上 下
138 / 147
第6章

第10話 彼女の救いの道

しおりを挟む

 ヒストリアが鏡の向こうの住人と魔法契約を結ぶために部屋に篭ってしばらくが経った。アルサルは自分も立ち会うと心配していたが、ヒストリアは立ち会いを拒み、続き間となる部屋でアルサルを待機させた。
 契約を受けるかどうか決める会議の時に、一度は喧嘩のような形になったアルサルとヒストリア。だが、いてもたってもいられなくなったアルサルの方から頭を下げて、すぐ側での待機を願い出たのだ。

 その時のやり取りを思い出して、アルサルは深くため息を吐いた。

『なぁヒストリア、もう一度話を聞いてくれ。向こうは全部の情報を握っていて、ヒストリアは言いなりになるしかない。紗奈子もクルルも魂は向こう側に持って行かれてて、いわゆる人質状態だ。こう言っちゃ悪いが、向こうのお前が、善人とは限らない。だから、立ち会わなくてもいいからすぐに駆けつけられるように、オレを傍においてくれ』
『……アルサル。うん、そうだね。僕も本当は充分理解しているつもりだ。けど、僕はもう一人の自分を信じてみたいと思う。僕の魂の片割れが紗奈子やクルルのチカラになり、僕にも協力してくれるって。アルサルは、万が一の対応をする係としてあちらの部屋で待機してくれると有難い』

 二間続きのもう一方である部屋は、書斎に泊まる場合の寝室代わりであり、一人用のソファやベッドが配備されている。廊下で待たされるよりもずっといいが、パラレルワールドの住民にアルサルの姿を見せないように配慮したのだと分かる。

(鏡の向こうの世界の住人に、オレの姿を認識されないようの気遣ったのはよく分かる。必要以上に情報を与えすぎない方がいい)

 ヒストリア達の会話は穏やかに、時折楽しそうな声も聞こえながら、順調に進んでいるようだ。

(何だ、心配して損したか。このまま、無難に終わってくれたら……んっ。なんだ、急に騒ついた雰囲気になった?)

 穏やかなムードが一転、何やらあちら側でトラブルが起きたらしく、慌ただしい音が聞こえて来る。ヒストリアに何かを頼んでいる声が聞こえて、お人好しなヒストリアもそれを了承し……。

 ガタンッ!
 パソコンに何かがぶつかったのか、デスクの本が落ちたのか? 物音が鳴ったものの、ヒストリアの声が聞こえなくなったため、仕方なくアルサルは続き間からモニタールームへと入る。

「……ああ、やられたッ!」

 そこには、机に突っ伏すように倒れるヒストリアが、魂の抜け殻の状態で発見された。


 * * *


 取り敢えずはヒストリアの抜け殻となった肉体を、椅子からベッドに移動させて安全を確保する。青白い顔色で眠るヒストリアは浅く呼吸をしていて、辛うじて生きていることが確認出来た。

「参ったな。まずは、何が起きたか確認しないといけないけれど。エルファム騎士団長やカズサにも意見を貰わないと、とてもじゃないが対応出来ない」

 その後のことは、アルサルだけでは対処が出来ないため、他所の部屋で待機しているエルファムとカズサを呼んで、パソコンに残るデータを確認する。

「ヒストリア王子、やはりというか何というかトラブルに巻き込まれてしまったな。紗奈子嬢やクルルのように、魂だけがあちらに行ってしまったのか」
「或いは別の方法で、魂の抜け殻になっているか……だよね。僕は東方の陰陽道の知識もあるし、時空魔法が類似の術式なら多少は理解出来るよ。まずは、どのような流れで今の状況になったのか調べないとね」
「分かった。文書データはパソコンの中にあるはずだし、二人の会話も魔法装置に収められているはずだ。流して見よう」

 やり取りの一部始終は、遠隔魔法装置でも記録しており、両方を再生して話の流れを確かめる。

『……実験、とは? この状況を脱するために必要なものが……実験……』
『あぁ。実験の内容は、パラレルワールドの同一人物における【魂の共有】だ』


 リーアの提案は、鏡の向こう側の相手との共有、即ち身体と魂を一つの器に収める魔法を実行することだった。
 運良くというべきか運悪くというか、リーアの実験は見事に成功した様子。発動不可能と思われていたヘルメスの杖までも使いこなし、襲いかかる魔族の群れを一網打尽にしてしまった。

「カズサ、時空魔法と陰陽師の術式に共通点が有れば、ある程度見解を述べられるって言ってたけど」
「使役術と反魂術の中間で、なおかつ人間同士で適用しているって感じだね」
「ごめん、もう少し分かりやすく言ってくれ」

 再生可能な箇所まで見届けて、一旦モニターを切るとカズサが困り顔で見解を述べ始めた。

「実に、恐ろしい実験だね。【共有】はまるでお互いの意思を尊重するかのようにしているけど、それはヒストリアとリーアが共に魔法に長けた者だから片方だけ飲まれることがないに過ぎない。もし、あまり魔法に長けていない……例えば、紗奈子のような人に適用されたら……」
「えっ。あの魔法って、お互いが同意して対等の魔力がなきゃ使えないだろう?」
「忘れたのかい、アルサル。紗奈子の職業、乙女剣士はパートナーの魔力依存型の魔法剣士。ゼルドガイア王家の血を引く男なら、仮契約は可能だし、一時的に賢者並みの魔力を身に宿すことも出来る。共有魔法だって契約相手が使えるのなら、紗奈子にもその場限りで使えるはずだ」

 カズサが何を言いたいのか、分かるようでいて肝心な部分ぼかされている気がしてアルサルは困惑する。

「えっと、カズサ……?」
「うん、つまりね。紗奈子に該当する人物が向こうの世界に存在していたとして、もし乙女剣士になれなかった人だとしたら。紗奈子を依代に【共有】してしまえば、乙女剣士になれるということ。最悪、もうこの世にいない人だとしても、共有魔法で紗奈子の仮肉体と共有させてしまえば……その人は復活出来るということ」
「紗奈子を依代に、他の誰かを……?」

 紗奈子に関して話を整理して考えると……この世界では紗奈子はガーネット嬢の転生者だと思われていた。既に共有に近い状態に感じるが、別に紗奈子の中に別の誰かがいるわけではないらしい。

「紗奈子って、異世界転生者だけどさ。実際は鏡の向こう側のパラレルワールドから来た別のガーネット嬢の中に入った転生者だったよな」
「そうだね、単純に考えれば、紗奈子は一見自分のホームに戻っただけに見えるけど。僕の見解だと【ガーネット嬢はもう一人いる】ということになる。つまり、紗奈子内包のガーネット嬢、通常ガーネット嬢、三人目のガーネット嬢だ」

 まだ、ロードライトガーネット嬢の存在がアルサル達の中で浮き彫りになる以前から、カズサがこのことに勘づいたのは果たして偶然か。それとも、同じ術師が考えつくことは分かってしまうのか。

「なんと! 三人目ガーネット嬢と紗奈子嬢を共有されたら……もう紗奈子嬢はこちらに戻って来ませんぞ。むしろ、向こうの世界でも三人目に飲まれて消える可能性も……」

 専門外だからか、黙ってカズサの見解を聞いていたエルファムが、最悪の展開を予想して驚愕の声を上げる。

 どちらにせよ、魂の共有こそが紗奈子にとっての救いの道であるとの考えが、誰かの胸の内にあるなんて……アルサルには想像つかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...