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閑話

すべての人に優しいハロウィン

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「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞっ」

 魔法国家ゼルドガイアにも、ハロウィンシーズンがやってきた。仮装姿の人々が、お菓子をもらいに練り歩くのをチラホラ見かけるようになった頃……。かつて悪役令嬢として名を馳せていた『ガーネット・ブランローズ』嬢も、乙女剣士『紗奈子・ガーネット・ブランローズ』として領土内の治安を守りながらハロウィンに参加中だ。

 ブランローズ家自慢の魔法の庭園もハロウィンイベントのため開放されており、花々に加えてカボチャの飾りがより一層庭園を賑やかにしている。

「ふう……この辺りにモンスターは……大丈夫そうね。あとは、仮装している人同士が揉めることなく平和に終わるといいんだけど」


 剣を腰に下げて見回りを行う紗奈子のことを悪役令嬢と呼ぶものは大分少なくなり、乙女剣士というガーディアン役として認識されるまでに至った。日課となっている見回りの途中、10歳くらいの男の子が紗奈子に話しかけてくる。

「ねぇ紗奈子ちゃん、トリックオアトリート! お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ。錬金術師が作った美味しいお菓子配ってるって、聞いたんだけど。ちょうだい」
「ああ、アルサル手作りのカボチャのクッキーね! はい、どうぞ。あんまりはしゃぎ過ぎちゃダメよ」
「わーい! 有難う」

 今のところ平和だが、もうすぐ夕日が落ちて夜がやってくる。噂によるとハロウィン本番が近づくと仮装の人々に紛れて、本物の幽霊が復活するらしい。気をつけなくては……と、気合いを入れていると。人混みの中に、自分にそっくりな赤毛の少女。彼女をエスコートするように、肩を抱くピンク髪の派手なイケメンの姿。

(あっ……あれは一体? 女の子の方は私に似ているけど、イケメンの方は見覚えがない人だわ。あんな人この乙女ゲームに登場したっけ? いや、それよりもあの女の子は誰……)

 紗奈子は本来的にはこの世界のガーネット嬢ではなく、パラレルワールドから迷い込んできたガーネット嬢だ。普通だったら、同一人物が2人同じ世界にいると時空が崩壊するらしいが、本来のガーネット嬢が石化の呪いで永遠の眠りについてしまったため、紗奈子がこの世界のガーネット嬢として残留することになったのである。
 もしかすると、ハロウィンシーズンだし本来のガーネット嬢が魂として蘇っているのかも知れない。

(シーズン的に、この世界本来のガーネット嬢が帰ってきているのかしら。魂が現世で遊べる機会は少ないらしいし、見て見ないふりをしてあげるのが優しさなのかなぁ……)

 勤務終了時間がやってきて、拠点でタイムカードをチェックする。ホッとしてブランローズ邸の庭園管理の館へと戻ろうとすると、聞き覚えのあるイケボが紗奈子を呼ぶ。

「はははっ! 紗奈子嬢、見回り頑張っているみたいだな。だいぶ、その腰の剣も様になってきているぞ。オレも騎士団長として鼻が高い」

 上司として労いの言葉とともに現れたのは、前世での推しキャラだった騎士団長のエルファムさんだ。銀髪ロングヘアをたなびかせて、夕日をバックに微笑む姿はそのまま映像を切り取ってグッズとして販売出来そうなイケメンぶりだ。

「エルファムさん! 任務お疲れ様です。えへへ……まだ単独で大きなクエストはこなせないけど、小さな子達からは頼りにされているんですよ」
「ほう、それは良かった。ところで……こほん! トリックオアトリート。実は小腹が空いてしまってね、お菓子が欲しいんだが」
 ちょっと恥ずかしそうに言い訳しながら、お菓子をねだるエルファムさんは大人の男性とは思えないような照れた表情で可愛い。端正な顔立ちのイケメンに可愛いという表現もどうかと思うが、そういう天然っぽいところも彼の魅力である。

「ふふっ。カボチャのクッキーですね、はいどうぞ!」
「おお! ありがとう。よしせっかくだから、オレもブランローズ邸まで同行しよう。ガーディアンとはいえ紗奈子も女の子だからな……人の気配がない道を通るし、帰り道に何かあったら大変だ」
「本当ですか、心強いです!」

 ちょっぴり怖かった帰り道も、エルファムさんのガードで安心して歩くことが出来た。楽しく順調なハロウィンイベント……紗奈子もエルファムもそう確信しながら、アルサルが待つ庭園管理の館へと戻ると……。


「ただいま! 本日の見回り勤務終わったわよ。それでねアルサル、実はエルファムさんが送ってくれて……あの、アルサル?」
「へぇ……紗奈子はオレだけじゃなくて、謎のイケメンともデートしてさらにエルファムさんとも仲良くしているんだ……。さすがは乙女ゲームのプレイヤーだな……あちこちにフラグを立てていたなんて……ヒック!」
「えっ? アルサル……」

 アルサルからはお酒の匂いがして、結構なアルコールを浴びたことが推測された。実は、10月から年齢の数えが改定されてみんな1つずつ歳を取ったため、アルサルはバリバリお酒が飲める年齢になったのである。おそらく、タイムリープのし過ぎで経過した時間の調整を行ったのだろうけど。
 まだ、お酒が解禁されて1ヶ月立たないのに、こんなに飲むなんて……。将来この人と一緒になって大丈夫かしら、と不安が頭をよぎる。

「紗奈子はさぁ……まず、オレとヒストリアどっちが好きなわけ! さらにエルファムさんとも仲良くて、それから謎の超絶イケメンとラブラブデートしていたんだろう! いつまでたっても、純潔の誓いをオレに捧げてくれないし……もうオレに飽きたのかっ? ヒック……ちくしょう。こうなったらスマホゲームにフル課金して、結婚資金を全額……」
「待って、アルサル。私、謎のイケメンとラブラブデートなんてしてない」

 もしかして、例のガーネット嬢の霊魂と謎のイケメンのデート現場を勘違いしているのかしら? けど、ごちゃごちゃいうと余計に言い訳っぽいし、そもそもさっきまで働いていたわけだし取り敢えず否定だけしておく。

「いかんっ! アルサルのやつ何か悪い低級霊に取り憑かれているな。昼の連ドラばりの修羅場の予感がするぞ。ここはオレに任せて、一旦庭園か本宅の方へ避難したまえ!」
 別に低級な霊に取り憑かれなくても、アルサルはお酒を飲むとああいう人なのでは? と突っ込みたくなったが。体裁上……アルサルの奇行はお酒ではなく、低級霊に取り憑かれた設定で貫くつもりらしい。

「おっおい、離せよ騎士団長! オレは紗奈子に話があるんだ。騎士団長も男だったら、分かるだろう? もう2ヶ月以上同棲しているのに、まだ初夜を迎えていないんだ! おかしいだろこんなの……」
「そういうのは同棲ではなく『同居』と言うんだ。そもそも、同じ館に住んでいるだけで、部屋もベッドも別々なのだろう? 紗奈子嬢も世間も、ただの同居人レベルにしか思っていない可能性も……。だいたい、紗奈子嬢はさっきまで働いていたんだから、大方デートしていたのはこの世界本来のガーネット嬢の霊魂だろう」

 さりげに酷いことをチクチク言い始めたエルファムさん。この世界の常識では霊魂がハロウィンシーズンにデートすることは当たり前のようで、ごく普通にガーネット嬢の霊魂の存在を認めていた。

「つまり、女神像ガーネット嬢の方が、先にリア充ライフを送っているってことか。なんでオレだけ……紗奈子は今までのタイムリープでは、必ずオレと結ばれていたんだよ。今回だけ、いろいろおかしいだろっ! 紗奈子はもうオレの事、愛していないのかっ。おいっ紗奈子……逃げるなよ」
「ちゃ、ちゃんとアルサルのこと好きだから……。ちょっと、お庭に行ってくる!」

 結局アルサルの酔いが醒めるまで、管理の館からは離れることに。本当なら、あの館が私の今の住まいなのだけど……。


 * * *


 すっかり夜になったブランローズ邸の魔法庭園は、ハロウィン仕様のライティングが施されて歩きやすい。ふと、本来のガーネット嬢に魂が眠る女神像に行くと、お菓子をお供えするヒストリア王子の姿があった。

「ヒストリア王子! ガーネット嬢の石像にお供えをしていたの?」
「やあ、紗奈子。ふふっ……ハロウィンシーズンにお菓子の1つもないんじゃ、寂しいんじゃないかって思ったんだけど。先に、御家族やお客様がお供えしていたみたいで……ほら女神像前はお菓子だらけだ。それにどうやら、向こうでカレシが出来たみたいで……今回のハロウィンが初デートなんだって」

 やはりあの2人は、ガーネット嬢とカレシさんで確定のようだ。ヒストリア王子は、その辺の事情も把握済みらしい。

「……! 私が人混みで見かけたのって、やっぱりガーネット嬢の霊魂だったんだ。人間離れしたイケメンと一緒だったけど、どういった種族の方なのかしら」
「カレシさんの名は、薔薇の精霊ローゼット様だそうだ。まぁ精霊様だし、人間を超えた美形でもさほど不思議じゃないよ。ガーネット嬢も幸せになるといいね」
「そうね……きっと、幸せになるわよね。ガーネット嬢も」

 私も、手に持っていたカボチャのクッキーをガーネット嬢の女神像に捧げる。

「生きている人にも死者の魂にも、優しいハロウィンになりますように……」
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