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第6章
第10話 彼女の救いの道
しおりを挟むヒストリアが鏡の向こうの住人と魔法契約を結ぶために部屋に篭ってしばらくが経った。アルサルは自分も立ち会うと心配していたが、ヒストリアは立ち会いを拒み、続き間となる部屋でアルサルを待機させた。
契約を受けるかどうか決める会議の時に、一度は喧嘩のような形になったアルサルとヒストリア。だが、いてもたってもいられなくなったアルサルの方から頭を下げて、すぐ側での待機を願い出たのだ。
その時のやり取りを思い出して、アルサルは深くため息を吐いた。
『なぁヒストリア、もう一度話を聞いてくれ。向こうは全部の情報を握っていて、ヒストリアは言いなりになるしかない。紗奈子もクルルも魂は向こう側に持って行かれてて、いわゆる人質状態だ。こう言っちゃ悪いが、向こうのお前が、善人とは限らない。だから、立ち会わなくてもいいからすぐに駆けつけられるように、オレを傍においてくれ』
『……アルサル。うん、そうだね。僕も本当は充分理解しているつもりだ。けど、僕はもう一人の自分を信じてみたいと思う。僕の魂の片割れが紗奈子やクルルのチカラになり、僕にも協力してくれるって。アルサルは、万が一の対応をする係としてあちらの部屋で待機してくれると有難い』
二間続きのもう一方である部屋は、書斎に泊まる場合の寝室代わりであり、一人用のソファやベッドが配備されている。廊下で待たされるよりもずっといいが、パラレルワールドの住民にアルサルの姿を見せないように配慮したのだと分かる。
(鏡の向こうの世界の住人に、オレの姿を認識されないようの気遣ったのはよく分かる。必要以上に情報を与えすぎない方がいい)
ヒストリア達の会話は穏やかに、時折楽しそうな声も聞こえながら、順調に進んでいるようだ。
(何だ、心配して損したか。このまま、無難に終わってくれたら……んっ。なんだ、急に騒ついた雰囲気になった?)
穏やかなムードが一転、何やらあちら側でトラブルが起きたらしく、慌ただしい音が聞こえて来る。ヒストリアに何かを頼んでいる声が聞こえて、お人好しなヒストリアもそれを了承し……。
ガタンッ!
パソコンに何かがぶつかったのか、デスクの本が落ちたのか? 物音が鳴ったものの、ヒストリアの声が聞こえなくなったため、仕方なくアルサルは続き間からモニタールームへと入る。
「……ああ、やられたッ!」
そこには、机に突っ伏すように倒れるヒストリアが、魂の抜け殻の状態で発見された。
* * *
取り敢えずはヒストリアの抜け殻となった肉体を、椅子からベッドに移動させて安全を確保する。青白い顔色で眠るヒストリアは浅く呼吸をしていて、辛うじて生きていることが確認出来た。
「参ったな。まずは、何が起きたか確認しないといけないけれど。エルファム騎士団長やカズサにも意見を貰わないと、とてもじゃないが対応出来ない」
その後のことは、アルサルだけでは対処が出来ないため、他所の部屋で待機しているエルファムとカズサを呼んで、パソコンに残るデータを確認する。
「ヒストリア王子、やはりというか何というかトラブルに巻き込まれてしまったな。紗奈子嬢やクルルのように、魂だけがあちらに行ってしまったのか」
「或いは別の方法で、魂の抜け殻になっているか……だよね。僕は東方の陰陽道の知識もあるし、時空魔法が類似の術式なら多少は理解出来るよ。まずは、どのような流れで今の状況になったのか調べないとね」
「分かった。文書データはパソコンの中にあるはずだし、二人の会話も魔法装置に収められているはずだ。流して見よう」
やり取りの一部始終は、遠隔魔法装置でも記録しており、両方を再生して話の流れを確かめる。
『……実験、とは? この状況を脱するために必要なものが……実験……』
『あぁ。実験の内容は、パラレルワールドの同一人物における【魂の共有】だ』
リーアの提案は、鏡の向こう側の相手との共有、即ち身体と魂を一つの器に収める魔法を実行することだった。
運良くというべきか運悪くというか、リーアの実験は見事に成功した様子。発動不可能と思われていたヘルメスの杖までも使いこなし、襲いかかる魔族の群れを一網打尽にしてしまった。
「カズサ、時空魔法と陰陽師の術式に共通点が有れば、ある程度見解を述べられるって言ってたけど」
「使役術と反魂術の中間で、なおかつ人間同士で適用しているって感じだね」
「ごめん、もう少し分かりやすく言ってくれ」
再生可能な箇所まで見届けて、一旦モニターを切るとカズサが困り顔で見解を述べ始めた。
「実に、恐ろしい実験だね。【共有】はまるでお互いの意思を尊重するかのようにしているけど、それはヒストリアとリーアが共に魔法に長けた者だから片方だけ飲まれることがないに過ぎない。もし、あまり魔法に長けていない……例えば、紗奈子のような人に適用されたら……」
「えっ。あの魔法って、お互いが同意して対等の魔力がなきゃ使えないだろう?」
「忘れたのかい、アルサル。紗奈子の職業、乙女剣士はパートナーの魔力依存型の魔法剣士。ゼルドガイア王家の血を引く男なら、仮契約は可能だし、一時的に賢者並みの魔力を身に宿すことも出来る。共有魔法だって契約相手が使えるのなら、紗奈子にもその場限りで使えるはずだ」
カズサが何を言いたいのか、分かるようでいて肝心な部分ぼかされている気がしてアルサルは困惑する。
「えっと、カズサ……?」
「うん、つまりね。紗奈子に該当する人物が向こうの世界に存在していたとして、もし乙女剣士になれなかった人だとしたら。紗奈子を依代に【共有】してしまえば、乙女剣士になれるということ。最悪、もうこの世にいない人だとしても、共有魔法で紗奈子の仮肉体と共有させてしまえば……その人は復活出来るということ」
「紗奈子を依代に、他の誰かを……?」
紗奈子に関して話を整理して考えると……この世界では紗奈子はガーネット嬢の転生者だと思われていた。既に共有に近い状態に感じるが、別に紗奈子の中に別の誰かがいるわけではないらしい。
「紗奈子って、異世界転生者だけどさ。実際は鏡の向こう側のパラレルワールドから来た別のガーネット嬢の中に入った転生者だったよな」
「そうだね、単純に考えれば、紗奈子は一見自分のホームに戻っただけに見えるけど。僕の見解だと【ガーネット嬢はもう一人いる】ということになる。つまり、紗奈子内包のガーネット嬢、通常ガーネット嬢、三人目のガーネット嬢だ」
まだ、ロードライトガーネット嬢の存在がアルサル達の中で浮き彫りになる以前から、カズサがこのことに勘づいたのは果たして偶然か。それとも、同じ術師が考えつくことは分かってしまうのか。
「なんと! 三人目ガーネット嬢と紗奈子嬢を共有されたら……もう紗奈子嬢はこちらに戻って来ませんぞ。むしろ、向こうの世界でも三人目に飲まれて消える可能性も……」
専門外だからか、黙ってカズサの見解を聞いていたエルファムが、最悪の展開を予想して驚愕の声を上げる。
どちらにせよ、魂の共有こそが紗奈子にとっての救いの道であるとの考えが、誰かの胸の内にあるなんて……アルサルには想像つかなかった。
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