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初めてのループ

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 自分は魔女であるという自覚が出てしまったフィオの肉体に、悪い変化が見られるようになった。これまでは見当たらなかったはずの紋様が、手の甲に突然浮かび上がってきたのである。

(なんだろう、この黒い渦みたいな痕は。やっぱり魔女の血を引いているから、こうやって呪いみたいなものが出来るのかな)

 血統としては魔女から引き継いだ魔力を持つものの、幼い頃に母親と死に別れたため魔術的な知識の浅いフィオ。仕方なく、下宿先の魔導師夫婦に手の紋様を見せて相談することにした。

「おっフィオちゃん、だいぶ調子はいいか」
「おや、おはようフィオちゃん。シリアルとミルクを用意したから、先に顔洗っておいで」

 朝食の支度を終えて、今からフィオを起こしに行くところだった魔導師のおばさんが、無事に起きて来たフィオに先に洗顔をしてくるように促す。

「おはようございます、おじさん、おばさん。実は、手の甲に出る紋様のことで訊きたいのだけど。やっぱり、私に流れ魔女の血がこれを作ったのかな」
「手の甲に出る紋様? はて、そういうものは魔女とか魔女じゃ無いとかそういう由来とは違うと思うぞ」
「そうねぇ。例えば、眷属と契約した時に魔法陣をタトゥーとして刻んだとか、恋人の名を忘れないように刻んだとか。紋様っていうのは、そういうのが一般的だねぇ。どれ、見せてごらん」

 おそるおそる、おばさんがフィオの手の甲を確認すると、まるで魔術の術式のように複雑に紋様が描かれていた。器用な彫り師にでも依頼しなければ、とてもじゃ無いが描けないような素晴らしい紋様に思わず息を呑む。

「どう? 何か分かりそうですか」
「……これは、フィオちゃんが彫り師に依頼することなんか出来ないし。かと言って、こんな目立つ場所に王宮関係者が寝てる隙に掘ることもないだろうし」
「もしかすると、前世の紋様ってやつじゃ無いのか。ほら、因果が近くなると一時的に浮き上がってくるっていう」

 前世と聞いて、腹の中の不思議なモヤモヤが解消されて、フィオの潜在意識が腑に落ちた。

「前世、前世の紋様……うん。きっとそうだわ」
「そうか、腑に落ちたのならきっとそれが当たりだな。しかし、あんまりいい因果じゃ無さそうだ。さて、どうするべきか。フィオちゃんは、このまま前世の記憶を取り戻して偉大な魔女になりたいかい? それとも、このままおじさん達と家族として平凡な魔導師になりたいかい」

 流石はプロの魔導師というべきか、一見普通の優しげな中年夫婦に見えても、中身は魔術の知識で溢れている。幾つか思いつく知識の中から、それらしきものを当てて見せた。

 本来はフィオが魔女として完全に目覚めたら、儀式のために王宮の関係者にフィオを引き渡さなくてはならない。だが子供のいない寂しい夫婦にとって、フィオは養子のようなものになっていた。王太子の花嫁にならなくてもいいから、自分達と同じ平凡な魔導師として静かに暮らして欲しかった。
 しかし、儀式を行えばフィオの自我は消えてもしくは分離して、非存在の魔女の集合体をこの世に現すための犠牲となるだろう。

「……私、お母さんが死んで哀しかったから。おじさんとおばさんと家族になれるなら、そのままがいいな」
「うんうん、分かったわ。おばさんが持っている紋様隠しのアミュレットをフィオちゃんにあげるから、その魔法でしばらく耐えてちょうだい。数年経てば花嫁候補の勉強も終わって、解放されるだろう」

 そう言っておばさんは自室から魔法の小箱を取り出して、紋様が浮かび上がって来た方のフィオの腕にミサンガを括り付けてくれた。すると、魔法が効いたのかフィオの手の甲に浮かんでいた紋様が綺麗に消えた。

「良かった。これで、悪い魔女さんにならないで済む」

 おじさんもおばさんも、もちろんフィオ自身も……決して手の甲の紋様のことは口外しなかった。フィオの心の闇が浮かび上がると、おばさんはまるで本当のお母さんのようにフィオを抱きしめてくれた。おじさんは、外で肉体労働や行商の仕事をして懸命に働き、フィオを普通の子供のように育てようとした。

 だが、王宮暗部の目からは逃れることは出来ない。
 フィオを引き渡さなかった優しいおじさんとおばさんは、反逆者と見做され……ある日の朝……何者かに殺された。

 行くところの無くなったフィオを王宮が正式に引き取り、やがて儀式が遂行される日がやって来た。
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