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第2章
第04話 天使の向こうに悪魔の影
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仮死状態となったアルサルが眠る棺は、ヒストリア王子の転移魔法で無事に香久夜御殿敷地内の礼拝堂へと送られた。アルサルの遺体を守る魔法の香油には時間制限があるらしいし、感傷に浸ってばかりはいられない。
「体裁上アルサルは、隣国へと出張に出かけた際に病気になって、面会謝絶の入院状態という設定になったのね」
「ああ……そのような内容で、アルサルの周辺には報告しておいたよ。けどいつまでも、アルサルの周囲の人達にその設定を通せるか分からない」
私は急いで旅支度を済ませて、ヒストリア王子とともにアルサル奪還の拠点となるスメラギ様の香久夜御殿へと足を運んだ。
「やあ……ヒストリア王子、紗奈子。道中、怪我はなかったかい? 今回は大変なことになってしまったが、落ち込んでばかりもいられない。最善を尽くすためにも協力させてもらうよ」
私達が香久夜御殿のエントランスに辿り着くと、この御殿の主人であり私の剣の師匠でもあるスメラギ様が自ら出迎えてくれた。
相変わらずスメラギ様は麗しいオーラを放っていたが、漆黒のロングヘアを低い位置でひとつに束ねて着物は落ち着いた黒色のものである。そして、手には祈りのための紫水晶の数珠……。おそらくこの香久夜御殿の敷地内で遺体を預かるため、そのような服装になったのだろう。
「何とお礼を申し上げたらいいのか……かつては女神像となったガーネットを長い間洞窟で匿って貰い、今回は弟のアルサルまでお世話になってしまって」
「スメラギ様! 本当に……本当に、ありがとうございます」
重大かつ秘密裏の大変な仕事を快く引き受けてくれて、私もヒストリア王子も頭が上がらなかった。いや、涙が自然と溢れてきて止まらなくて、顔を上げてスメラギ様のことを見ることが出来なかったのだ。
この香久夜御殿は、私とアルサルが初めてのクエストで訪れた思い出の場所。客観的に見れば雑魚モンスター相手にちょっと戦うだけの簡単なランクのものだったけれど、剣を初めて持った私にとっては難易度の高いクエストだった。
あの時……優しく私を助けてくれたアルサルの魂は、もう現世にいない。
「おっと……ヒストリアも紗奈子も礼を言うのはまだ早いよ。きちんと、アルサルの魂を救い出してからだ。先程、教会庁から神官の方が数人と守護天使様達がいらしてね。会議室で準備をされているから……。まずは、そこで話し合いだな」
冷たい風がぴゅうっと頬を叩くように突き刺してきて、ふと現実に引き戻される。そうだ……ここから、アルサル奪還の旅路が始まるんだ。
「紗奈子、ところで守護天使様にお会いしたことは?」
「多分、意識のある年齢になってからはないと思うわ。幼児洗礼を受けた際には立ち会ってもらっている筈だけど。ヒストリア王子は?」
「そうか、実は僕も直接お会いして話すのは初めてなんだよ。こちらからは何度もお祈りをしていたんだけどね……いや、もしかすると僕達の日頃のお祈りが聞き届けられたのかも知れない。神様に感謝しなければ……」
会議室では既に、教会庁の職員数人と旅に同行する予定の守護天使様2人が、アルサル蘇りの準備を行っていた。
* * *
「この度は、大変なことになってしまいましたな。我々神官としても、万が一に備えて是非協力したいと思いまして……」
「本来ならば、祝別をしてもらうためにお呼びしたのに申し訳ありません」
ヒストリア王子が頭を下げる度に、私も隣で同じように挨拶と謝罪の意を込めて頭を垂れる。
「これも、神様が我々に試練を与えているのでしょう。魔法国家ゼルドガイアは、何度もタイムリープに苛まれていた因縁の国です」
「さらに、隣国は跡継ぎがいないとの噂でしたが、実際にはアルサルさんと言う正統な継承者がいた。両方の因縁を背負うアルサルさんが、真っ先に狙われるのも無理はない」
「大丈夫ですよ……最悪の事態にならないように、守護天使様2人がいらしてくれました。非常に若く見える方々ですが、ヒストリア王子の守護天使であるナルキッソス様も紗奈子さんとアルサルさんの守護天使であるフィード様も、我々人間の何世代分も生きておられます」
神職者であり教会庁の職員でもある初老の男性達と挨拶を交わし、次に守護天使様2人を紹介される。驚いたことに守護天使様達は私が想像していたよりもずっと若く、合唱団のような制服を着用されていた。見た目は私よりも年下の15歳くらいにしか見えない容姿だった。
金髪パーマヘアの煌びやかな美少年が、ヒストリア王子の守護天使であるナルキッソス様。もしかするとヒストリア王子が誰もが見惚れる美形に成長したのは、ナルキッソス様のご加護あってのことなのかしら……と思ってしまう。
そして、焦げ茶色のショートヘアに清潔感のある印象の美少年が、私とアルサルの守護天使フィード様だ。ナルキッソス様のように華美な印象ではないが、目鼻立ちのひとつひとつが整っており守護天使様達2人が並ぶと、絵画の中から抜け出てきたのではないかと錯覚する。
「初めまして、ヒストリア王子と紗奈子だね。本当は、アルサルともこうして生きている状態で挨拶するつもりだったのだけど。まさか、僕達守護天使が【地上へ降りる隙を突いて】アルサルが殺されるなんて……。いや、まずは名乗るところからだね。僕の名はナルキッソス……お祈りの間僕の存在に気づいているかは分からなかったけど、ヒストリア王子の守護天使だよ」
ちょっと気になる言い回しをするナルキッソス様だが、何か彼なりに敵の正体に見当がついているのだろうか。守護天使様が地上に降りる隙を突くなんて……まず、普通の人間には出来ないことだろう。若しくは、今回の祝別式の情報を知っていて暗殺部隊が動いたか否かというところだが。
「ヒストリア・ゼルドガイアです。ああっお会いしたかったナルキッソス様! こんな形で会うことになったのは、非常に心苦しいですが、それでも貴方様は僕達の元へと降りて来てくれた」
「孤独な中、悪魔の誘惑にも負けず、自分の信念を曲げず……よく頑張ったねヒストリア王子。僕は、いついかなる時もキミの味方だよ。もちろん、今回だって」
あまり弱音を吐かないヒストリア王子にとって、守護天使ナルキッソス様へのお祈りはとても大切なものなのだろう。そして、ナルキッソス様もいつもヒストリア王子の様子を見守っていてくれていたのだ。彼の信仰が、こういう形とはいえ身を結んで多少は救われた気がする。
「同じく、初めましてだよね。オレの名はフィード。アルサルと紗奈子を担当する守護天使なんだけど……まさか、こんなことになるなんて。ごめんなさい……オレの守護力が足りなかったんだ。アルサルは感情の起伏が激しい面があり、すぐに行動するところがあるけど、根が優しくていい奴なのはオレが一番知っているつもりだ。だから……今回こそは幸せになって欲しかった」
意外なことにフィード様は守護天使らしからぬ『オレ口調』で、少しだけアルサルを彷彿とさせた。
「フィード様……けど、私のお祈りを聴いてくださったのもフィード様なんでしょう? アルサルが倒れた日の夜……天使の羽根が館に落ちて来たもの。あれは、フィード様だったのね」
「ああ……本当は、君達を祝福するために降りてきたのに。もっと気楽な任務だと勘違いしてたんだ……守護天使失格だよ。でも、ナルキッソスに励まされてこうして旅に同行することで役割を果たそうと思ったんだ。最悪の事態だけは、避けられるように全力を尽くさなくては……アルサルの魂を守るために」
やはり、ナルキッソス様同様に気になる言い回しである。アルサルの魂を守る……確かにアルサルの魂は現在行方不明になってしまっている。このまま見つからなければ、浮遊霊か何かになってしまうと心配していたのだけれど……。フィード様の仰っている言葉の意味は、別の結末を避けるためのものに感じられた。
教会庁の神官や守護天使様が怖れる『最悪の事態』とは、一体何なんだろう。嫌な予感が私の中に走り、なんとも言えぬ寒気や震えが止まらない。
いや……私自身、『最悪の事態』という意味を鈍感ながら気付き始めてはいた。この異世界は、様々な乙女ゲームのシナリオとリンクしている。そのシナリオは複数に渡り、ひとつの乙女ゲームのシナリオをクリアしたとしても、別のシナリオが待ち受けているかも知れないのだ。
「あの……最悪の事態というのは、具体的は……?」
ヒストリア王子が静かに教会庁の神職者達に、禁忌かもしれない解答を求めると……。
「死というものは、魂が肉体から離れて神の元へと還る大切なもの。聖職者としては、無理に死者の魂を蘇らせる必要はないという見解を述べるべきなのですが。魂が行方不明とあっては話は別なのです。良からぬもの達にアルサルさんの魂が悪用される前に、救い出さないと……」
「本来ならば魔法の香油を用いて得られる仮死状態の効果は、僅か3ヶ月です。万が一の事態としてアルサルさんの回復を断念せざるを得ないとしても、せめてその間に彼の魂が何処にあるのか見つけ出す必要があります」
「でなければ……仮にホムンクルスを作られた場合、そちらにアルサルさんの魂が宿ってしまうかも知れません。最悪の事態というのは……悪魔に彼の魂が乗っ取られることです」
ロザリオに祈りを込めてから、神職者達が少しずつ私やヒストリア王子を宥めるように説明を続ける。
――アルサルは悪魔として蘇る……その残酷な魂の結末を。
「悪魔にアルサルの魂が……乗っ取られる。ホムンクルスの新たな肉体とともに?」
ヒストリア王子が声にならない声で、喉から振り絞るようにその最悪の答えを確認した。
恐怖心とともに私の脳裏に前世の記憶と共に流れて来ているのは、肉体を殺められた後に魂が抜かれた王子様が、悪魔に見出されてホムンクルスの肉体を得て復活する人気乙女ゲームのシナリオ。奇しくも数ヶ月前にクリアしたはずの乙女ゲームのシナリオ元が制作した期待の新作だった。この2つのゲームは、コラボする計画も予定されていたはず。
それにヒストリア王子とアルサルは髪色や瞳の色以外はそっくりな対照的な……対極とも言える兄弟。けれど、ヒストリア王子が『天使』と謳われているのにも関わらず、アルサルはこれまで『国王の隠し子で庭師』という肩書きのみだった。
もし、彼らが本当に対照的かつ対極に位置しているのであれば……『天使』と謳われる兄の対極にいる弟は『悪魔』と謳われても可笑しくはない。けれど……彼は私の大好きなアルサルは、そんな人じゃない。
「どうしてっ……アルサルは……アルサルはとても優しい人なのにっ。悪魔になんか、彼の魂は渡さないわっ。そんな運命……絶対に断ち切ってみせる!」
「体裁上アルサルは、隣国へと出張に出かけた際に病気になって、面会謝絶の入院状態という設定になったのね」
「ああ……そのような内容で、アルサルの周辺には報告しておいたよ。けどいつまでも、アルサルの周囲の人達にその設定を通せるか分からない」
私は急いで旅支度を済ませて、ヒストリア王子とともにアルサル奪還の拠点となるスメラギ様の香久夜御殿へと足を運んだ。
「やあ……ヒストリア王子、紗奈子。道中、怪我はなかったかい? 今回は大変なことになってしまったが、落ち込んでばかりもいられない。最善を尽くすためにも協力させてもらうよ」
私達が香久夜御殿のエントランスに辿り着くと、この御殿の主人であり私の剣の師匠でもあるスメラギ様が自ら出迎えてくれた。
相変わらずスメラギ様は麗しいオーラを放っていたが、漆黒のロングヘアを低い位置でひとつに束ねて着物は落ち着いた黒色のものである。そして、手には祈りのための紫水晶の数珠……。おそらくこの香久夜御殿の敷地内で遺体を預かるため、そのような服装になったのだろう。
「何とお礼を申し上げたらいいのか……かつては女神像となったガーネットを長い間洞窟で匿って貰い、今回は弟のアルサルまでお世話になってしまって」
「スメラギ様! 本当に……本当に、ありがとうございます」
重大かつ秘密裏の大変な仕事を快く引き受けてくれて、私もヒストリア王子も頭が上がらなかった。いや、涙が自然と溢れてきて止まらなくて、顔を上げてスメラギ様のことを見ることが出来なかったのだ。
この香久夜御殿は、私とアルサルが初めてのクエストで訪れた思い出の場所。客観的に見れば雑魚モンスター相手にちょっと戦うだけの簡単なランクのものだったけれど、剣を初めて持った私にとっては難易度の高いクエストだった。
あの時……優しく私を助けてくれたアルサルの魂は、もう現世にいない。
「おっと……ヒストリアも紗奈子も礼を言うのはまだ早いよ。きちんと、アルサルの魂を救い出してからだ。先程、教会庁から神官の方が数人と守護天使様達がいらしてね。会議室で準備をされているから……。まずは、そこで話し合いだな」
冷たい風がぴゅうっと頬を叩くように突き刺してきて、ふと現実に引き戻される。そうだ……ここから、アルサル奪還の旅路が始まるんだ。
「紗奈子、ところで守護天使様にお会いしたことは?」
「多分、意識のある年齢になってからはないと思うわ。幼児洗礼を受けた際には立ち会ってもらっている筈だけど。ヒストリア王子は?」
「そうか、実は僕も直接お会いして話すのは初めてなんだよ。こちらからは何度もお祈りをしていたんだけどね……いや、もしかすると僕達の日頃のお祈りが聞き届けられたのかも知れない。神様に感謝しなければ……」
会議室では既に、教会庁の職員数人と旅に同行する予定の守護天使様2人が、アルサル蘇りの準備を行っていた。
* * *
「この度は、大変なことになってしまいましたな。我々神官としても、万が一に備えて是非協力したいと思いまして……」
「本来ならば、祝別をしてもらうためにお呼びしたのに申し訳ありません」
ヒストリア王子が頭を下げる度に、私も隣で同じように挨拶と謝罪の意を込めて頭を垂れる。
「これも、神様が我々に試練を与えているのでしょう。魔法国家ゼルドガイアは、何度もタイムリープに苛まれていた因縁の国です」
「さらに、隣国は跡継ぎがいないとの噂でしたが、実際にはアルサルさんと言う正統な継承者がいた。両方の因縁を背負うアルサルさんが、真っ先に狙われるのも無理はない」
「大丈夫ですよ……最悪の事態にならないように、守護天使様2人がいらしてくれました。非常に若く見える方々ですが、ヒストリア王子の守護天使であるナルキッソス様も紗奈子さんとアルサルさんの守護天使であるフィード様も、我々人間の何世代分も生きておられます」
神職者であり教会庁の職員でもある初老の男性達と挨拶を交わし、次に守護天使様2人を紹介される。驚いたことに守護天使様達は私が想像していたよりもずっと若く、合唱団のような制服を着用されていた。見た目は私よりも年下の15歳くらいにしか見えない容姿だった。
金髪パーマヘアの煌びやかな美少年が、ヒストリア王子の守護天使であるナルキッソス様。もしかするとヒストリア王子が誰もが見惚れる美形に成長したのは、ナルキッソス様のご加護あってのことなのかしら……と思ってしまう。
そして、焦げ茶色のショートヘアに清潔感のある印象の美少年が、私とアルサルの守護天使フィード様だ。ナルキッソス様のように華美な印象ではないが、目鼻立ちのひとつひとつが整っており守護天使様達2人が並ぶと、絵画の中から抜け出てきたのではないかと錯覚する。
「初めまして、ヒストリア王子と紗奈子だね。本当は、アルサルともこうして生きている状態で挨拶するつもりだったのだけど。まさか、僕達守護天使が【地上へ降りる隙を突いて】アルサルが殺されるなんて……。いや、まずは名乗るところからだね。僕の名はナルキッソス……お祈りの間僕の存在に気づいているかは分からなかったけど、ヒストリア王子の守護天使だよ」
ちょっと気になる言い回しをするナルキッソス様だが、何か彼なりに敵の正体に見当がついているのだろうか。守護天使様が地上に降りる隙を突くなんて……まず、普通の人間には出来ないことだろう。若しくは、今回の祝別式の情報を知っていて暗殺部隊が動いたか否かというところだが。
「ヒストリア・ゼルドガイアです。ああっお会いしたかったナルキッソス様! こんな形で会うことになったのは、非常に心苦しいですが、それでも貴方様は僕達の元へと降りて来てくれた」
「孤独な中、悪魔の誘惑にも負けず、自分の信念を曲げず……よく頑張ったねヒストリア王子。僕は、いついかなる時もキミの味方だよ。もちろん、今回だって」
あまり弱音を吐かないヒストリア王子にとって、守護天使ナルキッソス様へのお祈りはとても大切なものなのだろう。そして、ナルキッソス様もいつもヒストリア王子の様子を見守っていてくれていたのだ。彼の信仰が、こういう形とはいえ身を結んで多少は救われた気がする。
「同じく、初めましてだよね。オレの名はフィード。アルサルと紗奈子を担当する守護天使なんだけど……まさか、こんなことになるなんて。ごめんなさい……オレの守護力が足りなかったんだ。アルサルは感情の起伏が激しい面があり、すぐに行動するところがあるけど、根が優しくていい奴なのはオレが一番知っているつもりだ。だから……今回こそは幸せになって欲しかった」
意外なことにフィード様は守護天使らしからぬ『オレ口調』で、少しだけアルサルを彷彿とさせた。
「フィード様……けど、私のお祈りを聴いてくださったのもフィード様なんでしょう? アルサルが倒れた日の夜……天使の羽根が館に落ちて来たもの。あれは、フィード様だったのね」
「ああ……本当は、君達を祝福するために降りてきたのに。もっと気楽な任務だと勘違いしてたんだ……守護天使失格だよ。でも、ナルキッソスに励まされてこうして旅に同行することで役割を果たそうと思ったんだ。最悪の事態だけは、避けられるように全力を尽くさなくては……アルサルの魂を守るために」
やはり、ナルキッソス様同様に気になる言い回しである。アルサルの魂を守る……確かにアルサルの魂は現在行方不明になってしまっている。このまま見つからなければ、浮遊霊か何かになってしまうと心配していたのだけれど……。フィード様の仰っている言葉の意味は、別の結末を避けるためのものに感じられた。
教会庁の神官や守護天使様が怖れる『最悪の事態』とは、一体何なんだろう。嫌な予感が私の中に走り、なんとも言えぬ寒気や震えが止まらない。
いや……私自身、『最悪の事態』という意味を鈍感ながら気付き始めてはいた。この異世界は、様々な乙女ゲームのシナリオとリンクしている。そのシナリオは複数に渡り、ひとつの乙女ゲームのシナリオをクリアしたとしても、別のシナリオが待ち受けているかも知れないのだ。
「あの……最悪の事態というのは、具体的は……?」
ヒストリア王子が静かに教会庁の神職者達に、禁忌かもしれない解答を求めると……。
「死というものは、魂が肉体から離れて神の元へと還る大切なもの。聖職者としては、無理に死者の魂を蘇らせる必要はないという見解を述べるべきなのですが。魂が行方不明とあっては話は別なのです。良からぬもの達にアルサルさんの魂が悪用される前に、救い出さないと……」
「本来ならば魔法の香油を用いて得られる仮死状態の効果は、僅か3ヶ月です。万が一の事態としてアルサルさんの回復を断念せざるを得ないとしても、せめてその間に彼の魂が何処にあるのか見つけ出す必要があります」
「でなければ……仮にホムンクルスを作られた場合、そちらにアルサルさんの魂が宿ってしまうかも知れません。最悪の事態というのは……悪魔に彼の魂が乗っ取られることです」
ロザリオに祈りを込めてから、神職者達が少しずつ私やヒストリア王子を宥めるように説明を続ける。
――アルサルは悪魔として蘇る……その残酷な魂の結末を。
「悪魔にアルサルの魂が……乗っ取られる。ホムンクルスの新たな肉体とともに?」
ヒストリア王子が声にならない声で、喉から振り絞るようにその最悪の答えを確認した。
恐怖心とともに私の脳裏に前世の記憶と共に流れて来ているのは、肉体を殺められた後に魂が抜かれた王子様が、悪魔に見出されてホムンクルスの肉体を得て復活する人気乙女ゲームのシナリオ。奇しくも数ヶ月前にクリアしたはずの乙女ゲームのシナリオ元が制作した期待の新作だった。この2つのゲームは、コラボする計画も予定されていたはず。
それにヒストリア王子とアルサルは髪色や瞳の色以外はそっくりな対照的な……対極とも言える兄弟。けれど、ヒストリア王子が『天使』と謳われているのにも関わらず、アルサルはこれまで『国王の隠し子で庭師』という肩書きのみだった。
もし、彼らが本当に対照的かつ対極に位置しているのであれば……『天使』と謳われる兄の対極にいる弟は『悪魔』と謳われても可笑しくはない。けれど……彼は私の大好きなアルサルは、そんな人じゃない。
「どうしてっ……アルサルは……アルサルはとても優しい人なのにっ。悪魔になんか、彼の魂は渡さないわっ。そんな運命……絶対に断ち切ってみせる!」
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