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干渉縞が生じるループ
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しおりを挟むクルスペーラ王太子の花嫁は、島の人々の予想を覆して伯爵令嬢ヒメリア・ルーインに決定した。誰もがレオナルド公爵に見初められたヒメリアを手放し、中央大陸側からやって来たフィオナを花嫁にすると思っていたにも関わらず……クルスペーラ王太子は意地を見せた。
『我がペリメライド国は中央大陸の植民地ではない! だから安心して欲しい。私は予定通りヒメリア・ルーインを次期王妃に迎え、このペリメライド国を今よりも繁栄させてみせる!』
高らかに掲げられたのは中央大陸側には主導権を握らせない、ペリメライド国は独立した国であるという意思宣言。婚約発表の場になった王宮主催の夜会は、久しぶりにペリメライド国が植民地扱いではない独立国だという誇りを認識させるものとなった。
未だ現実を認識できずにいる当事者のヒメリアをよそに、夜会参加の貴族達が社交ダンスを愉しんでいる様子が目の前で流れていく。
「ヒメリア、今夜の主役がダンスに参加しないのもどうかと思うよ。一曲、踊ってくれないか?」
もうすぐ自分の夫になるクルスペーラ王太子が、優しくヒメリアの手を取りダンスに誘う。最初は戸惑ったがそっと差し伸べられた手を取ると、そのまま引き寄せられるように抱きしめられた。
ヒメリアの淡い水色のドレスは清楚ではあるが胸元がやや大きく開いていて、不可抗力でクルスペーラ王太子に豊満な胸を直に押し当てる形となってしまう。
(嫁入り前なのに、こんな大胆に抱きしめられるなんて。それとも婚約したから、もう正式にクルスペーラ王太子のものということなのかしら?)
クルスペーラ王太子の腕の中で頬を赤らめて思うように動けないヒメリア。その頭を軽く撫でると、クルスペーラ王太子はいつかヒメリアが幼い頃に見た優しいお兄さんだった頃の眼差しで微笑んだ。
「クルスペーラ王太子……」
「さっ……みんなが待っている。行こう」
金色の髪を揺らして妻になる女性をエスコートするクルスペーラ王太子は、国民が求めていた理想の次期国王だった。長年、中央大陸に支配されているという感覚がコンプレックスになっていた国民にとって、威風堂々とした今の王太子は頼れる存在だ。
「ところで……フィオナはやっぱり欠席なのかしら。あの子、王妃になれなかったら居場所がないって、いつも不安そうだったから心配で」
「優しいんだね、ヒメリアは。フィオナなら、魔術師達が一番安全な場所で匿うと言って、今朝方連れて行ったよ。だから、大丈夫」
「一番安全な場所……?」
ダンスをしながらもう一人の花嫁候補であったフィオナの行末を案じるヒメリアは、既に次期王妃の自覚が出てきているように感じられた。今回の花嫁選びの決め手は大陸の支配から逃れることだったが、結果として心優しいヒメリアを選ぶことが出来て良かったとクルスペーラ王太子は安堵する。
夜会が終わり正式な婚約の儀式に向けて忙しくなると、【最も安全な場所で匿われている】というフィオナの安否を、ヒメリアもクルスペーラ王太子も気にしなくなっていった。彼女は無事だと、二人揃って勘違いしながら。
* * *
「おいっ赤毛の魔女。今日の飯だ。とっとと食えよ」
「うぅ……」
フィオナが【最も安全な場所】即ち、王宮地下牢獄に囚われて一ヶ月が経とうとしていた。粗末な食べ物が一日一回配給されるのみで、みるみるフィオナは痩せていった。
「ヒメリアもクルスペーラ王太子も、私に会いに来ない。当たり前か……次期国王様と王妃様が、魔女になんか会いにくるはずないわよね。せっかく、公爵様が助け舟を出してくれたのに何度タイムリープしても私の運命は変わらないんだわ」
投獄されたばかりの頃は、泣き喚いて牢から出して欲しいと懇願していたが、最近は涙も枯れてしまい大人しくなっている。
前回のタイムリープも、魔女疑惑の果てに大釜に茹でられて断罪されるという悲劇の終わりを迎えたはずだ。自らの運命を悲観して、今日も愚痴を独り言のように溢しているとふと背後から気配を感じとる。
『そう……なら、運命を変えて仕舞えば良いじゃない。所詮貴女は赤毛の魔女でしょう? 何故、その魔力を解き放たないの』
心地よい落ち着いた大人の女性の声が聴こえてきて、いよいよ幻聴かと思い後ろを振り向く。すると確かに、フィオナによく似た赤毛の美女が優しく寂しそうに微笑んでいた。
「貴女は誰……その赤毛、貴女も魔女なの」
『ええ。遥か昔、この島で断罪された魔女の亡霊よ。私も生前は魔女の運命に抗って、中途半端な魔力のせいで断罪されたわ。きっと、悪い魔女になってしまうのが怖かったのね』
遥か昔に断罪されたとされる噂の魔女の正体は、不自然な形で歴史から姿を消した初代王妃ではないかと以前から囁かれていた。
だが、彼女が初代王妃の霊魂だという確信はない。歴史に残っていないだけで、それより以前に断罪された魔女がいるのかも知れない。
「私も、チカラを解放したら、運命を変えられるのかしら。ううん、私……本当はもっと昔に一度前の心を封じて悪い魔女になる儀式をしているはずなんだわ。それなのに、結局断罪されてしまう」
『なら、目一杯チカラを解放してみたらいいんじゃないかしら? この島はね、建国するずっと前は中央大陸の人間にとって、島流しの場所だったの。魔女が殺されて、生き残りたい裏切り者の魔導師達は大陸の言いなりになった。だからこの島を守る女神様が、島を封じてそれ以上大陸とつながらないように民を守った』
ペリメライド国建国以前の昔話は、謎多き鎖国の理由を垣間見た気がしてフィオナは妙に納得した。
「島流し……そんな話、初めて聞いたわ。けど、古い歴史と照らし合わせても辻褄が合うわね。そっか……この島は、ずっとずっと以前から穢れていたんだ」
この島への愛着や未練が、フィオナの中から完全に消えていく。気がつけば、フィオナの心にあった善良な部分は完全に封印されて、憎しみと悲哀だけが彼女の中に残った。
――桁違いの魔力と引き換えに、フィオナはついに本物の赤毛の魔女となったのだ。
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