ループ五回目の伯爵令嬢は『ざまぁ』される前に追放されたい

星里有乃

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干渉縞が生じるループ

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 王宮地下で発見された女神の肖像画に驚いたのも束の間、本来の目的である花嫁衣装の試着をしなくてはいけない。王族関係者のみが入室できる衣装部屋へと移動して、メイド長や仕立て屋とともに準備をする。

「まぁヒメリア様! よくお似合いで」

 ヒメリアに合わせて縫われた純白の花嫁衣装は、彼女の品の良さと清らかさを見事に現していた。

「本当に……式では髪を結い上げてしまいますが、今のハーフアップではあの肖像画そのものですわね」
「やはりヒメリア様は、この国の王妃になるために産まれて来た方!」
「もう……褒めすぎよ。けど、こんな美しいドレスを用意してもらえるなんて。私は幸せ者ね」

 姿見に映るヒメリアは、やはりあの肖像画に酷似していて、ヒメリア自身も自分が自分でないような気すらしてしまう。

「こんなに美しいのですから、クルスペーラ王太子様にもお見せしなくてはっ。きっとお慶びになりますよ」

 王宮の使用人が試着が済んだことを隣の部屋で待機していたクルスペーラ王太子に知らせにいくと、今か今かと待ち侘びていたのか、すぐにドアを開けて駆け寄って来た。

「おぉっ。想像以上の美しさだよヒメリア。素晴らしいっ! やはりキミは女神そのものだっ」
「王太子様まで、女神様扱い? 確かにあの肖像画は私に似ているけど、あんまり褒められすぎるとバチが当たりそうで怖いわ。相手は神様ですもの」

 誰がどう見てもヒメリアに似過ぎている肖像画だが、その相手は人間ではなく神である。あまりにも同一視されすぎると、近いうちに天罰が下るのではないかとヒメリアは不安になり否定する。
 だが、クルスペーラ王太子の答えはもっと意外なものだった。

「……そんなことないよ。実は……本当にキミは、人では無いのかも知れないんだよ。あの肖像画の女神様は、現在のペリメーラ島の女神様ではなくて、それ以前の先代の女神様なんだ。肖像画と一緒に保管されていた書物の古い伝承によるとによると、網元の男に嫁いだらしい」
「えっ……網元って、まさか私のご先祖様?」


 * * *


 さて、古い女神の肖像画がヒメリアに酷似しているのには秘密があった。


 かつてペリメーラ島が干渉島と呼ばれていた頃、この土地の女神は人間と交流を深められるほどに近しい存在だった。祭りの日には人間とともに宴を愉しみ、新鮮な魚介類の料理と歌と踊りに酔いしれる。

『いやぁ女神様がいると、宴の席が賑やかになっていいなぁ』
『ふふっ。いつも島のみんなには、漁業や農業で働いてもらっているのだもの。たまには私の方からもおもてなしをしないと』

 清らかでありながらおおらかな女神、だが近すぎる人間との距離が過ちをまねく。

 宴が終わってからしばらく経ったある日、奉納品を届けに来た漁師の若い男が彼女の運命を変える。


『女神様、オレは女神様に心底惚れてしまったんだ……! 憧れなんかとっくの昔に超えてしまっている。ずっとずっと、貴女のことが好きだった。身の丈に合わないと馬鹿にされてもいいっ。どうしても貴女のことが諦められないっ。オレの子を産んでほしい!』

 宴の席では少し離れた席で女神のことを見つめていた若い男だが、気持ちは女神に対して人一倍大きく、本気で恋仲になりたいと願っていたようだ。

 思い返せば彼はいつでも熱っぽい視線を何年も送り続けていたと、ふと女神は気がついた。初めて出会った時はまだ子供であった彼を相手にもしていなかったが、今では立派な大人だ。
 そして、女神が変わらぬ生活を続けていくうちに、彼は年老いて死ぬであろうことも女神は知っていた。

 
『……私、貴方とは同じ時間を生きられないのよ。産まれてくる子供だってどうなるか……それでもいいの?』
『それでも、オレは女神様のことが好きだっ! 女神様、女神さまぁ……!』

 奉納部屋の奥にある女神の私室には他に誰もおらず、どのように過ごすかは二人次第だった。女神の華奢な身体をギュッと抱きしめて若い男が迫ると、女神もまた若い男の背中を抱き返していた。嬉しさのあまり震える彼の焦茶色の髪を優しく撫でると、そっと耳元で囁く。

『ヒメリーナ、私の名前……ヒメリーナよ。女神様ではなくて、ヒメリーナと呼んでちょうだい』
『嗚呼っ! ヒメリーナ! オレを、オレを受け入れてくれっ!』


 神とはいえ女神もただのオンナ、若く瑞々しい男に迫られて嫌とはいえず、ついに関係を持つ。

 人間の子を孕んだ女神は徐々に神力を失い、土地の人々に加護を与えるチカラを失っていった。逆に、女神と関係を持ち、彼女の加護を直に得た若者は島で大出世し網元となった。

 その頃にはヒメリーナが女神であったことを覚えている者も少なくなり、『女神役を引き受けていた巫女の一族のヒメリーナという女性』という設定が定着していく。

 だが、島流しに遭い新たに島民となった赤毛の魔女達だけは、ヒメリーナが本物の女神であることに気づいていた。

「ヒメリーナ、貴女……本当は人間ではなく女神様なんでしょう? ねぇ、貴女の加護で赤毛の魔女の一族を救って欲しいの」
「分かったわ。次に産まれてくる予定の大陸の子にフィオリーナという名を授けなさい。次の子も次の子も……加護が続くように。フィオは白という意味、潔白を証明するの。私の加護を忘れないで」


 女神は残りのチカラを赤毛の魔女達に授けたが、大陸でフィオリーナと名付けられた赤ん坊以外の魔女は、女神の加護を受けることが出来ずに結局殺されてしまった。
 真実を知ることがないまま先祖達の意思を引き継いだ赤毛の魔女フィオリーナは、女神が守ってくれなかったことを恨むようになる。


「女神様の嘘つき。女神様の魂は今どこにいるの……私がやらなきゃ。歴代の魔女の恨み、断罪された初代女王の哀しみ……女神様の生まれ変わりは……何処?」


 * * *


 コンコンコン!

 クルスペーラ王太子がこの島の最初の女神ヒメリーナについて語っていると、試着室のドアをノックする音が響く。関係者以外立ち入れない区域だが、万が一のことも考えて王宮の使用人がドアを開けて確認をする。

「はい、どちら様ですか?」
「私です。どうしても、ヒメリアの花嫁衣装を見てみたくて……」
「あ、貴女は……!」

 ドアの向こう側に立っていたのは、数ヶ月前に花嫁候補から外されて療養しているはずのフィオナだった。
 そして、そのか弱いはずの手には、廊下に飾られている騎士の鎧飾りから拝借した斧が握られていた。
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