追放令嬢は六月の花嫁として隣国公爵に溺愛される

星里有乃

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序章

青い蝶々の令嬢

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 六月の初旬。
 雨が降る街の中央広場では、髪や服が濡れるのも厭わず、号外記事の奪い合いだ。

『セリカ嬢が、羨ましい! 黒い髪、青い瞳。華やかな姿はまさに蝶のように麗しい。しかし、まさかあのメサイア王家に嫁ぐことになるとは!』

 西の都市アーカディアの公爵令嬢セリカは、六月に世界有数の富を誇るメサイア王家に嫁ぐ予定。メサイア王家はまだ再建して二十年の国家だが、旧帝国時代の正統な王族の血を引く権力者一族である。

 親世代の頃には、既に忘れ去られたかのように思われていた旧帝国の権力を蘇らせたのは、他でもない威光の神を祀る神殿だ。古い伝統と新しい国家という珍しいポジションのメサイア王家の次期国王に嫁ぐ幸運な女性として、公爵令嬢セリカへの関心は高まるばかり。

『西の都市は錬金術が非常に優れている。セリカ嬢のお母上は錬金術師で質の良い回復ポーションを作れるんだとか』
『幼い頃、流行病でセリカ嬢に命の危機が訪れたのを救ったのもお母上イリス様のお手製の錬金ポーションのおかげだろう』
『まるで賢者の石の伝説が蘇ったようだと、そのむかし話題になったもんだ!』

 だが、幸福な時間は長くは続かなかった。異世界より、聖女リカコが召喚されたのだ。最初の頃こそ低姿勢だったリカコだが、自らのドレスを作るために税金を流用するなど次第に本性を現していった。
 特に、次期王妃となるセリカへのライバル意識は人一倍で、常々セリカを闇に葬る策を講じていた。

「青い蝶々のようなご令嬢セリカ? きゃはは! 蝶々、大っ嫌いっ。世界で一番綺麗なのはリカコでしょっ。み~んな、標本にしてぶっ殺しちゃうもんっ」

 亜麻色の巻き髪をいじりながら、ブランデーを混ぜた紅茶でティータイムを愉しむのがリカコの日課。話題はいつも、セリカへの憎しみと悪趣味な冗談だ。

「さ。左様でございます。リカコ様の美しさに比べたら、蝶々なんか虫に過ぎません。それこそ、標本にでもなんでも」
「リカコ様こそ、我が王国に必要な人材です。セリカ嬢をどうにかしなければ」

 神殿に突然現れた聖女リカコをこの世の奇跡と崇める信者達は、どうにかしてセリカを花嫁の座から引きずり下ろし、聖女リカコを次期国王に嫁がせようと必死だ。

『帝国時代から伝わる予言書を調べてみよう! セリカとリカコ、名前も実はひと文字違いだ。もしかすると、何らかの手違いで真の花嫁は聖女リカコ様かも知れん!』
『いや、そうだ。そうに違いない! 絶対、そうであるべきだっ』

 次第に、次期国王であるアルテ王太子も聖女リカコに夢中になっていき、いよいよセリカの存在を疎ましく思うようになっていった。

「セリカさえいなければ、オレはこの国の国王どころか世界の覇者になれる! 聖女のチカラで全てを支配してやるんだ!」

 アルテ王太子は母親譲りの赤毛の前髪を揺らして、世界を手中に収めるべく野心を燃やし始めた。



 メサイア王家周辺では、セリカ嬢とアルテ王太子の母親同志の因縁が尋常ではないことが起因してここまで揉めているのではないかと話し合いが行われていた。


「やはり、因縁深い両家の和解は難しいか。セリカ嬢とアルテ王太子のお母上同士はかつては姉妹として育ったというのに」
「ラッセル国王は建国以前はソロレート婚の教義に習い、セリカのお母上のイリス様と夫婦同然だったという噂。上手くいかないのも無理はないか」
「そのお話しはただの噂話で、実際はイリス様は巡礼ばかりされていて。ハンナ様がお子を授かってすぐに、役割を終えたということで国を出ていかれたというのが真相だよ。ハンナ様が大人になるまで、悪い女が近づかぬよう家を守っていたのだとか」

 実は王家周辺の人間が知るこの情報は少しずつじ事実と異なり、建国に際して都合の良い情報をつぎはぎのように組み合わせたものである。
 いずれ、何者かの手によって真相が明かされるのは時間の問題だった。


 * * *


 そして、ついにその日はやって来た。
 セリカ嬢とアルテ王太子の婚約披露の夜会にて、セリカの母イリスとアルテ王太子の母ハンナとの確執を暴露する者が現れたのだ。

 聖女リカコが神殿の権力を用いて、隠されていた過去を歪めた内容で広め出したのである。

「聴いてくださいな、アルテ王太子様。セリカ様のお母上は実はアルテ王太子のお母上のことを恨んで、アルテ様を殺すために娘のセリカ様を嫁がせようとしてるんです!」

 シャンパンで乾杯をする直前、騒ぎ出したリカコに出席者は目を丸くする。興を削がれたという雰囲気だが、リカコの剣幕は止まらず、仕方なくセリカが応戦に入った。

「いい加減なこと言わないで! 私のお母様は、アルテ王太子が生まれた時に自分が錬金した宝石鉱石の細工をプレゼントしてるのよ。養子縁組が無くなって、姉妹ではなくなったから誤解している人が多いだけで。お母様同士は不仲ではないわ!」
「ふんっ。どうだか。確かにオレとセリカのお母様達は姉妹同然で育ったという割に、まともな会話をしているのを見たことがないな。せいぜい無言で会釈がやっとか、しかも遠巻きでな」

 姉妹同然で育ったという評判だった母親同士の確執。

「まさか、アーカディア公爵夫人とメサイア国王妃が不仲だったとは」
「てっきり、実の姉妹のように育てられていたから、本当の家族になるためにご令息とご令嬢を結婚させるものだとばかり。まさか、王太子の命を奪うためにセリカ嬢を?」
「しかし。セリカ様のお名前はイリス様の死に別れた双子の姉にあやかったと、資料に記載してありました。そんな大切なご令嬢を手駒として使うかどうか……」

 ざわつき始める夜会の場。せっかくの料理は覚めていき、酒をぐいっと一気に飲み干す者も。無言で、会場を後にする者まで現れ出した。

 そして、ついにアルテ王太子がセリカを冷酷な目で見下ろし。最後通告を宣言する。

「えぇいっ! オレは聖女リカコとの真実の愛に目覚めたのだっ。セリカとの婚約は破棄。我が国の滞在ビザも取り上げろっ。セリカ・アーカディア嬢、今日をもって我がメサイア国から追放だっ」
「捕えろ! セリカ嬢を国外へっ」
「きゃはは! 国外追放、おめでとう! けど、果たして標本の檻から逃げられるかなぁ? セリカさまぁ」


 あっという間に衛兵に捕まり、国境まで連行されるセリカを同情の目で見る者も多い。聖女リカコに至っては作戦勝ちと言わんばかりにケタケタ笑っている。

 だが、搬送中の馬車の中で前世の記憶を取り戻したセリカが、安堵の笑みを浮かべているのに気づいた者は殆どいない。

(ああ。良かった! 本当の秘密が、イリスお母様とハンナ王妃の本当の確執がバレなくて)

 生まれ変わる前の、青い蝶々だった頃からセリカを見守る月だけが、彼女が笑ったのに気づいていた。


 話はセリカが、イリスの娘として生まれ変わる数年前に遡る。

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