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第5章
第22話 私に眠る薔薇柘榴の女神
しおりを挟む汽笛をあげて動き出したフェリー。
極秘任務のはずなのに、ゼルドガイアの国旗を手にアルダー王子のお見送りをする人々の姿が多数。
『アルダー王子、クエスト成功お祈りしております!』
『きゃあっアルダー様、魔道士姿も素敵ですわ』
『ゼルドガイア万歳、アルダー王子に栄光あれっ』
「あははっ。見送りご苦労っ。東方支援のため、ゼルドガイアのため頑張るよ」
アルダー王子も慣れた様子で、お見送りの民衆に手を振り応えている。最後はリーアさんが代表で激励のメッセージ。
「アルダー、いくら高レベル魔法使いだからといって油断は禁物だぞ。サナ、クルーゼ、先ずは安全を第一に、帰還することを目標とするように! ご武運を……」
「大丈夫だよ兄さん、お土産に魔法鉱石たくさんゲットするから期待しててっ」
「ありがとうリーアさん、行ってきますっ」
次第にリーアさんや見送りの人々の姿が見えなくなり、本格的に水面を走り出した。カモメが船のそばをスイスイと飛行し、見るからに順調な船出だ。
「ねぇアルダー王子、いつもクエストに出る時はあんな感じで民衆のお見送りがあるの?」
素朴な疑問だが、クエスト情報は一体どのような形であのお見送り隊の方々の耳に入るのだろうか。本日のギルド掲示板にはクエスト情報が載っているはずだが、それにしても行動が速い……思わずアルダー王子にクエストの情報が流出するカラクリを訊いてみる。
「いや、昨夜の夜会でクエストの情報を執事が世間話的にお話しちゃって、お見送りの皆さんがフェリー乗り場に集合したんだ。つまりあのお見送りの人々の中には夜会出席者も混ざっているという訳。オレですら今日からの任務が炭坑島だって知らなかったくらいなんだよ」
執事が王子の個人情報を流出させていいのだろうかとも考えたが、つまりお見送りしやすいように故意に情報を流したということだろう。
お見送り隊がいることでクエストに出る際のフェリー乗り場を華やかにする効果もあるだろうし、いろいろと計算あってのことなのも知れない。リーアさんだけが見送りに来るよりも見た感じは自然だし、次期国王の兄であるリーアさんを守る意味合いもありそうだ。
「そうだったの……昨日の夜会ね、王子様って大変……。あらっ話しているうちにあっという間に陸地が遠くなっちゃった。けど、ゼルドガイア領土内の島が目的地だからそこまで長い船旅にはならないわよね。クルル、スケジュール分かる?」
「お嬢様、アルダー王子、予定表によると午後には炭坑島に入港……とのことです。今日は島のモンスター生息区域を把握する見回り作業で終了だと思いますが。詳細はギルドが用意した船室で説明があるとか」
「フェリーで船旅なんて観光と勘違いしちゃいそうだけど、これからクエストなんだわ。さてと、ギルドが借りてる船室は……あっちかしら」
いくつもの国の国境でもあるこの湖は、若干ながら海と同じ成分も含んでいるという。流れる風の心地よさは、成分的に見ても海と錯覚するのも無理はないか。
ギルドがクエストのために借りている船室に着くまでに何組かの乗客とすれ違うが、他の乗客は冒険者と観光客が半々といったところ。行き先は炭坑島が終着点なので、それなりに観光地としても成り立っていると言えそうだ。
ミーティング室として借りている船室には、既に数人の冒険者が席に座り説明の開始を待っていた。私達の着席を確認して、説明係のギルド職員がサッとホワイトボードの前に立つ。
「では今回のクエスト参加者が全員揃ったようなので、今回の魔法鉱石クエストについて説明致します」
アルダー王子のお見送り隊への対応で開始が遅れたのかも知れないが、そういう時間も織り込み済みで今後はクエストが進むのだろう。
「クエストの場所は炭坑島、通称薔薇柘榴の島と呼ばれており、この名称は魔法鉱石としても名高いロードライトガーネットが採掘出来ることに由来しています。ロードライトガーネットの東方名が薔薇柘榴ですね」
(ロードライトガーネット……例のご令嬢と同名の貴石の名、魔法鉱石としても使われていたのね。しかも島の名前の由来だなんて……今回のクエスト、ロードライトガーネット嬢と私が似ていることを知っての依頼かしら。偶然とは思えないけど……アルダー王子は何も言わない……。私も心に留めておくだけにした方がいいか)
「依頼者は東方の雨宿りの里、そして建築家のデイヴィッド先生です。魔法鉱石を用いた建築による橋をかける材料を納品して欲しいとのこと。炭坑島はゼルドガイア領土内に該当する島の中で最も魔法鉱石が発掘出来る宝の山でしてな。錬金の効率も兼ねて、魔法鉱石研究所の本部が設置されております」
つまり、炭坑で魔法鉱石を採掘し、同じ島にある魔法鉱石研究所へと送り錬金。研究所で橋の資材を作ってから、船で東方まで直接輸送するという流れだ。
「皆さんご存知のようにゼルドガイアには海域がなく非常に大きな湖と接しているのみで、この島の価値は漁場としても炭坑地としても大きいのです。魔法鉱石研究所はあらゆる資材を作る重要な施設……島に蔓延る気性の荒いモンスターは国のためにも間引きする必要がありまして……」
私達の出番はいわゆるモンスターの間引き、採掘を円滑にするためのはモンスターに炭坑を荒らされるわけにはいかない。漁場や魔法鉱石研究所の安全を考えても、施設周辺のモンスター排除は必要なのだそう。
一応、ほとんどの説明が終わり質疑応答の時間になったので、手を挙げて気になった部分を訊いてみることに。
「魔法鉱石の採掘はクエスト後半に体験の意味も込めて挑戦出来るってことですが。やっぱり採掘作業って素人には難しいんですか」
「素人というのもそうですが、人間族とホビット族では採掘スキルが違いますからねぇ。島の住人の三分の一は炭坑で働くホビット族、手慣れている彼らに採掘は任せた方が良い。もちろん人間族の錬金術師や漁師も暮らしていますが、この島は種族のスキルにあわせて適材適所がモットーなんです。採掘で手に入れた魔法鉱石は、研究所で錬金したのちクエスト報酬として一部差上げますから頑張って下さい!」
肝心の採掘作業は人間族は無理しない方が良いという回答でサラッと流されてしまった。いくら辺境の島とはいえ、ホビット族と人間族が共存する島というのも珍しいだろう。
パラレルワールドの鏡の国に来るまでは、ホビット族とはほとんど関わりを持ったことがないことを考えると、異種族との交流が深い世界線だということがよく分かる。
(同じゼルドガイアという国でも、帝国の流れを色濃く受け継いだ歴史を持つパラレルワールドだと、こうも国の様子が違うのね。私が住んでいた世界では禁足地であるはずの場所が、炭坑や資材作りの重要拠点……か)
長い説明会が終わり外の空気を吸うためにフェリーのデッキへと出ると、空と水面が青い青い世界を作り出していた。フェリーが軌道を変えて、やがて存在そのものが遠くにあったはずの島が徐々に近づいてくる。
『薔薇柘榴の女神、ロードライトガーネット様。嗚呼、ようやくこの日が……貴女様の島へお帰りなさい』
何処からともなく、声が聞こえる。
私の中で穏やかに眠るロードライトガーネット嬢を呼び起こすように。
応援ありがとうございます!
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