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イベントストーリー【温泉ミステリー編】

08:あの日、彼らが訪れたあの場所へ

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 アルサルにだけこの『おきつね喫茶KON』の店員さん達が、もっふもふのお狐さんに見えるのか。それとも、実はアルサルだけが狐に化かされていて、ここの店員さん達は人間なのか……。頭が混乱しつつも平常心を保とうとするアルサルをよそに、ヒストリア王子と紗奈子はモーニングコーヒーセットで、楽しい喫茶店タイムを開始していた。

 2人が注文した朝食は、定番中の定番である『コーヒーと小倉トーストのゆで卵付き』だ。俗に言う喫茶店のモーニングコーヒーセットで、地球で言うところの名古屋名物と言えるメニュー。アルサルは地球からの転生者だがあいにく名古屋出身ではないし、その地域に親戚などもいないためモーニングコーヒーセットには馴染みがない。

(それにしても、魔法国家ゼルドガイアを旅していたはずなのに、どう見ても日本の喫茶店だし。店員さんもマスターさんも、百パーセント普通の狐で毛並みがもふもふしてるし。どうなっているんだ……最近転生前の味が恋しくて、東の都の輸入食材ばっかり食べていたからご縁がついたのか)

 ここのところ、商店街に通っては東の都の食材を買いまくっていたアルサルと紗奈子。最初は、商店街でお買い得な食材を購入して自炊し、節約をするつもりだったのだが。
 数日前の夕食に至っては、兄ヒストリアを交えて黒毛ビーフのすき焼きを食べたりと、節約とは離れていた。それに、随分と地球時代の食文化の近い暮らしになっていた気がする。ヒストリアもアルサル達の食文化に流されているのか、東の都の料理に凝っていて和風ナイズされている。

 すっかり和文化に馴染んでしまった最近の生活に気を取られて、アルサルは肝心な部分を見逃していた。お稲荷様や白蛇様などの住まいは、地上でも異世界でもない……もっと別の場所であることを。そして……この喫茶店はすでにその神々の領域であることに、気づかなかったのだ。

「うーん、この香り豊かでほんのり苦味のあるコーヒーがいいねぇ。旅の疲れが癒されるようだ……この小倉トーストというものも、お得な値段なのに随分と美味しいし。こうして、旅行の時に限られた予算で楽しむのも悪くない」
「うふふ……こうして、バターと小豆でトーストを食べると、こんなに美味しいのね。お砂糖とミルクたっぷりにすれば、私でもコーヒーが飲めるし。大発見だわ」

 兄と自分の婚約者がエンジョイする傍らで、無言になりながらブラックコーヒーを飲むアルサル。一応アルサルが注文したコーヒーにもトーストがついているが、手をつけていない。2時間ぶっ通しで運転した疲れが出ているのだろうと、ヒストリアも紗奈子もアルサルを気にしていない様子。

「疲れているみたいだけど、一口くらいはトースト食べた方がいいよ。糖質が突然なくなると、ふらっとしちゃうしね」
「あっああ。そうだな……頂きます」

(どうする……本当にここの喫茶店のものを食べても大丈夫か? いや、でも黒狐のマスターが豆を挽いたコーヒーだっていい味しているし。むしろ、人間が作るものよりハイレベルとか?)

 パクッ! シンプルにバターのみを塗って食べるトーストは、疲れたアルサルの心と胃腸に優しくて……。次第に視界が正常になってきたのか、店内の様子がクッキリと認識出来るようになってきた。

 ふと、喫茶店の店内を見渡すと、自分達以外にも山登りファッションの観光客がチラホラ。大正モダン風ファッションのウェイトレスさんが、注文を取っている。マスターは、渋いヒゲが特徴のダンディな男性で、コーヒーの準備で忙しそうだった。

(あれ……オレって、今まで何でここの店員さん達がお狐さんに見えていたんだろう。なんだ普通の人間じゃないか……やっぱり疲れているのかな)

 空腹と疲れを癒した後は、休憩もほどほどに再び車で目的地へ。運転を代わると言ってくれた兄ヒストリアに車の鍵を手渡して、会計をする。またもやヒストリアが奢ってくれるらしいが、安いメニューにしておいて良かった。

「もし、この奥の秘境へ行かれるのでしたら、お昼ごはんを持っていった方がいいですよ。お得料金でいなり寿司セットを販売していますがいかがでしょう?」
「じゃあ、そのいなり寿司セットを……4つください。1つは温泉旅館のお稲荷様にお供えしよう」
「ありがとうございました!」

 兄ヒストリアからいなり寿司弁当が入った袋を受け取り、助手席に座る。この峠の喫茶店まではアルサルが運転席、紗奈子が助手席、ヒストリアが後部座席だったから全員席を変えたことになる。

「夕方までには、温泉旅館に辿りつけるといいね……行こう!」

 意外と手慣れた運転をするヒストリアに安堵したのか、アルサルは疲れが出てしまい助手席でグッスリと眠ってしまった。一行を乗せた車が走り去った後には、すうっ……と霧が彼らをかき消す。

 一方、自分と似た異世界人と記憶をシンクロしつつあることを自覚しているヒストリアは、すでに自分達が不思議な空間へと足を踏み入れたことに気づいていた。

 ――そして、目的地の温泉旅館は、地球時代のアルサル本人である『朝田有去(アサダユキ)』とその腹違いの兄が以前訪れた旅館と『同一』であることも。
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