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第1章

第09話 庭師の想い、令嬢には気付かれず

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「ガーネット、しばらくは大変かもしれないが頑張るんだぞ。アルサルさん、娘をよろしくお願いします」

 まるで、娘を嫁に出すかのような意味深セリフを連発するお父様だが、私とアルサルは恋人ではない。修行に向かう見習い剣士とその仲間という関係だ。元々は、令嬢と庭師という間柄だが、これからは同じギルドに所属するのだから。

「あぁガーネット! いくら剣士を目指すからって、あなたは女の子なの。無茶しちゃダメよ」
「お嬢様、アルサルさん。いってらっしゃいませっ」

 両親と使用人達に見送られて、ついに剣修行の旅に出ることになった私『ガーネット・ブランローズ』は元悪役令嬢だ。断罪ルートから回避するために始まった剣士への道だけど、意外なことに新たな乙女ゲームのシナリオと繋がっていた。
 何はともあれ、伝説の乙女ゲームのイケメン聖剣士『スメラギ・S・香久夜』様に弟子入りするため、出立である!

 その日の空は澄み渡る程蒼く綺麗で、きっと今度の乙女ゲームのシナリオは『ハッピーエンド』だと信じて疑わなかった。一流の剣士に弟子入りして、ギルドに所属して……最後は婚約者のヒストリア王子と結婚。きっと、そうなるハズだ。

 ――前世の記憶を取り戻した『乙女剣士ルート1週目』が、ハッピーエンドになると、信じたかった。


 * * *


 スメラギ様の住まう『香久夜御殿』までは、電車であれば2時間の距離。この異世界は、文明が地球と同じように発展しているため、その気になれば早めの移動が可能。けれど、今回は剣士になるための修行を兼ねているため、徒歩で『香久夜御殿』まで向かわなくてはならない。

「香久夜御殿は、ブランローズ邸からおよそ三十五キロです。徒歩で歩くと、かなり時間がかかりますね。今日は夕刻になったら、宿泊施設で休むことになりそうだ。まぁナンクルナイサーで頑張りましょう!」

 アルサルは南国出身ではないはずだが、幼い頃はいろいろな地域を転々としていたらしく、方言のバリエーションが多い。

「ふふっ。そのナンクルナイサーって、南の国の方言なんでしょう? どうにかなるさって意味だったかしら」
「確か、そういう意味だったと思います。これからお会いするスメラギ様は、十五年前まで南国でリゾートライフを送っていたそうなんです。南国の体術を取得されて、現役時代よりもさらに強くなられたとか」
「へぇ。私、スメラギ様ってテレビや雑誌の特集でしか見たことないから、御本人に会えるなんて楽しみだわ」

 ハイキングコースを歩いて、海の見える丘の上を目指す。スメラギ様は景観の良い地域を拠点にしていて、そこに香久夜御殿を構えている。

「ガーネット様、次の街道に入る前にお茶でもしませんか? 東の都のおやつ『あんみつ』が美味しいお店があるそうですよ」
「まぁ! あんみつが食べられるお店があるの」
「ええ。東の都ブームのおかげで、そういうスウィーツが増えているそうなんです」

 アルサルは、私が退屈しないように、何気ない世間話をしてくれたり、程よく休憩を入れてくれて優しい人だ。見れば見るほど容姿もカッコよく、恋人にするには持ってこいの人物である。

 いくつかの街道を抜けて、足が棒になるほど歩いて。夕陽が完全に落ちる前に、宿泊施設に到着……したのだけれど。

「えっ……ダブルベットの部屋が1つしか取れていない?」
「すみませんねぇお客様。実は、2人客だと聞いて部屋を1つしか確保しなかったんですよ。年頃の若い男女が、2人旅なんて聞いたら普通は……と思いましてねぇ」

 宿泊施設のオーナーさんに謝られるものの、この辺りには他の宿泊施設はない。

「えっと、じゃあオレはどこか野宿をするんで、お嬢様だけでも」
 流石に婚約者のいる女性との同じ宿での宿泊はいけないと思ったのか、アルサルは野宿コースを選択しようとする。

「ダメよ! 昼間は雑魚モンスターばかりでも、夜になると、ハイランクモンスターがうじゃうじゃ出る地域なのよ」
「そうそう! それに、いちいち細かいことを気にしていたら、冒険者なんて務まらないですよ」

 結局、私だけダブルベットを占領させてもらい、アルサルは予備ベッドで眠ることに。部屋は簡素だが、清潔で休むのにはちょうど良いけど。

「お嬢様! オレが、悪い何かに取り憑かれて、万が一お嬢様を襲おうとしたら……。その時は、ヒストリア王子の呪いがオレに降りかかって数時間中に死ぬんでっ。そうなっても驚かないで下さいね」
 何故か、切腹前の武士のような勢いで土下座をしながら、先に謝りを入れるアルサル。

「ちょ、ヒストリア王子が闇の賢者だって噂を信じているの? それにアルサルは私のこと子供扱いしているじゃない。大丈夫でしょう? ふあぁあ。おやすみなさい」
「……おやすみ、なさい」

 恋人同士ではない男性と、同じ部屋に泊まるなんて令嬢ライフでは信じられなかったけど。多分これが、冒険者ってものなのね……と無防備にスヤスヤ眠ってしまった。

 ガーネットが、初めての旅の疲れでぐっすりと眠っていると、そっと頬に男性の大きな手が添えられた。

「ヒストリアのヤツ、絶対にオレの事試しているよ。あの捻くれ者、本当は嫉妬深いくせに……本当にオレが手を出したら、誰よりも後悔するのに」

 結局、その手は彼の腹違いの兄への愚痴とともに仕舞われて。アルサルは、それ以上のことは出来ずに眠れない夜を過ごした。


 * * *


 もし、私の好きな人がヒストリア王子ではなくアルサルだったら。婚約破棄の末に追放ルートになっても、喜んで受け入れただろう。

 だけど、既に私はあの美麗なヒストリア王子に心を奪われてしまっていた。優しげな瞳の奥に、深い情熱と哀しみを秘めている気がして。
 ――例えば、それが闇を孕んだものであっても、私はヒストリア王子の心に触れてみたいのだ。
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