとっては、少々広すぎる庭と変わらない。それくらいにはあの森については知っている。案内程度ならばいくらでもしてやっていいだろう。
「報酬に関してだが、そこの受け付けから、アンタほどあの森の案内として適当な人物は居ないとまで言われたからな。どうだろう、滞在三日で、一日あたり銀貨一枚と銅貨五枚を考えている。これは案内と、パーティを臨時で組んでもらい、その上で受ける依頼料とは別口で渡す分だ」
破格、とまでは行かなくとも、足元を見るような金額ではない。相場にいくらか上乗せしたと見ていいだろう。三日で銀貨三枚に銅貨十五枚は高過ぎず安過ぎず、いい塩梅である。
「案内の料金はそれで構いやせんぜ。それで、旦那方の受けるっていう依頼は何か教えて貰えやすかね?」
「ああ、オーク肉を持ってきて欲しいって依頼だ。銀や金級が受ける依頼だが、手慣らしも兼ねてな。依頼料もそこそこだし、余った分はこっちで手をつけれるし、何よりオーク肉は美味いからな」
「そいつァ……なるほど、確かに手慣らしにゃぁもってこいですねェ、ってことは、道中いくらか出会うであろうのも?」
「そうだな、どうも数が出てきているからか一匹あたりの値が倍だ。小銭程度だが馬鹿にはならんだろう」
オーク肉、詰まるところは猪や豚の頭をした醜い蛮族である醜豚頭鬼の肉のことで、銀級の冒険者がこいつを狩れて一人前と言われる冒険者の指標にも使われるポピュラーな魔物だ。
普通の豚肉より少々高いが、味がよく脂も乗って美味い。そんなことでは狩り尽くされるのではないかといえば、繁殖力が強いのと、一定数を超えた群れは一気に危険度も跳ね上がり、銀や金程度の冒険者では手が出せないほど厄介な存在となる。
もちろん、味が良いので少しはとっておけという考えもない訳では無いのだろうが、とにかく、殺しきるほど手を回せないのが実情である。王種が出れば魔銀級でも下手を打てば命はないほどである。
そして、道中出会うというのは、醜豚頭鬼のお零れにあやかろうとするさらに下級の蛮族や獣のことである。
一般的なところでいえば醜小鬼や狼で、ちょっと厄介なところでいえば犬頭鬼などの、弱いが数だけはいる蛮族や獣が主となるだろう。もっとも、その弱さを舐めきった結果、足元を救われる冒険者が後を絶たないが。
「よくわかりやしたぜ。オーク肉の件はそっちが都合つけて報酬を回してくれりゃァ構いやせん。出発の日時なんかはもうお決まりで?」
「ああ、明日は準備をしたいと思っているから、明後日の午前でどうだろう。八時から九時を目安でいいだろうか」
「わかりやした、ああ、できれば個々人で油を小瓶に持っておくといいですぜ。あそこはスライムも出やすから、すぐ火を付けれるようにしておくべきでさぁ」
「スライム?危ないのか?」
「ダンジョンの中なら松明なんかで焼きゃぁ済む話ですがね?とかくどっから出てくるかわかりゃしやせんで。油がありゃあ小さな火種ですぐ焼ける。松明掲げてうろつくにもあの森じゃ火に寄ってくる魔獣がわんさか居やがりますからね。着火の魔法程度なら皆様方使えるでしょう?」
「なるほどな。ああ、わかった、用意しておこう。着火も問題なく使える。助言に感謝する」
「良いって事ですよ。さて、仕事となりゃおィらも手を抜くわけにゃ行きやせん。こっちはこっちでいくらか準備をしておきやすんで、ここは一旦別れやす。明後日の八時から九時、ギルドの前に集合ってことで」
「わかった、よろしく頼む」
しっかりと握手を交わし、ジャード嬢立会いの下、契約を交わし、臨時パーティーの参加手続きも済ませ、ギルドを後にする。
「さて、得物の用意に道具の準備。可能な限り軽装で行きやすかね。獣避けに魔物避けも要りやしょう。やれやれ、馬車を借りる訳にも行きやせんからねェ。ここは少し骨を折りやしょうか」
そう呟けば、懐に手を潜らせ幾ら有るかともうだいぶ軽くなった財布の中身をとりあえず数えるのであった。
まだ青い果実を手に取り小銭を置いてさっさと出る。
まずは1口。
うむ、食える。
少々酸味が強いが、これくらいなら上等なもんで、むしろ美味いとすら感じられる。
これからもこの美味い果実を頑張って作って欲しいもんだと"ドブネズミ"を自称する女は思う。
果肉がそがれ、残った芯すらボリボリと噛み砕きべろりと唇と指を舐め満足気に息を吐く。
しばらく歩いたところで、聞こえる音や声が変わってくる。
砂利を踏む軽い弟から、カチャカチャチャリチャリと金属音が鳴り、荒々しい声が耳に着く。
だからと言って治安が特別悪いわけでも、スラムや、ゴロツキたちがたむろする路地裏などでなく、冒険者を生業とするものが多く出入りをする区画にへと変わったという話である。
では何故そんな所に足を運ぶのかといえば、この"ドブネズミ"もその冒険者の一員だからである。
「あい、お邪魔させていただきやすぜェ」
建付けの悪いスイングドアを押し開けて中に入ればムワッとくるようなきつい酒精の香りと、表よりも激しい荒い声。ガハハと高らかに笑う声はまだ上品なもんで、ゲェゲェと吐瀉物ぶちまける様な汚らしい声まで様々だ。
ここは所謂冒険者ギルドと言うやつで、ここで様々な仕事を受け、それをこなし報酬を得るための窓口であり、こうして荒くれ者である冒険者を受け入れる宿屋酒場も兼ねている。
「相も変わらず騒がしいねェ。足元の下水の方がまだ上品だってもんだぜィ」
そう嘯くものの、なんだかんだとこの騒々しさを嫌いになれず、ぼんやりと眺めながら依頼の張り出された板の前へと足を向ける。
ちなみに今の時刻は昼過ぎてそこそこな時分で、まだ日も高いのだが、そんなことはお構い無しに酔っ払い共が飲めや歌えやと騒いでいる。
「ああ、嬢ちゃん、安いやつで結構だ、酒となんかツマミを頼むよ、こいつァ駄賃だ、取っといておくれよ」
「あ、ヴェルンダさん、わかりました、いつものですね」
「いつものって訳でもねぇんだがね?ま、その辺適当に頼むよ」
慣れた口調でウェイトレスに注文を取りつけ小銭を握らせてやり、改めて依頼を眺めていく。
どうも蛮族共がちょっかいをかけているのか、下級蛮族や獣の駆除依頼が目に付く。一匹で銅貨一枚程度の獲物が、どういう訳か二枚も貰える仕事である。ちょっとした小遣い稼ぎには都合がいいかもしれない。
もちろん、小物の他にもやれ草が欲しいやれ石が欲しいとよくもまあ無くならないなと思うほど、板にはびっしりと依頼書が貼られている。
隣を見れば、同じように仕事を探す厳しい男が受付の女を捕まえて依頼内容を読み上げさせており、じっくりと受ける仕事を吟味している。
さて、どうしたものか。
わざわざ持ってきてくれた酒と少し上等な干し肉を手に考える。
雑魚狩りで小遣い稼ぎもいい、草むしりで少しくらいギルドの覚えを良くするのもいいだろう。石を掘れば、今持ってるナイフをもうちょっと上等なものにできるかもしれない。
ちびりちびりと干し肉を食みながら酒をやり、気づけば手の内の肉が、粗末な器の酒がなくなるほどに考えても仕事は決まらなかった。
「こりゃ今日も決めきれなかったね。ま、焦るこたァないさね。ドブネズミは大人しく下水に戻るとしやしょうか」
器をカウンターに置き、失礼しましたとゆったり酒場を後にしようとしたところ、ふいに肩を叩かれ、声をかけられた。
「おい、ドブネズミ。お前さんに仕事だぜ」
「あん?おィらにかい?珍しいこともあるもんだねェ。っとと、悪いね声をかけてもらって、ありがとよ。ま、なんだ、こいつで一杯引っ掛けなぁ」
「お、悪ぃな、有難く頂いとくぜ。カウンターに行きゃジャード嬢ちゃんが待ってるからすぐわかるぜ」
「わかったよ」
気の利く同業者に気を良くしつつ、何事かねと思考を巡らす。もっともカウンターまでは20歩もかからない距離である。考えなどまとまるはずもなく目的の受付嬢を見つけそこへ向かう。
見れば、しっかりと装備を整えた同業者と思しき三人の男女が話をしている。断りを入れつつ、受付嬢に挨拶を交わし、三人にも会釈をしておく。
「お呼び立てして申し訳ありません、ヴェルンダさん」
「なぁに、構わないって。おィらも興が乗らずに仕事を受けずに帰っちまうところでしたからね。それで、こちらの御三方が、おィらを呼ぶ理由で?」
「はい、本日声をおかけ致しましたのは、こちらのパーティ、【魔銀の刃】から、ヌアの森の案内をつけて欲しいとの事でして」
「あァ、あそこかい。ありゃ確かに、案内が必要だねェ」
そう言って森のことを考える。森なんて可愛らしい呼び方だが、あそこはれっきとした魔境である。規模は大きな森程度だが、実際はダンジョンやらと同じで見た目以上に広く深い。『魔銀級の魔境』としては例外的に、一般人でも浅いところなら潜れるし、そもそも制限も設けられてはいないが、深いところはそれなり以上に危険である。
「しかしまた、この時期にヌアの森に行きたいって言うのはどういう訳か、聞かせてもらえやすかねェ?」
「もちろんだ、ここからは俺達が話そう。ああ、先程簡単に紹介されたが、『魔銀級』パーティ【魔銀の刃】だ。俺はリーダーのダルシオ、こっちの魔法使いがエリア、弓使いがアシュリーだ」
「エリアです、よろしくね」
「……よろしく」
ダルシオと名乗る少々厳つい顔のこの男は剣士のようで、がっしりとした体に所々鉄で補強された革鎧を着込み、オーソドックスな長剣を持っている。まあ目立った特徴はないが、経験者特有の凄みは感じるので、実力は有るのだろう。
魔術師然とした装いのエリアはそのまま魔術師で、短い杖を持ちつつ、腰に分厚い本もくくっており、複数の魔術を操るのだろうと見て取れる。愛嬌のある顔でニコニコとこっちを見てくるのは少々面映ゆい。
最後に軽装のアシュリー。弓使いとの事で、長弓を背負っている。愛想が良くないのか、はたまたドブネズミの装いが気に食わないのか、終始睨んでおり、どうもやりにくさを覚えてしまう。もっとも、見てくれが良いせいか、不躾な視線も飛んでおり、不愉快そうな雰囲気がありありと見て取れる。
「おっと、こりゃァ丁寧にどうも。おィらのこたァドブネズミとでも呼んで貰えりゃァ結構ですぜ」
「ヴェルンダさん、名前くらい面倒がらずに名乗ってください。それから階級や職業についても」
「その辺は済ましてくれてるだろうに……。へいへ、ではでは……おィらはヴェロニカ・ダーリ。苗字持ちだが勝手に付けた名ですから深い意味もお偉方ってわけでもございやせん。ジャード嬢ちゃんのいうヴェルンダとも、ヴェロニカともお好きに呼んでくださいまし。くらいは銀級で、斥候や盗人と呼ばれる職をしておりやすが、前で得物を振るうことも出来やす」
「では、ヴェルンダと呼ばせてくれ。斥候職はうちのパーティには居ないから助かる。さて、早速だが、案内の理由は、まあ俺達がまだこの辺に来て日が浅いからって言うのと、あの森で採れるっていう弓の材料に適した木材が欲しいからだ」
「ああ、ガジグの木。なるほどそいつァ案内が必要だ」
ガジグという木は、軽く、それでいて良くしなり、粘りも強く、狩人達が1人前になったならこの木で弓を作るとまで言われるほどポピュラーな素材である。もちろん、多少値が張るが。ヌアの森でも少し奥まったところに群生しており、闇雲に進むだけではたどり着くのは難しい位置にある。
「今年は木材を仕入れる所が別の木材に目をつけてしまったせいで入荷がなくてな。せっかくなら依頼をこなしつつ素材も集められないかと思ってな」
「そういやァ西で高値で売れる木材が取れると騒いでやしたねェ。そいつァ時期の悪いこって。ま、話はわかりやしたぜ」
受けてもいいだろう。多少報酬が安かろうが、あの森はドブネズミにとっては、少々広すぎる庭と変わらない。それくらいにはあの森については知っている。案内程度ならばいくらでもしてやっていいだろう。
「報酬に関してだが、そこの受け付けから、アンタほどあの森の案内として適当な人物は居ないとまで言われたからな。どうだろう、滞在三日で、一日あたり銀貨一枚と銅貨五枚を考えている。これは案内と、パーティを臨時で組んでもらい、その上で受ける依頼料とは別口で渡す分だ」
破格、とまでは行かなくとも、足元を見るような金額ではない。相場にいくらか上乗せしたと見ていいだろう。三日で銀貨三枚に銅貨十五枚は高過ぎず安過ぎず、いい塩梅である。
「案内の料金はそれで構いやせんぜ。それで、旦那方の受けるっていう依頼は何か教えて貰えやすかね?」
「ああ、オーク肉を持ってきて欲しいって依頼だ。銀や金級が受ける依頼だが、手慣らしも兼ねてな。依頼料もそこそこだし、余った分はこっちで手をつけれるし、何よりオーク肉は美味いからな」
「そいつァ……なるほど、確かに手慣らしにゃぁもってこいですねェ、ってことは、道中いくらか出会うであろうのも?」
「そうだな、どうも数が出てきているからか一匹あたりの値が倍だ。小銭程度だが馬鹿にはならんだろう」
オーク肉、詰まるところは猪や豚の頭をした醜い蛮族である醜豚頭鬼の肉のことで、銀級の冒険者がこいつを狩れて一人前と言われる冒険者の指標にも使われるポピュラーな魔物だ。
普通の豚肉より少々高いが、味がよく脂も乗って美味い。そんなことでは狩り尽くされるのではないかといえば、繁殖力が強いのと、一定数を超えた群れは一気に危険度も跳ね上がり、銀や金程度の冒険者では手が出せないほど厄介な存在となる。
もちろん、味が良いので少しはとっておけという考えもない訳では無いのだろうが、とにかく、殺しきるほど手を回せないのが実情である。王種が出れば魔銀級でも下手を打てば命はないほどである。
そして、道中出会うというのは、醜豚頭鬼のお零れにあやかろうとするさらに下級の蛮族や獣のことである。
一般的なところでいえば醜小鬼や狼で、ちょっと厄介なところでいえば犬頭鬼などの、弱いが数だけはいる蛮族や獣が主となるだろう。もっとも、その弱さを舐めきった結果、足元を救われる冒険者が後を絶たないが。
「よくわかりやしたぜ。オーク肉の件はそっちが都合つけて報酬を回してくれりゃァ構いやせん。出発の日時なんかはもうお決まりで?」
「ああ、明日は準備をしたいと思っているから、明後日の午前でどうだろう。八時から九時を目安でいいだろうか」
「わかりやした、ああ、できれば個々人で油を小瓶に持っておくといいですぜ。あそこはスライムも出やすから、すぐ火を付けれるようにしておくべきでさぁ」
「スライム?危ないのか?」
「ダンジョンの中なら松明なんかで焼きゃぁ済む話ですがね?とかくどっから出てくるかわかりゃしやせんで。油がありゃあ小さな火種ですぐ焼ける。松明掲げてうろつくにもあの森じゃ火に寄ってくる魔獣がわんさか居やがりますからね。着火の魔法程度なら皆様方使えるでしょう?」
「なるほどな。ああ、わかった、用意しておこう。着火も問題なく使える。助言に感謝する」
「良いって事ですよ。さて、仕事となりゃおィらも手を抜くわけにゃ行きやせん。こっちはこっちでいくらか準備をしておきやすんで、ここは一旦別れやす。明後日の八時から九時、ギルドの前に集合ってことで」
「わかった、よろしく頼む」
しっかりと握手を交わし、ジャード嬢立会いの下、契約を交わし、臨時パーティーの参加手続きも済ませ、ギルドを後にする。
「さて、得物の用意に道具の準備。可能な限り軽装で行きやすかね。獣避けに魔物避けも要りやしょう。やれやれ、馬車を借りる訳にも行きやせんからねェ。ここは少し骨を折りやしょうか」
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それはこの美しく清廉で、残酷でいておぞましい御伽噺の世界の中でも慈しみ育む人外者達や異世界の人間が芽依を育て守ってくれる。
お互いの常識や考えを擦り合わせ歩み寄り、等価交換を基盤とした世界の中で、優しさを育てて自分の居場所作りに励む。
全ては幸せな気持ちで大好きなお酒を飲む為であり、素敵な酒のつまみを開発する日々を送るためだ。
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