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第5章

第03話 乙女は異界の冒険者

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 複数あった小型のミートパイがそれぞれあと一つずつとなった頃合いで、リーアさんからの【鏡の世界のゼルドガイア】の説明も一区切りとなった。
 大まかに見て私達の知る世界と歴史が異なり、帝国支配の名残が大きく、跡目問題が水面下で起こっているだろうということ。ブランローズ公爵家がゼルドガイア王家に併合した理由も、帝国支配から逃れるための策だったらしい。

「さて……こちら側の説明は、今日のところはこのくらいにしておきますが……。もし差し支えなければ、サナ達の世界についても私にお聞かせください。元の世界へと戻るきっかけを見つけられるやも知れませんし、状況によってはこちら側の世界で定住する方法も検討します」
「えっ……こちら側の世界に?」
「実は、パラレルワールドについては百年以上前から研究している問題なのです。鏡の向こう側にドッペルゲンガーに該当する人物がいる場合は、移動が困難になるとか。逆に、鏡のような存在の魂の片割れが存在しない場合には、こちら側に定住が可能なのです」

 ドッペルゲンガー、魂の片割れ……まさか、異世界のさらにパラレルワールドに飛ばされて、そのようなオカルティックもしくはスピリチュアル的な議論に遭遇するとは思わなかった。古今東西、地球にしろ異世界にしろ、人の興味は似ているのだろう……瓜二つの人物が一つの世界に存在するとしている説は、地球でも異世界でも議論中みたいだ。
 具体的な例を挙げるとすれば、私とガーネット嬢は瓜二つの鏡のような存在だし、ヒストリア王子とリーアさんも鏡の向こう側にいる相手と言える。

「実は、私自身がどこか他所のパラレルワールドから迷い込んできたという風に言われているんです。本来の公爵令嬢のガーネット・ブランローズ嬢と、異世界転生の記憶を持つ紗奈子と……瓜二つの別人だと。本来的なガーネット嬢の方は、コカトリスの呪いで石像になってしまって、今は女神像としてブランローズ邸の薔薇園を見守っています」
「……! そうだったんですか。そのような事情が……サナは様々な世界線を飛び回ることが出来る【異界の冒険者】の素質を持っているのでしょう。これは……帝国時代の伝説、乙女剣士の再来か?」

 私もクルルも【乙女剣士】について説明を切り出せずにいたが、意外なことにリーアさんの方から話題を振られてしまった。乙女剣士に関して異界の冒険者という呼び名は初めて聞く言葉で、こちら側特有の呼び名だろう。どう説明しようか迷っていると、クルルが目配せして事情を話し始めた。

「異界の冒険者という名称は、僕達の世界では使われていなかったのですが、乙女剣士は伝承として伝わっております。紗奈子お嬢様は、まさにその乙女剣士の見習いでして……正式な資格を取得するためにブラックゴブリンのリーダーから、試練を与えられている最中だったんです」
「えぇ……こちら側の生活が長くて、時折忘れてしまいそうになるけど。ブラックゴブリンの地下闘技場でバトルをしている最中に、魂が飛ばされてこのパラレルワールドに来てしまったの」

 かなり引っかかる話題だったのか、リーアさんは自らの手帳をパラパラと捲って、万年筆でメモをし始めた。

「ブラックゴブリン……ですか。我々の世界では、乙女剣士のかつての友人はダークエルフの姫だったと伝えられています」

 一般的なゴブリン族のイメージは怖目の容姿で、妖精族の中では異色と言えるだろう。一方、エルフ族は優しげな容姿の大人しいイメージ。亜種であるダークエルフは、エルフと魔族の中間的な存在だが、それでもゴブリン族よりは人間的なビジュアルと言える。
 意外なことに私が会ったレディーナさんは、ブラックゴブリンとは思えない程のエルフ寄りの美女だ。御伽噺の真偽に、私達の世界とリーアさんたちの住む鏡の向こう側の世界のどちらが近しいかといえば、リーアさん達の世界が正当だろう。それとも……これも、歴史の流れが異なるパラレルワールドの為せる技なのか。

「……確かにリーダーのレディーナさんはエルフと見紛うばかりの超美人だし、若い剣士の人達も皆エルフっぽい風貌だったわ。パラレルワールドで呼び名が違うだけで、実は同一種族なのかしら?」
「その可能性も無きにしも非ず、歴史的な内容は専門家に意見を聞かないと、私の独断では断定出来ませんので。うーん……どうしたものか……ちょっと待ってくださいね。今、スケジュールを……」
「……リーアさん?」

 しばし、仕立ての良いダークブラウンの手帳と睨めっこしていたリーアさんだったが、方針が決まったのか丸印をある日付につけた。

「サナ、申し訳ありませんがもう暫くの間、クルーゼと一緒に聖堂で引き続き生活して下さい。乙女剣士について詳しい東方の歴史研究家を、ゼルドガイア王家が呼びますので。鳳凰一閃流の若き師範であるカエデさんなら、きっと良い提案をして下さるはずです」
「鳳凰一閃流……私の世界の師範と同じ流派だわ。けれど、カエデさんって……?」
「カエデさんは年こそ私と同い年の二十代半ばですが、剣の腕はお父上を既に超えられたとも謳われてます。まだ師範になられて一年と思えないくらい、とても頼り甲斐のある男性ですよ。ゼルドガイア王家とも縁戚に当たり、東方領主の御子息で……」

 リーアさんが語る人物像は、聞けば聴くほど東方の雨宿りの里で共に過ごしたカズサを彷彿させるものだった。けれど、カズサとカエデさんがパラレルワールドにおける鏡の人物か否かは、会ってみないと判断出来ない。

(いくらパラレルワールドだからって、何でも鏡の人物と捉えるのは時期尚早よね。気をつけていかないと……)

 そして、リーアさんがあまり多く語りたがらない腹違いの弟アルダー王子が、果たしてアルサルの鏡の存在であるか……。答えが見つかるはずもなく、未知の迷宮に迷い込んだ感覚でその日のお茶会は終了するのだった。
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