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第5章

第09話 風に消えゆく王子の呟き

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 鏡の世界のギルド登録日。
 パラレルワールドに来て初めて、クルルと別行動を取ることになった。聖堂の門には既にリーアさんが迎えに来ていて、そろそろ行かなくてはいけない。身なりを整えて出掛けようとする私を、心配そうな表情でクルルが見送る。


「紗奈子お嬢様、共にギルドへと同行できず残念ですが。リーアさんが付き添って下さるなら安心ですね」
「クルルも教会庁とのお仕事、頑張ってね。ギルドのあるストリートは観光地らしいから、何かお土産を買って来るわ。行ってきます!」
「はい……行ってらっしゃいませ、お嬢様」


 久しぶりの外出、聖堂以外の空気、私の知る世界とは似て非なる魔法国家ゼルドガイア。街並みは帝国時代の文化を色濃く残した建造物がたくさん、ファッションも軒を連ねる飲食店も全てが新鮮だ。
 だが、それ以上に驚くべきことがある。
 猫耳、犬耳、兎耳などのいわゆるケモ耳族が、ヒューマン族と同じ地域で同じように生活しているのだ。もちろん、私の知るゼルドガイアでたまに見かけたエルフ族やホビット族などの姿も。

「はぁああ……私、ケモ耳族って生まれた初めて見たわ。肌なんかは人間と殆ど同じなのにケモ耳と尻尾がついているのね」
「サナのいるパラレルワールドでは、ケモ耳族との交流があまり盛んではないんですね。特にこのストリートには幾つかのギルドが点在している関係から、異種族も多数暮らしているんです」

 年頃の女の子達のメイクは、目尻にカラフルなアイシャドウをポイント使いするのが流行っている様子。帝国時代にはそういうメイクが主流だったらしいので、その伝統を受け継いでいるのだろう。色鮮やかなトッピングの魔力回復アイスクリーム、精霊果実の水飴などが食べ歩きの中でも人気に見える。

「こうして歩いている人達の雰囲気を眺めると、スウィーツの流行なんか別の国って感じ。精霊果実の水飴屋台なんて初めて見たわ」
「ほう! それは興味深い感想です。サナもクルーゼも我々のギルドでも通じる装備でしたから、そこまで文化の違いがあるとは予想外です。精霊果実などを取り扱う屋台メニューは……主に他所の国の文化を取り入れているです。食べ歩きという風習自体、ゼルドガイアにはあまりなかったものですし」

 見かけない屋台スウィーツのルーツは、取り入れている文化圏の違いということになる。

「へぇ……そういえば貴族達はコンサバトリーでのティータイムが今でも主流だものね。食べ物に関しては配給品のお菓子が知らないメーカーばかりだったから推測できたけど。けど凄く美味しかったわ」
「一応、こちらの世界の王族貴族御用達ブランドで取り揃えましたから。気に入ったようで、ホッとしています。道ゆく人々のファッションもだいぶ違いますか?」

 一方で聖堂で作って貰った伝統的な貴族のティータイムは、パラレルワールド同士で差があまりないことに気づき妙に納得。

「そうね……リーアさんは伝統的な爽やかな色合いの回復系魔道士ファッションで私の世界でもたまに見かける装備の一つだから、ファッションの違いに最初は気付かなかったの。もしかして、冒険者の装備だけはパラレルワールド同士で共通しているのかも」
「はははっ。異空間を飛び越えて旅をする冒険者のサナにそう言ってもらえると、私もパラレルワールドで通じる魔道士になれそうな気がします」

 猫耳店員が笑顔で宣伝するカラフルなアイスクリームに惹かれつつも、あと少しで到着するであろうギルドを目指す。クルルが一緒だったら、帰りにでも立ち寄るところだけどあいにく聖堂で仕事だ。

「ふふっ。でも私だけ観光を愉しんじゃってクルルに申し訳ないわ。ううん、一応今日もギルドの登録に行く途中なのよね」
「クルーゼもこちらの教会庁と初めての仕事に励んでいるはずです。確か、聖堂に設置されている占星術装置のメンテナンスでしたね。前世の因果を覗くことが出来る特別な装置を任されるなんて、初日から大変な仕事を引き受けて立派だと思いますよ」
「そうよね、クルルは何一つ文句も言わず職務をこなして。だから私も……」

 私もこの世界で頑張ると言いかけて、途中で言葉に詰まってしまう。クルルが懸命に職務に励んでいる理由は、無事に元の世界に帰るためだ。けれど、私自身は何度も何度も抜け出せないタイムリープの輪に留まるよりも、こちら側の世界に定住した方が良いというリーアさんの提案に心が揺れていた。

「サナ。私としてはクルーゼもこちら側に定住してもらえたら……と考えています。どういう理由にせよ、サナの身が遅かれ早かれ危ういのなら、お付きの彼も危ないでしょう。例え、クルーゼが本来の世界に未練があるとしても」
「リーアさん……」

 ヒストリア王子やアルサルをはじめ、私と関わる多くの人がタイムリープ後の未来に辿り着けない理由は、断罪の運命を背負う私がいつまでもあの世界にいるからだ。私を救い出すためにヒストリア王子が解決策を見つけるまで使ったと噂の禁呪が、抜け出せない運命の輪を生み出している。

(私があの世界から消えてしまえば、ヒストリア王子はもう苦しまないで済むのかな? 結局、乙女ゲームのエンディングにはブランローズ公爵令嬢を救い出す手立てはプログラムされていない。それとも……他に何か方法が?)

 角を曲がるとすぐにリーアさんのギルドが見えて来て、悩みにばかり気を取られていた心をぎゅっと引き締める。そうだ、今は今の瞬間に出来ることをしていくしかない。

「あと少しです。今日は契約だけですし、そんなに緊張する必要ないですよ。サナ」

 おそらく表情が固いであろう私に気遣ってリーアさんが笑顔でギルドまで誘導してくれる。けれど、その笑顔の裏には密かに私達を見つめる【ある視線への警戒】が隠れているなんて、この時は気が付かなかった。


 * * *


 黒いフードを目深に被った男が人混みに紛れて、リーアと紗奈子を見つめていた。
 魔道士愛用の黒いフード付きローブは、攻撃魔術を嗜むものなら一着は所持している定番の品である。回復系魔道士とは正反対のダークな色合いの装備だが、ギルドが点在するこのストリートではごく普通に馴染んでいた。
 素性を隠すローブ姿でさえよく見かける風貌と見做されて、男を怪しむものは殆どいない。彼が次期国王候補のアルダー王子でることすら、気づくものは少ない。

「リーア兄さんと一緒にいる美しい少女。あれが、パラレルワールドの乙女剣士……か」

 ――アルダー王子の呟きは、風に流されて消えゆくのであった。
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