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第3章

第01話 夢とは違う『彼』からのキス

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 私が下宿人で家庭教師の朝田先生と初めて『デートのようなもの』をしたのは、高校二年生の初夏だった。朝田先生は希望の一流大学に見事合格して、エリート街道まっしぐら。どんどんカッコよくなる大学生の彼は、時折中学生に間違われる私とは不釣り合いな雰囲気。

 たまたま私と朝田先生が一緒にいるところを見かけたらしい同級生から、忠告を受けることもしばしば。

『あの下宿人のお兄さん、まさか紗奈子ちゃんの彼氏とか言わないよねぇ? 何ていうか、大人っぽいしいろいろチグハグじゃない?』
『えっ……そ、そうかな。彼氏になるかどうかは、まだ分からないけど』
『ああいう人って、合コンとかで派手な女の人と遊ぶようになるって言うし、真面目な紗奈子ちゃんとは合わないって。まだ間に合うから、辞めといた方がいいよ』

 はたまた、朝田先生の方も同じ大学の人から、別の方向性で忠告されてた。

『あれっ……朝田って、まさかあの子供っぽい女の子に手ェ出してるとか言わないよね? 下宿先の……紗奈子ちゃんだっけ』
『ああ見えても紗奈子は、オレ達と二学年しか変わらないぞ』
『えぇっ? てっきりまだ中学生くらいかと。いやでもこれくらいの年齢差は、結構デカく感じるからなぁ。可愛いからって女子高生相手にいろいろ間違い起こすより、付き合いやすい同い年くらいの女紹介してやるからさ』

(何よ、みんなでよってたかって。私と朝田先生は、こう見えても将来の結婚を誓い合った仲なんだから! 他の人につべこべ言われる筋合いないし、私が高校卒業したらすぐに入籍するんだもん!)

 すでに想いを通じ合わせていた私と朝田先生は、そんな逆風に負けずいざデート! に挑戦したのだけれど。いつもよりもちょっぴり背伸びして、すっぴん風メイクにマスカラをプラスして、一番気合を入れたワンピースとヒールの靴で連れて行かれた先は、何故かデートスポットとは少しイメージと違う園芸用品を販売している農園だった。
 庭造りを始めたい人に向けた商品紹介とかにチカラを入れているところで、広い敷地には穏やかなムードが漂っている。取り扱い商品は、お花の種とか植木鉢とか、果物とか……。


「ねぇ……朝田先生。今日って、車でドライブデートだって言っていたわよね? なのにここって、デートスポットじゃない気がするんだけど」
「ん……いろいろ考えたんだけどさ、紗奈子って見るからに幼いし、悪い大人が変な遊びに連れまわしているように見えちゃ可哀想だと思って。ここなら、家族で園芸用品を買いに来ましたって感じでナチュラルだろう?」

 頭をポンポンと撫でられて、当然のように語られては反論する気力も起きない。あくまでも私の立場を守るためのような言い回しに朝田先生特有のズルさを感じながらも、仕方なく二人の時間を満喫することに。

「はぁ……園芸用品ね……そういえば、朝田先生って、ギリギリまで芸術系の大学で庭造りの勉強をするか、普通の学部に進学するか迷ってたんだっけ」
「ああ、芸術系の大学への進学は途中で断念したけどさ。でも綺麗な庭を作りたいって思う気持ちは、まだあるんだ。それに、ほら! 紗奈子、いつも家の庭がもっと賑やかだったらって話していたじゃないか……それにここの珍しい花や西洋風の庭園コーナーは凄いぞ」

 季節は初夏だけど、日差しは真夏レベルに暑く思わずお庭の見本コーナーで日除けを探す。取り敢えずは、屋根のあるエリアを目指して歩くと、まるで御伽噺に出てくるような薔薇の花園に辿り着いた。突然開けた美しい景色は、西洋ヨーロッパの御令嬢がティータイムしていそうな庭園風。
 なんだ、ちゃんとデートスポットっぽい場所もあるじゃない。と、ホッとしつつ足を進める。

「うん、確かに綺麗なお花がいっぱい。わぁ薔薇のアーチとか、お庭に飾る石人形とか……凄い、随分と品揃えが豊富なのね。こんな素敵なお庭が家にあったら、最高だわ」
「ここは、本格的な庭造り用の見本だからさ。見落としがちな穴場スポットってところだよ」

 亜麻色の髪を揺らし、白い薔薇の花に手を添えて優しく微笑む彼は、まるで御伽噺の王子様のようで。思わず息を飲み込んで、見惚れていると……アーチの影まで手を引かれてそっとキスされた。


 * * *


「紗奈子、紗奈子……そろそろ起きないと、ルームサービスの朝食が届いてるよ。一緒に食べよう」
「ん……あれ、私。ここは……? 豪華なホテル?」
「あはは、寝ぼけてるのかい。旅館に行くために乗った観光用列車の寝室だよ。昨日まではプライベート飛空挺での旅だったから、現地についてからの列車移動はきつかったかな」

 地球時代の夢を見ていた私を目覚めさせてくれたのは、この異世界の王子様ヒストリアだ。一緒に異世界転生したかつての恋人『朝田先生』は庭師アルサルとして転生し、ヒストリアは彼の腹違いの兄にあたる。公爵家のご令嬢として転生した私が結婚相手として選んだのは、前世から恋人だったアルサルではなく、色違いのそっくりな兄であるヒストリアだった。
 金髪碧眼の柔らかな表情は、アルサル以上に王子様チックで、乙女ゲームのトロフィーポジションと呼ばれているのも頷ける。

「ううん……平気だよ。おはよう、ヒストリア。ごめんね、寝坊しちゃった」
「おはよう、紗奈子。疲れているのかもね、大丈夫。気にしちゃダメだよ」

 絵に描いたような王子様のヒストリアから、ほっぺたにおはようのキスをもらい胸が高鳴る。そうだ……私の一番は、アルサルでも朝田先生でもなく、このヒストリア王子なのだ。

(あぁ……もうアルサルのことも朝田先生のことも忘れないと。私はヒストリアを大切にしていかなきゃ)

 ふと車窓から流れる山間の景色に目をやると、太陽の反射で木々が穏やかな光を放っていた。新しい一日の始まりを告げるように。
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