45 / 72
波乱のループ二周目
08
しおりを挟む「レイチェルが今日、うちの博物館に来る? どうして、まさかあのダイヤモンドの展示で何か」
「はい。何でも、ダイヤモンドの管理について話したいことがあるから、是非お会いしたいと」
「私じゃなきゃダメ? 今はカシスに会いたくないし、揉めでもしたら……」
拗れた仲を修復するかのように、カシス嬢からレイチェルの博物館宛てに打診があった。わざわざ高級な菓子折りを片手に、仕事の話という名目で博物館を訪れたのだ。同じ花嫁候補会に所属する者同士ということで、カシスの話を聞くのはレイチェルの役割になった。
「それが、既に博物館でカシスさんを待たせている状態でして。失礼にならないように、館内の関係者室にお通ししたのですが」
「いきなり、やって来たっていうの? 呆れたわ。まったく横暴なんだから」
「流石に次期王妃になるかも知れない人物を、帰らせることも出来ませんし。けれど、花嫁候補会所属者で対等の立場であるレイチェル様なら、カシスさんの相手が出来るのではないかと。申し訳ありませんが、今回ばかりはお願いします……」
他の博物館職員はこの家のものではないし、何よりも面倒ごとに巻き込まれたくないから、レイチェルにすべて任せてしまったと考えた方が良いだろう。
* * *
今日のカシスはまだ10代とは思えないような派手な風貌で、職業は娼婦と言われても誰も疑わないだろう。
エナメルの輝く赤いハイヒール、過剰に胸元が開いた大きな花柄のワンピース、もちろん丈はミニのスリット付きで下着が見えそうなくらいだった。赤茶色の髪は巻髪だが巻き方がかなり荒く、メイクはケバいばかりでお世辞にも品が良いとはいえない。
大陸から仕入れた高級ブランドのショルダーバッグをこれみよがしに見せつけているが、おそらくレイチェルに自慢するためだけのアイテムであることは察しがついた。
(なんて下品なのかしら、花嫁候補会のメンバーは常に品よくと注意されているのに)
対するレイチェルは、ネイビーブルーの清楚なワンピースで靴はローヒールのシンプルなもの。メイクもナチュラルで、敢えてカシスよりも派手な部分といえば誰もが羨む天然の金髪くらいだろう。レイチェルはどんなに地味な風貌にしても、生まれつきの金髪のお陰で華やかさを失わずに済んでいた。
その代わり、人並みに派手にすると典型的な金髪女の差別を受けやすく、極力清楚を心掛けるようになっていた。
カシスが持参した高級洋菓子をお茶請けに、ミルクティーを飲みながら話し合いがスタートする。
「幻のダイヤモンドのこと、いろいろと疑ってごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、もっと見栄えがする様に加工してあげるわ」
「えっ? けど、このダイヤモンドはうちの博物館が大陸の宝石連盟から預かっているわけで、貴女の家に一時期でも預けるわけには……」
「その宝石連盟のお偉いさんが、是非バルティーヤ家で加工をと仰っているの。ほら、ここに推薦状だってあるわ」
これ見よがしに推薦状を見せつけるカシスからは、どうしても幻のダイヤモンドを奪還したいという意思が感じられた。話し合いとは上辺だけで、実際は命令調のカシスにレイチェルは心底呆れかえってしまう。
(少しは反省して謝りに来たのかと思ったけれど、とんだ思い違いだったわ。結局、私のことなんかただの子分か奴隷くらいにしか思っていないのね)
「……正式に宝石を預かっているのは、私ではなくお父様なの。この推薦状はお父様に渡しておくわ。とにかく、すぐに幻のダイヤモンドを渡すことは不可能だし、今日はこの辺で……」
「ふぅん。まぁここの不手際で輸送の最中に、ダイヤモンドを奪われそうになったくらいだし。多少は準備期間をあげてもいいでしょう。せいぜい、次はとちらないようにしてちょうだいな」
密輸入業者に幻のダイヤモンドを奪われかけた原因は、カシスの家ではなくレイチェルの家にあると遠回しに言い始めた。おそらく今回、宝石連盟から推薦状を書いてもらえた理由は、博物館側に落ち度があったとカシスが主張したからだろう。
「……貴女、最低な女ね。普通そこまで、侮辱する? 私の家の者がダイヤモンドを取り返さなければ、今頃バルティーヤ家は断絶していたわよ? カシス、貴女クルスペーラ王太子の夜伽の相手に選ばれてから頭がおかしいわ」
ついに、レイチェルは今日まで心の奥底に隠していた本音を本人に告げることにした。まるでカシスは悪い王妃の霊魂に取り憑かれているかの如く、異常に人を見下すようになった。
「頭がおかしい? おかしいのは、私と対等なつもりでいるアンタの方でしょ、レイチェル! 私はね、次の王妃様なの。格下の田舎貴族のアンタなんかとこうやってお茶を飲んであげてるだけでも、感謝して頂きたいわ。格が違うのよ、格がっ!」
頭を下げに来たのかと思いきや、最終的には格が違うとまで言い始めて、完全にレイチェルを低い人間扱いしている。ここまでイカれていると、話にならないとレイチェルは会話を打ち切って、この場からの退室を願う。
「……帰って、今すぐにここから出て行って! 帰れっ!」
「キャハハハハッ! 女のヒステリーって醜くて面白~いっ。まぁせいぜい幻のダイヤモンドとあと短い期間で想い出づくりでもすることねっ」
修復するどころか、さらに仲が悪くなった二人。けれど、彼女達は自分達のどちらも花嫁になれないなんて、夢にも思わないのであった。
0
お気に入りに追加
925
あなたにおすすめの小説
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
私が王女だと婚約者は知らない ~平民の子供だと勘違いして妹を選んでももう遅い。私は公爵様に溺愛されます~
上下左右
恋愛
クレアの婚約者であるルインは、彼女の妹と不自然なほどに仲が良かった。
疑いを持ったクレアが彼の部屋を訪れると、二人の逢瀬の現場を目撃する。だが彼は「平民の血を引く貴様のことが嫌いだった!」と居直った上に、婚約の破棄を宣言する。
絶望するクレアに、救いの手を差し伸べたのは、ギルフォード公爵だった。彼はクレアを溺愛しており、不義理を働いたルインを許せないと報復を誓う。
一方のルインは、後に彼女が王族だと知る。妹を捨ててでも、なんとか復縁しようと縋るが、後悔してももう遅い。クレアはその要求を冷たく跳ねのけるのだった。
本物語は平民の子だと誤解されて婚約破棄された令嬢が、公爵に溺愛され、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。
本当の聖女は私です〜偽物聖女の結婚式のどさくさに紛れて逃げようと思います〜
桜町琴音
恋愛
「見て、マーガレット様とアーサー王太子様よ」
歓声が上がる。
今日はこの国の聖女と王太子の結婚式だ。
私はどさくさに紛れてこの国から去る。
本当の聖女が私だということは誰も知らない。
元々、父と妹が始めたことだった。
私の祖母が聖女だった。その能力を一番受け継いだ私が時期聖女候補だった。
家のもの以外は知らなかった。
しかし、父が「身長もデカく、気の強そうな顔のお前より小さく、可憐なマーガレットの方が聖女に向いている。お前はマーガレットの後ろに隠れ、聖力を使う時その能力を使え。分かったな。」
「そういうことなの。よろしくね。私の為にしっかり働いてね。お姉様。」
私は教会の柱の影に隠れ、マーガレットがタンタンと床を踏んだら、私は聖力を使うという生活をしていた。
そして、マーガレットは戦で傷を負った皇太子の傷を癒やした。
マーガレットに惚れ込んだ王太子は求婚をし結ばれた。
現在、結婚パレードの最中だ。
この後、二人はお城で式を挙げる。
逃げるなら今だ。
※間違えて皇太子って書いていましたが王太子です。
すみません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる