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 ストーリーはついに、冒頭部分まで遡る。

 王宮主催新年度のパーティーは、フェナス王太子と婚約者である公爵令嬢エイプリル・カコクセナイトの結婚発表かと思われていた。だが、現実は王太子側からの一方的な婚約破棄と魔女疑惑による裁判という最後通告だった。

「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」
「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」


 本来的な乙女ゲームのシナリオでは、ここでエイプリル・カコクセナイトはストーリーから退場する。乙女ゲームの主人公であり聖女でもある異母妹イミテにとって邪魔な存在である彼女は、その地位と信用を一気に失落させて酷い仕打ちを受けなくてはならない。
 だが、この異世界は乙女ゲームのシナリオでありながら、現代的な感覚を持つ現実の世界でもあった。

『フェナス王太子は、少しばかり心が病んでいるのではないか? 異母妹に乗り換えたいのであれば、大人しく裏でこっそり取引して上手く婚約破棄をすればいいのに』

 突然、大勢の人達が見守る前で……それも海外からの来賓が多く見ている中で、新しい女に乗り換えるために古い女を吊し上げて棄てる行為は国の恥も同然。

 悪役令嬢が登場する乙女ゲームの中で断罪や魔女裁判が当たり前のように行われているのは、おそらく中世ヨーロッパの魔女狩りが最も流行っていた文化を取り入れたシナリオだからだろう。
 その辺りの事情が、中世ヨーロッパモデルで展開する乙女ゲームの攻略本を鵜呑みにしてしまった影武者の彼には、まったく理解出来ていないようだった。

『本当……なんていうか、フェナス王太子って昔は普通の男の子だったのに。途中から、ちょっと時代遅れな感覚を見せるようになったわよね。まるで、中世の悪い教会の人達のような』
『ああ、免罪符を売りつけたり、魔女狩りして喜んだり。今どきは聖職者だってもっと理性的に、けど真面目にやってるんだから、時代錯誤もいい加減にしてほしいよな』

 王権至上主義と教会の権力が真っ只中の中世ヨーロッパ的な世界観であれば、話は別だろうが……この異世界は文明が発達している上に、魔女狩り文化は廃れている。
 揉め事があった場合の比喩表現的な意味で、魔女裁判などの用語が使われる程度だ。彼を時代錯誤と揶揄する者もいたが、まさに影武者として古い習慣を異様なまでに守り抜いた特殊な性格がこう言う時に反映してしまう。

『エイプリル嬢が言うには、フェナス王太子側も何かしら嘘をついているんだろう。彼には隠された秘密があるんじゃない?』

 この時点で、フェナス王太子の信用はこれまでに無いくらい堕ちているのだが、当の本人はまだ気づいていないようだった。

 そして、幕引きのために本物のフェナス王太子が登場し、実は本当の王太子では無いことをバラしてしまう。エイプリルを連行するはずが、逆に自分達が地下牢へと連行されて不満を叫ぶ影武者と異母妹イミテ。

「いやぁっ離してっ。こんなはずじゃあ……なんでっどうしてなのっ」
「お前ら、酷い目に遭うぞっ。どうなっているか分かっているのか」
「話は、イミテ嬢の魔女裁判で聴くことにします。さあ、大人しくしたほうが身のためですよ」

 もちろん、乙女ゲームのシナリオのような酷い魔女裁判ではなく、現代的な話し合いの場を設けるだけだが。イミテも影武者も本当にギロチンなどの処刑台にあげられると勘違いしたのか、次第に大人しくなっていった。


 * * *


 事件の鍵を握るエイプリル嬢に事情を聴いたのち、イミテの魔女裁判が行われた。

「な、なんだ。魔女裁判っていうからもっと残酷な処刑とかあるんだと思ってたけど、ごく普通の小さな話し合いじゃない」
「キミはまだ未成年だし、影武者を使っていろいろしていたのは国の責任だからね。それに、影武者君も……いや本名はゴシェナイト君か。ゴシェナイト君だって、本来ならば王族だったはずだ。同情の余地はあるし、王族を騙っていたわけではないからね」
「ゴシェナイト、彼の本名……ゴシェナイトっていうの? こんな形じゃなくて、ちゃんと本人から聴きたかったな」

 意外な形で恋人の本当の名を知ることになり、イミテは心底ガッカリしたようだった。肩を落として泣きながら、それ以降の質問には大人しく『はい、間違いありません』としか答えなかった。
 聖女に選ばれた影響で、かなり図に乗っていたのは事実だが、影武者であるゴシェナイトに恋をしていたのは本当のようだ。


 結局、影武者ゴシェナイトは複雑な事情を考慮して……辺境ではあるが貴族として生きて行くことを許された。恋人であるイミテは、彼について行く形で公爵家からも、都会からも去り、辺境で人生をやり直すことになった。

 いわゆる聖女追放エンドというものである。

 だが、この物語の真の主人公はあくまでも公爵令嬢エイプリルだ。まだ、少しだけストーリーは続いてしまう……実は嘘はもう一つだけ隠されているのだから。
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