転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります！

第４章

ヒストリアとカズサの交流：二人でお茶を

　紗奈子が乙女剣士になるための試験を受けている頃、僕ヒストリア・ゼルドガイアは試験のゴール地点であるスメラギ邸にて待機させられていた。無事認定試験に合格となれば、紗奈子達はこのスメラギ邸に到着するはずだ……到着予定は明日の午後だろうか。
　とはいえ、婚約者である公爵令嬢が武者修行している間、大人しく待っているほど暢気な性格ではない。認定試験とは別枠で用意したゼルドガイア王家の暗部を使い、紗奈子の身の安全を守るべく、随時報告を出させている。

　応接室のドアからノック音の後、修道士風の男が現れ、僕の前で跪きながら紗奈子の動向を語り出した。

「ヒストリア様、ご報告致します。紗奈子様の乙女剣士認定試験はいよいよ大詰め。ゴブリンの洞窟闘技場エリアにて、バトル試験本番が開始されたそうです。エルファム騎士団長とその部下達が、ヒューマン族代表としてバトルの様子を観覧しております」
「そうか、報告ご苦労。闘技場のバトルはあくまでも認定試験だし、エルファム騎士団長やアルサル達がついているから大丈夫だとは思うけど。万が一、紗奈子の身に危険が及ぶようなことがあった場合は……」
「はっ……ゼルドガイアの暗部も転移魔法ですぐに駆け付けられるように、博物館にて待機しておりますゆえ。ご安心を……」

　何とかトラブルもなく乗り切れそうな報告に胸を撫で下ろし、窓の向こうに目を見遣るとオレンジ色の陽がゆっくりと降りていく最中。穏やかな情景にふとため息をついて、これまでの流れを振り返る。本来ならば、乙女剣士の試練なんかとっくに終わっていて、僕は紗奈子と穏やかな新婚生活を送る予定だった。
　事実、東方の雨宿りの里に紗奈子が行ったきりとなった時に、タイムリープさえ起こらなければ……。いずれ紗奈子と僕は再び同居し、夫婦として関係を継続出来たはずだ。

　けれど、無慈悲な女神は運命に抗う僕の気持ちなんかお構いなしに、最後のタイムリープを決行した。

　あの日、僕は呪いで動かない身体を山間の病室で魘されながら耐えて、悪夢のような時間が終わるのを今か今かと待ちわびていた。雨宿りの里から定期的に送られてくる薬を調合した者の名は、あろうことか僕の最大のライバルとなるはずだった男……カズサ。
　橋の崩落により里から出られない紗奈子と共にいるカズサへの嫉妬心で、薬を飲むこと事体、辞めてしまおうとしたことすら何度かある。けれどそれは、愛しい紗奈子と再会することを諦めて、死を選ぶ無謀な選択に過ぎない。僕は嫉妬心よりもプライドよりも、紗奈子との再会を生きる目標に、苦い苦い薬を飲んだ。

　結局のところ迎えにきた運命は、紗奈子との永遠の夫婦生活ではなく、タイムリープの果てに再び曖昧な婚約者という立場に戻ることだった。

　――即ち、僕たちの物語は再び振り出しに戻ったのだ。紗奈子が運命の赤い糸で結ばれた全ての男達の中から、真実の愛を選ぶという条件付きで。
　イラつきが伝わったのか、僕と同じく待機させられている【もう一人の男】が、優しく声をかけてきた。

「紗奈子さんが心配かい、ヒストリア？　こういう時は、心を落ち着かせるためにお茶を飲んで平静を保つと良いよ。父の受け売りだけどね。それとも、僕が淹れたお茶じゃ不満かな」
「いや……ご厚意に甘えて頂こう。カズサ」

　モダンな応接室によく似合う黒い革のソファに腰掛け、ゆったりとお茶を嗜むカズサは僕よりもずっと余裕があるように見えた。東方の大領主であるスメラギ氏のご子息である彼は、ゼルドガイア王家とは遠縁という間柄。
　柔らかくふわっとした金髪の僕と、サラサラストレートの黒髪のカズサが遠縁というのも不思議な話だ。けれど、何処となく血の繋がりを思わせる輪郭や体格も持ち合わせていて、僕達が遠い遠い兄弟であることを実感せざるを得ない。

「いずれは乙女剣士たる紗奈子の正式な婚約者の席を巡って、僕達も恋敵になるんだけど……せっかく上級茶葉が手に入ったんだし。こうしてお茶を飲む時ぐらいは遠縁として、友人としての時間を過ごすのも悪くないよねっ……ヒストリア」

　微笑むカズサは既に青年と呼ばれる年齢のはずだが、その麗しい姿は美少年と呼んでも違和感がない。紗奈子とお似合いなのは果たして、僕か彼か、それとも他の面々か。考えるだけで頭が痛く、結局はアドバイス通りお茶を嗜むのみだ。

「はぁ……キミのマイペース振りには、感服するよカズサ。やれやれ、とんだ恋敵が出来たもんだ」
「ふふっ。褒め言葉だと思って、受け取っておくよ」

　東方出身のカズサが淹れたグリーンティーは、本場の上級茶葉を使用しているだけあって流石に美味しく……。ほんのりとわずかな苦味を含んで、僕の心を掻き乱すのだった。