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波乱のループ二周目

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「レイチェルが今日、うちの博物館に来る? どうして、まさかあのダイヤモンドの展示で何か」
「はい。何でも、ダイヤモンドの管理について話したいことがあるから、是非お会いしたいと」
「私じゃなきゃダメ? 今はカシスに会いたくないし、揉めでもしたら……」

 拗れた仲を修復するかのように、カシス嬢からレイチェルの博物館宛てに打診があった。わざわざ高級な菓子折りを片手に、仕事の話という名目で博物館を訪れたのだ。同じ花嫁候補会に所属する者同士ということで、カシスの話を聞くのはレイチェルの役割になった。

「それが、既に博物館でカシスさんを待たせている状態でして。失礼にならないように、館内の関係者室にお通ししたのですが」
「いきなり、やって来たっていうの? 呆れたわ。まったく横暴なんだから」
「流石に次期王妃になるかも知れない人物を、帰らせることも出来ませんし。けれど、花嫁候補会所属者で対等の立場であるレイチェル様なら、カシスさんの相手が出来るのではないかと。申し訳ありませんが、今回ばかりはお願いします……」

 他の博物館職員はこの家のものではないし、何よりも面倒ごとに巻き込まれたくないから、レイチェルにすべて任せてしまったと考えた方が良いだろう。


 * * *


 今日のカシスはまだ10代とは思えないような派手な風貌で、職業は娼婦と言われても誰も疑わないだろう。
 エナメルの輝く赤いハイヒール、過剰に胸元が開いた大きな花柄のワンピース、もちろん丈はミニのスリット付きで下着が見えそうなくらいだった。赤茶色の髪は巻髪だが巻き方がかなり荒く、メイクはケバいばかりでお世辞にも品が良いとはいえない。
 大陸から仕入れた高級ブランドのショルダーバッグをこれみよがしに見せつけているが、おそらくレイチェルに自慢するためだけのアイテムであることは察しがついた。

(なんて下品なのかしら、花嫁候補会のメンバーは常に品よくと注意されているのに)

 対するレイチェルは、ネイビーブルーの清楚なワンピースで靴はローヒールのシンプルなもの。メイクもナチュラルで、敢えてカシスよりも派手な部分といえば誰もが羨む天然の金髪くらいだろう。レイチェルはどんなに地味な風貌にしても、生まれつきの金髪のお陰で華やかさを失わずに済んでいた。
 その代わり、人並みに派手にすると典型的な金髪女の差別を受けやすく、極力清楚を心掛けるようになっていた。

 カシスが持参した高級洋菓子をお茶請けに、ミルクティーを飲みながら話し合いがスタートする。


「幻のダイヤモンドのこと、いろいろと疑ってごめんね。お詫びと言ってはなんだけど、もっと見栄えがする様に加工してあげるわ」
「えっ? けど、このダイヤモンドはうちの博物館が大陸の宝石連盟から預かっているわけで、貴女の家に一時期でも預けるわけには……」
「その宝石連盟のお偉いさんが、是非バルティーヤ家で加工をと仰っているの。ほら、ここに推薦状だってあるわ」

 これ見よがしに推薦状を見せつけるカシスからは、どうしても幻のダイヤモンドを奪還したいという意思が感じられた。話し合いとは上辺だけで、実際は命令調のカシスにレイチェルは心底呆れかえってしまう。

(少しは反省して謝りに来たのかと思ったけれど、とんだ思い違いだったわ。結局、私のことなんかただの子分か奴隷くらいにしか思っていないのね)

「……正式に宝石を預かっているのは、私ではなくお父様なの。この推薦状はお父様に渡しておくわ。とにかく、すぐに幻のダイヤモンドを渡すことは不可能だし、今日はこの辺で……」
「ふぅん。まぁここの不手際で輸送の最中に、ダイヤモンドを奪われそうになったくらいだし。多少は準備期間をあげてもいいでしょう。せいぜい、次はとちらないようにしてちょうだいな」

 密輸入業者に幻のダイヤモンドを奪われかけた原因は、カシスの家ではなくレイチェルの家にあると遠回しに言い始めた。おそらく今回、宝石連盟から推薦状を書いてもらえた理由は、博物館側に落ち度があったとカシスが主張したからだろう。

「……貴女、最低な女ね。普通そこまで、侮辱する? 私の家の者がダイヤモンドを取り返さなければ、今頃バルティーヤ家は断絶していたわよ? カシス、貴女クルスペーラ王太子の夜伽の相手に選ばれてから頭がおかしいわ」

 ついに、レイチェルは今日まで心の奥底に隠していた本音を本人に告げることにした。まるでカシスは悪い王妃の霊魂に取り憑かれているかの如く、異常に人を見下すようになった。

「頭がおかしい? おかしいのは、私と対等なつもりでいるアンタの方でしょ、レイチェル! 私はね、次の王妃様なの。格下の田舎貴族のアンタなんかとこうやってお茶を飲んであげてるだけでも、感謝して頂きたいわ。格が違うのよ、格がっ!」

 頭を下げに来たのかと思いきや、最終的には格が違うとまで言い始めて、完全にレイチェルを低い人間扱いしている。ここまでイカれていると、話にならないとレイチェルは会話を打ち切って、この場からの退室を願う。

「……帰って、今すぐにここから出て行って! 帰れっ!」
「キャハハハハッ! 女のヒステリーって醜くて面白~いっ。まぁせいぜい幻のダイヤモンドとあと短い期間で想い出づくりでもすることねっ」

 修復するどころか、さらに仲が悪くなった二人。けれど、彼女達は自分達のどちらも花嫁になれないなんて、夢にも思わないのであった。
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