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初めてのループ
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しおりを挟む「おめでとう、ヒメリア! 実はね……今日、王宮から正式に連絡があって、クルスペーラ王太子の花嫁候補の一人に選ばれたのよ」
伯爵令嬢ヒメリア・ルーインの奇妙な因縁の始まりは、ペリメライド王国の王太子クルスペーラの花嫁候補に選ばれた瞬間から始まると言っても過言ではない。まだ、七歳だった頃のヒメリアからすれば、【花嫁候補】という単語自体よく分からないものだった。
「はははっ。先祖が網元としてこの島に貢献し、王国設立の際に伯爵となってから随分と経つが。ようやくヒメリアの代で、我がルーイン家は本当の伯爵家として認められたということだ。さて、王宮のお茶会は一週間後……頑張ってきなさい」
何故、単純に【花嫁】ではなく【花嫁候補】なのかといえば、他にも複数人の花嫁候補者がいるからなのだが。それでもルーイン家にとっては、家を挙げてお祝いをするような出来事なのだと、幼いヒメリアにも察しはついた。
「お父様、お母様、来週は王宮に行くの?」
「ああ、そうとも! まぁ、王宮の要望でワシらは別室で話し合いだから、他のお嬢さん達とお茶会に出席するのはヒメリアと爺や、それにメイドだが。まぁ大丈夫だろう……おいでヒメリア」
だが王太子の花嫁とはイコール次期王妃であるということに気付くのは、ヒメリアが他の候補者と顔合わせをしてからである。まさか自身が、この島の次の王妃になるかも知れないことに気付かぬまま、ヒメリアは周囲の人々に流されていく。
父に連れられて一階の居間から二階の自室に移動する際に、ふと階段付近に飾られた海の絵画とボトルシップが目に入る。
「この海の絵と瓶の中の船、何か意味があるのかしら?」
「ふむ、ヒメリアは我が家の歴史についてあまりよく知らないのだったな。良い機会だから、ルーイン家のルーツについて教えておこう。実はこのボトルシップは、ペリメーラ村がペリメライド国に生まれ変わるきっかけとなった船がモデルなんだ。しかも、その船の持ち主こそが我がご先祖様の網元だ」
足を止めたヒメリアに、父は自慢げにかつてルーイン家が網元だったことを語り始めた。
「網元って……偉いの?」
「この島の漁業一帯を仕切っていたのが網元で、その家こそがルーイン家のルーツ。ある日、大陸の公爵様を難破した船から助けて以来、漁業だけでなく貿易にも手を広げて、今のビジネスの基本になっている。しかも、公爵様がペリメライド国を作る支援をしてくださったんだ。だから、いずれ我が家から王太子様に嫁ぐ者が出てきてもおかしくは無い」
「ご先祖様って、船で色んなところに出掛けていたんだね。いいな……大陸ってどんなところ何だろう」
ヒメリアの興味が大陸に移り始めてしまい、父親は焦って娘を二階へと連れていく。グイグイと腕を引っ張られて、ヒメリアは大人しくついて行くしかない。この時の父の行動は、今は島に残留する意志を持って貰わなくては困るのだという気持ちの表れだと、ヒメリアは後から気づいた。
* * *
花柄模様の壁紙が印象的なヒメリアの部屋では、既に爺やとメイド長がお茶会に着ていく衣装のカタログを手に話し合いをしていた。天蓋付きのベッドにクマのぬいぐるみという定番の御令嬢の部屋だが、いつの間にか見慣れない大きな全身ミラーがプラスされていた。容姿を磨くという意味での花嫁修行に、チカラを入れるつもりのようだ。
「おおっ! 爺やも、十年後にはヒメリアお嬢様の美しい花嫁姿を見れるやも知れぬと思うと、長生きせねばと改めて決心しましたぞ。まずはヒメリア様のお茶会のドレスを選ばなくては」
「あぁ……私のメイド人生かけての一世一代の大勝負ですわね。もともと天使のように可愛らしいヒメリアお嬢様が、他の誰よりも美しいのだと王宮関係者の目に分かるよう全力を尽くしますわっ!」
「ちょうど、ルーイン家所有の船が大陸から到着した時刻です。商人にヒメリアお嬢様に似合う一等のものを用意させましょう」
まだ確定していない次期王妃候補の一人に娘が選ばれただけでも、ヒメリアの両親、それに爺やとメイド長は上機嫌だ。皆、一週間後に向けてヒメリアに一番似合うドレスやアクセサリーなどを、商人から買い付けるべく大忙し。
「うぅ……お洋服だけじゃなくて、髪や靴も変えるのね」
「当たり前でございますっ。ヒメリア様の栗色の髪が一層映えるように巻き髪にいたしましょう」
「靴はデザインをもっと小洒落て……歩きやすく!」
(これじゃあ、お茶会に行く前に疲れちゃう……)
さらには人気の髪結や靴職人も呼んで、ヒメリアにとっては着せ替え人形の如く大変な一週間となった。
まだ七歳のヒメリアの顔色に、疲労の色が見えたとしても。それでもなお、王太子の花嫁にするために、無理なお洒落をさせようとする大人達。ヒメリアが両親や周囲の人々に違和感を覚えたのも、この頃からである。
『嗚呼、こんな辛い毎日が大人になるまで続くなら……いつかあのボトルシップのような船で、大陸へと逃げ出したい』
ヒメリアの心の叫びは、遥か昔に忘れ去られた女神にしっかりと聞き届けられた。
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