上 下
92 / 147
第4章

第03話 リスタートはお姫様抱っこから

しおりを挟む
 ――白い花が、芽吹いて風に揺れる。

「ここは、何処? 確か、私は雨宿りの里で途切れた橋の修繕の現場まで行って、そうしたら光の橋が現れて。そうだわ! タイムリープの記憶のカケラに誘われて、気がついたら橋を渡ってしまったんだ」

 異世界に転生してから公爵令嬢として、何度も何度も同じ時間軸を繰り返していた。たった一人の愛する人を決めるために、メビウスの輪のように巡り巡る因果もついに終わりを迎えるらしい。白いスニーカーにブレザーの学生服という本来の早乙女紗奈子の姿で、新たなる一歩を踏み出す。

「行かなくちゃ、ここで立ち止まる訳には行かない」

 長く長く、永遠にも思えた光の橋は、いつしか長閑な田舎の風景へと姿を変えていた。一本道のその先には、素敵な薔薇のアーチが見える。きっとあれが、私のゴールでありスタート地点なのだ。後ろを振り返るが、そこには例の光の橋は無かった……それどころか、一緒にいたはずのカズサとも逸れてしまった。
 きっと彼には別の場所で、またいつか会えるだろう。それはおそらく、そんなに遠くない未来に。

『おかえりなさい……早乙女紗奈子、これが最後の貴女自身。紗奈子・ガーネット・ブランローズとして生まれ変わる最後の純潔。その身を清めて、私の元へいらっしゃいな』

 赤や白の薔薇で彩られたアーチくぐると、まるで心も身体も全てが生まれ変わるように私がリセットされていく。

 黒く長い自慢の髪は、緋色の艶のある長髪へ。現代日本のブレザーの制服はスカートを翻して、小洒落た水色のワンピースに。白いスニーカーは、リボン付きの清楚なローヒールへと姿を変えていった。
 そして、夫ヒストリアに捧げたはずの純潔は……汚れを知らない無垢な『乙女』へと甦る。

 アーチを抜け切ると早乙女紗奈子の姿は消え去り、似て非なる紅い髪のご令嬢『紗奈子・ガーネット・ブランローズ』転生していた。

 天使が見守る噴水を横切り、薔薇園の奥へと進むとそこには一人のご令嬢の姿。色とりどりの薔薇を鑑賞できるテラス席で、午後のティータイムを嗜んでいる。彼女は、乙女ゲームの悪役令嬢として登場する『本来のガーネット・ブランローズ』だ。


「あら、お久しぶりね。紗奈子……ご機嫌よう。どう? これが最後の転生になるけれど、覚悟はよろしくて」
「ガーネット、えぇと……覚悟って?」
「決まっているじゃない! どの男性に運命の純潔を捧げるか、その最後の選択ですわ。今までは、夢の中でまるで純潔を捧げたような気になっていたけれど、次だけは違う。本当に、貴女自身の魂の純潔をたった一人の男性に捧げるのだから」

 ガーネットは、いかにも悪役令嬢といった風格のちょっぴり意地悪そうな笑みを浮かべたのち、少しだけ寂しそうな瞳でテーブルに重ねられたメッセージカードを手に取った。見覚えのあるメッセージカードに、思わず背中がヒヤリとする。

「ねぇ、もしかしてそのメッセージカードって……」
「そうよ、ここにあるメッセージカードの一枚ずつが、ヒストリア様の失恋の証。貴女がヒストリア様を裏切り、別の男性を選ぶ度に彼が薔薇の花束と共に残した別れのメッセージカード。タイムリープの果てに行き場を無くした未練の品が、この庭園をより一層華やかにしているの……皮肉なことね」

 未練の品、それはメッセージカードだけではなくガーネットの周囲に飾られた花瓶の薔薇や、天使のモニュメントなども含まれているのだろう。

「未練……じゃあ紅茶に浮かべられた薔薇の花びらは、アルサルが作った薔薇の砂糖漬け?」
「えぇ。何も未練の品を遺しているのは、ヒストリア様やアルサルだけじゃないわ。エルファムさんからは金の髪飾り、クルルからはこのティーセット、カズサからは護身用の小さな守り刀。私と貴女の身の回りのものは、パラレルワールドとしてかき消された彼らの恋心ですの」
「ガーネット、貴女は彼らの思い出を全て噛み締めているのね」

 何気なく身につけていた金の髪飾りや、身近なお茶の道具にもそんな秘密があったなんて想像すらしていなかった。ここで彼らの思い出と暮らすガーネットは、行き場のない切ない気持ちを無駄にしないよう過ごしているのだ。

「それが、私に出来る彼らへの償いですもの。現世では亡くなっているはずの私が、貴女の前に現れられるのは実家の庭園に飾られた女神像として存在しているからですわ。女神としての奇跡を起こせなくても、見守る役割くらいは務めていかなくては」

 その凛とした眼差しは、彼女が女神像ガーネットとしての使命に誇りを持っている証拠だろう。女神として生きるガーネットとの会話にもタイムリミットがあるのか、次第に景色が揺らいできて現実に引き戻される。

「うぅ……意識が、遠のいて……」
「行ってらっしゃい、紗奈子。最初の約束、守ってくださいな。私をガーネット嬢を幸せにしてくれるという約束、貴女が幸せを手に入れることで果たして……もう一人の私、紗奈子!」
「ガーネット……」


 * * *


 やがて私の意識は、現世に覚醒し……懐かしいブランローズ邸のテラスでゆっくりと目を覚ました。どうやらお茶の時間に倒れてしまったらしく、気がつくと婚約者のヒストリア王子に抱き抱えられている。えっ……ヒストリア?

「紗奈子、大丈夫かい、紗奈子!」
「う、ううん。ここは……? まぁヒストリア! 私、一体どうして」

 久しぶりに見るヒストリアは、金髪碧眼の天使がそのまま青年になったような麗しさで思わずクラクラしてしまう。

「前世が見えるというブローチを身につけたら、魔力に当てられて倒れたんだよ。軽い脳震盪を起こした状態らしいから、しばらく安静にしないと。部屋まで運ぶから」

 細い見た目のわりに意外としっかりと筋肉のついているヒストリアは、私を軽く持ち上げていわゆるお姫様抱っこのポーズで歩き出した。メイドのクルルや騎士団長のエルファムさん、庭師アルサルが心配そうに見つめているが、正式な婚約者だけあって他の男性を介入させない。

「あの、ヒストリア……このまま部屋に?」
「今日は、何もしないから……安心して」

 思わずキスできそうな距離で囁かれて、再び目を瞑るとおでこに柔らかい唇の感触。

 ――おでこの口付けは親愛の情。私とヒストリアの関係はスタート地点に戻り、けれど今までとは違うときめきが待ち受けているのだ。
 彼の腕の中で、私はベッドに辿り着く前に再び目を閉じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

廃嫡王子のスローライフ下剋上

渋川宙
ファンタジー
ある日突然、弟と宰相の謀反によって廃嫡されてしまったレオナール。 追放された先は山に囲まれた何もない場所のはずだったが、そこはあちこちから外法者が集まる土地だった! 住民たちとのんびり生活を始めるレオだったが、王太子の地位を得ようとする弟のシャルルが黙っているはずもなく、さらに周辺諸国も巻き込んで騒ぎは大きくなっていく―― が、当のレオナールはのんびりスローライフ中! 無自覚に下剋上が起ころうとしているなんて、知る由もなく、今日もゆるゆる旅の最中

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

処理中です...