上 下
55 / 72
干渉縞が生じるループ

05

しおりを挟む

 クルスペーラ王太子の花嫁は、島の人々の予想を覆して伯爵令嬢ヒメリア・ルーインに決定した。誰もがレオナルド公爵に見初められたヒメリアを手放し、中央大陸側からやって来たフィオナを花嫁にすると思っていたにも関わらず……クルスペーラ王太子は意地を見せた。

『我がペリメライド国は中央大陸の植民地ではない! だから安心して欲しい。私は予定通りヒメリア・ルーインを次期王妃に迎え、このペリメライド国を今よりも繁栄させてみせる!』

 高らかに掲げられたのは中央大陸側には主導権を握らせない、ペリメライド国は独立した国であるという意思宣言。婚約発表の場になった王宮主催の夜会は、久しぶりにペリメライド国が植民地扱いではない独立国だという誇りを認識させるものとなった。

 未だ現実を認識できずにいる当事者のヒメリアをよそに、夜会参加の貴族達が社交ダンスを愉しんでいる様子が目の前で流れていく。

「ヒメリア、今夜の主役がダンスに参加しないのもどうかと思うよ。一曲、踊ってくれないか?」

 もうすぐ自分の夫になるクルスペーラ王太子が、優しくヒメリアの手を取りダンスに誘う。最初は戸惑ったがそっと差し伸べられた手を取ると、そのまま引き寄せられるように抱きしめられた。
 ヒメリアの淡い水色のドレスは清楚ではあるが胸元がやや大きく開いていて、不可抗力でクルスペーラ王太子に豊満な胸を直に押し当てる形となってしまう。

(嫁入り前なのに、こんな大胆に抱きしめられるなんて。それとも婚約したから、もう正式にクルスペーラ王太子のものということなのかしら?)

 クルスペーラ王太子の腕の中で頬を赤らめて思うように動けないヒメリア。その頭を軽く撫でると、クルスペーラ王太子はいつかヒメリアが幼い頃に見た優しいお兄さんだった頃の眼差しで微笑んだ。

「クルスペーラ王太子……」
「さっ……みんなが待っている。行こう」

 金色の髪を揺らして妻になる女性をエスコートするクルスペーラ王太子は、国民が求めていた理想の次期国王だった。長年、中央大陸に支配されているという感覚がコンプレックスになっていた国民にとって、威風堂々とした今の王太子は頼れる存在だ。

「ところで……フィオナはやっぱり欠席なのかしら。あの子、王妃になれなかったら居場所がないって、いつも不安そうだったから心配で」
「優しいんだね、ヒメリアは。フィオナなら、魔術師達が一番安全な場所で匿うと言って、今朝方連れて行ったよ。だから、大丈夫」
「一番安全な場所……?」

 ダンスをしながらもう一人の花嫁候補であったフィオナの行末を案じるヒメリアは、既に次期王妃の自覚が出てきているように感じられた。今回の花嫁選びの決め手は大陸の支配から逃れることだったが、結果として心優しいヒメリアを選ぶことが出来て良かったとクルスペーラ王太子は安堵する。

 夜会が終わり正式な婚約の儀式に向けて忙しくなると、【最も安全な場所で匿われている】というフィオナの安否を、ヒメリアもクルスペーラ王太子も気にしなくなっていった。彼女は無事だと、二人揃って勘違いしながら。


 * * *


「おいっ赤毛の魔女。今日の飯だ。とっとと食えよ」
「うぅ……」

 フィオナが【最も安全な場所】即ち、王宮地下牢獄に囚われて一ヶ月が経とうとしていた。粗末な食べ物が一日一回配給されるのみで、みるみるフィオナは痩せていった。

「ヒメリアもクルスペーラ王太子も、私に会いに来ない。当たり前か……次期国王様と王妃様が、魔女になんか会いにくるはずないわよね。せっかく、公爵様が助け舟を出してくれたのに何度タイムリープしても私の運命は変わらないんだわ」

 投獄されたばかりの頃は、泣き喚いて牢から出して欲しいと懇願していたが、最近は涙も枯れてしまい大人しくなっている。
 前回のタイムリープも、魔女疑惑の果てに大釜に茹でられて断罪されるという悲劇の終わりを迎えたはずだ。自らの運命を悲観して、今日も愚痴を独り言のように溢しているとふと背後から気配を感じとる。


『そう……なら、運命を変えて仕舞えば良いじゃない。所詮貴女は赤毛の魔女でしょう? 何故、その魔力を解き放たないの』

 心地よい落ち着いた大人の女性の声が聴こえてきて、いよいよ幻聴かと思い後ろを振り向く。すると確かに、フィオナによく似た赤毛の美女が優しく寂しそうに微笑んでいた。

「貴女は誰……その赤毛、貴女も魔女なの」
『ええ。遥か昔、この島で断罪された魔女の亡霊よ。私も生前は魔女の運命に抗って、中途半端な魔力のせいで断罪されたわ。きっと、悪い魔女になってしまうのが怖かったのね』

 遥か昔に断罪されたとされる噂の魔女の正体は、不自然な形で歴史から姿を消した初代王妃ではないかと以前から囁かれていた。
 だが、彼女が初代王妃の霊魂だという確信はない。歴史に残っていないだけで、それより以前に断罪された魔女がいるのかも知れない。

「私も、チカラを解放したら、運命を変えられるのかしら。ううん、私……本当はもっと昔に一度前の心を封じて悪い魔女になる儀式をしているはずなんだわ。それなのに、結局断罪されてしまう」
『なら、目一杯チカラを解放してみたらいいんじゃないかしら? この島はね、建国するずっと前は中央大陸の人間にとって、島流しの場所だったの。魔女が殺されて、生き残りたい裏切り者の魔導師達は大陸の言いなりになった。だからこの島を守る女神様が、島を封じてそれ以上大陸とつながらないように民を守った』

 ペリメライド国建国以前の昔話は、謎多き鎖国の理由を垣間見た気がしてフィオナは妙に納得した。

「島流し……そんな話、初めて聞いたわ。けど、古い歴史と照らし合わせても辻褄が合うわね。そっか……この島は、ずっとずっと以前から穢れていたんだ」

 この島への愛着や未練が、フィオナの中から完全に消えていく。気がつけば、フィオナの心にあった善良な部分は完全に封印されて、憎しみと悲哀だけが彼女の中に残った。

 ――桁違いの魔力と引き換えに、フィオナはついに本物の赤毛の魔女となったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

だから、私を追放したら国が大変なことになるって言いましたよね? 今さら戻るつもりはありませんよ?

木嶋隆太
恋愛
私はこの国の聖女。聖女の仕事は、国に発生する危機を未然に防ぐ仕事があった。でも、どうやら城にいた王子を筆頭に、みんなは私が何もしていない『無能者』だと決めつけられてしまう。そして、呼び出された私は、その日婚約者だった王子に婚約を破棄され、城から追放されてしまった! 元々大変な仕事で、自由のなかった私は、それならばと喜んで受け入れる。私が追放されてすぐに国の危機が迫っていたけど、もう私は聖女じゃないし関係ないよね? これからは、自由にのんびり、好きなことをして生きていこうと思います!

私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右
恋愛
 クレアの婚約者であるルインは、彼女の妹と不自然なほどに仲が良かった。  疑いを持ったクレアが彼の部屋を訪れると、二人の逢瀬の現場を目撃する。だが彼は「平民の血を引く貴様のことが嫌いだった!」と居直った上に、婚約の破棄を宣言する。  絶望するクレアに、救いの手を差し伸べたのは、ギルフォード公爵だった。彼はクレアを溺愛しており、不義理を働いたルインを許せないと報復を誓う。  一方のルインは、後に彼女が王族だと知る。妹を捨ててでも、なんとか復縁しようと縋るが、後悔してももう遅い。クレアはその要求を冷たく跳ねのけるのだった。  本物語は平民の子だと誤解されて婚約破棄された令嬢が、公爵に溺愛され、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

処理中です...