ループ五回目の伯爵令嬢は『ざまぁ』される前に追放されたい

星里有乃

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前世の邂逅

02

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 立派な身なりの男と赤毛の少女がペリメーラ島に滞在する様になって1ヶ月が経ちました。男の正体は中央大陸の領主で、ペリメーラ島と自国の貿易ルートを作るために船旅をしていたと言います。

「お陰様ですっかり体調も良くなりました。貿易の準備はまたやり直しですが、こうして命を救われた御恩は一生忘れません。次に来る時は中央大陸自慢の酒や煙草を手土産に、改めてご挨拶に伺います」
「それは何より。思わぬアクシデントでしたが、貿易ルートがこのような形で拓けたのも運命かも知れませんな」
「ただ、一つだけ気掛かりなのが赤毛の少女のことなのです。彼女の縁者は船には乗っていないようですし、名前すら覚えていないとなると孤児院に連れて行くしかないのですが……」

 赤毛の少女は嵐の日に溺れた影響で記憶が曖昧になっており、どうやら身寄りがないようでした。領主の男は赤毛の少女を中央大陸に連れて帰るのを躊躇しているようです。

「はて、孤児院での暮らしは大変かも知れませんが。子供が一人でいるよりはずっとマシかと。他に何か問題が……?」
「我が中央大陸は魔女狩りの真っ最中でして、特に赤毛の少女は教会から魔女と見做されやすいのです。彼女が縁者もなしに船に乗船していたのも、誰かが中央大陸から逃すためかも知れません。彼女の生活にかかるお金は私が貿易の代金と一緒に賄いますから、よろしければ彼女をこの島で預かって頂けないでしょうか?」
「ふむ。教会の弾圧には、流石の領主様も手も足も出ないと……」

 ある日、ペリメーラ島の族長が島の者を代表して赤毛の少女が今後もこの島に留まる意思があるか、訊いてみることにしました。

「お嬢ちゃん、自分の名前すら覚えていないのかい?」
「ええ。初めてこの島に来た時は、ここが私のホームだってすごく安心したんだけど。よく考えてみるとパパの顔もママの顔も自分の名前も何も分からないの。どうしてだろう?」
「そうかい。しかし、1ヶ月も赤毛のお嬢ちゃんなんて呼ばれていたら、いつまでたってもこの島に馴染めないからねぇ。お嬢ちゃんの年齢じゃもう一度危険な船旅は難しいだろうし、どうだろう。これを機に、ペリメーラ島の民になってしまっては……名前もこの島に伝わる名前から一つ選ぼう」

 自分自身の情報すら持たない少女に深く詮索することは出来ず、そしてその過去の情報は要らないものではないかとその時、族長は思ったのです。縁あってペリメーラ島に辿り着いた赤毛の少女に、新たな人生を提案しました。

「えっ……いいの? 私、ここの島の子になってもいいの。やったぁ。名前はねぇ……可愛くて明るい名前がいいなぁ」
「ふむ。可愛くて明るい……か。では、ペリメーラ島に伝わる御伽噺から、フィオリーナという名はどうだろう?」
「フィオリーナ! それが私の名前なのねっ。えへへ……ありがとうっ。族長さんっ!」


 * * *


 赤毛の少女がフィオリーナと名付けられ、ペリメーラ島の住人になってから数年の歳月が経ちました。領主の命を救ったことがきっかけで中央大陸との貿易も安定し、ペリメーラ島は以前のような鎖国状態から脱したと言えるでしょう。ですが外の世界と交流を深めれば深めるほど、人々の中でかつての女神信仰は薄れていきます。

「ところで、そろそろ族長の息子のクルスさんも年頃だ。女神様のお告げによると、花嫁は網元の娘ヒメナが今後の繁栄に良いだろうとのこと。どうだろう? 次の新月の夜に婚姻を結ばせては?」
「それがねぇ……族長の息子さん、フィオリーナちゃんに夢中なのよ。あの子はうちの島にはいない珍しい赤毛だし、気立ても良くて南国蚕の面倒もよく見るし。お告げさえなきゃ二人を祝福したいのだけど」
「うーん。貿易も盛んになってきたし我々も古い習慣から抜け出して、若者に自由な未来を与えてみては?」

 島民達は若者達の意思を尊重し、女神のお告げにより結婚相手を決めることを辞めて、想い人と結婚させることにします。

 ――それはまるで、女神信仰というしがらみにより鎖国していた心を解き放つような大胆な決断でした。


『よかった。網元のお嬢さんヒメナがあのお方と結ばれたらと思ったら気が気じゃなかったけど、女神のお告げは私の魔法の前じゃ無力なんだわ』

 恋に狂い、人知れず網元の娘に死の呪いをかけようとした赤毛の少女フィオリーナでしたが、想い人が自分のものになると分かると元の純粋な少女の心を取り戻しました。フィオリーナが自分の内側に魔女が住んでいることに気付いたのはこの頃からです。
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