上 下
46 / 72
波乱のループ二周目

09

しおりを挟む

 レイチェルはすっかり悪魔に取り憑かれてしまったカシスを見送ることすらせずに、彼女が出てしばらくしてから部屋を退室することに。
 カシスとレイチェルの口論の声は、廊下の方まで聞こえていたらしく、博物館職員達が心配そうな目で見つめていた。ヒソヒソと相談したのちに、職員の一人が今日の話し合いについて聞いてきた。

「レイチェルさん、随分と大変だったみたいですが大丈夫でしたか。最近のカシス嬢は横柄が行き過ぎてて目に余りますね。酷いようなら、博物館から出入り禁止にした方がよろしいかと」
「それが宝石管理連盟の偉い人達はみんなカシスを気に入っているらしくて。偉い人達の中でカシスへの熱が醒めるまであんまり関わりたくないわ。といっても、近いうちに幻のダイヤモンドを回収するつもりみたいだけど」
「えぇっ? 特別展示の予定は、まだまだ先までありますよ。いくらなんでもあんまりだ。このままではバルティーヤ家に島ごと支配されてしまう」

 せっかく好評だった幻のダイヤモンド特別展示会も、バルティーヤ家の介入により途中で中止になることになりそうである。職員はガッカリした様子で、すぐに他の職員に愚痴を言い始めていた。

(結局、宝石管理連盟はバルティーヤ家の御令嬢の言いなりだったのね。なら、どうして我が博物館に一時的な管理を任せたのよ。かえって険悪になっちゃったじゃない!)

 博物館の閉館時間が過ぎて、レイチェルは日課となっている特別展示室の掃除を行う。幻のダイヤモンドは相変わらず美しく輝いていたが、いずれカシスのものになるかと思うと、以前のような愛着は湧かなくなっていた。

「そういえば、最近は南国蚕の道具の様子を見に行ってないわね。職員に任せっきりじゃ良くないし、たまには私が掃除と確認をしようかしら」

 気持ちを切り替えるために、この博物館のもう一つのメインである南国蚕の歴史コーナーへと移動する。
 すると、既に関係者以外は人がいなくなっているはずの館内に、赤毛の美しい女性の姿があった。赤毛の女性は緩やかな巻髪が色っぽく、顔立ちは少女がそのまま大人になったように愛らしい。黒のワンピースはスリット入りのミニスカートだが、不思議といやらしさはなくスタイルの良さが際立っていた。シルバーのハイヒールもそつなく履きこなして、洗練された大人の女性といった雰囲気だ。

(すごく綺麗な人……あんな綺麗な人がいたら目立ってしょうがないのに、初めて見かけるけど。観光客かしら、何処かの国の有名人とか? 今日のカシスと割合近しいファッションなのに、品が滲み出ててカシスとの格の違いや差を感じるわ)

「あの、お客様。閉館時間が過ぎておりますので、申し訳ございませんがそろそろ……」
「あら、もうそんな時間なの。南国蚕の糸車が懐かしくてつい見入ってしまったの。ごめんなさいね……昔、この糸車で絹糸を作った時のことを思い出してつい」

 彼女の言うこの糸車というのが、果たして糸車の機種を指すのか、それとも文字通り展示されている糸車を使っていたと言う意味なのか。曖昧で、レイチェルは正解をはかり兼ねた。普通の感覚で考えれば、昔から展示されている糸車を使っていた人が生きているはずはないのだが。

「いえ、私が糸車などの確認作業をしますので。その間は見学していていいですよ、思い出の品のようですから」
「まぁ! ありがとう。じゃあ、後でお礼をしなきゃいけないわね。貴女の未来を占うなんて言うのはどうかしら? もちろん、お礼だから無料よ」
「えぇっ? 占いですか。なら、お言葉に甘えてお願いしようかな」

 まさかお礼に占いをするなんて言われるとは夢にも思っていなかったレイチェルだが、今日のカシスとのトラブルを振り返ると、占いのひとつやふたつ頼んだ方がいいだろう。


 * * *


 いろいろあったが片付けや掃除は滞りなく終わり、レイチェルは赤毛の美女と共に博物館を出る。

「占いっていうと、カフェとかレストランとかを借りて?」
「知り合いが喫茶店で占いコーナーを開いていて、そこの応援で一時的にこの島にやって来たの。私の営業は明日からなんだけど、今日はプレ占いね」
「ふふっ何だかラッキーです。私はレイチェルって言いますけど、占い師さんのお名前は……」
「本名をもじって占い師ネームはリーナよ、赤毛の魔女リーナって呼んでね」

 ニコッと微笑まれてその美しさにレイチェルは息を呑むが、赤毛の魔女という愛称は少しばかり気になるものだった。

(赤毛の魔女、か。まるで、御伽噺に出てくる赤毛の魔女みたい。けど、この島はそういう伝説があるから、宣伝のためにこの人をわざわざゲストに呼んだんだろうな)


 自分で自分を納得させて、レイチェルはリーナに未来を占ってもらうことになった。予期せぬ結果が待ち受けてるとも知らずに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~

上下左右
恋愛
 クレアの婚約者であるルインは、彼女の妹と不自然なほどに仲が良かった。  疑いを持ったクレアが彼の部屋を訪れると、二人の逢瀬の現場を目撃する。だが彼は「平民の血を引く貴様のことが嫌いだった!」と居直った上に、婚約の破棄を宣言する。  絶望するクレアに、救いの手を差し伸べたのは、ギルフォード公爵だった。彼はクレアを溺愛しており、不義理を働いたルインを許せないと報復を誓う。  一方のルインは、後に彼女が王族だと知る。妹を捨ててでも、なんとか復縁しようと縋るが、後悔してももう遅い。クレアはその要求を冷たく跳ねのけるのだった。  本物語は平民の子だと誤解されて婚約破棄された令嬢が、公爵に溺愛され、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である

【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら

冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。 アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。 国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。 ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。 エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

処理中です...