ループ五回目の伯爵令嬢は『ざまぁ』される前に追放されたい

星里有乃

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幕間 

降誕祭の夜に

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 ――聖夜の前日。
 とある修道院のシスター達は山間の廃城で裏の任務を遂行していた。祈りの魔力と信仰により魔を討伐すること、即ち悪魔祓いである。手には十字架型の杖を持ち、祈りのみならず攻撃魔法も多用して戦う。

「ヒメリア、そっちに大物が行ったわっ」
「任せてっ。忌まわしき悪魔よ、神の威光によりその姿を滅せよっ!」

 バシュッ!
『ぎぎゃああああっ!』
『違う、私は魔女じゃないぃいいいいっ』

 中央大陸の古城には非業の死を遂げた聖女の念や、魔女狩りの被害に遭った娘達の怨念が未だに渦巻いている。
 特に聖夜が近くなると救いの手を差し伸べてくれなかった神への怨みや憎しみの念で、それらが暴走し近隣の住人にまで影響を及ぼすこともしばしば。古城を根城にする怨念が、外部に出るのを防ぐため定期的に討伐作業を行っているのだ。

「可哀想に、きっとかつての魔女狩りの犠牲者だわ。セシル、二人で力を合わせてきちんと天に昇れるように祈りましょう」
「ええ、けどその前に……もう少し悪霊達を祓わないとねっ」

 バシュッ!


 最初は人数の少ないエクソシストの派遣が間に合わなかった場合の代打だったが、実力者揃いの修道女への信頼が高まり今では直接教会本部から司令が下ることが増えた。
 中でも、奇跡の甦りの島として名高い小国ペリメライドからやって来たヒメリア・ルーインことシスターマリアの聖なる力は群を抜いて高く、元諜報部員のセシル・ジャニスことシスター・セシリアとのコンビは教会本部者以上とも囁かれている。

「奇跡の甦りの島の聖女として貴女達の無念を全て浄化しましょう……お逝きなさいっ」

 ヒメリアが呪文を唱えると、光の柱と共に悪霊達は天に昇っていった。主人のいない古城は、再び静けさを取り戻している。

「……さてと、これでようやくクリスマスが出来るわね。ヒメリア」
「ふふっ。これからが大変よ、セシル。なんせ、育ち盛りの子供達の面倒を見なきゃいけないんだから」


 * * *


『おぉ、従順なる神の子羊達。救世主様が我々の元へと舞い降りたとされるこの日を祈りと共に祝いましょう! では、神に捧げる讃美歌を……』
『ハレルヤ、ハレルヤ。我が主よ、メシアよ、神の導きよ。悪魔から我々を守り給え』
『ハレルヤ、ハレルヤ。奇跡よ、メシアの奇跡を神の導きに。光と共に、アーメン』

 ――パイプオルガンの音色と老若男女の歌声が聖堂に響く。今宵は特別な清らかな日。

 神の御子が地上に生まれたことを祝う降誕祭は、世界の多くで親しまれているイベントの一つだ。救世主伝説を信じる者も普段は信仰と離れた暮らしをする者も、降誕祭の日は讃美の歌を唄い人形モチーフのジンジャークッキーを愉しむ。特に教会や修道院に仕える者にとっては、洗礼者以外と交流を深めるきっかけとなる重要な記念日である。

「さぁ讃美歌の時間の後は、お待ちかねの降誕祭の七面鳥パーティーよ! 孤児院のみんなも今日は神様からのプレゼントを是非受け取ってね。はい、いい子にしてたご褒美のジンジャークッキー」
『わぁい!』

 中央大陸のとある女子修道院でも一般参加者や孤児らと共に、歌や祈りによって神への理解を深めていた。

「シスターマリア。悪いけどおやつのジンジャークッキーを配るのが終わったら、談話室で聖書のお話し会を手伝ってくれないかしら? 思ったより多くの子供達が遊びに来たから、部屋を分けることになってね。読み聞かせ係のシスターが足りないのよ」
「分かりました! しばしお待ちを」

 昨夜の悪魔祓いの疲れもなんのその、修道女見習いの一人である【洗礼名マリア】こと【ヒメリア・ルーイン】も、今回の降誕祭の手伝いに大忙し。
 特に聖書のお話し会や孤児の世話などの小さい子供向けの活動は、教会の奉仕活動というより保母さんのような雰囲気で、神父よりもシスターが役割を引き受けていた。
 ヒメリアが指定された部屋に入ると、待機中の子供達の姿。暖炉の側で温まりながらもモミの木の飾り細工にちょっかいを出したり、笑い袋をぶんぶん振り回したりと随分と活発に遊んでいる。

(何ていうか、今夜の子供達はいつもより気分が高揚しているわね。元気なことは良いことだと思うけど)

「はぁい。みんな、メリークリスマスッ。今夜のお話し会を始めるわよ。さっいい子だから、座って頂戴」
「あっ。マリアお姉ちゃんだぁ。ねぇ、今日はマリアお姉ちゃんが聖書のお話し聴かせてくれるの? オレ、クジラのお腹に飲まれる話は飽きちゃったから、別のがいいなぁ」
「まぁ。そうなの? 今ここにあるお話し会用の聖書の本は……定番の【救世主様が生まれた夜のお話】、旧約聖書の【アダムとイヴの楽園追放】、そして飽きちゃったっていう【クジラのお腹に飲まれる話】……か」

 本来ならばもっと子供向けの本があるのだが、部屋を分けてお話し会を行うために本も各部屋に分散させてしまった。クジラのお腹に飲まれる話に飽きたということは、選択肢は救世主様誕生のお話しか、アダムとイヴのお話しになるわけだが。

「救世主様のお話しは神父様もさっきしてたし、何か別なのがいいな~」
「あたし、この間セシリアお姉ちゃんから教えてもらったんだけど、マリアお姉ちゃんって楽園ペリメライドからやって来たんだよね。どんなところ?」
「僕も楽園ペリメライドについて、知りたいっ。せっかくだし、今日はマリアお姉ちゃんの故郷のお話しを聴かせてよっ。だってペリメライドって本物の魔法が掛かった世界なんでしょ?」

 かつて、シスターマリアは【ヒメリア・ルーイン】として小国ペリメライドのお妃候補とされた伯爵令嬢だった。魔女の呪いによって何度もタイムリープを繰り返していたというその島は、中央大陸の子供達にとってはリアルな御伽の世界。

 けれど、伯爵令嬢ヒメリア・ルーインにとっては、断罪されるより早く追放されることを願った悲劇の楽園。そして、いつか再び向き合わなければならない因縁の楽園。

「そう……では、今宵はみんなのリクエストにお応えして。楽園ペリメライドに眠る赤い髪の魔女のお話しを……」
「わぁいっ」

 ほんの一瞬だけ、お話しを期待する子供達の姿が、例の魔女に取り憑かれた少女フィオの姿と重なる。

 ――運命の歯車は、再びヒメリア・ルーインを呼び起こそうとしていた。
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