上 下
22 / 147
第1章

第19話 キスの予行練習05:このキスだけは夢じゃない

しおりを挟む

 ついに想いを通じ合わせた私とアルサルのピュアなキッスの一部始終は、闇の賢者の異名を持つヒストリア王子に監視されていた……?

 次のステップである『大人のキス』に進もうとした庭師アルサルは、天使像の陰から放たれる謎の睡眠針に倒れる。今は、私の膝の上でスヤスヤとお休み中だが、これはこれでイチャラブ感が上がって恥ずかしい。

 そして、マジギレしたヒストリア王子改め『天使(仮)』からのお説教タイムが始まった。

 ――元婚約者と腹違いの弟という裏切り感満載のカップリングに、兄ヒストリア王子の怒りが炸裂する……!


 * * *


『ガーネット嬢、あなたもあなたです! あの庭師アルサルは、超イケメン大賢者ヒストリア王子とちょっとだけ顔立ちが似ていますが、本人ではありません。そんな色違い庭師とのキッスで心の隙間を埋めようとしても、虚しいだけです』
「かっ代わり? まさか! ヒストリア王子とアルサルは容姿こそ色違いチックだけど、性格も職業も全く違うし。天使様、私……アルサルのこと代わりだなんて思っていませんっ。そ、その私……アルサルのことが好きなんですッ! 好きになっちゃったんです! 両想いなんですっ」

 一見するとその場のムードに流されて、ファーストキスもセカンドキスもアルサルに捧げた私。でも私からすると、アルサルとの甘いキスは恋のトキメキとともに、一生心に残るステキな記憶となる予定だ。まるで、それが過ちのように言われたら心外である。

 天使像から闇の襲撃を受けて、私の膝の上で気を失っているはずのアルサルの頬が心なしか赤くなっていく。もしかすると、動けないだけで私と天使様の会話は一部始終アルサルの耳に入っているのだろうか。私とアルサルの繋いだ手がギュッと強く握られて、返事しているつもりのようだ。
 ようやく想いが通じたばかりなのに、謎の妨害が始まりそっちの方が混乱しそうである。

『ふっ……まだ恋愛初級者のあなたには理解できていないのですよ。あなたの行いは、ヒストリア王子があまりにもカッコ良すぎて、諦めるあまり手近な弟でファーストキスを済ませてしまった。違いますか?』
「でも、アルサルにファーストキスを捧げたこと、後悔していないもんっ。アルサルって、優しいし、カッコいいし……。そんな純粋な気持ちが、過ちなはずないっ。どうして、天使様は意地悪言うの?」

 天使の脳内設定ではあくまでも『ガーネットの好きな男性はヒストリア王子で、代わりとして腹違いの弟アルサルに走っているという設定』を譲る気はない模様。ちなみに、天使像の声は誰が聞いても、ちょっぴり声色を使ったヒストリア王子ご本人なわけで。
 つまり、ヒストリア王子は自分自身のことを、カッコ良すぎて周りの人間が混乱するレベルと思っていたんだ。確かに、天使がそのまま成人したような金髪碧眼の美青年かも知れないけれど。

(ヒストリア王子って、実はかなりナルシスト気味の人だったんだな。あれだけカッコ良ければ当然か)

 アルサルは見た目こそヒストリア王子に似ているが、庭師として働いていただけあってちょっぴりワイルドな男らしさが魅力だ。なので、代わりにはまったく思っていないし、むしろ好き好んでアルサルに気持ちが傾いたのだけど。

『はぁ……せっかく超天使のヒストリア王子が、あなたの婚約者だったのに。一体何が不満だったのでしょう? そもそも、我が国に存在する若いイケメンの頂点は誰だと思っているんですか? ヒストリア王子に決まっているでしょうっ。彼はそのうち、スメラギ様のようにイケメンの殿堂入りして伝説になる予定なんですよっ」
「天使様は、仰っていることが矛盾しています。ヒストリア王子とアルサルが、色違いの腹違いイケメン兄弟であることを認めているなら、私がアルサルに走る可能性だって予測できたでしょう?」

 頑張って天使の矛盾点を指摘してやるが、向こうはまったく折れる気がない。天使の中では、ヒストリア王子こそが、若いイケメンの頂点。ここ『香久夜御殿の持ち主にして大陸規模で名を馳せているスメラギ様』のように、伝説になる予定のようだった。

『黙らっしゃいっっっ! アルサルという男は、ガーネット嬢憧れのヒストリア王子に懸命に似せつつ、色目と偽イケボ的な声色を使って、生娘であるガーネット嬢を騙し……。あのままでは、今日中に純潔を奪われていた可能性だってあるんですよ! もし、年齢制限を突破して朝チュンからの妊娠でもしたら、一体どうするつもりだったんですかっ』
「そ、それは……その、純潔なんか捧げたらそのまま責任を取って貰って、お嫁さんに……」

 ついに切れた、天使像が切れた!

 正確には天使像の陰で甲高い声で喋り続けるヒストリア王子が、切れているのだろうけど。しかも、話が発展しまくり、今日中に純潔が奪われた挙句、妊娠する予定まで発展している。流石に、アルサルが手の早い男だとしても、それはないと思うが。
 もし、万が一……本当にそういう展開になったとしても、彼ならお嫁にもらってくれるはずだ。私のことを、将来の伴侶と言ってくれたし。

『甘いッッッ! 仮になんの保証もなく、イチャラブした挙句……。妊娠が判明する頃には、謎の呪いでアルサルが死んでたらどうするんですかっ? お腹の赤ちゃんを誰が認知するんです? ヒストリア王子が、同情して引き取るとでも。ヒストリア王子とアルサルは腹違いで微妙にDNAが異なるから、鑑定すれば分かりますよ!』

 何故、イチャラブをするとアルサルが謎の呪いで死ぬことになるのか? それは本当に呪いなのか、『暗殺』の間違いなのでは?

「で、でもっ」
『ええいっ! かくなる上はっ!』

 ガサゴソッ!

 ついに業を煮やしたのか、天使像の陰から紫色のフードを被ったヒストリア王子ご本人が現れた。だが、金色の髪の毛がフードから見え隠れしているだけで、本当に本人かは定かではない。

 そして、穴の空いた小さなコインを紐でくくって、ゆらゆらと私の前で揺らし始める。

「あなたはだんだん眠くなる……だんだん、だんだん、眠くなる。これは夢です……ヒストリア王子があまりにもイケメン過ぎるから、つい『アルサル・ルート』を選んでしまった儚い夢です……。ほぉら眠くなってキタァ……」

 だんだん、だんだん、眠く……あれ? まぶたが重く……眠気が……。


 * * *


「ガーネット、アルサル……起きて! 2人とも……大丈夫かい?」

 つい噴水デートの最中にうとうと眠ってしまったのか、ベンチの上で仲良く熟睡していた私とアルサル。心配して様子を見にきてくれたヒストリア王子が、天使のような優しい声で起こしてくれる。

「う、うん……あれっヒストリア王子?」
「ん……兄貴、どうしてここに。オレたちベンチの上で、いつの間にか寝ちゃったのか」

「ふふっ。2人ともなれない旅で、疲れたんだろうね。そろそろお風呂に入って就寝しないといけないから、迎えにきたよ」
「えっ本当だわ。そろそろ明日に備えて支度しないと……」

 結局、あのアルサルとの甘いファーストキスは夢だったのか、現実だったのか。ヒストリア王子は明日の打ち合わせのために、会議室へ。私のことは、アルサルが部屋まで送ってくれることに。

「ガーネット。今日は、いろいろ大変だったけど……明日の儀式頑張ろう! おやすみなさい」
「……アルサルも、おやすみなさい」

 曖昧な記憶を残念に思いつつ、部屋の扉を開けようとすると、別れ際にアルサルがそっと私の顎を持ち上げて……。

 チュッ……とアルサルから私の唇に、触れるだけの優しいキス。思わずハッとして、一瞬で離れたアルサルを見上げる。すると、そこには恥ずかしかったのか顔を赤くするアルサルの姿が。

「その……大人のキスは、また次の機会に……な」
「う、うんっ!」

 あの出来事が夢だったかは、今となっては分からない。

 ――けれど、この瞬間の私とアルサルの初々しいキスだけは『本物』のようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

廃嫡王子のスローライフ下剋上

渋川宙
ファンタジー
ある日突然、弟と宰相の謀反によって廃嫡されてしまったレオナール。 追放された先は山に囲まれた何もない場所のはずだったが、そこはあちこちから外法者が集まる土地だった! 住民たちとのんびり生活を始めるレオだったが、王太子の地位を得ようとする弟のシャルルが黙っているはずもなく、さらに周辺諸国も巻き込んで騒ぎは大きくなっていく―― が、当のレオナールはのんびりスローライフ中! 無自覚に下剋上が起ころうとしているなんて、知る由もなく、今日もゆるゆる旅の最中

処理中です...