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干渉縞が生じるループ

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 マダム達のお茶会は、優雅なひと時を過ごしながら品よく交流を深めるのが一般的。だが、たわいもない世間話のみでは、退屈してしまうのが人間の悪いサガだ。
 特に近頃では一級品の茶やパティシエの作った菓子にも劣らぬ、お茶請けに相応しい【噂話】が現れた。

『聞きました? クルスペーラ王太子の花嫁候補のヒメリア嬢の噂。実は、中央大陸から婚姻の申込みがあったとかで、そのうち島を出られるそうよ』
『と、なると……自動的に、クルスペーラ王太子の花嫁候補はフィオナ嬢だけになるわね。大陸側からすれば、自国のご令嬢を島の王妃にしつつ、この島の網元の子孫であるヒメリア嬢のパイプも作れる。一石二鳥と言ったところかしら』
『まぁ、今となってはクルスペーラ王太子の花嫁候補も二人だけになってしまったし。双方が納得のいく形で、折り合いをつけさせるおつもりなのでしょう』

 人の口に戸は立てられない、とはよく言ったもの。ヒメリアが中央大陸のレオナルド公爵から求婚されたことは、上流階級内で一番注目される話題となっていた。

『けれど……気がつけば、すっかり中央大陸の思うツボね。観光客の中には、この島は植民地だったんですよね……なんてわざとらしく訊いてくる人もいるらしいわよ』
『……嫌味なんでしょうけど、仕方がないわ。だってこの島を経済的に手助けしていたのは、はるか昔から中央大陸の公爵家なんですもの。島の女神様への信仰を捨てた罰のように、大陸に自然と支配されているのは宿命だと……子供の頃から言い聞かせされてきたじゃない』
『まさか、私達の世代でこんなことになるとは思わなかったけど。このままの流れが続くと……クルスペーラ王太子が王様になる頃は、すっかりお飾りの王様になってしまいそうで不安だわ』
『顔が美しいだけのお人形……と言ったところね。お可哀想に……』

 将来を期待されていた若き王太子クルスペーラだったが、最近では結婚話の主導権まで大陸に奪われたと民から徐々に失望されていく。
 もはや、この島は独立した国家ではなく、有体に言えば中央大陸の植民地のようなものだと。そのように昔から云われていたのだから、失望が島民の心に浸透するのに時間は掛からなかった。

 そしてその噂話は、クルスペーラ王太子のプライドを、深く……深く、大きな傷をつけていった。


 * * *


「なんだっこの記事は! 誰も彼も、皆オレのことを馬鹿にしやがって! チキショウッ」
「クルスペーラ王太子様、落ち着いて下さい。よくある誹謗中傷の記事ですわ」
「えぇいっ。煩いっ! お前達も部屋から出て行けっ」

 ついに、有名人のゴシップを取り扱う新聞などでも、ペリメライドの王族は中央大陸に実権を握られたという内容の記事が掲載されるようになる。頼んでもいないのに、わざわざご丁寧に王宮まで届けられたその記事を読んだクルスペーラ王太子が、憤慨するのも無理はない。
 宥めるメイドや執事を自室から追い出して、ゴシップ新聞を床に投げつけると自らの身体もキングサイズのベッドに放り投げた。

 一方、部屋から締め出されたメイドや執事は、どのようにしてクルスペーラ王太子のご機嫌を取ろうかと相談していた。


「どうしましょう? クルスペーラ王太子様、ここのところずっと機嫌が悪くて。このままでは、公務にも支障が出るのではないかしら」
「婚姻まであと一年というところで、とんだ噂が出るようになりましたな。ゴシップ記事なら花嫁候補の中の令嬢の一人を娼婦のように扱っていた頃の方が相応しかったのに」
「……カシス嬢のことですね。あの方は一応、クルスペーラ王太子とは縁戚ですし。結婚の可能性もありましたから……。今となっては行方知れずですが」

 振り返るとここに至るまでも、様々なトラブルに見舞われていたと使用人達は頭を抱える。クルスペーラ王太子が好き勝手やっていても、これまでは口止め料などでゴシップ記事にならずに済んでいた……というだけのことだ。今回は、憶測記事であるため新聞社の独断で、記事が出てしまっただけで。

 レオナルド公爵からすれば上手い助け舟を出したつもりが、世間はそうは見なかったということだろう。大陸側と島との間に積もり積もった因縁が、ここにきて噴出し始めたと言っても良い。

 事態を重く受け止めて、内情をよく知る者達で緊急会議が開かれる。

「……貿易や観光が順調になってきた我が国への嫉妬、でしょうか? 今更、植民地の噂が出るなんて」
「ふむ。だが、この国が魔女狩りの代償をいずれ払わなければならないのも事実。中央大陸からやってきたペリメライド国初代王女のフィオリーナ様の名を歴史から消した罪。彼女を断罪した民達の子孫……つまり我々が受ける罰が迫ってきているのやも知れません」
「初代王女フィオリーナ様は、この島が一体どうなっていくのがお望みだったのか。それさえ分かれば、この島にかけられた呪いが解けるというのに……」

 ガタガタ! ゴトン!

 呪いの話題はタブーなのか、ただの自然現象か。雨風の影響で外からの物音が王宮会議室にも聞こえてきて、会議はそこで打ち切られた。

 気がつけば王宮の外は既に暴風が吹き荒れていて、今後もよからぬことが起こることを予感させてしまう。
 誰もが話題の中心はあくまでもレオナルド公爵やクルスペーラ王太子で、花嫁候補であるヒメリアとフィオナは蚊帳の外だと考えていた。

 クルスペーラ王太子が大陸の言いなりになるのを嫌がり、ヒメリアを花嫁として手離さないと宣言するまでは。
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